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海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「ドイツのムスリムよ!国家の市民となれ!」と題するWelt Onlineの記事

2014年10月16日 | イスラム問題
[前略]
「イスラム国」は、われわれの同胞をリクルートしている。ドイツのように豊かで安全で自由な国に生活するという幸福を持っている若者がこの幸福を捨てて、反人間的な価値体系のための血まみれの闘いのなかで加害者や被害者になっている。その価値体系では、殺人、強姦、人身売買が天国に到達するための合法的な手段だと見なされている。これは許すべからざる事だ。
イスラム教徒の民主主義たちが、人類社会に対してだけでなく、イスラム教徒自身に対して自分の顔を見せるべきときだ。そうする場合にマジエック{ドイツにあるイスラム協会の指導者]にあれほど軽蔑的に「イスラム批判者」と呼ばれた人人々も彼らとともに、まさに同じイスラム教徒の前に現れて勇気を見せるだろう。[後略]
[訳者の感想]この記事の著者について記事の末尾に次のように描かれています。「著者チグデム・トプラックは、27歳でトルコ・ザザイック系のドイツ人であり。フリー・ジャーナリストで、ロンドンのKings Collegeの中東研究所の女子学生である。」
「国家の市民」と訳したのはStaatsbuergerというドイツ語で普通は「国民」言う意味で使われていますがここでは、著者の意図からこう訳したほうが良いだろうと思いました。ドイツでもアラブ系トルコ系にかぎらず、若者の間に「イスラム国」が妙な人気を得ていて、ドイツ国内でテロをやる危険が高いようです。
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「シリアの反政府軍」と題する"Foreign Policy"の記事。

2013年11月22日 | イスラム問題
シリアの反政府軍は、バシャール・アル・アサド大統領の政府を転覆させるために、かなりの努力を払い、北部の幾つかの町や都市を占領しこの国の最も豊かな地方の幾つかを鎖に繋いだ。しかし、現在、彼らは困っている。オバマ大統領がアサド大統領を転覆する代わりに、化学兵器を取り上げようと決心したとき、このことは、反政府軍の兵士に、彼らがいつも疑っていたことが正しかったと確信させた。つまり、腐敗して非効率な亡命中の政府反対派がアメリカが軍事介入をするようにロビー活動するのに失敗したということであり、また西欧は、過激なスンニー派よりも、アラウイ派の政府のほうを好んでいるということであり、反政府軍は、自分たちがコントロールできない地域闘争で、政府軍の大砲の餌食になったということである。
彼らの落ち目を克服するために反乱軍は、彼らの戦術を変えた。彼らの解決は、自分たちが握っている地域を併合し、国外の気まぐれな援助者に対する信頼を減らすために、財政上のネットワークを打ち立てることである。この戦術転換の帰結は、あるシリア・ウオッチャーが「ダーウイン風の一時的合併」と呼ぶものである。軍団の連合を作るために、小さなグループは、自分のアイデンティティと組織上の上下関係は維持したままで、より大きなグループの周りに合体した。目下、反乱軍の連合が五つ存在する。第一は、「イラクとシリアのイスラム国家」(ISIS)、第二は「ジュブラト・アル・ヌスラ」、第三は、「アハラル・アル・シャム」、第四は、「ジャイッシュ・アル・イスラム」、第五は、「自由シリア軍」である。これらの連合は、互いに、石油、小麦、国境越えの貿易で競争している。これらの資産は、長期に生き延びるためのキーだと見なされている。[後略]
[訳者の感想」これらの連合は、ある日は政府軍と戦闘するが、次の日は支配地や資源をめぐって互いに争っているようです。いつになったら、この内乱が収まるか見当もつきません。
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「砂漠のキューバ人」と題する『外交政策』誌の記事。

