海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「アメリカン・ドリームの終焉」:リフキンの近著『ユーロピアン・ドリーム』紹介。

2006年03月31日 | アメリカ社会

 アメリカの新聞でジェレミー・リフキンの近著『ユーロピアン・ドリーム』の書評を読み、原著を読んでみた。この本の副題には、「ヨーロッパの未来像は、静かにアメリカン・ドリームをしのぎつつある」と書かれいる。その冒頭の箇所を要約してみた。 「アメリカン・ドリーム」(アメリカの夢)という言葉は、歴史家のジェームズ・アダムズが1931年に『アメリカの叙事詩』(The Epic of America.)という著作で初めて使った言葉である。 「アメリカン・ドリーム」は、アメリカ人に固有のものだと考えられる。アメリカ人は、アメリカン・ドリームはアメリカという土壌の上でだけ実現可能な夢だと思っている。 英国からアメリカに最初にやってきた「ピルグリム・ファーザーズ」と呼ばれる清教徒達は、自分たちの危険な旅をイスラエル人のエジプト脱出の物語と重ね合わせた。彼らは古代イスラエル人と同様、自分たちは「神によって選ばれた民」であると確信していた。アメリカにやってきた清教徒達の目には、アメリカの自然は、神の栄光のために征服されべき自然であり、そこに新しいエデンの園を建設することが神によって与えられた使命であると考えた。この「選ばれた民」という観念は、その後「アメリカの夢」の通奏低音となった。多くのアメリカ人が自分たちは選ばれた民であり、アメリカは、「約束の地」だと考え続けた。彼らはアメリカが偉大になるように運命づけられており、「アメリカのやり方」は「神のやり方」であると信じた。自分たちが成功することは、自分たちが本当に神に選ばれているということの証拠であると信じた。 大抵のヨーロッパ人にとって、「神の選民」という考えは、奇妙であり、ちょっと恐ろしい。 ヨーロッパでは教会へ出席する人は、ますます減っているが、アメリカではかなり多くの人が熱心なキリスト教信者である。リフキンによると、アメリカ人の48%が米国は神に特別に護られていると信じている。ある福音主義教会の指導者は、世界貿易センタービルとペンタゴンがテロリストによって攻撃され、3千人近い人命が失われた理由は、神がアメリカの誤ったやり方を喜ばず、もはやこの選ばれた民に特別の加護を与えなくなったからだと示唆した。 これに対してヨーロッパ人の多くは、もはや神の存在を信じていない。デンマーク人、ノルウエー人、スエーデン人の約半分は神は、自分たちにとって問題にならないと考える。リフキンは、この点で、アメリカ人の考え方は、低開発国の人々の考え方に近く、他の工業化社会とは折り合わないと主張する。 自分たちは選ばれた民であるという信念は、アメリカ人を世界中で最も愛国的な国民にしている。ある調査によると、アメリカ人の72%は、自国に誇りを持っているおり、この割合は、26ヶ国中の第1位である。 イギリス、フランス、イタリア、オランダ、デンマークなどの西欧の民主主義国の国民の半分以下は、自分の国を非常に誇らしいと感じていない。 アメリカ人の10人中6人が、自分たちの国民は完全ではないが、自分たちの文化は、他の文化より優れていると思っている。これとは対照的に、英国人の37%、ドイツ人の40%、フランス人の3分の1しか自分たちの文化が他の文化よりも優れていると思っていない。ヨーロッパや他の地域では、ジェネレーションが若くなるに連れて、国民としての誇りが下がっている。 この意味で、ユーロピアン・ドリームは、グローバル時代の最初のトランス・ナショナルな夢だとリフキンは言う。そして彼は自分たちは選ばれた民であるというアメリカ人の信念のほうが新しい時代には有害だと言う。 [訳者の感想]アメリカン・ドリームよりもユーロピアン・ドリームのほうが、21世紀のグローバルな世界では役に立つというのがリフキンの主張のようです。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ハリー・ベラフォンテ、アメリカ社会に大きな反響」と題する『ヴェルト』紙の記事

