海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「ザルカウイの仲間がスンニー派の地方住民と衝突」と題する『ワシントン・ポスト』紙5月29日の記事。

2005年05月30日 | イラク問題
バグダッド発:今月の4日間、アメリカ海兵隊は、彼らがみたいと思っていた種類の戦闘の見物人であった。つまり、アブ・ムサブ・ザルカウイの仲間らしき連中、つまり外国生まれの武装勢力とイラク人スンニー派の部族兵士との間でフサイバという西部戦線の町で行われた戦闘である。
ザルカウイによって命じられた部族長の暗殺によって火がついた衝突で、外国人武装勢力とイラク人の部族戦士とは、小火器と迫撃砲を使って、互いに攻撃を加えた。その間、アメリカ軍は、離れたところから戦闘を見物していた。目標をそれた迫撃砲弾が海兵隊の近くにたまたま着弾したが、「彼らは目標を調節していたのであって、われわれを狙って撃ったのではない。彼らはアメリカ軍を戦闘に巻き込むことを恐れていた」とティム・マンディ海兵隊大佐は言った。米軍側の報告された損害は、好奇心で戦場に近寄りすぎたヘリに対する小火器による攻撃であった。
 部族の一員であるサルマン・レーシャ・スライマンによれば、衝突に巻き込まれたスンニー派のスライマン族は、4人を失った。ザルカウイ側では、11人の外国人戦士が、その場で殺された。未確認数の他の外国人戦士とイラク人の協力者は、部族が彼らの居場所をアメリカ軍に内報した後で、アメリカ軍の爆撃によって殺された。
 フサイバにおける戦闘は、外国人戦士が経験しつつある支持と忠誠が失われた状態の兆候だとイラクの政治的指導者は言っている。
 先週末、ウエッブサイトに投稿されたザルカウイの健康状態に関する矛盾した言明は、彼の副官達が彼はアメリカ軍及びイラク軍との戦闘で負傷したと述べた後でも彼が生きてさえいるかどうかを疑わしくしている。
 フサイバの住民達の経験は、地方のイラク人と外国人戦士との間に緊張がなぜ生じたかの理由を明らかにしている。
 ザルカウイの仲間達が4月にフサイバに作戦拠点を築き始めたとき、町を出る手段を持っていた家族は、逃げだし始めたとフサイバの教育者は言う。彼の氏名は、復讐を恐れて、伏せられている。
「ザルカウイの戦士達は、最近放棄された家屋に居座り、家族が後に残した食糧を食べた」と彼は言う。アラブ系外国人は、町の女性にスカーフを被り長いローブを着るように要求し、若者に西欧風の服を着るのを禁じた。よそ者達は音楽店や料理店を閉めた。」
「私はアメリカ軍が罪のない人たちの血を流さないで、この貧民達(paupers)を片づけることができるだろうと確信していました。私たちは、囚人や奴隷になっていたのです」とフサイバの住人アラー・ムハメッドは言った。
「ザルカウイのグループは、部族長が彼の住民とアメリカ軍の間の善意を示すために海兵隊員を昼食に招いた後で、部族長シェイク・スライマンの暗殺を命じた」と部族の一員であるサルマン・レーシャ・スライマンは述べている。ザルカウイのグループは、ある声明において、部族長の死に対する責任があると認めた。
「人々はファルージャと同じ運命になることを恐れて逃げ出したのです」と上記の教育者は言う。
「フサイバは、現在、あらゆる点で、新しいファルージャだ。われわれはそのことを誇りにしている。もしアメリカ人がフサイバで行動を起こせば、250人のアラブ人戦士が自爆攻撃をする覚悟がある」とザルカウイの仲間のイラク人は言った。
「俺たちはアメリカ人と『トムとジェリー』の関係にある。俺たちがある地域へ行くと、アメリカ人が附いて来るんだ。ネズミがときには勝つこともあるさ。」
「シリア国境に接しているアンバル州での大規模の海兵隊の攻勢は、武装勢力が分散するようにしむけた」と軍関係者は言う。二つめの攻勢は、ザルカウイのもう一つの拠点であるハディタで続けられた。
この攻勢は、今週、遂行されたので、ザルカウイの戦士は、インターネットの中で、ザルカウイは、米軍及びイラク国軍との初期の戦闘で負傷したという声明を出した。ザルカウイの協力者は、彼が重傷であり、彼の外国人とイラク人の仲間から後継者を選びつつあると述べた。
武装勢力の声明については疑いが広まっている。一方では、ザルカウイは、彼の協力者に彼がアメリカ軍の手に落ちる危険がある場合には自分を殺せと指図したという情報がある。
イラク政府筋によれば、彼が戦闘できなくなったというザルカウイの副官の声明は、武装勢力内部の権力闘争を示唆している。外国人戦士とスンニー派イラク人との間の権力闘争を示唆している。
彼らはアメリカに軍を撤退させ、サダム・フセイン後の政府を崩壊させるという共通の目標をもって、時に協力してきたと信じられている。しかし、アメリカ軍筋によれば、1月30日の総選挙後に、ザルカウイのランクが上の協力者を2ダースほど殺すか捕らえるかした。また、それ以外に、何百人もの外国人戦士が殺された。この損害に対する外国人戦士の間の怒りが、彼の仲間の間でザルカウイ支持を減らしているのである。
 選挙をボイコットしたスンニー派を政治的プロセスに参加させようというイラク新政府の努力も、スンニー派アラブ人の間での外国人戦士に対する支持を減らすのに役立ったとイブラヒム・ジャファリ首相は、今週、述べた。
 ある高官によれば、ザルカウイの武器や戦士や資金を集めるためのネットワークのほうがザルカウイという人物よりも重要である。国民議会議員であり、「イスラム革命最高宗教会議」の指導者であるフマン・ハンムーディは、次のように述べた。「彼らはザルカウイをシンボルにした。シンボルがいなくなると、混乱や不安定が起こるだろう。武装勢力の間には安定はない。」
彼は言う。「武装勢力は、再組織するのにいくらか時間がかかる。彼らにそうするチャンスを与えないような重大な努力がなされている。」
[訳者の感想]ザルカウイが負傷したとか、しないとかいうニュースが飛んでいる理由は、武装勢力内部に対立があるせいだというのは説得力があるように思われます。しかし、ザルカウイ達と互角に戦えるほどの武器と兵力を部族が持っているということは、彼らがアメリカ軍に不満を持ったときにどうなるかを考えると余り楽観視はできないと思うのですが。
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「中国は、いくつかの行動を起こす」と題するホルブルックの論説。