2013年08月14日 | イスラム問題
1.アルカイダと「アラブの春」
この数年にアラブ諸国で起こった反乱が、アルカイダにダメージを与えたかどうかは屡々論じられたが、問題はこれらの革命がアルカイダを変えた仕方である。シリは、聖戦士(ジハディスト)たちがアラブ世界をとらえた変化にどう答えたらよいかについて明確なビジョンンを提出した。
サラフィストの運動は、自分たちがどうしたら、新しい民主主義的な政治体制と関係したらよいかを問題にし、選挙制度は、問題があるにせよ、シャリア(イスラム法)へと誘導するのに役立つかもしれないと主張している。シリはこの見解に鋭い反論を加えた。サラフィストたちは、暴力なしですますという点で間違っており、それは合法的な宗教的規則を打ち立てるのに必要であると主張していた。
シリの説明では、シャリアを打ち立てる重要な段階は、「それが単なる不信仰者であれ、背教の行為者であれ、敵の侵入と戦うことでああった。」この戦いを行った後で、初めて、第二の段階、つまり、「イスラム諸国における判断の源泉であるシャリアを再建することができる」というのだ。
シリの見解では、政治的参加によって、政治体制を確立しようとする「イスラム同胞団」のようなイスラム主義的グループの努力は、無駄な骨折りである。(後略)
[訳者の感想]この「キューバ人」とあだ名されたアルカイダのメンバー、既にアメリカ軍の「無人機」によって殺されているようです。おそらく彼の意見はインターネット上に公開されたのではないかと思います。後半では、個人的な計画のテロを行うことと、アルカイダなどのグループを名乗ってテロを行うこととは、決して矛盾しないというようなことを言っているようです。
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「リンチは、自由を謳歌する道ではない」と題する雑誌Foreign Policyの記事

2013年07月02日 | イスラム問題
[前略]
「ピュー・リサーチ・センター」の調査によると、エジプト政府は、世界のどの国よりも宗教に関する制限の程度が高い。第2位のサウディ・アラビアや第3位のイランよりも厳しい。米国国務省は、先月公表した報告において、エジプトでは、宗教的自由に対する敬意は、「依然として乏しい」と述べた。米国の「宗教的自由に関する国際委員会」は、今年4月30日に、エジプトが宗教的自由に対する組織的で目に余る違反を見逃すことに特別の関心を持った国であるといわれるべきだと述べた。その上、「エジプトにおける人権」に関するいくつかのグループは、今年初めに、「モルシ大統領の下で、すべての人権に対する条件がムバラク大統領の時代よりもレベルが低くなった」述べた。
 過去数年間、コプト教会に属するキリスト教徒とその財産とは、イスラム過激派の攻撃に曝されてきたが、今年4月には、コプト教会の聖所である聖マルコ聖堂内部での前例のない攻撃が行われた。この攻撃の結果、7名のコプト系キリスト教徒と2名のイスラム教徒が死んだ。たいていの場合、政府は宗教的少数派を暴力から守ることに失敗するか、守ることが遅すぎた。過激派に責任があるとすることができなかったために、異教徒に暴力行為をすることは、罪がないという雰囲気を促進した。
 暴力行為を扇動したのは、サラフィ派の説教師や過激派で、彼らは無責任に扇動的で宗派的なレトリックを使用している。中傷されたグループにはキリスト教徒、シーア派のイスラム教徒やバハイ教徒が属している。今週初めには、ギゼーで5人のシーア派エジプト人がリンチされ、彼らは反シーア派的スローガンを叫ぶイスラム過激派たちによって、街頭をひきずり回された。シーア派が目標にされた理由は、彼らが宗教的な祝祭を祝うために特定の個人の家に集まっていたためである。これらの恥ずべき行為は、それが当たり前になり、少数派の宗教的行事に対する暴力的な抑圧の新しい章を開く前に、止めさせられねばならない。[後略]
[訳者の感想]モルシ大統領の1年間の統治の間に宗教的自由は極端に無視されてきたようです。反モルシ派の民主主義の要求には賛成するが、「民主主義は、宗教的自由を守ることを含まねばならない」というのがこの論説の筆者の意見のようです。筆者の名前がドワイト・バシルと書かれており、アラブ系の人のように見えます。
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「なぜマリの情勢はヨーロッパ人に何らかの関わりがあるのか」と題する"Die Welt"の記事。