2006年01月26日 | アメリカ社会
ワシントン発:ジョージ・W・ブッシュを「最大の暴君、最大のテロリスト」と呼び、コリン・パウエル元国務長官を「嘘つきで、主人の家でこびへつらうお気に入りの奴隷」と呼び、「本土安全庁」をゲシュタポにたとえ、ヴェネズエラのチャベス大統領の革命におめでとうと言った一人のアメリカ人は、米国の主流の言説からは抜け出している。但し、彼が有名であり、黒人であり、恐れを知らず、金持ちで、マーチン・ルーサー・キング牧師の協力者として非の打ち所がないとしたら話は別である。ハリー・ベラフォンテは、この記述が当てはまる唯一の男である。目下、かってジャマイカ系の移民として貧困を経験し、1950年代の終わりにカリプソの「バナナ・ボート・ソング」で世界的に有名になったた歌手兼市民権活動家は、政府に対して修辞上の戦争を行っている。
 ハリー・ベラフォンテの言ったこと全部がナチとの比較ほど馬鹿げたことであるわけではない。いずれにしても、上院でただ一人の黒人であり、将来の大統領選に対する民主党の希望の星であるバラック・オバマ議員は、そう思っている。ベラフォンテの非難で触れられているように、ブッシュの「国家安全保障庁」と「愛国法」でもってアメリカ人は、逮捕状や告訴や弁護士との接見がなくてもゲシュタポなみの取り扱いを受けるだろうとオバマ議員は答える。「ナチの犯罪は一回限りのもので類比の役には立たない。・・・私もわれわれが基本的人権とテロリズムに対する防衛との間に正しいバランスを見出せるか本当に心配している。」ブッシュをテロリストだと言ったベラフォンテの非難は、オバマ氏適切だと思う言葉ではない。だが、政治的にラディカルな発言をする権利はアメリカでは認められているということを忘れてはならない。
 2008年の大統領選挙の候補者と目されているヒラリー・クリントンの最近の発言によれば、「ブッシュ政府は、われわれの国を統治した最悪の政府として歴史に残るだろう。」
クリントンとベラフォンテは、どうやって日常的喧騒のなかでメディアの注意を惹きつけたらいいか知っているのだ。そういうわけで、月曜日には、CNNのベテランであるウオルフ・ブリッツァーは、ハリー・ベラフォンテとの生インタービューでそう判断した。ナチとの比較は、それがホロコーストを過小評価するが故に、不適切ではないかと彼は興奮して尋ねた。それに対して、「いやそんなことはない」とベラフォンテは、落ち着いて答えた。「ドイツ人たちが早い時期に全体主義的で殺人的な政権の始めに自分の身を守っていたら、ユダヤ人の大量殺戮にはならなかっただろう。「それでもって、あなたは、ユダヤ人たちが彼らの殺戮の共犯者だと言いたいのですか」とブリッツァーが突っ込んだ。ベラフォンテは、どの宗教に属していようと、自分と他人の権利を奪われることに反抗しない市民は、彼らの国が没落するのに協力しているのだと答えた。
ジョージ・W・ブッシュに対する怒りの余り、音を出し誤る上層階級の黒人がいることが目立つ。ニュー・オルリーンズ市長のレイ・ネイギンは、まるでブーヅー教の司祭のように、ハリケーン・カトリーナをイラク侵略に対する神のバチだと言ったために、謝罪しなければならなかった。ベラフォンテは、降参する気はない。マーチン・ルーサー・キング牧師は、彼を「戦術兵器」だと呼んだ。デューク大学で開かれた「キング・記念日」の演説で、ベラフォンテは、多くの同時代人がキングを共産主義者だと呼んだことを思い出させた。ベラフォンテも沢山非難されている。だが、彼が墓碑銘を選ぶことができれば、そこには「愛国者ハリー・ベラフォンテ」と書いて欲しいと彼は言った。
[訳者のコメント]この前に訳した記事の続きです。共和党が、次の大統領選挙で勝つ可能性はかなり下がっていると思います。民主党の大統領が出てきたとき日本の首相はどうするのでしょうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ハリー・ベラフォンテ、アメリカ政府を攻撃」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2006年01月23日 | アメリカ社会
