『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[映画『ヴィオレッタ』を観た]

2014-05-17 23:59:01 | 新・物語の感想

☆・・・かなりの美少女が拝めると聞き、いても立ってもいられなくて行ってきました。

 お客さん、同好の士(ロリコン)が多いと思ったら、シアターフォーラムには、若い女性が多いのが目立ちました。

 でも、確かに、これは、女性映画でした。

 奔放に生き、家を空けがちな、常軌を逸した母親への愛を求め、少ない母親との時間を長くするために、ヴィオレッタは、母親の求めるままに、「少女美」を「芸術」として写真に収めさせていくのだ。

 この作品の女性監督エバ・イオネスコの幼少の頃の実話で、当時は、世界的にセンセーションを巻き起こしたそうだ(私、少しだけ記憶に残っているような)。

          

 多かれ少なかれ、子供には、このような母と娘の愛憎に共感できる点があると思う。

 特に、私は、母親の趣味嗜好・生き方に翻弄され、それに戸惑いを感じつつも、子供であるが故に準じるしかない女の子の姿をよく見る・・・。

                 

 ヴィオレッタ役のアナマリア・バルトロメイは、激烈な美少女ではある。

 演技も、言葉に頼らず、目で語る素晴らしさ!!!

     

 その、小さな完璧性たるや、稀である。

 だが、私はそこに、性的なエロスは感じなかった。

 しかし、魅力はある写真だ。

 故に、このキチガイ母の言う「芸術」は確かなのかもしれない。

 この作品、当時10歳の少女を使っているので、その辺の直接的な表現はぼかしているのか・・・?

 ただ、「少女の性」が喧伝されている作品であるが、そのような作品には、興味津々なれどストレスを溜める私でも、安心してみられる展開ではあった。

 それは、この作品での「少女の性」が、肉体的なものを伴うものではないのと、少女を負の世界に導く母親が「肉体恐怖症」と言う、セックスを遠ざけた彼岸にいるからだろう。

 だが、どんな異常者も、社会の一員だ。

 社会の中での齟齬が、悲劇となる。

 そもそもが、ヴィオレッタは、物語の冒頭からして、「ケンケンパ!」を一人遊びしているような子供である。

 その子供が、母親を喜ばしたいが故に、セクシーポーズを意識し続けなくてはならない「落差」が、絶望的にリアルを宿す。

   

 写真モデルとして、時間を経過した後も、ヴィオレッタは、床に転げながら、「友達と探検ごっこしたいのに~!」と駄々をこねる(ちゅうか、駄々でなくて、子供としての当然の欲求)。

 その子供としてのリアルと、相反するセクシーな姿・・・、それが、私の様な変態をちょっと「チンピク」させようぞ・・・^^;

 ただね、ヴィオレッタ・・・、ちょっと完璧過ぎるんだよ。

 この作品を、もっと強烈なものにするのなら、私は、主演には、ヴィオレッタの友人を演じた少女を使うね。

 そう、この、ヴィオレッタの横に座っている子!

 ・・・この作品では、学校のシーンの数々も、衝突すべき「社会」を意味し、特筆である・・・。

          

 この作品は実話であるが故に、実際の美少女に似た子を主演に据えているが、創作ならば、私は、この友人役の子のほうが、テーマの絶望を深めると思うのだ。

 美少女は、少女の高次にあると思ったら大間違いで、少女とは、美少女とは異なる並列されるべきカテゴリーなのである。

 故に、今作のアナマリア・バルトロメイは、その「美」が、作品テーマの絶望を阻害している。

 つまり、どんな状況に至っても、アナマリア・バルトロメイの「美」が揺るがない、と言う点がである。

 しかし、仮に、この友達をヴィオレッタに据えてみたら、可愛いが、その存在は揺るぎっぱなしになるだろう。

 そこに、絶望が宿るのである。

 変態は、そこに「チンピク」するのだ!

                    

 さて、この作品でのおばあちゃんのあり方である。

 ちょっと、難しい・・・。

 平凡で敬虔なクリスチャンであり、娘のやっていることを理解できないし、ひたすらにヴィオレッタに大過なきことを祈っている・・・、

 が、無力であり、

 作中でも、徐々に衰弱し、最後に、ちょっと意味不明な老衰を迎える。

 これは、無力なヴィオレッタが、無力なりに、自分を示す起点になったか・・・。

 ・・・私は、無類のショートカット好きである。

 物語の序盤で、ローラースケートを楽しむヴィオレッタが、編み込んだ長い髪を頭に巻き付けて、ショートカットなイメージで良かった。

 だが、それは、「綺麗な髪をおろしなさい・・・」と、母親に命じられ、封じられる。

 しかし、物語の終局、施設に収容されたヴィオレッタは、鮮烈なショートカットになっている。

 「解放」の象徴なのである。

 母親の訪問を聞くや否や、ヴィオレッタは脇目をもふらず、森へと「離脱」していく・・・。

     

 なお、「汚れた血」や「ポンヌフの恋人」のドニ・ラヴァンを久しぶりに見れたのは懐かしきことだった・・・。

                                               (2014/05/16)


コメント   トラックバック (4)   この記事についてブログを書く
« [『美味しんぼ』について(自... | トップ | 次の記事へ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

新・物語の感想」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

4 トラックバック

ショートレビュー「ヴィオレッタ・・・・・評価額1600円」 (ノラネコの呑んで観るシネマ)
ママから、人生を取り戻す。 写真家だった母の、少女ヌードモデルと言う過去を持つ、エヴァ・イオネスコの自伝的監督デビュー作。 自分を特別な存在と信じ、それを証明するために娘を利用する母と、母の愛が欲しくて懸命に要求に応えようとする娘。 ここに描かれるの...
「ヴィオレッタ」:セラピーとしての児童虐待ホラー? (大江戸時夫の東京温度)
映画『ヴィオレッタ』は、きわどそうな題材の割にはごくまっとうなドラマ。でも母親が
ヴィオレッタ ★★★ (パピとママ映画のblog)
写真家の母親が5歳から13歳の頃の娘を撮影し、ヌードも含まれた官能的な写真集を発表したスキャンダラスな実話を、当事者の娘が監督となり映画化したドラマ。エスカレートしていく母親の要求に、被写体である幼い娘が母に気に入られようと大人っぽいポーズにも挑み、退廃....
ヴィオレッタ (いやいやえん)
娘を愛しながらも芸術のため食い物にする母親をイザベル・ユペールさんが演じています。 アーティストの母アンナは、美しい10歳の娘ヴィオレッタを被写体に写真を撮り始めたところその写真が美術界で次々に評判とな