2013年01月13日 | イスラム問題
イスラム過激派の反政府軍がマリの北部を占領して以来、マリの危機が先鋭化している。このような政権には限界がもうけられねばならない。フランスによってだけでなく。
「マリだって?アフリカのこんな人口密度の低い砂漠国家をどうしようと言うのかね。」手短に答えると、こうなる。「マリは、アフリカ大陸で、イスラム過激派の私兵によって乗っ取られ彼らの拡大の基地となる最初の国家になる。」
長い答えは次のようになる。もし西欧が、何もしなければ、これは始まりに過ぎない。いずれにせよ、フランス政府はそう考えるから、特殊部隊やヘリコプターや戦闘機を投入しているのだ。
その際、以前の植民地国家にとって6000人のフランス人の救出だけが問題なのではない。イスラム過激派を食い止め押し返すことが問題なのだ。米国政府も憂慮しながら、マリの事態を見守っている。おそらく、特殊部隊や武器弾薬や偵察結果に関して言えば、まもなく救援に来るだろう。
イスラム過激派民兵による恐怖政治
リビヤのカダフィ大佐に助力して敗北した傭兵たちは武装したままで南に逃れ、マリに逃げ込んだ。この侵入に対してマリ共和国政府は全く準備ができていなかった。
こうして、マリの北部はイスラム過激派民兵によって乗っ取られることになった。彼らは、20年前にアフガニスタンでタリバンが打ち立てたような恐怖政治を始めた。チンブクツにあった歴史的な場所や建物の破壊はその一部に過ぎない。異教徒を殺害する前に、記憶と時間と伝統とを破壊したのだ。
これはフランス政府だけの問題ではない。
このような政権は、その本性上限界を知らない。それらの破壊勢力は外からやって来た。それがアラブ・イスラムの世界から来たのでないとしたら、西欧は、自分自身の防衛を考えなければならない。
これらは決してフランス政府にとってだけの問題ではなく、ヨーロッパ・アメリカ・アフリカの問題である。これは遠い砂漠の国で起こった小さな危機ではない。ここでは、宣言のない長い戦争の中で、西欧の前線が打ち立てられる。これは西欧にとっては免れがたいものだ。フランス政府はあらゆる種類の救援を必要としている。ここではフランス兵はドイツのために戦っているのだ。
[感想]マリ共和国の出来事は、ドイツにとって無関係ではないとする、かなり挑発的な記事だと言えます。ソマリアは一時イスラム過激派に乗っ取られそうでしたが、最近は少しヨーロッパにとって好ましい状況になっているのでしょうか?
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「エジプトの立法府の権限が変わる」と題する『ファイナンシャル・タイムズ』の記事。

2012年12月28日 | イスラム問題
(前略)
エジプトの国営テレビは、先週土曜日、「エジプト中央銀行」の総裁であるファルーク・アル・オクダの辞任を公表したが、この報道は、数時間後に撤回された。
政府は、提案された厳格な措置に関する異なる社会集団との「対話」を打ち出したと述べたが、それらの措置は2週間かかる話し合いが済むまでは履行されないだろうという計画相の談話を引用した。
評価会社のスタンダード・プアーズは、今週初め、政治的緊張の高まりを理由にして、エジプト中央銀行発行の長期債をBからB-に下げ、もっと評価が下がる可能性があることを示唆したが、水曜日に、S&Pは、主導的なエジプトの3銀行、つまり、「国営エジプト銀行」、「ミスル銀行」、「国際信用銀行」の評価をB-/Cに変えたが、その理由は、「エジプト国債」を保有することに関するリスクであった。
エジプトにおける危機感が深まったので、「中央銀行」は、国内銀行の持つ地域通貨、および国際通貨の預金額を保証するだろうと声明した。資本逃避を防ぐために、「中央銀行」は、個人が現金を国内に持ち込む場合、あるいは国外に持ち出す場合、それぞれ1万ドルまでに制限すると述べた。新しい措置は、預金を銀行から引き出し、現金に換えようとする人の数が上昇したためである。
エジプトの外貨保有額は、ムバラク大統領を打倒した革命の前、つまり、2011年初頭には360億ドルであったが、今年11月末には、150億ドルに激減した。水曜日にはエジプト・ポンドは、過去8年間で最低の1ドル=6.18ポンドにまで価値が下がった。
カイロの通貨交換所の支配人は、「フィナンシャル・タイムズ」に対して、彼の顧客に必要なドル紙幣を銀行から下ろすことがもはやできないと述べた。
(後略)
[感想]エジプトも「憲法改正案」が国民投票で決まったものの、経済的不安は増大しているようです。
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「エジプト人たちは、ムルシ大統領の危険な路線を拒否している」と題するDie Weltの記事。