ニューヨーク発:歌手のハリー・ベラフォンテ(78)は、アメリカの「国家安全保障庁」をゲシュタポ(ナチの秘密警察)になぞらえた。「私たちは国家安全保障庁」という新しいゲシュタポが待ち伏せしているこの暗い時代に到達したのです。ここでは市民の権利は無視されるのです」とこのエンターテイナーは、ニューヨークでの芸術家達の集会を前にした演説で述べた。「捜査手続きがなくても逮捕が可能です。逮捕されても弁護士を要求する権利もないのです。」
ブッシュは、ちょっと疑わしい仕方で政権を手に入れ、市民を欺き、だましたのだと彼は言う。「それから彼は何十万人もの私たちの若者や娘を、われわれを攻撃したことのない他国に送ったのだ」と第二次大戦中にアメリカ海軍に勤務したこの78才の男は言った。彼の意見表明に対して、ジョージ・ブッシュ大統領の政府に対する批判者達は、ベラフォンテに轟くような拍手を送った。聴衆の中には、歌手のピーター・ヤロウやフォーク・グループのピーター・ポール・マリーや、数十ヶ国からの芸術家がいた。
[訳者のコメント]「バナナボート・ソング」で有名なハリー・ベラフォンテの名前が久しぶりに出ていたので懐かしくてこの記事を訳しました。まだまだ元気なようです。アメリカではテロ防止のために盗聴や信書の検閲を認めようとしているようです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「ビッグ・スリーに覆い被さる黒い影」と題する『ヴェルト』紙の記事。

2006年01月14日 | アメリカ社会
ワシントン発:プリンストン大学の卒業生で、ブッシュ大統領によって最高裁の裁判官に指名されたサミュエル・アリトはが、まもなく上院議員による儀式的な質問を済ませると、ハーバード大学とイェール大学とプリンストン大学の法学部ではシャンパンが流れるだろう。サミュエル・アリトの指名に対する500名の法律家の抗議の手紙を巡る政治的喧嘩の果てに、最高裁判所における「ビッグ・スリー」の殆ど完全な優勢が祝われるだろう。彼らは9人の終身裁判官のうち8人を生み出した。そのうちの6人は、ハーバード大学の卒業生である。
 裁判官は、アイルランド人とイタリア人とユダヤ人と黒人に対する敬意を表明することでアメリカのエリート大学における業績主義と人種的解放を証明するものである。ここ数十年の間、歴代のアメリカ大統領はそうしてきた。ここ108年間のうち47年間は、ホワイト・ハウスは、「ビッグ・スリー」の卒業生によって占領されてきた。2004年の大統領選を争ったのは、イェール大学の卒業生であるブッシュとケリーだった。ハーバードとイェールとプリンストンはいつもそう望んできたのだと思われるかもしれない。つまり、才能と知的な輝きが階級や社会経済的特権に勝って来たのだと。それを信じることは、アメリカの自己創造の神話とアメリカの体面のために多くの業績を残したアイビー・リーグの同窓会のネットワークに生命を吹き込む。結局、これを信じることによって、巨大な影響とハーバード、イェール、プリンストンの何十億ドルもの寄付金は維持されてきた。この信念に抵触する者は、強力な反対に直面する。昨年12月にジェローム・カラベルが書いた『選ばれし者達』(The Chosen.)が出版されたとき、「ビッグ・スリー」の事務室での反応は、面白がっているようではなかった。ハーバード、イェール、プリンストンにおける入学許可と不合格との隠れた歴史についてのカリフォルニア大学バークレー校の社会学者であるカラベルの研究は、このテーマについての他の書物よりももっと包括的に、これらの大学が、60年代の終わりまで、学生の選抜に当ってどれほど人種主義的反ユダヤ主義的に振舞ったかを証明した。大学の前衛は、残りのアメリカよりも悪くはなかったが、公正ではなかった。「ビッグ・スリー」が彼らの過去に追いつかれるなら、事態は教訓的で苦痛に満ちている。