2005年05月28日 | 中国の政治・経済・社会
『ワシントン・ポスト』紙5月27日号に掲載された論説です。筆者のリチャード・ホルブルックは、アメリカが中国との国交正常化をした当時の「東アジア及び太平洋問題」担当の国務次官。
「世界の嵐の中心は、中国に移った」と1869年に国務長官ジョン・ヘイは述べた。「あの強力な帝国を理解する者は誰でも、次の500年間世界政治の鍵を握っている。」
ヘイが有名な門戸開放政策を宣言したとき以来、すべては異なっているが、何も変化していない。その政策は、中国に対するアメリカの商業的接近が他の主要国と平等であることを要求した。中国とアメリカ関係の上がり下がりの一世紀が、--下がる場合のほうが多かったのだが、--その後に続いている。しかし、今日では、非常に異なる仕方で、アメリカは、門戸開放を探し求めている。財務長官と憤激した議会は、アメリカの会社に世界の急速に成長する経済と競争するもっと良い機会を与えるために、中国に通貨の再評価をするように要求している。
 元とドルとの交換率を巡る主張は、世界で最も重要な両国の間で起こっていることのほんの一部に過ぎない。ワシントンと北京は、テロリズムに対する戦争と太平洋と南アジアでの戦略的安定性に対する欲求についていくつかの共通の重要な利害関心を持っている。そして両国は今なお協力しようという努力をしている。アメリカ側では、ワシントンが「グローバルな対話」と呼んでいるものに対する責任は、主として、間もなく北京を訪問する予定のロバート・ゼリック国務次官の手の中にある。
しかし、両側とも公式には否定しているが、中米の結びつきは、ゆっくりと緊張しているおり、他の案件は年配のアメリカ高官の注意を引いている。いつまでも終わらない台湾問題と中国の増大する軍事力についてのワシントンの懸念を越えて、二つの巨大なファクターが両国の関係を絶えず圧迫している。第一に、国民の自分を自由に表現する権利に対する本質的に異なる態度と第二に大きな貿易不均衡である。
 中米関係を非常に複雑にしているものは、両国の間のすべての大きな外交政策上の問題は同時に国内問題であるという点である。議会に圧力をかけるグループとNGOとは、人権から生命擁護に到る、チベット支持派から組織労働問題に到るアメリカの政治的スペクトルの全体を横断している。次のような二国間の議題が脅かしている。つまり、台湾、チベット、人権、宗教的自由、言論の自由、法輪功、奴隷労働、北朝鮮、イラン、貿易、対ドル交換率、知的財産権、中国市場へのアクセス、敏感な技術輸出、武器禁輸などである。
行政組織のさまざまな部分がそれぞれの問題を支配し、議会が主要な役割を演じているワシントンでは、整合的な政策に固執することは困難である。他方、高度に選択的で緊密に規律を保った非民主的システムを持つ中国は、長期の政策目標を打ち立て、それに向かってゆっくり仕事をすることができる。中国人は、我慢強い国民である。
 長期目標に向かう中国の前進は、1979年に始まったト小平の改革以来、経済的結果を生み出した。天安門事件における挫折にもかかわらず。しかしながら、外交政策においては、事態は、最近までは異なっていた。1979年の対ベトナム戦争以来、中国は、世界の舞台では、守勢に、否、受動的になった。
 しかし、中国の新しい指導者は、彼らの経済力をもっと積極的な外交政策と一致させ始めた。個別に見ると、中国の行為は、一連の無関係な出来事のように見える。だが、それらは長期の戦略の一部である。以下はその実例である。
1.温家宝首相は、4月に「歴史的なインド訪問」を行い、その間に、世界の二大国家は、「戦略的パートナーシップ」を宣言した。これは勿論曖昧な言葉であるが、過去50年の間このライバル同志の国を特徴づけた関係とは全く異なっている。
2.4月末の胡錦涛主席と二人の台湾の政治的指導者との会見は、1945年に毛沢東と蒋介石が会って以来の最初の一対一の会見であった。
3.政府の黙認の下で起こった4月の反日デモ。表面的には、第二次世界大戦中の日本の残虐行為を日本の教科書が削除したことに抗議することを意図していたが、実際は、デモは、中国の公式の立場がどうであれ、中国は、日本が国連の安全保障理事会の常任理事国となることを欲しないということの粗野な表現であった。
4.アメリカの対北朝鮮政策についての中国外務省による5月12日に行われた非常に普通でない批判。北京は、アメリカサイドの協力がないために、北朝鮮が殆ど一年間ボイコットしている六者協議を救うようにワシントンから要求されることにうんざりしているのだ。
5.北京が国連の安保理の座席を引きついで以来初めて、次の国連事務総長の選挙で中心的な役割を演じようとする中国の意図。それは地域のロテーションによって、アジアから出ることになっている。2007年1月1日以後仕事を引き受ける新事務総長は、中国人ではありえない。なぜなら、安保理の常任理事国は、事務総長を出すことができないからである。指導的な候補者は、今月、コンドリーザ・ライス国務長官に援助を要請したが、ワシントンは、まだこの問題に十分な注意を払っていない。
6.最後に、中国はスーダンやアンゴラのような離れた地域に油田を買い始めた。それはそれ自身の急速に成長しつつあるエネルギー需要に対応する長期的戦略である。エネルギー政策と主要な外交政策とが一致している。このことは、スーダンのダルフール地方に対して国連が介入することに対して中国が気乗りがしないことと関係がある。
 ワシントンがこの地域に十分な注意を払っていないという東アジアにおける他の国々の間の増大する印象がある場合に、世界舞台での政治的役者としての中国の登場が起こる。(皮肉なことに、これはアメリカとの関係が歴史上最善であるインドとは極端な対照をなしている。)もし、われわれがアジア・太平洋に対する関心と政治的影響を失うならば、不均衡は、必ずや、後に新しい世代の政策立案者や国家につきまとうことになるだろう。チャレンジは明らかであるが、この地域に対するわれわれの重大な国家的な関心についてワシントンの非常に高いレベルでは、はっきりした焦点が欠けていることは、憂慮すべきである。
[訳者の感想]アメリカがイラン及び中東問題に注目する余り、アジアに対する明確な外交政策を持っていないように見えることをホルブルックは憂慮しているようです。逆に中国はその間に、大胆な資源政策・外交政策を確立して、着々と実行しているように見えます。日本政府に果たして長期的な外交政策などあるのでしょうか。小泉内閣には、場当たり的な目先の外交政策しかないように思います。 
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「中国コネクション」と題するポール・クルーグマンの論説。

2005年05月22日 | 中国の政治・経済・社会
『ニューヨーク・タイムズ』紙5月20日に掲載されたクルーグマンの論説です。
中国の通貨政策を非難する最近の財務省報告についての話は、「ふん、何だって」と言わせた。率直に言って、これは専門のエコノミストも混乱させる問題である。だが、何が起こっているのか説明させて欲しい。
過去数年、中国はそれ自身の理由で、米国の財政責任とナスダック式の投機マニアへの見返りの両方を可能にする者として振る舞ってきた。今や、アメリカ政府は、やっと、問題があることを認めつつある。ただ、問題は中国にあって、俺たちにはないのだと主張している。
行政府の誰かが不愉快な現実に直面したという兆候はない。アメリカ経済は、中国や他の外国政府からの低利のローンに依存するようになり、これらのローンが来なくなった場合、それは重大な問題を持つように見える。
これが米中の経済関係が現在機能している状態である。
通貨は中国に注がれており、それは中国の急速に増大する貿易黒字のせいであり、西欧と日本の会社の投資のせいである。中国の貿易黒字と注入される外国資本の両者は、中国の通貨である元の価値を押し上げており、中国の輸出はより競争力を失い、貿易黒字は縮小しつつある。
しかし、中国政府は、大量のドル建てアセットを買うことによって、元の価値を押し下げてきた。その額は、2004年には2000億ドルであり、今年は3000億ドルに上る予定である。これは経済学的には異常である。その資本が西欧の基準化から見れば少ない貧しい国である中国が、アメリカに低利で莫大な金額を貸しているのである。
けれどもアメリカは、この異常な行動に依存するようになった。中国や他の国によるドルの購入は、アメリカ経済を一時的に巨額の財政赤字の影響から切り離した。この外国からの金の流入は、財政赤字をカバーするのに必要な巨大な政府の借金にかかわらず、アメリカの金利を低く抑えてきた。
反対に、低利の債券は、アメリカの建築ブームにとって重要である。急騰する家の価格は、建築業を産み出さない。家の価格は、消費支出も支えているが、そのわけは、多くの家の所有者が彼らの抵当を別の借り入れで弁済することによって、上昇する家の価値を現金に換えたからである。
そういうわけで、なぜアメリカ政府は文句を言うのか。財務省報告は、中国の為替政策がどのようにアメリカに影響するかについては、全く何も述べていない。それが提供している国内的側面は、行政政策についてのいつものおべっか的な賞賛である。それに対して、それは中国自身にとって中国政府の政策の不利に焦点を当てている。いつから、それはアメリカの主な関心事になったのだろうか。
実際は、政府は、中国経済について心配しているのではない。中国の貿易黒字について怒っているアメリカの製造業からの政治的圧力のゆえに、それは元について文句を言っているのだ。そういうわけで、それはすべて政治である。そしてそれが問題なのだ。もし、政策決定が純粋に政治的理由でなされるならば、誰もその現実世界に対する帰結を良く考えないだろう。
中国が通貨政策を変え、これらの安いローンがもはや来なくなったら、何が起こるか。アメリカの金利は上昇するだろう。住宅建築バブルは、恐らくはじけるだろう。建築業の雇用と消費者の支出は、どちらも下がるだろう。住宅の価格が下がれば、破産が増えるだろう。こうして、われわれは、突然、なぜ誰かが財政赤字を財政的に管理することは容易だと考えたのかと不思議がるだろう。
言葉を換えると、われわれは中国のドル買いに対して中毒症状を呈して来たし、それが終わったときに苦痛に満ちた禁断症状に悩むだろう。
私は現状を維持するように努力すべきだと言っているのではない。中国症状は断たなければならない。早ければ早いほど良い。結局、近い未来、中国は、ドル買いを止めるだろう。われわれが何をしても、住宅建築バブルははじけるだろう。長期的には、外国のドル買いに対する依存を終わらせることは、われわれにより健全な経済を与えるだろう。特に、「元」と他のアジア通貨の上昇は、2000年以来300万人の雇用を失ったアメリカの製造業をより競争力のあるもにするだろう。
しかし、中国の通貨政策の変更のマイナスの影響は、直接的であるが、プラスの影響は、実現するのに何年もかかるだろう。私が言える限り、権力を持つ立場にある誰も、中国が現実にアメリカの要求に譲歩して、元を切り上げたとき、その帰結をどう扱ったらよいかを考えていないのだ。
[訳者の感想]中国政府が実際に元を切り上げたとき、アメリカ経済に何が起こるかをはっきり述べている論説だと思います。しかし、アメリカ政府の要人がだれもそのマイナスの影響を考えていないとは信じがたいことです。題名の「中国コネクション」は、中国から多額のお金が流入している現状を麻薬の経路にたとえたものと思われます。
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「イラク戦争は石油のためだったと英国国会議員が言明」と題するアル・ジャジーラネット版の記事。

