海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「日本政府、経済を支える」と題する『フランクフルター・アルゲマイネ』紙の記事。

2008年08月30日 | 日本の政治と経済
 日本政府は、約1兆8千億円の支出で衰えつつある経済を支えようとしている。但し、国家の債務は増えない模様。この緊急援助計画について、金曜日に、福田康夫内閣は、意見が一致した。さらに、政府は連立政党である公明党の圧力で、来年3月末まで所得税の引き下げを保証することを決定した。日本国民が2009年春に感じる税負担軽減の額は、まだ決まっていない。
 政府の総額11兆5千億円の経済緊急援助計画は、1兆8千億の追加支出によりも、明らかに高額である。この差は、政府が中小企業に対する貸し出しに対する国家保証によって期待している信用量を政府が支払うということで、説明される。1兆8千億円の支出は、新たに赤字国債を発行しないでまかなわれる。国家予算外で管理されている特別会計によってまかなわれると福田の報道官は、本紙に対して述べた。自民党内では、多くの政治家がより大きな赤字国債の発行に賛成であった。
 秋に国会で追加予算案とともに決議される予定の緊急援助計画では、多数の小さな対策が寄せ集められている。中小企業に対する貸し出しに対する政府保証と並んで、ガソリン価格の高騰に苦しむ運輸業・バス・タクシー会社のための補助金が見込まれている。三年間、政府は百万人のパートタイム労働者が、正規の労働を見つけるのを援助する予定だ。さらに、太陽エネルギー利用に対する財政援助もある予定である。内閣は、輸入小麦の価格の値上げ幅を小さくすると約束している。その上、高速道路の利用料金も下げられる予定である。
 金融界では、この計画は、少なくとも2009年9月に予定されている衆議院議員選挙に際して、政府の人気を改善する試みだと評価されている。「この計画の動機は政治的である」と投資銀行のモルガン・スタンレーの主任研究員であるロバート・フェルドマンは、述べた。「この計画は、大きな損害を与えはしないだろう。だが、経済を助けることにはならないだろう」と彼は本紙記者に述べた。フェルドマンは、促進指針があまりに弱すぎるので、より大きな信用保証が中企業に対する貸し出し増加に導くかどうか疑っている。日本では、銀行は、過去数ヶ月間、貸し出しを渋り、支払い不能の件数が増加していた。
(以下省略)
[訳者の感想]経済政策についてはほとんど知識がありませんが、どのような評価がされているかを知りたくて訳しました。筆者はパトリック・ヴェルターという特派員です。
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「北朝鮮、腹の減らない麺を宣伝」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月25日 | 北朝鮮問題
TOP OF THE POPS
桑田佳祐,KUWATA BAND,SUPER CHIMPANZEE,丸山明宏,サザンオールスターズ応援団,小林武史,小倉博和,片山敦夫,島健
ビクターエンタテインメント

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シニカルな現実否定は、政治的無能力の欺き得ない兆候である。断頭台で首を刎ねられたフランス王妃マリー・アントワネットが言ったとされる次のような台詞からは、彼女の本心が分かる。「百姓はパンがないのなら、ケーキを食べればいいのに。」
 化石化したスターリン主義の北朝鮮の指導部は、この政治的な現実拒否の伝統に連なっている。日本で発行されている機関誌『朝鮮新報』を通じて、金正日総書記は、歴史的な革新を告知させた。北朝鮮の科学者達は、空腹感を顕著に遅らせる特殊な麺を開発することに成功したと。
たいていの北朝鮮の国民は、このニュースを聞いたら、ただ、「あほなことを言うな」という反応を示すだろう。実際、国際食糧機構の報告によると、2千2百万人のうちの6百万人がこの偉大な「首領様」の支配下で飢えており、緊急の食糧援助を必要としている。北朝鮮国民の2人に1人は、自分と家族のために食糧を調達することにかかり切っている。
いずれにしても、少し前から、西側からの食糧輸送がこの経済的に崩壊している国に行われている。だが、相変わらず、役所が配分を監視しているから、援助食糧が数十万人に届かないほど経路が分かれている。1990年代の終わりには、この情実のせいで、大飢饉に際して約百万人が命を落としたと推定されている。