詳細に研究された711ページ(そのうち150ページは注である)の中で、カラベルが証明したことは、ジェントルマンの仲間であるために、1920年代以降、東欧系のユダヤ人の子弟を退けようとした「白人でアングロサクソン系でプロテスタント」(WASP)に属する人たちの試みである。大学での成績は、要求されず、「性格」、「指導力」、「円満な人物」が要求された。由緒ある家族の出であること、良いスポーツマンであること、学生クラブの冗談が分かること、これが大事であった。勉強することは、何か女々しいこと、人の楽しみをぶち壊す人であった。1907年に出た『イェール年鑑』は、歴史のどの時代よりもより多くのジェントルマンを生み出し、学者は余り生み出さなかったことを自慢している。
 アイビー・リーグの大学が採用の際優れたスポーツマンと卒業生達の子弟を優先するということはアメリカ人にとっては、今日まであたりまえのことであった。残りの座席の間では、女性やアジア系の学生で成績が同等であれば入試で差別されないように細かく注意されている。フランス、日本、ドイツあるいは中国から来た学生にとって、なぜボールを持って走ることや両親がどこの大学で学んだかが最高の声望のある大学への合格にとって決定的であるのかを理解するのは難しい。だが、それは、外国人として腹を立てることを必ずしも意味しない。現行の「反差別法」の枠内で、アメリカの私立大学は、彼らが取りたい人を優先することを許されている。マーカム・グラッドウエルは、『ニューヨーカー』に寄稿した『選ばれた者達』の書評で、「エリート大学は、贅沢なトレードマークと同様、審美的な経験であり、彼らはこの経験を維持するために何がなされなければならないかを恒に心にとめている」と述べている。1900年から1930年までにイェール大学に入学したユダヤ系の学生のうち、ただの一人も有名な学生団には選ばれなかった。「ビッグ・スリー」の学長や入試課は、進歩的であって反動的ではなかった。彼らはユダヤ人やカトリック教徒や、黒人の業績に敬意を表した。だが、彼らは、そういう人々の数が増えることを恐れた。ユダヤ人の割合は、ハーバードでは、15%に、イェールでは、10%に抑えられた。ユダヤ系学生の割合を制限しなかったニューヨークのコロンビア大学は、ユダヤ系学生が増加するとともに声望を失った。
 「ビッグ・スリー」は、ユダヤ人問題を解決しなかった。WASP達の腹の立つことに、ユダヤ系学生を思いとどまらせることはできなかった。ハーバード大学の入試課のウイルバー・ベンダーは、「ユダヤ人は、女性的で柔弱で情緒的で情緒不安定である。私が欲しいのは、男性的な熱血漢だ」と述べた。合格者の条件を変えることに最も粘り強く反対してきたのは同窓会である。それは、1960年代に、女性に対する入学許可や、少数派の割合を決定することに反対した。
[訳者の感想]アイビー・リーグの大学では、どのような学生を合格させるかが入試の点数だけで決まる日本の大学とは大分事情が違うことがわかりました。ここでも人種や宗教の差別が影を落としているようです。アリト氏の任命に法律家達が反対した理由の一つは、彼が学生時代に「大学に女性とユダヤ人を増やすな」をモットーとする極右の学生団体に所属していた疑いがあるためのようです。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ポール・クルーグマンのネオコン批判。『ニューヨーク・タイムズ』紙の論説。

2005年08月06日 | アメリカ社会
「混乱させるためのデザイン」と題する8月5日の論説です。
私は、『パブリック・インタレスト』の元編集長アーヴィング・クリストルを、「知的デザイン」の父に指名したい。確かに彼はこのドクトリンを展開するのに何の役割も演じなかった。だが、彼は「知的デザイン運動」の背後に横たわる政治的戦略の父である。この戦略は、経済的右派によって用いられて大きな成功を収め、現在宗教的右派によって採用された戦略である。
1978年に遡ると、クリストルは、企業に強力な私的セクターの保存を弁護したがる学者や機関に対して博愛的な貢献をするように促した。それは微妙な物言いであったが、はっきりした含意は、どれほど妥当であろうと大学の研究を好まない企業が彼らの好みに合うことを言いたがる人々を支えるべきだということだった。