2005年05月21日 | イラク問題
小見出し:労働党国会議員で英国の元環境相マイケル・ミーチャーは、ブレア首相とブッシュ大統領を石油の利益を守るために戦争を始めたと攻撃している。
「イギリスとアメリカがイラクを攻撃した理由は、大量破壊兵器とは無関係で、イラクの民主化とも、サダム・フセインによる人権侵害とも無関係である」とミーチャーは、5月20日にポルトガルのリスボンで開かれれた「第4回石油と天然ガスの減少についての国際ワークショップ」で述べた。
アル・ジャジーラ放送に「イラク戦争は石油を巡るものか」と質問されると、彼は「結びつきは、100%だ。全く間違いない」と述べた。
ミーチャーは、イラク戦争をアメリカとイギリスの増大する市場変動性を支配したいという欲求と結びつけた。彼はまた戦争は世界の最大の石油生産国であるサウディ・アラビアに圧力を加えることを意図したものだと考えている。
「イラク戦争が原則的に総体的に石油と関わっていた。この戦争は、中近東とイラクに対するコントロールを引き受けようとしたものである。なぜなら、イラクはサウディ・アラビアに次ぐ世界第2の産油国で、サウディ・アラビアの隣国だからだ。」
「イラク戦争は、残る石油生産地であるカスピ海沿岸もできるだけ確保しようと狙っている。」ミーチャーは、また、「アメリカには、貧弱な環境基準しかない」と述べた。「アメリカの発電所は、日本全体の産業を動かせるくらいの多量のエネルギーを浪費している。彼らは京都議定書に強硬に反対した。」
彼はまた進行しつつある油田の減少による世界の石油供給の深刻な不足の可能性を含んで、世界が直面している「黙示録的な」エネルギー問題に言及した。
ミーチャーは、1バレル当たり100ドルないし150ドルへと原油価格が鰻登りになる事態は、大量の社会的混乱を産み出すと予想している。「これらの困難は、われわれが今までに見たことのない規模での戦争や革命や難民を産み出すかもしれない」と彼は言った。
リスボン発のアダム・ポーター記者の記事。
[訳者の感想]これまでも沢山の人が、イラク戦争の本当の理由は石油だと言ってきましたが、イギリス政府の高官だった人がこれほどはっきりと言ったのは初めてではないかと思います。資源の争奪が戦争の原因だという点では、20世紀の戦争も21世紀の戦争も余り変わらないようです。
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「ファルージャの現状」『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の5月19日の記事。

2005年05月20日 | イラク問題
「まだ当分平和ではない」と題するビルギット・スヴェンソン記者の記事です。
ファルージャは、バグダッドからほんの80キロしか離れていないが、底へ通じる道路は空路よりももっと危険である。「ファルージャ」という地名は、スンニー派の反政府軍とイラクの治安部隊とアメリカ兵の間の激戦を意味している。
目撃者の報告によれば、当時、何日間も埋葬されない死体が道路上に散乱していた。反政府軍の武器と弾薬庫として使用されていたモスクには兵士が突入した。町から逃げ出さなかった者は、ファルージャで必要なものを手に入れなければならなかった。
司令官マーク・グルガナスは、部隊はスンニー派三角地帯での戦闘に対して準備ができていなかった。上層部の戦略立案者は、2003年3月のイラク侵攻作戦以前に、バグダッドでの市街戦を予想し、イスラエルとオパレスチナで特殊部隊を訓練させていた。「しかし、ファルージャでの戦闘が始まった時には、特殊部隊は帰国していた。
現在、ファルージャに駐屯しているアメリカ軍は、3月以来初めてイラクにやってきた連中である。「黎明」と名付けられた大攻勢は、昨年11月から12月に、別の部隊によって行われた。アメリカ軍は、2004年の初めにこの町を反乱軍に明け渡した後、ファルージャを奪回した。
グルガナスと彼の率いる4000名の兵隊にとっては、今のスローガンは、「再建」である。ファルージャで再建さるべきものは、数多い。かって40万人の市民がいたこの町は、大部分破壊された。通りはことごとく破壊され、僅かに石とがらくたの山がここにかっては家屋が建っていたことを示している。壊されなかったモスクは一つもない。
ファルージャでは、確かに三ヶ月前よりは、事態は落ち着いているが、まだ、本当に落ち着いた状態ではない。ファルージャの近くにあるアル・カマでは、数日前から再び戦闘が始まっている。ライアン・パウエル軍曹は、ハムヴィー型の装甲車三台からなる部隊を指揮している。12名の兵士は、この装甲車で宿営地からファルージャ市内に来る。道路脇の爆発や、手榴弾、小型ロケット、迫撃砲弾はしょっちゅう打ち込まれる。
テロリスト達は、とっくにべつの手段を使っているが、自動車爆弾に対する不安は大きい。自爆暗殺者は、バグダッドでは徒歩で国民軍の事務所の中に侵入し、そこで点火ベルトに点火する。「あれはひどい遊びだよ」とグルガナス司令官は言う。イラク人の治安軍がテロリストの捜査に成功したと報告すると、数日後に警察や国民軍が激しい攻撃の目標になる。アメリカ陸軍がいくつかの町を解放したと報告すると、その数日後に必ず爆弾が爆発する。
アメリカ空軍の最高司令官であるリチャード・マイヤーズの言うところでは、イラクでは一日に60か70の攻撃が行われる。この数は一年前と殆ど同じである。過去数ヶ月の間に、イラク治安部隊は、27大隊から80大隊まで増員された。5万5千人の警察官が雇われ、訓練された。他方、2004年6月以来、2千人の国民軍兵士と警察官が殺された。
ガマル・ハミドは、苦情を言うために、ファルージャの作戦センターへやってきた。彼の会社は、この町の通りや広場にある瓦礫を片づけてくれという委託を受けた。現在彼の労働者は、反乱軍に脅かされている。何年も前から、彼は瓦礫の後かたづけをやっている。「ファルージャは、比較的安全だ」とこのイラク人は言う。彼は彼の家族を再び町へ呼び戻した。
アメリカ軍は、町の周りに安全地帯を設定し、六カ所にコントロール地点を作ったから、現在誰も誰何されずに町へ入ることはできない。ガマルは、外国から来たテロリスト達は立ち去ったと思っている。彼はシリア語を話すアラブ人達が家屋を接収し、住民を追い出したと言う。そういうわけで、彼はアメリカ軍の「黎明」作戦には賛成である。「そうでなければ、われわれはあのテロリスト達を追い出すことはできなかっただろう。」
ファルージャ市民がみなガマルと同じ意見だとは言えない。その数日前、ユーフラテス河を渡る橋のたもとで、ガマルの甥が殴られ、携帯電話を奪われた。数人の黒い布で顔を隠し、武装した男達が、彼の使用人達を誘拐あるいは殺人で脅かした。ガマルは、アメリカ軍に保護してくれるか、自分たちも武装する可能性を要求している。彼によれば、ファルージャでは武器の携帯は、禁じられている。
ファルージャ市は、次第に活気を取り戻しつつある。家具職人のアイヤッドは、彼の家族を連れて町に戻ってきた。
至る所で、住民が窓や扉を修繕しているのが見られる。避難した人の70%が帰ってきたと推定されている。いくつかの商店も開かれた。大抵の店は、食料品を売っている。広場では、果物や野菜が売られている。しかし、店屋の大部分はまだ閉じられている。(後半は省略した。)
(訳者の感想)死の町と言われたファルージャも少し活気を取り戻したようです。一番困っているのは、開かれている病院が少なくて、病人を診てもらえないことだそうです。
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「中国人がやってくる。さあ挨拶しよう。」と題する『ヘラルド・トリビューン』国際版5月17日の記事。