2012年11月27日 | イスラム問題
2012年11月26日の記事。
見出し:「エジプト大統領モハメッド・ムルシは、裁判官会議と妥協しようと努力している。「ムスリム同胞団」は、エジプト社会ではますます孤立している。」
 ムルシ大統領は、憲法の補足条項によって、より広範な全権を自分に与え、事実上、司法権を無力にした。7つの条項を含む宣言は、大統領の布告および法律に対して裁判所が検討したり、異議を申し立てたりすることをできないようにした。その上、ムルシは、「国民の統一と国民の安全と革命の維持に必要などんな処置でも講じうる権利」を自分自身に認めた。
 今年6月の憲法裁判所によって強制された議会の解散以来、大統領はすでに、行政を超えて、司法に対しても権力を握っている。ムルシが自分の決定を司法より上に置いたということは、エジプトではそうでなくても打撃を受けている権力分立にさらなる打撃を与える。
 ムルシと彼に近い「ムスリム同胞団」は、大統領の布告は、政治的利害に動かされた司法権を制限し、新しい憲法の草案でより前進する唯一の道であると主張している。大統領は、憲法制定議会も上院も、今後裁判所の決定に従う必要はないと決めた。(後略)
[訳者の感想]これはやはり独裁制に道を開くことになりそうです。もっとも民衆は再びカイロのタハリル広場に集まって大統領に対する抗議を始めたようですが。
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「なぜスーダンのイスラム主義者たちはドイツを憎むか?」と題するDie Welt紙の記事。

2012年09月15日 | イスラム問題
(前略)
『スーダン・トリビューン』によれば、デモの参加者は、イスラム主義者と特に、過激派のサラフィスト集団と結びついた説教師であった。金曜日の礼拝の後で、両方の代表の前で、デモを行うことが決定された。平和的な抗議をしようという呼びかけは、居合わせたイスラム主義者たちの多数によって拒否された。その際、会合の参加者は、スーダン政府を信頼する事ができた。なぜならば、政府は、それに先だって、既に、ドイツとアンゲラ・メルケル連邦首相を激しく批判していた。首相は、先月、右派ポピュリストの反イスラム抗議を認めたからである。
「残念ながら、ドイツ連邦首相は、イスラムに対する攻撃を可能にした」と外務省から聞こえてくる。実際は、スーダン政府は、圧力を受けていた。イスラム主義者たちは、オマール・アル・バシル大統領が宗教的価値を放棄したと非難している。
 ドイツ連邦外務省は、金曜日の朝、抗議行動の前に、駐スーダン大使を任命し、外交施設の保護に対する義務を指摘したばかりだったと連邦外務省は断言した。(中略)
 ヴェスターヴェレ外相は、大使館に対する暴動を直ちに止めるよう要求した。マホメットを冒涜した映画は、暴力行為を正当化する理由にはなりえないと、彼は述べた。「私はドイツ大使館に対するこの攻撃を非常に激しく断罪する」と彼はベルリンで強調した。同時に外相は、マホメットに関するビデオをも非難し、「この反イスラム的ビデオについてのイスラム世界の憤激に対して理解」を示した。(後略)
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「名誉殺人では大抵、金が問題」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2012年08月11日 | イスラム問題
(前略)
ヒュルヤ・オザクチュルクの論文『トルコにおける名誉殺人』は、犯人との科学的なインタビューに基づく最初の科学的研究である。それは少し前に、イスタンブールの『オリエント研究所』の『ペラ・論集』に掲載された。その際、彼女はこれまでの研究ではテーマとされなかったある認識に到達する。「名誉」は、それに物質的な存在が依存しているから重要なのだ。別の古葉で言うと、若い女性が死ななければならないわけは、それで以て、家族が物質的損失を蒙らないで済むからである。
オザクチュルクは、犯人の言葉に基づいて「名誉」の概念をいろいろな次元に分類した。「セレフ」(家名の名誉)、「ナムス」(女性の性的純潔)そして「イティバル」である。これまでの研究では、重点は、「セレフ」と「ナムス」に置かれていた。家族の名誉は、女性の純潔に依存しており、それがけがされた場合には、血で以てあがなわれなければならない。オザクチュルクによれば、これまで等閑視されてきた「イティバル」という概念は、決定的な次元を持っていて、それが殺人を犯させるのである。「イティバル」は、「信用」という意味を持っている。
「信用」あるいは「信頼」を失った者は、もはや取引はできない。「おまえが信用を持っているなら、保証人がなくても、どこでも買い物ができる。なぜなら、おまえにには信用が与えられるからだ」と犯人の一人は、著者に述べた。この男の名前は伏せられているが、年齢は40歳、クルド人でスンニー派のムスリムである。年齢60歳、クルド人、スンニー派のムスリムである別の男は、「イティバルがあれば、その人に商品を与えても構わない。私は一銭も払わないで、200頭の羊を手に入れたよ」と言った。
名誉ある男とは、自分の家族の純潔を守り、それによって「イティバル」を持っている男である。反対に、その家名を汚した者は名誉を失い、信用を失う。そういう男は、経済上の不利を蒙る。なぜならば、しばしば、当該の家族の経済的暮らしは、小売りか農業に依存していて、その際人的な接触に頼っている。名誉を失うと、それが崩壊すルのだ。名誉を失った人は、子供たちを有利に結婚させることもできない。
オザクチュルクによれば、この経済的な側面が、なぜ名誉殺人が行われるかということの理由である。
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「エジプトの新内閣は、テクノクラットが支配的」と題する『ワシントン・ポスト』の記事。

2012年08月02日 | イスラム問題
カイロ発:エジプトの国営メディアは、水曜日、この国の新しい内閣の概略をも暴露した。それを見ると、モルシ大統領が多くの選挙民が希望していたダイナミックで政治的に多様な統治チームを作るのが嫌なのか、できないということを示唆している。
水曜日に公表された18名の候補者の名簿は、低姿勢を取るテクノクラットと追放されたムバラク元大統領の下で勤務していた官僚を含んでいる。政府は木曜日に30名の閣僚の名簿を完成すると声明した。
モルシ大統領は、労働者の抗議と経済問題がここ数週間の間に緊急事態になったのに、組閣するのにこれほど長い時間をかけたという理由で、批判の的となった。
これまでに公表された氏名の中で、「モスレム同胞団」の「自由と正義の党」と緊密な結びつきを持つ人物は二人しかいない。「同胞団」が新内閣の閣僚に比較的僅かな痕跡しか持たないということは、内閣が積み上げた反発が、政治のイスラム化を恐れるエジプト社会の部分から生じるだろうと言うことに大統領が恐れたことを示唆している。ノーベル平和賞の受賞者エルバラダイや、去年革命後に登場した大政党の高位のメンバーのような優れた人物がこの名簿には載っていない。首相を打診されたのは、前の水資源省大臣のヘシャム・カンディルであった。エジプト人選挙民は、この国の新しい指導者が象徴的な重要性を持つことを期待していたのだが。(後略)
[訳者の感想]「同胞団」に近い閣僚がふたりしかいないというのは意外でした。
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「イスラム主義の波、断ち切れた」と題する『ニューヨーク・タイムズ』の記事。

2012年07月10日 | イスラム問題
今回は翻訳ではなくてダイジェストにしました。
 日曜日に行われたリビアの国会議員選挙では、「モスレム同胞団」の候補ではなくて、マームード・ジブリルを支持する連合政党の候補者数が最大多数をしめた。ジブリルを支持する政党の得票数が「モスレム同胞団」が支持する候補者数を上回ったということは、リビヤの政局の次の段階でもっと重要な声となるだろう。
 2週間前に始まった選挙運動では、リビアの選挙民のイデオロギー的路線は曖昧なままであった。多くの選挙民は、部族的・家族的・コミュニティ的結合に彼らの投票を導かせるという筋書きを承認した。イスラム主義者たちは、ジブリル氏の連合を「リベラル」あるいは「世俗的」であると描こうとした。
 他のアラブ諸国のイスラム主義に反対する人たちとは違って、ジブリル氏は、一度も、イスラム法の適用を要求する人々を過激派だとは呼ばなかった。イスラム主義者を含む他の党派と同様、ジブリル氏は、イスラム法を立法の主たる源泉にするが、唯一の源泉にはしないと主張した。ここには、「モスレム同胞団」のような新興の集団が何をしようとしているかを確信できないリビア選挙民の考え方が反映されている。彼らは「同胞団は、われわれよりももっとモスレムなのか?」と考えているのだ。
 ジブリル氏は、ピッツバーグ大学で政治学を学び、そこで教鞭を取った。リビア・テレビのインタービューで、彼は、友人や近所の人たちは、「彼は金曜日の礼拝には出席するし、お祈りをしている」というだろうと述べた。ジブリル支持の政党が多数を占めるだろうと予測される。
「リビア・モスレム同胞団」によって創設された政党の指導者であるヒシャム・クレスクシは、「ジブリル連合の支配は不幸だ、選挙結果には、落胆している」と述べた。緩いイスラム主義者の政党も、議員投票では多数を取れなかった。
 ジブリル氏の出身部族であるワルハラ族は、600万人の人口を持つリビアで、六分の一を占めている。部族のホームランドは、バニ・ワリドの西方であるが、多数の人々は、トリポリやベンガジのような大都市に住んでいる。(以下省略)
[訳者の感想]ジブリルは、カダフィ大佐時代の財務大臣だったようです。リビアの選挙民の意志がどこにあったのか、「モスレム同胞団」が一番組織力はあるようですが、やはり、イスラム主義者に対する反発が強いのでしょうか。とにかく、ジブリルは一応「中道派」と考えて良いようです。
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「イスラム主義者の指導者、エジプト大統領に」と題する『フィナンシャル・タイムズ』誌の記事。

2012年06月25日 | イスラム問題
(前略)
「イスラエルは、エジプトにおける民主化の過程を評価し、その結果を尊重する」とイスラエルのネタニヤフ首相府は述べた。
声明に先立って、エジプトの株価は上昇し、過去4ヶ月間の最大値を記録した。
彼の組織の中のもっとカリスマ的な人物たちの代役を務める人であると考えられていたが、モルシ氏は、権威を放棄するのを嫌う軍によって見過ごされた人口8,500万人のひどく分裂し、経済的にもがいている国の手綱を引き継いだ。
支配的な軍事と裁判所は、イスラム主義者が多数を占める議会を解散することによって、モルシ氏の権力を制限しようとしたが、彼の選出は、エジプトの近い過去からの象徴的な断絶をシンボライズしている。
エジプトは、ガマル・アブデル・ナセルが1952年に王制を打倒して以来軍の指揮官の支配下にあったし、今月末まで、軍事力の支配下にあるだろう。
「これは古い体制とその腐敗の終わりになるだろう」と政府機関に勤めるイブラヒム・モハメッドは言う。
初めは、選挙結果を認めることを拒んでいたシャフィク氏は、昨夜、敗北を認め、モルシ氏にお祝いの言葉を述べた。シャフィク氏の怒れる支持者たちは、カイロ市のドッキ地区にある彼の総司令部の周りに集まり、取引材料として「イスラム同胞団」の勝利を認めたことに対して「軍事最高評議会」を非難した。(後略)
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「危機に瀕するエジプト」と題する"Economist"紙の記事。

2012年06月22日 | イスラム問題
(前略)
イスラム同胞団の支持するムハンマド・モルシと軍が支持しているアーメド・シャフィクのいずれが政権を握るか情勢は混沌としている。
最悪の場合、軍はシャフィックが大統領選挙で勝ったと宣言することはできるだろう。軍最高評議会(SCAF)は、エジプトを完全に一人前の民主主義になることを許すほど熱心だったことは一度もない。しかし、SCAFは現在その兵営に退くという以前の約束に立ち戻ったように見える。1週間前、将軍たちは、憲法法廷に座っている従順なムバラク時代の裁判官たちに新しい議会を解散するように語った。(中略)
西欧の政治家たちが「アラブの春」を無視する口実として用いている二つの作り話がある。
一つは、将軍たちとイスラム主義者との間に選択の余地は殆どないというものである。これはまさにムバラク主義の再版である。本紙は、イスラム主義者たちが世俗的改革派を負かすことを望んではいなかったが、事実は、彼らは改革派を負かしたのだ。トルコでの経験が示すように、イスラム主義者を馴らす最善の道は、彼らに対して道徳的な根拠を認めず、日々の統治の責任や妥協を迫ることである。
第二の論拠は、エジプトが複雑すぎて、西欧は影響を与えることができないということだ。状況は確かに、複雑である。しかし、外からのメッセージは、明確で、強力だ。軍はその民主化の約束にこだわっているという主張は、少し違う。アメリカの援助に頼っている将軍たちは、束縛されない権力を手にれることには神経質である。新しい国会に備えるために、憲法についてモルシと交渉するように彼らに圧力を掛けることによって、米国とヨーロッパは、民主主義に有利になるための決定的な役割を果たすことができるだろう。
エジプトの混乱の中で一つだけはっきりしているのは、エジプト人とアラブ人たちが、自分たちの関心事を追いかけているということだ。王様や将軍たちは進歩を遅くすることはできるかもしれない。しかし、それを止めることはできない。
[訳者の感想]「アラブの春」が一体どうなるのか分かりませんがエジプトに関してはイスラム同胞団と軍との間の話し合いで民主化が進むと良いと思いますが。同胞団も他のイスラム過激派に比べると、それほど教条主義的ではないように見えます。
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「イスラム主義者たちは、キリスト教徒の勇気が増大しているのを罰しているのだ」という記事。

2011年01月08日 | イスラム問題
(前略)
ヴェルト紙:これらの脅しや攻撃をあなたはどのように説明しますか?
シルマッハー:アラム人、アルメニア人、コプト教徒のような東方のキリスト教徒たちは、2010年にイスラム教徒が多数を占める社会での差別に対して声高に抗議しました。この抗議はヨーロッパや彼らの出身国で行われました。ヨーロッパやオリエントにおけるテロ攻撃や脅迫はこの増大する勇気に対するイスラム主義者たちの反作用です。
ヴェルト紙:キリスト教徒が自己主張をした、それで罰せられるという訳ですか?
シルマッハー:そうです。多数派ムスリムと少数派キリスト教徒の間の歴史的取引は、取り消されました。それは、次の点にあったのです。東方のキリスト教徒たちは大声を出さない、外国に対して、自分たちの法的差別を訴えない。その代わりに、彼らは2級市民として放置されるということです。
ヴェルト紙:あなたはどこでこの取引が終ったと考えますか?
シルマッハー:明らかにイラクでです。イラクの司教たちが世界の世論に対して自分たちの苦しみを通報し始めた後で、イラクのキリスト教徒の情勢はさらに悪化しました。
ヴェルト紙:イラクのキリスト教の司教たちは、この公然たる救助の叫びという戦略の背後にまとまっているのですか?
シルマッハー:決してそうではありません。多くの司教は大声で論難して殺されるよりは、むしろ小声で抗議して、差別されることに賛成していました。トルコのキリスト教徒も同様に危険です。マラチヤの三人の新教徒に対する殺害は同様に報復であると理解されます。マラチアでには、キリスト教に改宗したトルコ人が古くから住んでいます。数人のキリスト教徒は、身分証明書の「ムスリム」を「キリスト教徒」と書き換えることを要求したのです。(後略)
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「ニューヨークからカブールまで」と題する『フランクフルター・アルゲマイネ』の論説

2010年09月12日 | イスラム問題
2010年9月11日:2001年9月11日がわれわれの現在の一部であるということを思い出すために、コーランを焼却するという呼びかけは必要ではないだろう。彼の影響は、あのときも現在も、ニューヨークからカブールにまで及んでいる。崩壊した「世界貿易センター」のそばに計画された「モスレム・センター」の建設は、アメリカの世論を二分した。オバマ大統領は建設に賛成だと述べた。
このことは、アメリカ人が自分たちの国はかって宗教上の反対者の移住によって建国されたという記憶において誇りにしているあの無制限の宗教的自由の伝統に属している。しかし、宗教上の多元主義は、すべての宗教に対して寛容を要求するのだ。多元主義には、配慮と繊細な感情が必要だ。米国と西欧文明に宣戦を布告するために、アルカイダの「聖戦士」が数千人の人間を殺害した場所がこの観点かでは、モスクを建てるのに適した場所であるかということは疑ってもいい。
「9/11事件」が示したのは、宗教が一見世俗化された現代世界で相変わらず政治的勢力であるということだ。西欧にいてはそうではないが、イスラム教徒大多数を占める国々では。1979年にホメイニ師がイランに「イスラム共和国」を樹立したときに、人々はこのことを知っていたはずだった。だが、この革命は長い間、「近代への途上の一時的な袋小路」だと片付けられた。(以下略)
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