彼は、『パブリック・インタレスト』誌を利用することによって、サプライサイドの経済学を促進するようにあるドクトリンを指導した。減税は経済に奇跡的な影響を及ぼすから十分引き合うというそのドクトリンの中心的主張は、一度も証拠によって裏打ちされたことはない。後には彼は「自分は財政赤字に対して騎士的態度を取った」と認めた。
「政治的有効性が優先であって、政府の財政上の赤字が優先ではない」と彼は1995年に書いた。
企業は彼の指導に従って、シンク・タンクに多額の資金をつぎ込み、シンクタンクは、ある種の並行した知的世界を、「学者」達の世界を作り出した。この学者達の経歴は、彼らの同僚の吟味に耐える研究をするよりは、イデオロギー的な路線に従うことに基づいていた。
あなた方は、都合の悪い研究結果について疑いを生ぜしめる戦略は、経済学のようなソフトな分野でのみ有効だと考えたるかもしれない。だが、この戦略はハードな科学に対して用いられた場合にも同じぐらい有効である。
最も劇的な例は、地球温暖化についての研究の信用を傷つける運動である。圧倒的な科学的合意にも関わらず、多くの人々はこの問題はまだ解決されていないという印象をもった。この印象は、保守的なシンクタンクの絶え間ない作業を反映している。それは同僚の検査を経た研究のように見える懐疑的報告を生産し促進している。このシンクタンクの背後には、エネルギー産業、特にエクソン・モービル社からの気前の良い財政援助がある。
インチキな研究がこれほど有効であるにはいくつかの原因がある。一つは、非科学者達は時に研究と弁護との間の違いを言うことが困難だと思っている。それが数字を手に入れ、それでチャートを作る場合、それで科学にならないだろうか。
報告者達が研究と弁護の違いを知っているとしても、「誰々がこうこう言った」と言うジャーナリズムの慣行が知識を読者に伝達する仕方に入り込む。ブッシュ大統領が地球は平らだと言ったら、新聞の見出しは「地球の形について意見が分かれる」と書くだろうと私は冗談を言ったことがある。知的デザインを巡る論争についての多くの記事の見出しはこれに近い。
最後に、科学の自己検閲的な性質、つまり、科学的真理は、世論によってではなく、同僚の検査によって決まるという性質は、文化的反感を持つ熟練した御用学者によって悪用されるかもしれない。すべての生物学者がダーウインは正しかったということに同意するだろうか。これこそまさに彼らが俺たちは他の連中よりも頭が良いと考えるエリートだということを示している。
最後に知的デザインに戻ろう。アメリカの最も有力な何人かの政治家達は、ダーウイン主義に対して深い憎悪を抱いている。下院の多数派の指導者であるトム・ディレイは、コロンバイン高校の乱射事件を理由に進化論を非難した。進化論は、圧倒的な科学的支持を得ている。そしてこの国は、公立学校で宗教的教義を教える用意はまだない。
だが、もし、(世界は神によって創造されたと主張する)創造論者達が、企業の関心が地球温暖化に対してしたことをしたら、どうだろうか。つまり、科学的合意は、ぐらぐらした基礎付けしかもたないという広められた印象を作り出すだろう。
創造論者は、彼らが宗教的教え込みではなくて科学に関わっているような振りをした場合は失敗した。「創造科学」は余りにお粗末で、だれもだますことはできなかった。だが、あからさまに宗教的であることなく、進化についての疑いを広める知的デザインは、創造科学が失敗しても、成功するかもしれない。
思い出すことが大事なのは、「サプライサイドの経済学」や「地球温暖化に対する懐疑」と同様、知的デザインは、実際の研究者からの支持を取り付ける必要はない。知的デザインがしなければならないことは、混乱を作り出すこと、進化論について実際に論争があるかのような見せかけを作り出すことである。それは、宗教的右派の政治的腕力と一緒になると、教室からダーウインを追放することで終わるプロセスを始めるには十分であるかもしれない。