2005年05月17日 | 中国の政治・経済・社会
パリ発:最近、私は中国の「平和な台頭」についての「ボアオ・フォーラム」に参加するために、中国に行った。「平和な台頭」というのは、この国の外交上のお題目で、最初は企業家によって、次に政治家によって、そしてもっと最近は、「政治的革新のための財団」(Fondation pour l'innovation politique)によって唱えられたものである。
実際、問題は、今や、中国が台頭しているかではなくて、台頭が平和的なものであるかどうかである。
夢を見るのは止めよう。更新可能なエネルギーは常に不十分であったのに、中国は、中国の電力需要の4%か5%を供給する核エネルギーのために20年懸かった。
その結果、中国は、伝統的な資源、つまり、石油と石炭にによるエネルギー消費するだろう。そしてそれはあらゆる可能な手段を使って、中央アジア、イラン、ラテン・アメリカでエネルギーを手に入れようとしている。
そのことによって、新しい同盟が形成され、そのあるものは西欧と衝突するだろう。
更に、エネルギー資源に対する中国の要求とそれにもとづく対立地域との関わり合いは、不安定にするボトルネックを産み出すかもしれない。このことは、中央アジアにおける中国の増大するエネルギー資源需要において明白である。中央アジアは、9.11以後の増大するアメリカのプレゼンスやロシアとインドの再参加やサウディ・アラビアやパキスタンの地域的繋がりで鬱血した政治的な地域である。
だから、問題はエネルギーを越えている。中国は、国際社会にその「平和的台頭」がそれ自身の重要な戦略的利害が脅かされない地域にのみ限定されないことを確信させなければならない。
次に、中国の台頭の軌道の問題がある。中国は実際に何を欲しているのか。われわれはそれを知っているだろうか。中国自身がそれを知っているのだろうか。どの偉大な文明も世界にある理念をもたらす。中国はどのような理念をもたらすのか。
西欧は、中国が歴史的運命を持っていること知っている。しかし、西欧は中国が何でありたいと思っているのか、中国が世界に対してどんな肖像画を描こうとしているのか確かではない。中国とインドや西欧との同盟は、中国がある他の地域から距離をおくことは、世界の中に存在したいという願望だけでなく、世界の出来事を支配したいという願望を示している。
それ自身の中に閉じこもったままであることを選ぶなら、それは平和的台頭に対する優れたアリバイであっただろう。しかし、中国は、「中心の国」(the Middle Kingdom)の孤立に対して抵抗することによって、台頭を平和的にしておくという挑戦をしているのだ。
われわれは中国がこれらの挑戦を乗り越えるのを助けなければならない。中国と関わり合うことは、われわれ自身がゲームをしていることを保証するだろう。台頭しつつあるのは単に一つの国ではない。ある前進的な地域的統合が、一つの大陸の台頭を結果するだろう。われわれはそれが人類の最大の部分を含む大陸であることを忘れてはならない。
中国は、敵意でもって扱われるべきではない。古代ギリシャの歴史家ツキュディデスが「人が他人を敵だと考えるならば、他人は本当に敵になる」と言ったとき彼は正しかったのだ。中国をライバルと見る代わりにパートナーだと考えよう。
われわれの目標は、新たに台頭する極が多元的な対話の中で統合するするのを助けることでなければならない。中国と争う可能性は余りないと考えるヨーロッパ人は、この対話を確立するのに果たすべき重要な役割を持っているように思われる。
多面性についての中国のビジョンをヨーロッパが鼓舞することは、中国に対して世界貿易機構に参加するように呼びかけた欧州連合の態度に反映されている。--それについては、フランスは、重要な役割を演じた。また、それは中国に対する武器輸出禁止の撤廃の呼びかけにも反映されている。協力が制裁よりも上に置かれなければならない。そして過去は、未来の前に消えるのだ。
しかし、対話を続けるためには、われわれはお互いに知り合う必要がある。人々、特に学生や企業家や文化人や大学人や政治家が出会い、互いを知るようにならなければならない。そうすれば、中国は、エキゾチックであることを止めるだろう。それはもっと親しみのあるものとなるだろう。
筆者であるジェローム・モノーは、「政治的革新のための財団」の創設者で名誉議長。
{訳者の感想}ドイツやフランスが中国に接近しようとしている理由が何であるかが分かるように思いました。要するにこれからの中国を国際社会の中で孤立させないことが必要だと言っているようです。日本政府はどのような中国政策を持っているのでしょうか。どうも中国封じ込め政策を考えているように見えます。それは果たしてうまくいくのでしょうか。
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「私たちは同じボートに乗っている」と題するイスラム法学者とのインタビュー

2005年05月15日 | 国際政治
『ヴェルト』紙5月14日号に掲載されたカイロのアル・アズハル大学教授アリ・ゴマとのインタービューです。
ベルリン発:アリ・ゴマは、エジプトのイスラム法学者で、全世界の13億人のイスラム教徒の90%が属しているスンニー派イスラム教の法律及び社会政策についての権威である。彼はカイロのアル・アズハル大学で教鞭を執っている。ゴマは、リベラルなイスラムの宗教見解(ファトワ)のゆえに、何度も話題になった。例えば女性の先唱者やヴェール着用についての議論において話題になった。彼と対談したのは、ミヒャエル・シュテュルマー、カール・ホーエンタール、ディートリヒ・アレクサンダーである。
--あなたはイスラム世界との宗教間対話に関して、新しいドイツ人のローマ法皇に何を期待されますか。
アリ・ゴマ:イスラム世界は、ベネディクト16世が彼の前任者の路線を継承するだろうと期待しています。ヨハネ・パウロ2世は、イスラム教との対話を開始し、まさに今日非常に重要な相互の理解に貢献しました。
--ヨハネ・パウロ2世の死と彼の後継者の任命は、キリスト教徒の間に宗教的喜悦のようなものを生みだしました。この宗教心の革新は、イスラム教においても、世界的な現象でしょうか。
ゴマ:ポーランド出身の法皇は、寛容を旗印にしました。だから、宗教的実践の革新について語ることができるのです。このことは、われわれが生きているこの世界ではとても大切です。それは諸宗教が共生するための必要な第一歩です。私ならそれを宗教の革新とか改革とか言わず、本当の宗教の再生と言うでしょう。新しい法皇について私の知っていることは、彼がこの道を続けるだろうという私の意見を裏書きしています。
--それは具体的に言うとどういう意味ですか。私たちは「文化の対立」を望みませんが、それを防ぐのに私たちは何をすべきでしょうか。
ゴマ:イスラム教がドイツの学校でどのように伝達されているかについては、科学的な研究が存在します。その研究が示しているのは、われわれの宗教について間違ったイメージが教えられているということです。われわれが、われわれの青少年のところで他の宗教についてどのような理解を呼び起こすことができるかに多くのことが依存しています。その際、非常に重要なのは、正しい情報であり、正しい教科内容です。自爆があると、メディアは、すぐにイスラム教徒のテロリストの仕業だと言います。しかし、犯人がイスラム教徒でない場合には、彼らは決して犯人の宗教が何であるかを言いません。あなた方は例えばあれこれのテロ行為がカトリック教徒や仏教徒やヒンヅー教徒によってなされたとメディアが報道しているのを一度でも聞いたことがありますか。けれども実際は、テロリストは、われわれの共通の敵だということです。エジプトのアンワル・アル・サダト元大統領の暗殺を思い出せば、あなた方よりも私たちのほうがテロリズムの被害者なのです。あなたがたと私たちは、同じボートに乗っているのです。私はあなたがたにテロリストに対する共同の戦いを呼びかけます。西欧世界は、十把一からげに扱うことを止めるべきです。あなた方は、13億のイスラム教徒を、わずかなイスラム教徒の行為のために、同類扱いすることはできません。自爆テロを禁じているかなり多くのイスラム法学者がいるのです。
--ですが、アル・アズハル大学のモハメッド・サイエド・アル・タンタウイ師は、イスラエル人に対するパレスティナ人のテロ攻撃は許されると言いませんでしたか?
ゴマ:マス・メディアは、私たちにとっては、いつも大きな問題です。それが省略したり、歪めたりするからです。タンタウイ師については、パレスティナ人のテロ攻撃についての具体的な言明や評価は存在しません。なぜなら、すべてのイスラム法学者は、中東紛争を政治的対立と見ていて、宗教的対立とは見なしていないからです。私たちは、パレスティナ人のテロ攻撃にどう反応するか、どう評価するかは政治家達に任せているのです。
--イスラム世界では、民主主義的構造に向かういくつかの展開が見られます。イラクやレバノンの選挙、サウディ・アラビアや他の湾岸諸国の地方選挙がその例です。これは民主化の波なのでしょうか?
ゴマ:私たちは、エジプトでは、150年前から民主主義を実践しており、世界の民主主義的発展と歩調を合わせています。しかし、私たちには、他の優先性を強いるいくつかの内部の問題があります。そういう訳で、私たちは36%の文盲を抱えています。これは、民主主義に最善の形で到達するのに大きな障害です。その上、高い失業率や、高い人口増加率があります。これらのファクターすべては、私たちが手に入れたいと思っている種類の民主主義を定着させるのを妨げています。
--フランスでは、学校でのベールの着用禁止令が発効しました。アル・タンタウイ師は、それに対して、このような禁止を決議することは、フランス政府の権利であると言いました。あなたもそういう意見ですか?
ゴマ:有り難いことにこの件については意見の相違はありません。しかし、大法学者の宗教見解には、その前の歴史があるのです。彼は第一に「ヴェールを被ることは宗教的義務である」と言いました。第二に、政治家は誰もこの義務を疑う権利はないのです。しかし、第三に、「すべての国には、その法的決定に関して主権を持っており、それに介入する権利はわれわれにはない」と彼は付け加えたのです。それは、外国人がわれわれの国内の事柄に介入することが許さないのと同様です。フランスの法律によって、フランスに住むイスラム教徒は、困った状況に追い込まれました。しかし、彼らは、われわれの宗教の規定にしたがって、女性がヴェールを脱ぐことを認めたのです。
[訳者の感想]イスラム教の法学者の間ににもいろいろな意見があることが分かります。ゴマ師などはやはりリベラル派のイスラム教徒と言うべきでしょうか。
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「11月に朝鮮戦争が始まるか?」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2005年05月13日 | 外交問題
北京発:ある高位の中国人北朝鮮通は、中国によって組織された平壌の核開発を解決するための六ヶ国協議が挫折したと見なしている。彼は、遅くならない内に、すべての参加国が北朝鮮政策における「180度の転換」することを要求している。「年末ぐらいに、米国と北朝鮮との間の戦争になるかもしれない。われわれはますます急激にエスカレーションへと滑り込んでいる」と中国党大学の国際戦略問題のチャン・リアンギ教授は述べた。チャン教授によると、「余りに多くの人が、北朝鮮は、交渉においてより高い代価を狙うために、核武装を使ってポーカーをやっているのだと思っている。われわれはそれについて幻想を抱くことを止めるべきだろう。」
ますます多くの中国の研究者達は、北朝鮮が六ヶ国協議によって核武装を譲歩することはありえないという点でチャン教授に同意している。平壌は、2月10日に、とっくに核兵器を所有しているということを初めて公に告知したとき、一線を越えてしまったのだ。
チャン教授にとっては、事態は明らかである。アメリカと日本にとっては、北朝鮮の核武装を国連総会に懸ける以外の他の選択はもはや残されていない。「それは国際社会による北朝鮮の断罪と同様、避けることができない。」両方のこと(北朝鮮の核武装を安保理に付託することと北朝鮮を断罪すること、)は、9月か10月に起こるかもしれない。北京は、その議決に反対する何らの理由もない。「われわれは核のない朝鮮半島を望んでいる。ところが北朝鮮は核武装をしてしまった。われわれは六者協議を組織したが、平壌はそれから下りてしまった。われわれは対決は望まないが、平壌は対決へ向けて突き進んだ。」アメリカは結局経済制裁をするように迫るだろう。11月には北朝鮮が(国連総会を)ボイコットするかもしれない。そうなったら、アメリカと北朝鮮との衝突は、もはや止められない。北朝鮮の分析で有名な61才の研究者は、悲観的な見通しによって、北京政府の希望とは反対の立場をとっている。北京政府は、引き続き平壌との交渉に賭けている。「新しい状況は、われわれれに特に慎重に振る舞うことを要求している。六ヶ国協議への復帰が核問題解決の唯一の道である」と中国外交部の孔泉報道官は言う。もっとも孔泉報道官は、中国がどのようにして、圧力を加えることなく、北朝鮮を話し合いへと説得するつもりなのかは、漏らすことができなかった。
5月13日号の『ヴェルト』紙に掲載されたジョニー・エルリング記者の記事です。
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「疑り深い隣人達」と題する『ツァイト』紙の最近号の記事。

2005年05月11日 | 国際政治
 われわれドイツ人は、われわれが外国で好まれていないということに悩んでいる。隣人がわれわれに鏡を突きつけたり、それが歪んだ鏡が問題であることが分かったりすると、われわれはがっかりしたり、腹を立てたりして反応する。何とこの世は不当であることか。なぜなら、われわれは殆ど60年間安定した民主主義の中で生活し、われわれは非戦闘的な国民ですよと取り入ってきたし、過去の悪行を細かく懺悔したではないか。
 英国の新聞は、特にわれわれに嫌がらせをしているように見える。ドイツ人の法皇が選ばれたことについて、英国の新聞は、われわれの『ビルト新聞』によって非難された。(訳者注:ベネディクト16世が少年時代、ヒトラー・ユーゲントに属していたことをイギリスの新聞があげつらったことに対してドイツでは非難が出ていました。)イギリス人がヒトラー・ドイツに対して長く孤独だが最後には成功を収めた抵抗を祝い、このパーティでドイツ人のスケープゴートは必然的に常連客であるということを否定することは困難である。ロンドン駐在のドイツ大使トーマス・マトウーセックがイギリス人達にはっきりした言葉で、余りに脅迫観念的にナチの過去をほじくることは、現代の民主的なドイツへの眼差しを歪め、両国民の間の関係にとって好ましくない帰結を与えるだろうと言ったのは正しかった。多くの若い英国人は、ナチと戦争を中心にした「ドイツ」と一緒に成長している。
その上、英国の左翼リベラルと保守主義者のグループの中には、われわれの国民に特に好意的な感情を持たない同時代人が十分に存在する。彼らは、「ドイツ人は特に悪に染まりやすいのだ」と信じている。マーサ・ゲルホーンは、1990年代半ばに、「ドイツ人は恐らく遺伝子一つ分ゆるんでいるのだ」と書いた。われわれの平和な変貌を本当には信じない人たちが沢山いる。このことを遺憾に思うこともできるし、腹立たしく思うこともできる。だが、ドイツでも同様な疑いが全く知られていないわけではないと言うことを見逃すべきではなかろう。われわれの親たちが時に不安にさせるほど素朴な熱心さでかき抱いたヨーロッパ統合のプロジェクトは、ヨーロッパ大陸の真ん中にある不安定な国をガリバーみたいに超国家的な契約の網でつないでおこうという意図から生じたのだ。「安全なものは、安全である。」
 (ドイツの)左翼グループの一部は、ドイツ統一に抵抗し、自分自身の国に対する疑いを繰り返し表明した。その自己懐疑の頂点は、ベルリンの「自立的」光景で鳴り響いた「二度とドイツを復活させるな」という呼び声であった。ギュンター・グラスは、ドイツ統一に対して、マーガレット・サッチャーが言うのと殆ど同一の主張をした。極端な場合には、自分の国民の精神的安定性に対するドイツ人の疑いは、選民の妄想の裏返しのように作用する。ナチのイデオロギーは、われわれを優れた人種に変えた。かなり多くの同時代人は、別の極端に陥ろうとしている。(「ドイツ人は最低の民族だ」という主張を指している。)
 ドイツに対する疑いや恐れについて言うと、英国人は、意見の自由と全く野放しの自由な新聞によって、われわれの隣人が考えていることを口に出しているだけである。ドイツの周りには、われわれを信用せず、特に評価もしない多くの隣人が生きている。われわれの堕罪、ナチとホロコーストがわれわれの民族的素質から生じたにせよ、あるいはわれわれの過去の最も暗い局面が、経済的社会的政治的ファクターと結びついた人間本性によって、説明されるにせよ、われわれは、歴史の重荷を背負って生きなければならない。
 われわれはなぜ戦後60年は長い年月であるという幻想的な希望を捨てるべきなのか。問題になっているのは、歴史的には、短い挿話である。これに対して、民族相互の間の考え方は、何世紀もかかって形成されたのである。その上、偉大な国民は、その隣人達によって評価されることは稀である。われわれドイツ人も、多くの悪い思い出を持った多くの国民を持っている。特に、われわれは、どうしても愛されたいと思うことを止めるべきだろう。愛好は強制することはできないし、裏切られた希望は、結局、フラストレーションしか生まない。むしろわれわれはフランス人から学ぶべきだ。彼らは、人が彼らを好んでいるかいないかを余り気にかけない。もっと平然としていることが得策である。特にわれわれの過去を思い出させる記念日の数は、確かに減ることはないのだから。
[訳者の感想]ドイツ人がいくら過去についてついて謝罪しても、相変わらずイギリス人あたりから、いろいろと文句をつけられていささかうんざりしているドイツ人の考えかたが良く分かると思います。日本人は、もう少し自己反省すべきだとは思いますが。フランス人は、他国民の評価を余り気にしないというのは、面白いとおもいました。
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「もう一つのアジア危機へとまっしぐら」と題する『シドニー・モーニング・ヘラルド』の記事