 目下、北朝鮮政府は、知られた形では小麦やトウモロコシから作られたのではなく、大豆の粉で栄養を付加した新しい奇跡の麺の導入を賞賛している。大豆は、北朝鮮では伝統的な食糧ではない。木の根や草のスープが伝統的な食糧ではないのと同様に。この両者は、しかし、北朝鮮の多くの人たちにとっては、彼らの激しい空腹感と戦うためには、唯一の可能性である。彼らは麺などは長い間、口にしたことがないのだ。
[訳者の感想]とうとう「奇跡の麺」でだますより方法がなくなったと思われます。政権の末期症状と言うべきでしょう。終戦直後、東京では米の代わりに大量の大豆が配給され、毎日、大豆ばかり食べた経験があります。終戦直前に、満州から内地へ大豆を輸送したせいだと聞きました。北朝鮮では、大豆が普通の食糧ではないようにこの記事では書かれていますが、もし、大豆があれば、飢えたりしないはずで、大豆ももちろん手に入らないのでしょう。北朝鮮ではそもそも配給システムが全く機能してないのだと思います。
マリー・アントワネットの言葉は、彼女がいかに庶民の生活について無知であったかを暴露していますが、この北朝鮮の報道は明らかに無知の産物ではなくて、悪意の産物だと思います。
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「ドイツの女性には前より多くの子供ができる」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月21日 | 社会問題
ウルズラ・フォン・デア・ライエン家庭相は、3月に次のように述べた。「2007年の出産率は1.2%を超えるというのに賭けてもいいわ。」連邦統計局は、2007年度の出産率が1.37%に達したと発表した。明らかに三月には、家庭相は出産促進政策に対する興奮を押さえられなかった。家庭省の内部的計算では出産率は、1.47に達すると思われていた。
だが、フォン・デア・ライエンは、負けた賭けのためにシャンパンで乾杯するだろう。なぜならば、この国を家庭に優しくしようとした家庭相は、2007年度の出産率が過去6年間の中で最高の値にまで増大したことを確認できるからだ。それと対応して、彼女は数字についてコメントした。「出産の増加をとても喜んでいます」とライエンは言った。そのわけは、彼女が人々は彼らが世の中に送りだしたよりも多くの子供を持ちたいと思っていると信じるからである。特に若い夫婦が次第に彼らが望む子供を作るということを彼女は喜んでいる。
子供をほしいという願望が、物質的な状況のために挫折しないということが、2007年の出産増加の年に発効した最大のプロジェクトの動機になった。その法律によると、2007年1月1日以後に子供が生まれた両親は、子供を世話する人が以前に稼いでいた金額の最大67パーセントを受け取る。
2007年には、前年より1万2千人多くの赤ん坊が生まれたが、この出産数の増加が本当に出産手当のせいであるかどうかは、これまで十分に研究されていない。考えられる他の理由は、文化的な変動や若い人たちに楽観的な未来の展望を可能にした失業数の減少であるかもしれない。しかし、統計からは、出産増加が出産手当と関係があるということを示唆している。出産率が一番増加したのは、33才から37才までの年齢の女性である。25才以下の女性では出産率は低下した。中年の女性が出産手当の利益をもっとも受ける。特に、出産以前にすでにきちんと稼いでいた人たちにとっては、収入に依存した国家の給付は、値打ちがある。これは、たいていは、中年の女性である。彼女たちが出産手当でやっと子供を作るように励まされたかどうかは、不明であるが。CDU会派の家族政策についてのスポークスマンであるヨハネス・ジングハンマーは、出産増加は、成功の目玉である出産手当が効を奏したということを確信している。(以下略)
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「展覧会は、ロンメル神話を崩すか」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月19日 | 人物
「砂漠の狐」は、黒い革マントを着、視線を地平線に集中させていた。戦車の上で背中を伸ばし、双眼鏡を首にかけ、胸には勲章をつけたエルヴィン・ロンメル--北アフリカ戦線の天才的な司令官というイメージは、ある世代の集団的記憶の中に焼き付いている。
それは偶然ではない。「ロンメル神話」は、60年以上前に、ナチの宣伝機関によって創り出された。シュツットガルト市の「歴史館」に勤める学者達は、目下、なぜ、ヒトラーの戦術家が今日まで魅力を失わないのか研究している。
エルヴィン・ロンメルは、1891年、数学教師の息子としてハイデンハイムに生まれた。軍隊における急速な昇進と第一次大戦における大きな成功の後、アドルフ・ヒトラーは、シュヴァーベン出身の陸軍中将をリビアに派遣した。
二年間、彼は北アフリカでイギリス軍と戦った。イギリス軍がドイツ兵を押し返したとき、ロンメルは、ベルリンに呼び返され、イタリア戦線とフランス戦線に投入された。1944年、彼は7月20日のヒトラー暗殺計画に巻き込まれたという容疑を受けた。三ヶ月後、ヒトラーの密使は、彼を自殺するように強いた。
 国家的英雄へとロンメルを持ち上げることは、アフリカ派遣とともに始まり、ある注意深い計画に従っていた。1941年11月、ゲッベルス宣伝相は、日記に次のように書き込んだ。「私は北アフリカの戦闘が決定した場合、ロンメルを一種の国民の英雄にするよう進言している。」
 ロンメルの相次ぐ成功は、東部戦線における失敗から国民の目を逸らせ、銃後の国民に安心感を吹き込むはずだった。「ロシア戦線がまずくなればなるほど、それだけ一層多く、ロンメルはニュース映画に登場した」と「歴史館」の歴史家であるコルネリア・ヘヒトは言う。
 ロンメルは、ナチの宣伝にとってうってつけだった。野心的で大胆で強固な意志をもち智恵のある司令官のポートレートは、無数の絵はがきやポスターに描かれた。
 一年前から、ヘヒトは、同僚と一緒に特別展のための資料を集めた。その際、ロンメルの息子から支援を受けた。息子のマンフレート・ロンメルは、「彼がシュツットガルト市長だった時代から『歴史館』に対して非常に肯定的だった」と館長のトーマス・シュナーベルは言う。「協力は非常に積極的でした。」
 エルヴィン・ロンメルとはどんな人だったかは、にもかかわらずはっきりしない。「この神話化された人物がどんな人だったかを言うことはとても難しい」とヘヒトは言う。三十年間の結婚生活で彼は妻に沢山の手紙を書いたが、ユダヤ人迫害や他の重要な政治的なテーマについては、ほとんど何も言わなかった。父として夫としての彼の生活は、野戦将軍のイメージ作りには重要ではなかった。
 死の少し前に、ロンメルはある手紙でヒトラーに降伏するように要求した。戦争は、もはや、勝てない。ロンメルは戦争を終わらせようとしたのだ。
 その上、彼がシュタウフェンベルク伯爵によるヒトラー暗殺計画を支持はしなかったが、少なくとも知っていたと言う理由で、ヒトラーは、ロンメルに選択を迫った。国民裁判所での裁判と彼の家族には恥辱が与えられるか、それとも自殺と国葬されることとのどちらを選択するか。1944年10月14日、ロンメルは、青酸カリのアンプルを飲んだ。
 後には、盛大な葬儀や、記念碑の計画、映画の中での追悼、ナチ党新聞での特別号が続いた。
「彼の死は、神話としての演出の頂点だった」とヘヒトは言う。ロンメルはヒトラーに背を向けたがゆえに、この神話は、戦後も生き続けた。1952に制作された映画「砂漠の狐」や、1953年に制作された「これが我らのロンメルだ」は、この神話と結びついている。
「歴史館」の「特別展示ロンメル神話」は、今年12月18日に開かれる予定。
[訳者の感想]ヒトラーでさえ、国民的英雄を反逆者にはできなかったのだろうと思います。ロンメル将軍自身が自分の神話を壊したくなかったのかもしれません。
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「ロシア人は占領という美酒に酔っている」と題する『シュピーゲル・オンライン』の記事。

2008年08月18日 | 国際政治
ゴリ発:アレクサンダー・ロマイアは、ここ数日、ほとんど寝ていない。安全保障会議のグルジャ人議長の目の隈は、ストレスの証拠だ。グルジャ軍とロシア軍の戦線の間を往復することで、この政治家は、ロシア軍を約束された撤退させようと、また、少なくとも援助物資のための通過許可を手に入れようと試みた。彼は多くの成功を示すことができない。今日正午、彼は戦略的に重要な都市であるゴリの中央広場に腕をまくり上げて立っていた。「撤退は話題になっていない。むしろ、彼らは彼らが見張っている地域を広げている。」ロマイアの目の前には、巨大なスターリンの銅像が光っている。(スターリンは、グルジャ人でした。)
 交渉人が述べたことは、ゴリへ来る途中で容易に見ることができる。首都チフリスから20キロ離れところで、グルジャ軍がコントロールする地域は終わっている。道を回るとそこには、ロシア軍部隊がチェックポイントを築いている。彼らはジャーナリストだけを通す。周りの丘の上にある砲兵陣地や狙撃陣地は、ここを誰がコントロールしているかを、はっきりと示している。モスクワからのあらゆる言明にもかかわらず、この状態は当分の間続くだろう。明らかにロシア人は、軍隊をグルジャに向けて動かしているが、撤退の兆候はない。コントロール地点の態度で分かる。自分の国にいる警察官のように、彼らは丁寧に車を止める。「ノー・プロブレム」と言って、後は高笑いが響く。
 ロシア人達は、戦闘停止協定に署名した後も自分たちの意志を貫こうとしているように見える。それがどういうことを意味しているかは、ジープでこの地域を巡回している太ったボリソフ陸軍大将が述べている。「われわれには、ここでは、平和を維持するという使命がある。諸君には、ここのどこかに警察やグルジャ軍は見えるかね。われわれは略奪者を逮捕し、町をコントロールしているのだ」と彼は言う。
 グルジャ政府は、ロシャ人のすることを只見るだけだ。グルジャ軍は、首都チフリスの周囲に集結している。ロマイアの警護人が携帯で見せたところでは、武器庫は空っぽ、兵営も空っぽ、駐車場も空っぽである。以前にはグルジャ人の誇りであった軍事拠点をロシア軍は完全に非軍事化した。(後略)
[訳者の感想]ロシアはできるだけ長くグルジャを占領するつもりのようです。
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「ガンに対する戦いの新たな手段を開発」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月15日 | 健康
 身体に固有のガン防御における困難な点は、免疫組織のもつキラー細胞が、ガン細胞をそれとして認識しないか、あるいは、ガン細胞にとりつかれた組織にまで到達できないことである。そうすると、転移は広がり、腫瘍は更に増殖する。
 それゆえ、ガン研究者達は免疫細胞をガンに対して「鋭敏に」しようと試みている。彼らは、キラー細胞を特に悪化した細胞に対して向かうように、身体に固有の防御を操作しようとしている。科学雑誌『サイエンス』の中で、ヴユルツブルク大学のラルフ・バルゴウを中心とする研究者たちは、リンパ腫瘍患者の治療で大きな成功を収めたと報告している。その治療手段は、特殊な抗体である。
この特殊な抗体は、ミュンヒェン大学の研究者であるゲルト・リートミュラーが10年前に既に実現した夢である。当時、彼は一つではなくて二つの抗体を認識できるように遺伝子技術的に樹状細胞を作成することに成功した。通常、抗体は、その短いY字型の二つの腕で一種のパートナーと結びつく。だが、非対称的分子は、二つの異なるパートナーを結びつけることができる。「こうして、それらは橋を作る。われわれの抗体「ブリナツモマブ」の場合には、非対称的分子は、事実上、その一本の腕でリンパ腫瘍の細胞を固定し、もう一つの腕でキラー細胞を捕まえる。こうして、キラー細胞は、ガン細胞を自分の近くへ引き寄せる。そして、ガン細胞に有毒な内容を直接注入することができるのだ。」これはガン細胞の死を意味する。
少量の抗体で十分だと研究者達は強調する。「在来の抗体治療法よりも、1万分の一の量で足りる」とリートミュラーは言う。重要なことは、これらの抗体があらゆるキラー細胞を活性化できることである。抗体は、一つの一般的なキラー細胞のボタンを押す。「われわれは将来、乳ガンや前立腺ガンに罹っている患者をも助けることができるだろう。」これらのガンは、骨髄に散らばる。そしてここで新しい抗体は効力を発揮する。
ガンに対する戦いにおいて、患者の免疫システムを投入するというアイデアは、それほど新しくはない。この研究の父であるスチーブン・ローゼンバーグは、現在、ベテスダの「国立衛生研究所」で働いている。この腫瘍学者は、治療なしに不治の胃ガンを克服したある患者と知り合いになった40年前にすでにこのアイデアを持っていた。
1990年代に、ローゼンバーグは、致命的な黒色腫に罹った何人かの患者を単純な抗体療法で治療することができた。ドイツでも、卵管ガンの治療の際、幾つかの成功例があった。特殊抗体による成功例は、これまで、38人しかないけれども、それは身体に固有なガン治療にとって新たな時代を導入しつつあるように見える。
[訳者の感想]日本では、免疫療法学会もありますが、ガンの治療法としてはあまり高い評価を受けていないように見えます。これまで、治癒率が高くないせいでしょうか。
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「南オセチアは、なぜ重要か」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月12日 | 国際政治
1.なぜ、戦争が勃発したか?
 ロシアとグルジャの間の軍事対決で、問題になっているのはオセチア自治州である。国際法上は、面積4千平方キロメートルで人口7万5千人を数えるこの領土は、グルジャに属している。もっとも、多くのオセチア人は、ロシア国籍を持っている。1999年に南オセチアは、独立の共和国であると宣言した。だが、それは国際的には承認されなかった。グルジャは、その領土上の統一を主張しており、独立を認めていない。
2.なぜ、南オセチアは、重要なのか?
ロシアにとっては、南オセチアを再び併合することで大事である。だが、多くの人はそれは口実にすぎないと見なしている。恐らく、この地域を通る資源とパイプラインをコントロールすることがロシアにとっては重要である。
3.兵力関係はどうなっているか?
 ロシア軍は、39万5千人の兵士を持っており、これに対して、グルジャには、たった1万8千人の兵隊しかいない。ロシア空軍は、16万人を擁しているが、グルジャ空軍には、たった1300人しかいない。ロシア陸軍は、2万3千台の戦車と兵員輸送用の装甲車を9千輌持っている。数万の大砲と1,736機の戦闘機を持っているが、グルジャは、戦車128輌、兵員輸送用の装甲車44輌、109門の大砲と戦闘機9機しかもたない。
4.西欧はどのような役割を演じているか。
 ここでは、大国の利害関心が入り乱れている。サーカシュヴィリ・グルジャ大統領は、米国と西欧の支援に賭けている。彼らは民主化と陸軍の増強を援助している。西欧の数カ国は、グルジャの「北大西洋同盟」(NATO)加盟に賛成している。西欧にとっては、特にグルジャを通っていて、ロシアに依存しないパイプラインが重要である。
5.政治的な役者は、誰か?
ロシアの側では、五ヶ月前に選ばれたメドヴェージェフ大統領がいる。彼にとっては、コーカサス戦争は、これまでで最大の力試しとなる。多くの人は、前大統領で現首相のプーチンが手綱を握っていると思っている。グルジャ側には、ミハイル・サーカシュヴィリ大統領がいる。彼はアメリカ贔屓であると思われている。40才になったばかりのサーカシュヴィリの最も重要な目標は、自分の国をNATOと欧州連合の一員にすることであるが、この戦争でこの目標は遠のいてしまった。
6.戦争はどのように行われているか?
『ワシントン・ポスト』の報道によると、グルジャ政府は、ロシアからの「サイバー戦争」に曝されている。そういうわけで、グルジャ外務省のウエッブ・サイトはハッカーによってハッキングされ、サーカシュヴィリは、ナチの格好に変えられた。サイトは、そうこうするうち閉鎖された。経済にとって重要なインターネットのサーバーは、ジャンク・メールでいっぱいになった。
7.誰が戦争に勝つか?
グルジャ国民の間では、神経が参りかけている。サーカシュヴィリ大統領は、昨日夕方、国営テレビで、「グルジャの存続は、ロシアとの紛争で、危機に瀕している。グルジャ国内の目標に対するロシア軍の空爆は、「パニックを起こすだろう」と述べた。「グルジャは、平和以外に何も望んでいない。」ロシア空軍の猛爆後、グルジャは、軍を南オセチアから撤退させた。
[訳者の感想]グルジャは、たいした軍事力がないのに、南オセチアに侵攻したために、国全体がロシアの占領地になりそうです。
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「ロシアの平和部隊の戦争目的」と題する『シュピーゲル・オンラインン』の記事。

2008年08月11日 | 国際政治
ベルリンおよび南オセチア発:紛争は三月以来くすぶっている。だが、それはコントロールされた不安定さの軌道の中で動いていた。ロシアとグルジャの停戦協定が、1992年以来ほとんど習慣となっていたように。8月8日に、グルジャが南オセチアの町チンヴァリを
攻撃したことによって、この凍結した紛争は、熱い代理戦争となった。そのエスカレーションがどこまで進むかは、際限がないように見える。だがそれは、ヨーロッパの安全にとって直接的な影響を持っている。
その際、南オセチアの独自の民族文化とアイデンティティを守り保存することは問題ではない。そうではなくて、自分で任命し、いかなる国によっても承認されていない南オセチアの事実上の政権、エドワード・ココイティの政権が問題なのだ。彼の陰謀は、一方では、ロシアの地政学的利害関心に有利であるが、他方では、グルジャやヨーロッパや米国にも役に立つ。
南オセチアは、5世紀以来、グルジアに属している。だが、1991年以来、。ロシア領の北オセチアとの合併ではなくて、独立を宣言してい。ロキ・トンネルだけが、北オセチアとの連絡道路であり、密輸のルートである。この抜け穴は、ココイティといわゆるロシア平和部隊の手中にある。
ロシアは、グルジャからの独立を唱えるアブハジアにも平和部隊を送った。アブハジアへの黒海艦隊の派遣、グルジャの都市ポチとゴリへの空爆、グルジャの首都チフリスの近くにある航空機工場の空爆は、ロシアがこの紛争をどれほどエスカレートさせたがっているかを示している。モスクワがどれほど、平和勢力であるという公式の役割を演じる気がないかを示している。
実際、問題は、NATOへのグルジャの接近を妨害し、この政策をとっているサーカシュヴィリ・グルジャ大統領を失墜させることである。北京旅行から帰ってすぐこの危機地帯をプーチンが訪問したことは、誰の署名がロシアの介入に賛成したかを示している。同時に、それは、メドヴェージェフ・ロシア大統領の権力がどれほど弱い足に支えられているかも証言している。また、国際法を遵守することについての彼の演説がどれほどの価値を持っているかを示している。
 ロシアの攻撃は、グルジアの領土の驚くべき侵害であり、ロシアの旅券をもったアブハジア人や南オセチア人には領土権はない。
 サーカシュヴィリ大統領が、2004年の「バラ革命」によって権力を握って以来、彼は紛争を鎮めるために、米国とヨーロッパの強力な援助を懇願した。ヨーロッパに関しては、その努力は無駄だった。確かに、紛争の防止が問題である場合には、グルジャは、欧州同盟の近隣プログラムのメンバーである。だが、スエーデンやポーランドやバルト三国とは違って、ベルリンの声は小さかった。民主主義が足りないという批判の背後で、ヨーロッパの連帯に対するグルジャの要求は拒否された。アブハジア紛争を沈静化するためのドイツの外相のイニシャチブは、グルジャの状況がヨーロッパの安全にとってリスクだという認識が目覚めたからである。(後略)
[訳者の感想]グルジャとその領土であるアブハジアおよび南オセチアとの紛争は、ロシアにグルジャ侵攻の口実を与えたようです。西欧各国の対応は後手に回り、ロシアが大きな力を持つようになりそうです。
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「宗教上禁じられたテレビ・ドラマの勝利」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月07日 | イスラム問題
 サウディ・アラビアのイスラム法学者は、トルコのテレビドラマ『ヌル』を「悪魔的で非道徳的だ」と呼び、テレビ局に対して「神と預言者に対する攻撃」を直ちに止めるように要求した。パレスチナの都市ナブルスでは、国会議員とハマスの説教師は、「宗教と価値と伝統」に反するシリーズに対して警告した。
 両方の尊厳の担い手はあまり多くの聞く耳を得られなかった。サウディ・アラビアでは、300万人から400万人の間の人が、毎晩、ヌルとその夫であるモハンナドの生活と愛に関するテレビドラマを見ている。パレスチナのガザ地帯とヨルダン川西部地区では、放映時間には街頭の人影がまばらになる。停電で見られなくなると、人々は目覚まし時計をセットして、早朝の再放送を見逃さないようにする。
 シリアやバーレーンやモロッコでは、毎日、大家族がテレビの前に集まって、彼らの主人公達を見る。汎アラブ的な衛星放送チャンネルのMBCにとって、驚くべき大成功だ。
トルコでは、『ヌル』は、失敗作で、幾つかの挿話が放映された後、放映中止になった。 アラブ語のテレビ・シリーズは、ひどく高価だったので、われわれは外国に安価なシリーズを求めたとMBCテレビの会長ワリド・アル・イブラヒムは言う。古典的なアラビア語ではなくて、地域の方言で音声が入れられたこのテレビ・ドラマは、ドバイに本社を置くMBCの最大のビジネスになった。
 保守的な体制派の反応は理解できなくはない。『ヌル』は、湾岸諸国の社会的日常に見いだされる男性と女性の新しい役割像を提示している。夫婦が完全に平等なムスリム家族が初めて示されたのだ。
 夫のモハンナドは、妻のヌルがモード・デザイナーとして職業上一人前になるのを支持している。けんかの後では、彼は花束を渡し、贈り物や旅行で彼女を驚かす。それは、これまで西欧の映画でしか知らなかった男性の態度である。アラブ製のドラマでは、妻や女兄弟を殴る普通の男しか出てこなかった。
 「われわれの社会は、このような親密さや愛情にはなれていない。だから、この種の関係は罪だと言われた」と「バーレーン婦人同盟」の副会長であるファティマ・ラベアは言う。多くの女性の視聴者にとっては、温和で格好がいいモハンナドは、理想の男性像である。
 モハンナドの写真を妻の携帯に見つけた何人かのサウディの男達は妻と離婚した。日刊紙『サウディ・ガゼット』には、美容整形外科でモハンナドに変えてほしいという男を描いた漫画が掲載された。母親達は、生まれて来た子供に「ヌル」や「モハンナド」という名前を付けている。
 このテレビドラマでは、保守的ムスリム的社会の別のタイプのタブーが破られた。モハンナドは、結婚する前にヌルと性的交渉を持ち、それで子供が生まれている。従姉妹の一人は妊娠中絶をしたし、晩ご飯には、アルコールを飲んでいる。
 「われわれの生活では、このドラマシリーズに出てくるような物事を、われわれみんなしている」とシリアの俳優ラウラ・アブ・サアドは言う。「かなり多くの女の子は妊娠して、中絶しているわ。ただ、誰も口にしないだけよ。テーブルの下に隠してあったことをテレビで見て、みんなホットしているわ。」
 ラウラ・アブ・サアドにとって、このシリーズの成功は、「アラブ系ムスリムが、穏健なイスラム教に従って、過激派には従おうとしない」ことのしるしである。(後略)
[訳者の感想]アラブ諸国の普通の人たちが穏健なイスラム教徒だということを示すニュースのように思います。ちょっと楽観的かもしれませんが。
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「これはおれのことだ。都会人が好きなこと」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年08月05日 | 政治と文化
白人は、ここ数十年来、新聞紙上では批判の的だ。彼は他の民族を抑圧し、いくつもの戦争を始め、パキスタンの棉花取りを搾取し、かなり人種主義的で帝国主義的で人種中心主義的な態度を示した。彼は他人に何を期待したいのか。彼は自分のイメージに手を加えた。世の中の物事がどうならねばならないかについて、白人は、今後も決定したいと思っている。ただ、今日彼はそのことに良心の呵責を感じている。
白人についての研究は、まだ、始まったばかりだ。イスラム社会の陰核切除やパプア・ニューギニアの北西部に住むワンパー族が結婚や性行動と結びつける態度は、知ることができるのに、白人は「未知の領域」である。「白人達は彼らが白いことは目に見えないと思っている。彼らは自分たちの観察する主体の位置を自明だと思っている。」
カナダ人のクリスチャン・ランダーは、この痛ましい研究の空白を埋めた。彼は”stuffwhitepeoplelike.com"(白人が好きなこと)というブログの管理者である。彼は29才の白人で、彼自身がからかっている左翼リベラル派に属している。このブログは非常にはやっているので、彼は昨年も一冊、本を公刊した。『白人が好きな物:数百万人のユニークな趣味への決定的案内』(Stuff White People Like:A Definitve Guide to the Unique Taste of Millions).「ベルテルスマン社」の提携会社ランダム・ハウスは、著者に35万ドル(3,500万円)の原稿料を支払った。彼は教養ある都会に住む数百万の白人の独特の趣味を150ポイント数え上げた。ドイツ語への翻訳はまだ計画されていない。