[訳者の感想]ブッシュ大統領がキリスト教右派に取り入るために、創造説を信じると公言したと新聞で読みました。この論説は宗教的保守派の中にあるそういう反知性的な風潮に対するクルーグマンの憂慮を示していると思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「なぜ米国では中産階級が没落したか」という問題を論じるポール・クルーグマンの論説。

2005年06月12日 | アメリカ社会
『ニューヨーク・タイムズ』紙の6月10日の論説。
 私のようなベビー・ブーム世代は、比較的平等な社会で大きくなった。1960年代には、アメリカは、非常に僅かな人たちが金持ちの社会だった。多くのブルー・カラーの労働者は、稼いだ給与で、気持ちよく中産階級に属することができた。労働者の家族は、確実に生活水準を向上し、正当な程度の経済的安心感を期待することができた。
 しかし、「アメリカにおける階級」についての『ニューヨーク・タイムズ』の連載は、あれは別の国だったと言うことを思い出させる。私が育った中産階級社会は、もはや存在しない。
 労働者家庭は、過去30年間に殆ど進歩を見なかった。インフレ率を考慮しても、中流家庭の収入は、1947年と1973年の間に倍増した。しかし、1973年から2003年までの間に、それはたった22%しか増えなかった。しかも、その増加分の多くは、妻が労働力に加わるか、長時間労働したかの結果であって、賃金上昇のせいではない。
 その間に、経済的安心感は、過去のものとなった。1973年以来、アメリカの上位1%に属する家庭の平均収入は、倍増し、トップの0.1%に属する家庭の収入は、3倍に増えた。
 なぜこういうことが起こったのか。これについては、他日もっと言いたいことがあるが、今のところは、中産階級のアメリカは、偶然に生じたのではないということを指摘させて貰いたい。それは第二次大戦中に生じた「収入の大圧縮」と呼ばれたものによって作り出され、平等と強力な労働組合と累進課税を推し進める社会規範によって一世代の間維持されたのだ。1970年代以来、これらの持続的な勢力は、その力を失った。
 特に1980年代以来、アメリカ政府の政策は、労働家庭を犠牲にして、いつも金持ちを優遇した。現在のブッシュ政権の下では、この依怙贔屓は、極端に容赦のないものとなった。金持ちにひいきする減税から不幸な者を罰する破産に到るまで、殆どすべての国内政策は、強盗騎士時代への後戻りを加速することを目指しているように見える。
 これは気持ちの良い絵ではない。それが右翼の支持者が公衆に何が起こっているかを説明しようとする人を信頼できないようにしようと懸命に努力する理由なのだ。
 これらの支持者は、部分的には問題を分かりにくくすることに依存している。例えば、ミスリードするためにデータを整形したり、輪切りにしたり、選択的に提示したりすることに依存している。例えば、ブッシュの減税は、金持ちを優遇していること、特に相続遺産に基づいて、彼らの収入の多くを得ている人々を優遇していることは明白な事実である。けれども、大統領の今年の経済報告は、統計を用いてどうやって嘘をつくかの見事な例であるが、減税が「連邦の租税システムの全般的進歩性」を増大したと主張している。
 右翼的支持者達は、部分的に恐怖戦術に依存している。彼らは、不平等を制限しようとするすべての試みは、経済的誘因を弱め、われわれ皆を悲惨の共有に陥れるだろうと主張する。この主張は、第二次大戦後のアメリカ経済の成功の事実を無視している。この主張はまた、われわれが最近の企業スキャンダルから学んだ教訓を無視している。つまり、成功する人々にとって、巨大な冨が得られるという見込みは、高い業績に対する誘因ではなくて、詐欺をやろうとする誘因となるという教訓である。(訳者注:エンロン事件を指しています。)
 とりわけ、右翼的支持者は、罵倒することに懸命である。労働するアメリカ人を経済的リスクから護る年金制度のようなプログラムが金持ちに対する減税よりも優先されるべきだと示唆することは、「階級対立をあおること」であると彼らは主張する。不平等の増大について関心を示すことは、「嫉妬の政治」に携わることであると彼らは主張する。