2005年05月09日 | 中国の政治・経済・社会
『シドニー・モーニング・ヘラルド』紙5月9日のハミッシュ・マクドナルド記者の記事です。
 先週、貿易相手国は、中国の通貨切り上げを期待していたが、エコノミスト達は、指導者がもっと景気の良い時期に進行させることに焦点を絞っていると考えた。香港のアジア・太平洋マーケットの主任エコノミストであるジム・ウオーカー氏にとって、兆候は次々に現れている。
メルボルンのクラウン・カジノでは、賭をする行楽客に対する前払い金は、今年の新年には、アジアの無茶な賭をする人たちが昨年支払った額の二倍であった。普通労働力が過剰であると見なされている中国内部の省であるセン西省では、最低賃金が30%上昇した。
 ウオーカー氏が言うには、これらすべては、中国が狂乱的な経済サイクルの最後の段階に近づきつつあることを示している。アメリカ・ドルにペッグした通貨の過剰によって特徴づけられる段階に近づきつつある。
 投資銀行モルガン・スタンレーの中国エコノミストであるアンディ・シエ氏も経済システムは、早い速度でクラッシュに近づきつつあると見ている。
 「中国は、輸出と投資に動かされるモデルで、輸出と投資の間の結びつきは、基本的に国家の銀行システムが輸出で得た資金を利益を考えないで投資している点にある」と、シエ氏は言っている。「このモデルは、危機が来るまでは続くようだ。」
 これらのエコノミスト達は、中国の指導者が最小限の仕方以上に多くの西欧の財政担当者による期待に応えようとしているとは考えていない。先週のアジア開発銀行の会合では、通貨切り上げという形で早めに薬を飲むべきだという意見が出されたのだが。
 ウオーカー氏によれば、彼が受け取っている信号は、中国政府高官は、アメリカや欧州の保護貿易主義者達をなだめるために何かをしなければならない、例えば、35%の価格値上げによって、中国の第一四半期の輸出における利益を相殺するということに同意しているということだ。
 しかし、彼によれば、それは多分、がっかりさせるものになるだろう。過去10年間維持されてきた1ドル=8.28元というペッグの周りの帯をたった1%だけゆるめることを意味しているからである。数年の内には、この帯は、もっとゆるめられるかもしれないが。
 海外からの投機的資金の流れが流入し続け、災いに満ちた日をできるだけ先延ばしできるように、北京が元の対ドル相場を引き上げを続けることを期待しているとシエ氏は言っている。
 「もし、中国がある他の国々が要求しているように、通貨安を評価するならば、中国は、1997年に東南アジアで起こったような財政危機を招くだろう。」 
 香港のING銀行のチームは、先週金曜日に、中国は三ヶ月以内に元のドル交換率を改めることができると述べた。「われわれは交換率が10%程度(1ドル=7.45元)大幅に引き上げられると期待している」とING銀行は言う。「元の対ドル比率の引き上げが大きいだろうというわれわれの予測は、マーケットへのアクセスを失うという恐れが高まったことから生じた。」
 外の世界は、中国を突出する経済大国と見るが、ウオーカー氏とシエ氏は中国を古典的な弱点を持ったもっと壊れやすい低開発国であると考えている。
 シエ氏によれば、通貨切り上げ自体が「バブル」そのものである。他の「バブル」と同様、切り上げは、デフレーションをもたらすと思われる。
 「十年前に東南アジアで起こったことを見なさい。通貨価値は、競争力と金融的健全性に依存している。新興経済においては、金融的健全さを維持することはできない。だから周期的に金融問題が生じる。貨幣供給が拡大しすぎており、ドル通貨の切り下げ(depreciation)が行われる。中国も例外ではない。」
 ウオーカー氏は、中国経済が労働力不足のため、壁に突き当たっていると見る。既に100万人の台湾人が大陸で雇われており、大陸の労働力の10%に達している。香港や東南アジアでは、新聞を包んでいるのは、中国での監督的技術的仕事の求人広告である。恐らく2007年に一年か二年利益が出ないためにビジネス活動の収縮が生じるならば、中国の最初のスローダウンは数年続くだろう。
 「これは中国が経験する最初の本当の資本主義的サイクルである。以前にも中国人は景気の上がり下がりを経験した。しかし、それは政府によって作り出されたものだった。今度は、私的セクターの会社に生じた悪質な負債があり、銀行はそれに遥かに違った対応をするだろう。」
[訳者の感想]経済現象に余り知識がないので、これまで経済記事を翻訳することは敬遠してきました。この記事でも、元を切り上げるとデフレになることは分かるのですが、それが1997年の通貨危機と同じだというのが良く分かりません。どなたかご教示頂けると有り難いです。]
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「六ヶ国協議は、なぜうまくいかないのか」と題する論説。

2005年05月07日 | 外交問題
これも「ジェームズタウン財団」のホームページに掲載された論説です。筆者はジ・ユウ(中国系の人だろうと思います。)という人で、オーストラリアのニュー・サウス・ウエールス大学の政治学・国際関係論講師だそうです。
 なぜ、六ヶ国協議は、うまくいかないのか?主な理由は、北朝鮮がアメリカの政権を変えようとする戦略に対する対抗手段として大量破壊兵器を保持しようと決断しているからである。しかし、六ヶ国の間の優先の順位が違っていることも、どのようにして北朝鮮に圧力をかけるかという問題の要因となっている。
 米国も中国も平壌の核計画を終わらせるために平和的手段を用いることに同意してる。けれども中国にとっては、北朝鮮の非核化は、戦争の回避に比べれば二次的な目標である。今年二月、北京は初めてこの議論がどのように解決されるかについて関心があると述べた。話し合いによる決着以外の方法は、戦争に至る点まで緊張をエスカレートするかもしれないという北朝鮮の脅しを深刻に受け取った。なぜなら、それは中国にとっては破滅的であるからである。北京にとっては、戦争を防ぐことは、どんな犠牲を払ってでも追求されなければならないからである。これは六ヶ国協議に関するアメリカの優先事項に矛盾する。ワシントンにとては、軍事的オプションは、目下はオプションではないが、もし、多国間の枠組みが行き詰まれば、そのオプションは、適用可能である。
 優先性の順序は、六者協議の長期的結果に対して重大なインパクトを与える。例えば、戦争回避を強調することは、敏感な問題であり、他の参加者によって、歓迎されるだろう。しかしながら、それは間接的に平壌を助けるかもしれない。話し合いが長引けば、その間に北朝鮮は、核物質を武器化することができる。更に、平和的手段を強調することによって、北京は実現可能な解決を見いだす道として北朝鮮の安全保障をオウム返しに繰り返すようになる。結果として、北京は、アメリカが文書で北朝鮮の安全を保証することが六者協議の目標にとって、必要であるだけでなく、本質的であると見なしている。最後に、平和的解決を強調することは、取引決着にいたる段階的で並行的なプロセスに好都合な立場に中国を追い込む。つまり、アメリカの安全保障プラス平壌の核施設の撤去と引き替えに石油資源を補償するというプロセスである。
 このような解決は、アメリカの目標と明らかに抵触する。ワシントンによれば、圧力を最大にすることは、平壌をその誓約の感じられる評価へともたらすための前提条件である。これは軍事的威嚇のレベルに基づかなければならない。それゆえ、先制攻撃を完全に除外することはできない。過去二年間、アメリカは、イラクで手一杯だったし、北朝鮮の言い逃れ戦術を大目に見なければならなかった。ワシントンも別の戦術を展開するには時間が必要であることは、言うまでもない。六者協議は、この背景の中では最善のメカニズムであった。しかし、今や状況は変わった。イラク問題は解決の目途が見えてきた。六者協議の非効率性によって、ワシントンは、北朝鮮に圧力を加える別のオプションを考えなければならないと考えている。
 北朝鮮の安全を保証することは、アメリカ政府の関心事ではない。文書で安全を保証することは、政治的には危険であり、ブッシュ政権にはイデオロギー的に受け入れられない。核施設の停止と引き替えに発電所や石油の供給をすることは、アメリカの欲するところではない。失敗した合意の枠組みの教訓から学ぶことによって、ワシントンが、核施設の完全で検証可能な不可逆的な廃棄を要求することは、論理的である。事実、ワシントンは、リビア・モデルを北朝鮮に適用しようとしている。国連大使に任命されたボルトンは、リビアが大量破壊兵器の開発を止めたことに対して代償を与える気はない。その代わりに、リビアが国際社会に再び入ることを許しただけである。アメリカは、北朝鮮の協力に平壌が置いた高い代価をゆすりだと見なしている。合意の枠組みに同意させるために北朝鮮に賄賂を使ったのだとクリントン政権を批判しているブッシュ政権にとっては、多額の代償は問題外である。
 北京はリビア・モデルについては沈黙しているが、私的には、中国のアナリストは、それが北朝鮮にも適応可能であるかを疑っている。なぜならば、北朝鮮は、国際社会に復帰することを気にしていないからである。北朝鮮の唯一の関心事は、政権の存続である。更に、リビアは、豊富な石油資源を持っているが、北朝鮮は、絶望的に代償と援助に依存している。それゆえ適当な代償がなければ、北朝鮮は核施設を決して廃棄しないであろうと中国政府は考えている。(以下省略)
[訳者の感想]この論説を読んで、六者協議が開かれない理由が、どこにあるかがよくわかりました。
 
 
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「日中対立における台湾の役割」と題するジェームズタウン財団の雑誌の論文。

2005年05月05日 | 外交問題
「ジェームズタウン財団」のホームページで見つけた論説です。書かれたのは、反日デモが始まる少し前です。
 中国の温家宝首相は、全国人民代表者会議後の記者会見の重要な部分を中国と日本の関係に費やし、台湾問題に手を出さない場合、彼の言う「三原則と三つの推薦」で東京にオリーブの枝を差し出した。
 しかし、日中関係を明らかに変えたのは、2月19日の日米共同宣言であった。それは1960年の日米安保条約に対する最初の根本的修正であった。この宣言は、東アジア地域での中国の増大する力と対決するという東京の覚悟であり、アジアと世界の舞台での日本の新たに見いだされた自己主張であると受け取られた。東京とワシントンの同盟を強調することによって、それは台湾と海峡の両側との関係がこの地域における日本と中国の増大する対立的関係においてどれほど基本的な決定要素になったかを明らかにした。
 アジアにおける日本と中国の対立関係は、2004年末の津波災害の余波において、はっきりと見られた。温家宝首相と小泉首相は、2005年1月6日にジャカルタで開かれたASEANが組織した「津波サミット」で二つの大国が示した大きな注意を強調した。そうすることで、両方の国は、地域のリーダーシップと力と地位とを明確に伝えようとした。
 東京が国連安全保障理事会の常任理事国になろうとするとき、日本と中国の対立関係は、増大することは確かである。中国は日本の立候補に公然と拒否権を発動はできないだろうが、承認を日本からのある譲歩と結びつけることによって、東京の地域的国際的野心を鈍らせようとするかもしれない。台湾は、アジアの他の国々と同様、このゲームにおいて重要な決定要素をなしており、最終的な結果における取引の札となるかもしれない。
「台北の戦略的価値」
 台湾が日中関係における戦略的決定要素となる四つの主な仕方がある。
第一に、台湾は、日本にとって中国の南からの軍事的進出に対する重大な関門であると考えられている。だから、この島は、日本にとって防衛上の至上命令を表現している。それは中国がそれ自身の戦略的計算において認めていることである。日本の国際関係研究所からの資料によれば、中国の海軍は、北のサハリン島から南は沖縄まで、西は台湾から東はフィリピンまで、日本周辺とその太平洋沿岸へのアクセス経路を探ってきた。これらのアクセス経路は、万一、中国の潜水艦が紛争の際に日本を攻撃する場合には、決定的に重要である。
 この「中国の脅威」は、最近、日本の白書の中で分析され、日米共同宣言の中に挿入された。台湾を失うことは、中国の潜水艦が南から日本の水域に入ること可能にし、こうして南シナ海から日本を海軍力で包囲するのを容易にする。こうして、台湾は、日本の水域への自然の関門として存在している。昨年11月の潜水艦事件は日本の不安を単に増大しただけであった。更に、中国現代国際関係研究所から来た中国人研究員は、私的にこの戦略的計算を認めている。
第二に、台湾は、日本・韓国・台湾・フィリピン・オーストラリアに対するアメリカの戦略的安全保障の傘を表現している。日本は、力を強めている隣人に対して、この傘を維持しようとしている。明らかに中国は、これをアジアに対する自分自身の戦略的関心にたいして敵対的であると感じている。台湾より北にある沖縄は、アメリカの戦略的配置点であって、東京はそれをアジアの舞台への中国の進出に対する決定的なバランスであると見ている。
 この理由で、日本は台湾へのアメリカの180億ドルの武器売り込みについて公式には慎重であったが、私的には、それを支持している。日米共同宣言を謳った後でのみ、東京はこの問題で公然と口に出すことができた。ミサイル防衛構想に対する台湾と日本の支持は、自分が狙われているという北京の恐れを更に高めた。明らかに台湾は中国と日本及びアメリカの間の地政学的争いの接点にいる。
第三に、日本との台湾の歴史的文化的近親関係は、特に東京にとって自信を持たせるものであり、心地よいものである。これに対して、北京は、台湾における中国的ナショナリズムや忠誠心の欠如や「台湾分離主義者」と日本の「右翼」との間の危険な結びつきを見ている。台湾と日本との歴史的文化的親近性や、台湾に対する日本の公衆の明らかな共感や台湾の人権や民主主義に対するスタンスも最初の二つの戦略的考慮を支えている。日本は、1895年に台湾を領有し、戦後に台湾を失うまで、統治した。文化的に、日本のポップ音楽は、台湾の若者を魅了し、台湾人のエリートや政治家は、李登輝元総統のように、日本の大学で教育を受けた。実際、中国や韓国とは違って、台湾では日本は温情ある支配者だったと感じられている。日本人と台湾人との間の相互の共感は、非常に大きいので、台北が大陸に復帰したら、日本についての感じ方の相違は、厄介な問題の一つとして浮上するだろう。
 この日本に対する高い評価が、台湾にはナショナリズムが欠如していると批判するように北京を刺激するのである。
 北京は、台湾の「分離主義者」と日本の「軍事的右翼」とを結びつける。李登輝伝説は、この点に光を当てる。北京は、李登輝が日本の右翼や大陸を再び征服しようという夢を捨てない軍部の中の勢力の協力者であると非難している。北京は、昨年秋、石原慎太郎東京都知事の不幸な台湾訪問について苦情を述べた。台湾の「分離主義者」と日本の右翼軍国主義者の間の結びつきは、台湾を今一度中国と日本の間におくのである。
 最後に、台北との日本の貿易・投資・経済関係は、強くかつ多面的である。日本は、大陸とのよりよい関係のためにこれらの結びつきを放棄したくないのだ。だが、北京は、台湾が北京に対して日本カードを使うだろうと疑っている。日中と中台の経済関係は、過去三年の間に劇的に増大した。2003年には中国と日本との貿易額は、1,335億ドルに達した。台湾と中国の間の貿易額は、584億ドルである。台湾の中国に対する投資額は、1億ドルに留まっている。
 日本と台湾にとって、北京は決定的な経済パートナーとして現れているにもかかわらず、日本と台湾との間の経済関係は、依然として健全で重要である。北京は台北が、日中関係を損なうために、東京で「中国の脅威」をこれ見よがしに見せていると疑っている。更に、東京が今年一月に東シナ海での天然ガス試掘の許可を民間会社に与えることを決定したように、東シナ海での天然ガス開発問題がある。現在、日本と中国は、互いにこの地域で排他的経済水域を主張している。台湾は、偶然にこの争いに巻き込まれるかもしれない。
(結論)
 それゆえ、台湾は、アジアにおける支配を巡る中国と日本の権力闘争に巻き込まれるように運命づけられている。戦略的歴史的文化的決定要素が台湾を多くの問題についての決定的ファクターにしている。その問題のいくつかは、アジア太平洋におけるアメリカの未来に関わっている。クアラ・ルンプールで開かれる今年の東アジア・サミットがアメリカを排除するように、アメリカの役割は既に減少しているかもしれない。
[訳者の補足]この論説の筆者エリック・テオ・チュウ・チョウ氏は、シンガポールの「国際問題研究所」のCouncil Secretaryであり、シンガポールのSavoir Faire Corporate Consultantsの支配人であるようです。中国の反日デモの前にこのような論説が書かれていたのは、スゴイと思いました。もっともこの論説を掲載した「ジェームズタウン」財団は、チェイニー副大統領と近い、アメリカのネオコン系の財団らしいので、逆にブッシュ政権が、日中問題をどう見ているかを知るのには都合が良いかもしれません。日本の軍関係の中に中国をもう一度征服しようと考えている人たちがいるという中国側の疑惑は、被害妄想だとしか思えません。
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「ネオコンは、ひょっとしたら、中近東で正しく理解したかもしれない」という『ガーディアン』紙の論説。

2005年05月05日 | アメリカの政治・経済・社会
副題:われわれはブッシュを評価する場合、リベラル派の先入見によって盲目にされてはいけない」というマックス・ヘイスティングスの論説。長文なので一部省略します。
 イラクの予見の陰鬱な側面や中近東の平和の見通しやブッシュ政権の健全さについての論じている人たちは、最近、考えさせらることが多かった。一方では、5月2日には87人目のイギリス兵がイラクで殺された。先週以来、自爆と武力衝突によって、40人以上のイラク人が殺された。他方では、ブッシュ政権は、勝利した気分でいる。最近、ワシントンを訪問した友人は、ブッシュ大統領のイラク十字軍についての元気の良い説明を描写している。イラクの新内閣が組閣されたこと、シーア派とクルド人居住地域では、正常化に向けて進歩がなされていること。レバノンからのシリア軍の撤退が、レバノンに民主化を可能にしつつあると言うこと。これらは中東での民主化が次第に進んでいる証拠だとワシントンは考えている。
 これらの主張のどれも直ちに否定されるべきではない。ジョージ・ブッシュを嫌っているわれわれのような人間にとって、最大の危険は、われわれの本能が彼の外交上の目的が失敗するのを見たいという欲求にまで転倒するかもしれないということである。理性的な人なら誰も、イスラム民主主義への大統領の関与に反対できない。西欧のブッシュ嫌いの多くは、彼の目的についての不同意に動機づけられているのではなくて、ワシントンのネオコンのやり方が粗野であり、それは西欧とイスラムとの間の対立を解消するよりはむしろエスカレートしそうだという信念に動機づけられている。
 しかし、このような懐疑は、ブッシュの企てを再評価するように後戻りすることを妨げるべきではない。
死体の数を数えることによって、イラクにおける進歩をもっぱら評価してはならないと示唆することは意地悪く聞こえるかもしれない。けれども、反乱活動の多くは、政権から排除されたスンニー派か、アメリカが主導している企てに腹を立てているジハード主義者の仕業である。
 鍵となる質問は、シーア派とクルド人多数派は、どの程度、機能する社会の創造に向かって進んでいるのかということである。これについての証拠は、さまざまである。ジャーナリスト達は、バグダッドの囲みの外へ殆ど出て行くことができないので、情報は、もっぱら西欧の軍関係者と外交的ソースに依存している。
私自身の情報源によれば、状況は改善しつつあるが、まだ不安定である。彼らは無政府状態は次第に食い止められていると示唆している。イラク治安部隊の募集は、少しましになった。
 イラクについて依然として注意深くあるべき最も強力な理由は、この国が統一のある国家として維持可能であるかどうかということである。スンニー派がシーア派の優位に対して素早く和解するだろうと信じることは困難である。あるいは、現在政府を指導しているシーア派が、従属の数十年に対する仕返しを否定するだろうと信じることは困難である。クルド人達は自分たちの地域で彼ら自身のやりたいことをするだろう。
アメリカの怒りとトルコの干渉が、彼らに分裂を思い留まらせるだろう。
われわれリベラルな懐疑派は、「われわれはイラクがちゃんとなることを欲する。たとえそれがジョージ・ブッシュを正しさを証明するとしても」というマントラを唱え続けなければならない。
 イラク人達は民主主義が機能するようにはできないという人たちは、正しいと言うことが分かるかもしれない。しかし今後数ヶ月の間に何が起こるかを見るまでは、われわれはイラク国民がある種の和解を図る可能性を否定すべきではないだろう。
ワシントンの現在のオプティミズムは、アメリカの圧倒的な軍事的圧力のせいで、パレスティナの武闘派が三年前ほどはアラブの支持を意のままにできないという事実に基づいているように見える。地域の正義に基づくよりは、パレスティナ人の従属に基づくどんな平和も、永続しそうに見えない。
実際、アメリカ外交政策についての問題点は、ここにある。ブッシュのヴィジョンは、軍事力の行使に基づいている。コンドリーザ・ライスの「魅力攻勢」や、二期目には外交が花咲くという国務省の主張もお化粧以上のものと見なすことは難しい。大統領自身が、ゲームは、ワシントンの条件でプレイされるだろうと宣言した。
 われわれはアメリカの力を尊重しなければならないし、世界が時にそれを必要とするということも認めなければならない。英国の戦略的思想家の中で最も賢明なマイケル・ハワードは、次のように言っている。「アメリカがやらなければ、他の誰もやろうとはしないだろう。」われわれは国連の限界を認めなければならない。多くの国際的平和維持部隊の情けない業績は、ヨーロッパの安全政策に役立つものの弱さを浮きだたせる。
 けれども、ワシントンのネオコンの間に現在流行しているオプティミズムを疑うことは道理に適っているように見える。なぜならば、このオプティミズムは、悲しむべき単純なヴィジョンに基づいているからである。ある周期的に不安定になる地域では、タリバンやサダム・フセインなだのある悪い政府は、アメリカによって取り除かれた。しかし、ワシントンが軍事力の行使の大胆さを遥かに繊細な政治的巧妙さとマッチさせ、他文化への敏感さとマッチさせなければ、壊れやすい長所は、失われるだろう。
訳者の感想:イギリスのリベラル派の知識人がワシントンのネオコンに何が欠けているかを指摘した的を射た論説だと思います。
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「日本政府は、北朝鮮のミサイル発射を冷静に受け止める」と題する『ヴェルト』紙の5月3日の記事。

2005年05月03日 | 国際政治
北朝鮮は、明らかに短距離ミサイルを日本海に向けて発射した。隣国の日本と韓国は、--平壌の脅しに最も関わりがあるのだが、--動揺した様子はない。日本と韓国は、昨日、ミサイルを意識的に軽視した。日本の官房長官は、「このようなテストは、時々行われている。射程100キロのミサイルは、日本にとっては危険ではない」と述べた。「このようなミサイルが核弾頭をつけているかもしれないということは、ありそうにない。このミサイル発射テストは、実際の核問題とは全く関係がないと、彼は述べた。
 この点に問題がある。平壌の問題になっている核計画を巡る北朝鮮とアメリカとの間の争いは、先鋭化している。隣接諸国は、憂慮している。言葉はますます激しくなり、刀をガチャつかせる音がますます大きくなっている。ワシントンは、先週末、ある報告を公表したが、それによれば、北朝鮮は、6月にも地下の核実験を行う予定である。来月には両国の間の対決が行われるだろう。
平壌は、ブッシュ政府が北朝鮮の要求を呑まないならば、今後三ヶ月以内に燃料棒を取り外し、核兵器の製造をするだろうと告知した。これに対して、ワシントンからは、昨年六月に開催された六ヶ国会議が一年後に開かれない場合には、北鮮のどたばた劇に対するアメリカの堪忍袋の緒が切れるだろうという声が聞こえる。核戦力のデモンストレーションは、確かに、後戻りの効かない一歩であるだろう。金正日総書記は、もはやアメリカの譲歩を望むことはできないだろう。アメリカは、当然、北朝鮮に対してもっと厳しい処置をとることができよう。
核実験は、金正日政権がこれまで貫いてきた戦略的な両義性、つまり脅迫的態度と外交的な乞食行為を壊してしまうだろう。明白さが欠けていたので、隣国はこれまで北朝鮮を公式に核保有国だと宣言することを避けてきた。そして、それに対応する帰結を引き出すことを避けてきた。東アジアの安定性を極度に危険にする帰結を避けてきた。
 そういうわけで、北京とソウルと東京は、火に油を注ぐ代わりに、話し合いをしようとしてきた。北京のバランス外交は特に困難であった。アメリカによって主要な仲介者に選ばれたので、中国政府は、北朝鮮を確かに抑制しようとしているが、隣国における混乱と避難民の流入と政権の崩壊に対する恐れから、余りに大きな圧力を加えることを避けてきた。韓国も接近と兄弟国をなだめる試みの政策に賭けている。
しかし、アメリカは、北朝鮮の策略にうんざりしている。アメリカは、この議題を国連総会にかけようとしている。だが、中国と韓国はそれは避けたい。なぜなら、その場合には彼らは立場を明確にしなければならないだろう。既に一度、国連の原子エネルギー査察委員会が2003年2月に北朝鮮の件を常任理事会にかけようとした際に、中国の抵抗で失敗したからである。
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「連邦議会議長、歴史の補習授業をする」と題するドイツの週刊誌『シュピーゲル』の記事。

2005年05月01日 | 中国の政治・経済・社会
「ドイツからの地位の高い賓客は、引っ張り込まれなかった。北京訪問中、ティールゼ連邦議会議長は、軍事大学の講演中日本と中国の歴史を巡る対立に言及した。ドイツ社会党の副党首でもあるティールゼは、日本政府に対する批判を差し控え、聴衆に過去の清算についての教訓を垂れた。」
北京発:それは国民の幹部学校である。北京の夏の宮殿の近くで、同士達は政治路線へと導かれる。同士達とは、解放軍の将軍達や官庁や軍や警察や国営企業で国家のイデオロギーを広めることを要求されている人たちである。
 党中央大学の大講堂で、4月28日、1919年に起こった「五・四運動」の86周年記念が日程に上っている。1919年のこの日に行われた反日デモは、今日まで、中国の政治的文化的革新を代表している。討論はなく、講演に次ぐ講演が行われる。ある女性の講演者は、中国共産党がそのメンバーに課せられた高い道徳的要求について報告した。
 隣り合った近代的な広間では、一人の外国人の来賓挨拶があった。それはドイツ連邦議会議長ヴォルフガング・ティールゼで、彼は「公正な世界秩序のための基本的価値」について語った。約80名の聴衆は、30才から40才までの中国共産党幹部で、大抵はネクタイを締め、背広を着ていた。彼らは201号講義室からこちらの講義室へ流れ込んできた。
 ドイツ人記者団との話し合いは、望ましくないと幹部の一人は断言した。「ロリジン」社の飲料水が机の上に一列に置かれていた。
 ティールゼは連邦議会議長としてではなく、「ドイツ社会党」副党首として、登壇した。彼は「現代文明は、ますます傷つきやすくなっている」と述べ、国際連合を強化する必要性について話した。彼は「一極的な世界秩序」に反対であると主張し、「自由と人権、法と正義、連帯と協力とは、政治における指導的価値である」主張した。
 これらすべては、西欧の政治家のあらゆる主張を知ることを許されている共産党幹部にとってはそれほど驚くべきことではない。だが、聴衆が中国と日本との難しい関係に言及すると、突然興味深くなった。最近数週間の間にいくつかの反日デモが行われ、最後に先週は警察によってあらゆる抗議が禁じられたからである。
 「ドイツ人とは違って、日本人は1930年代40年代に中国及びアジア全体で行った残虐行為を正直に清算せず、従って、国連安全保障理事会における常任理事国の席を得る資格がない」と一人の質問者は、主張した。
 もっともティールゼ議長は、日本に対する批判に同意することによって、幹部達の気に入られることはしなかった。「他人の過去を咎める者は、自分に対して自分自身の過去を突きつける覚悟がなければならない」とティールゼは明言した。「中国が自分の歴史との関わりにおいて説得力のある前例を示すならば、中国は道徳的に優れた立場に立つだろう。なぜならば、過去は他人の過去だけでなく、自分の国にも過去はあるからだ。」
 彼が具体的に何を意味しているのか、彼は礼儀上言わなかった。だが、幹部達は恐らく次のように理解しただろう。中国共産党の指導者であった毛沢東は、1950年から70年までの間に中国国民に限りない苦しみをもたらした。この中国史の暗黒の部分は、黙秘されるか、ねじ曲げられるか、美化された。例えば、「大躍進」として知られる強制的な工業化は、恐らく3千万人の市民の命を奪った。この悲劇や流血の「文化大革命」や「天安門の虐殺」は、中国の教科書では取り上げられないテーマである。
 ドイツから来た賓客は、歴史と偏見について語るために、日本人と同じテーブルに着くように要求した。「もし、あなた方がそう望むなら、より大きな者、より強い者、より権力のある者のほうが招待を申し出、
何かを企て、他方を恥じ入らせるべきだろう」とティールゼは述べた。同志達は、あっけにとられ、それからためらいがちに拍手をした。
[訳者の注]『シュピーゲル』誌の特派員アンドレアス・ローレンツ記者の書いた記事です。町村外務大臣も、先日の外相会談の際、中国の李肇星外相に日中共同で歴史の研究をすることを提案しましたが、中国が簡単に受け入れるとは思えません。
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