それによると、白人は、映画祭が好きだが、主流の映画は嫌う。セルビアと北朝鮮あるいはフィンランドのパトロール隊が好き。副題の付いた映画はどれもそれだけでオーケー。なぜならば、それは「ハリウッド・システム」の外で制作されているからだ。白人は土曜日には週末マーケットに出かける。その理由は、そこでは、犬と非常に高価な乳母車に乗せた子供を見せびらかせるからだし、それでもって、地域の市場と小さな商店を支持できるからだ。
 たとえば、彼はテラスの上の日本人の所へ行くこともできただろう。なぜなら、白人はスシを食べるのが一番好きだ。「それは彼らが欲するすべてである」とランダーは書いている。「未知の文化、高価だが、健康によく、無教養な連中には嫌われている。」
ランダーの本は、滑稽で狡猾であるが、特に暴露的である。なぜならば、個人がどれほどグローバル化に批判的で自分の個性を保とうとするにせよ、かれらはそれだけ一層、グローバル化の子供だ。価値や消費の規準は、ハンブルクでもマドリッドでもサン・フランシスコでもシドニーでも同じである。彼らはみんなカフェ・ラッテを手に持ち、耳にアイポッドのイアホーンを差し込んで街頭を歩く。著者・芸術家・建築家を夢見て。彼はホメオパティーによる処置を好むが、学校医学に対しては原則的に批判的だ。(以下省略)
[訳者の感想]左翼リベラル派に属する白人の生活態度とはどういうものか、よく分かります。日本にもこれと似た行動様式をもつある階層がありそうですね。
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「もっと多くの戦争という考えに反対する」と題する『ツァイト・オンライン』の論説。

2008年08月02日 | アフガン問題
アフガニスタンでは、うまくいっていない。治安状態は、ますます悪くなり、爆弾テロや自爆テロの数は増大している。カルザイ政府の腕は、カブール市の境を越えて遠くへは及んでいない。地方の軍閥や麻薬売買のボスは、内閣で閣僚の傍に座っている。腐敗とコネ経済とがこの国ではやっている。経済的失敗と誠実さの義務の驚くほどの欠如が手を組んでいる。経済は落ち込み、失業は多くの人々にとって永続的な状態だ。ケシの花の栽培は、多くの村人にとって、唯一の収入源である。伝統的な部族構造が、国家建設の努力を妨げている。
もっと多くの軍隊を送れば、何か変わるだろうか?それは疑わしい。5万名の兵士が既にいる。たとえば一平方キロあたりコソボと同じだけの密度で兵士を置くためには、30万人から40万人の兵隊を派遣しなければならないだろう。これは端的に考えられない。このような外国軍隊のプレゼンスは、もっとも大きな確率で、過激派の蜂起をもっと激化させるだろう。
しかし、また、民間の復興援助の拡大も、万能薬ではないだろう。確かに、国際的な国家共同体は、これまで、十分なことをしてこなかった。150億ドル(1兆5千億円)の援助資金は、2001年以来アフガンに約束された金額の半分に足りない。この金額の3分の1は、外国人顧問、外国の援助団体、外国の大手の供給者に支払われた。この金額のかなりの部分は、貪欲なアフガン人の役人や政治家たちの懐に入った。同様に、西欧は、それに加えて数十億ドルを承認したが、プロジェクトのよりよい調整もなく、金の使途についての厳格な監視もないために、効果は限られたままだろう。
少し前に、公表された研究報告によると、アメリカのシンクタンクである「ランド・コーポレーション」は、米国政府が「テロに対する戦争」をはじめからから考え直さねばならないという立場をとっている。軍事作戦は、ゲリラに対してはあまり効果がなく、警察と情報組織の仕事はもっと重要だと述べている。結局、政治的解決に到達するためには、反乱軍との交渉をも嫌ってはならない。
 この主張は理性的である。必要な資源と手元にある資源との間に大きな裂け目が開いたと白状しよう。2,300年前にアレクサンダー大王が失敗し、19世紀には英国が失敗し、20世紀にはソビエト連邦が失敗したところで、軍事的に成功することができるなどと信じ込まないでおこう。また、われわれがアフガン社会を西欧の模範にしたがって作り直せるという仮定にも別れを告げるべきだ。単なる試みでさえも、深く根ざした伝統的宗教的価値に反するだろうし、それゆえ、挫折するように断罪されている。
結局、タリバン風の政権がわれわれの到達できる最善の政権であるかもしれない。敬虔だが、アルカイダとの結びつきがなく、イスラム教的だが、テロリスト的でない、西欧的ではないが、反西欧的でもないそういう政権である。
[訳者の感想]アフガンに西欧風の民主主義を押し付けてもううまく行かないとヨーロッパの知識人は感じ始めているようです。筆者は以前『ツァイト』の主筆だったテオ・ゾンマーです。
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