 しかし、1970年以来の不平等の爆発について憂慮する本当の理由は、嫉妬とは無関係である。事実は、労働者家庭が経済成長を共有せず、増大する経済的不安に直面しているということである。そして、大抵の人々が中流階級であると考えられる社会は、冨と貧困との大きな極端が存在する社会よりは良い社会であると信じる十分な理由がある。
 不平等と経済的不安とを逆転することは容易ではないだろう。われわれが失った中産階級社会は、この国が不景気と戦争によって揺さぶられた後で生じた。だが、支持者に迎合して事態をより悪くする政治屋に対する注意しろと呼びかけることから、出発することは可能である。「嫉妬の政治」など気にするな。
「どん欲の政治」について何かをやってみようではないか。
[訳者の感想]少数の大富豪と多数の貧困家庭とを産み出しつつあるアメリカ社会に対する経済学者クルーグマンの批判は痛烈です。日本もまた、アメリカと同じ不平等社会になりつつあると思います。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キンゼイ博士--性と数字に取り付かれた男(『ヴェルト』の記事より

2005年02月28日 | アメリカ社会
死後50年経つというのに、アメリカの動物学者で人間の性行動研究者となったアルフレッド・キンゼイは、道徳説教者を相変わらず挑発している。有名な『キンゼイ報告』において、彼は、8,000件のケース・スタディを要約し、アメリカの二重道徳を暴露した。「ドクター・セックス」と呼ばれたこの人物は、20世紀の最も悪名高い科学者だという烙印を押された。この精力的な教授は、女性は性的存在であり、オナニーは必ずしも頭を悪くするものではないと言明した。
ブッシュの支配するアメリカでは、ピューリタン的道徳監視団は、フランシス・コッポラが製作し、ビル・コンドンが監督し、オスカーの候補作品となったハリウッド映画『キンゼイ』について大いに憤慨している。この映画では、ライアム・ネーソンが「セックス革命」の先駆者を演じている。T.C.ボイルの書いた『ドクター・セックス』という小説は、多くのアメリカ人にとっては、不気味である。T.C.ボイルは、この本の中でこう書いている。「私達の大統領を良く見給え。イエス・キリストは彼の助言者の一人なのだ。大統領は、自分の個人的な宗教上の信念に従ってこの国を支配しようとしている。それは人間が抑圧されるということ意味しているのだ。」いわゆる価値の連合の最もラディカルな道徳原理主義者たちは、同性愛者を攻撃し、進化を単なる理論に過ぎないと見なし、幹細胞研究を禁じようとし、キンゼイを歴史上最も影響力のある倒錯者だと罵倒している。架空の人物、ジョン・ミルクの視点から、ボイルは、キンゼイを描いている。キンゼイ博士は、彼の仲間と国中を走り回って、カウボーイ、学生、売春婦、男色家、受刑者、主婦、同性愛者に彼らの欲求と性行動について質問し、映画に撮った。彼の仲間は、彼が命じれば、喜んでグループ・セックスさえやってのけた。ボイルは、このような光景を精密にアイロニカルに記述している。ボイルは研究者の生活を容赦なく解剖している。
 ボイルが詳細な性格研究を企てたのに対して、ビル・コンドンの映画『キンゼイ』は、表面に留まっている。彼はこの革命家を心ここにあらずといった様子の大学教授、緊張しすぎた啓蒙家として表現している。「ただ一つの倒錯しかない。それは禁欲だ。それ以外は触ってみていい感じがするものは何でも許されている。」巧みなカット技術とカメラの位置がこの映画の長所だ。事実から実験へ何千もの告白へのすばやい切り替えは、観る者をくたびれさせる。これに対して、研究者の生活の詳細、狂信的なメソディストの息子としてのキンゼイの何の楽しみもない子供時代、動物学への逃避、彼の収集癖や長年の禁欲生活は、観る者を惹きつける。ライアム・ネーソンは、同情できるエキセントリックなアメリカ的主人公としてのキンゼイを演じている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする