海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「パキスタンのどこが間違っているのか?」と題する"Foreign Policy"の記事。

2012年06月19日 | アフガン問題
(前略)
イスラム教徒と南アジアとの接触は、インドを言い表すアラビア語「アル・ヒンド」から始まる。アル・ヒンドはインド亜大陸の北部と北西部という広大な地帯を指している。それは、中世には、トルコ系イスラムによって支配され、馬に乗ったモンゴル人から護られた。イスラム化は、アラビア海に接したイランとアフガニスタンの東部であるシンド地方から始まったが、この地域は、陸路からも海路からも容易に入り込むことができた。
ウマイヤ王朝のアラブ人たちは、8世紀にシンド地方をイスラム化した。次に来たのは、トルコ系のガズニ王朝だった。彼らは11世紀にインド北部を征服した。ガズニ王朝を引き継いだのは、デリーを中心とするサルタン王朝で、それは13世紀初めに打ち立てられた軍事的王朝だった。16世紀初め以、ペルシャ化したムガール帝国になった。これらのイスラム戦士たちは、はっきりしない国境をまたいで北は中央アジアと西はアラビアやペルシャと東は中国と交易を行った。
(後略)著者は、ロバート・カプランという人で、パキスタンの曖昧な政治的立場がその地理的な位置から来ているという主張のようです。
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「養成部隊、タリバンと激戦」と題する『シュピーゲル・オンライン』の記事。

2010年08月15日 | アフガン問題
カブール発:アフガン軍を養成するための連邦軍のいわゆるパートナー・ミッションの開始と同時に、ドイツ軍兵士とアフガン軍兵士とは、クンヅス付近で激しい戦闘に巻き込まれた。タリバン軍は、土曜日の早朝、この混成部隊を何回も自動火器で攻撃した。その際、ISAFの防衛軍によると、三人のタリバン兵が殺傷された。
タリバン軍が、AK-47とロケット砲をもったドイツ兵とアフガン兵との混成部隊をいろいろな位置から攻撃した時、戦闘は現地時間、朝2時に始まった。ドイツ兵の火器によって、攻撃に対する反撃がおこなわれた。そのすぐ後で、混成部隊には、数十人の敵兵がある農家に隠れていたことがわかった。地域の警察署長カハール・ダレーによると、彼らはその間に逃亡していた。
少し後で、部隊は新たに攻撃を受けた。今度もタリバン軍は、自動小銃とロケットを発射した。アフガン人の陳述では、戦闘は激しく、2時間続いた。その後、タリバン軍の指揮官が殺された。アフガン軍とドイツ軍に負傷者はなかった。
地域の警察署長は、これは数週間以来もっとも激しい戦闘だったと述べた。「ドイツ兵がいなかったら、攻撃を撃退することはできなかっただろう」とマハヨディン署長は述べた。(以下省略)
[訳者の感想]この記事を読むと、駐アフガン・ドイツ軍の性格がかなり攻撃的になったことがわかります。
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「アフガニスタンで護衛がないと」と題する『ツァイト・オンライン』の記事。

2010年08月09日 | アフガン問題
 キリスト教系「国際救援ミッション」の医師たちは、彼らが何に頼っているかを知っていた。カブールからアフガニスタン北部のへの旅行に出る少し前に、イギリス人女性のカレン・ウーは、「アフガニスタンに橋を架ける」というブログの中で、次のように書き込んでいた。「トレックは、かんたんではない。徒歩と荷物を積んだ馬とで3週間はかかる。どんな乗り物もこの山だらけの地域に入ることはできない」とこの36歳のイギリス人は書いていた。この遠征は危険がなくはない。だが、もっとも治療を必要としている人間を治療することは、困難な使命を遂行する値打ちがある。
 先週末、カレン・ウーと他の九人の医師と看護婦と通訳がこの旅行から無事に帰らなかったことが告知された。彼らは帰途に襲われ、殺害された。
 「国際救援ミッション」によれば、水曜日の晩には、衛星を使った、このグループが生きている証拠があった。二日後、7人の男性と3人の女性と二人のアフガン人の遺体が見つかった。日曜日にそれらの遺体は、特定されるためにカブールへ輸送された。
 ドイツ連邦政府は、通訳としてチームに参加していたドイツ人女性の死を確認した。ザクセン州出身のこの女性は、35歳だったと外務省の広報官は述べた。「卑怯な殺人」だと断罪した政府は、それ以上の詳細を明らかにしなかった。
 警察の陳述では、犠牲者たちは、銃弾で穴だらけになった自動車の横に並べられていた。彼らは一列に並んで立たされ、射殺されたとバダクシャン州の警察署長アカ・ノール・キントスは述べた。
 アフガン人運転手が射殺されなかったわけは、彼が『コーラン』の章句を唱えたからである。(以下省略)
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「ドイツ連邦軍、タリバンの標的人物を提供する」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2010年08月01日 | アフガン問題
ハンブルク発:アフガニスタンにおける米軍特殊部隊のタリバン兵に対する狙い定めた殺害にドイツ連邦軍はどんな役割を演じているか?少なくとも、これまでよりは大きな役割を演じている。『シュピーゲル』誌の得た情報では、ドイツが北大西洋軍の追跡リストに加えさせた一人のタリバン軍司令官が、アメリカ軍特殊部隊によって、アフガニスタン北部で殺害された。
インターネットのサイト『ウイキ・リークス』の中で公表された秘密の「アフガニスタン報告」は、一週間前に、米軍部隊の作戦行動を暴露した。『シュピーゲル』と『ニューヨーク・タイムズ』と『ガーディアン』は、この報告書を前もって受け取り、分析し、それについて詳しく報道した。
連邦軍は、クンヅス地方で50名の部下を指揮していたタリバン軍司官のカリ・バシルをNATO軍の標的リストに加えさせていた。2009年11月、数日間かかる作戦で、彼はクンヅスの西北方で殺された。
2007年以来、ドイツ軍は、少なくとも、13人を殺害リストに加えた。二人は新しい示唆がないため、リストから消された。さらに31名のNATOの標的人物がリストに加えられた。
ドイツ軍がバシル殺害作戦に参加しなかった理由は、作戦前に米軍大佐が計画を紹介した際、担当のドイツ軍将軍が、高位のタリバン軍司令官が排除されるはずだという印象を持たなかったためである。(以下、省略)
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「審問中にペトレイアス大将気分が悪くなる」と題する『ワシントン・ポスト』の記事。

2010年06月17日 | アフガン問題
国会議員達は、デイビッド・ペトレイアス大将になぜアフガン治安部隊が戦争に対する重荷をもっと負おうとしないのか、2011年7月に米軍の撤退を開始するというオバマ大統領のデッドラインは、実行可能かどうか、説明するように迫った。
上院の軍事委員会で、中央軍総司令官ペトレイアス大将は、チャールズ・レヴィン委員長のデッドラインに関して「個人的な判断」を求められた際、気分が悪くなって休憩した。「完全な世界なら、われわれは時間的限界については非常に注意深くなければなりません」とペトレイアスは答えた。「条件がよければ、2011年という期限は適切であるだろう。」
しかし、委員会に出ていた共和党のジョン・マッケインが「恣意的な」撤退期限を批判していた際、ペトレイアス大将は気分が悪くなり、机にうつぶせになり、審問は一時中止された。
彼は数秒間意識を失ったように見えた。それから、彼は立ち上がって、ゆっくりと脇のドアから控え室に行った。彼は上院に勤務している医師の診察を受け、液体を飲み、バナナを食べた。
30分後、彼は審問室に戻り、「マッケイン議員の質問を避けようとしたのではない」と冗談を言った。脱水状態になっただけだった。レヴィン委員長は、審問を継続して欲しいという大将の希望を却下し、水曜日に再開することにした。(以下省略)
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「カンダハル情勢を改善しようとする米国の軍事行動は落とし穴だらけ」と題する記事。

2010年04月02日 | アフガン問題
 この古代の交通路の要衝をコントロールしようとする次の戦闘は、アフガニスタンでの戦争の最も困難な挑戦になるだろう。その理由は、それが必然的に流血の戦闘になるからではなくて、米軍司令官が供給できる最も困難な品目を要求しているからである。それは、統治の改善である。
 カンダハルは、パシュトーン族の中心地であって、そこでは、種族や麻薬のやり取りや密輸で得られた隠れた富が競い合い、大統領の兄弟アーメド・ワリ・カルザイによって象徴された悪名高い権力のブローカーが競い合っている場所だ。
 地方政府を改革することは、棒を寄せ集めて作られたピラミッドを崩すようなものだ。引き抜きを一本間違うと、全体の山が崩れる。けれども、もし、米国が現存する権力構造に適応するならば、ここでの腐敗を大目に見ているように見えるだろう。それは、アフガニスタンや米国の公衆にとっては悪いメッセージだ。
 目前に控えた軍事行動について米国人官吏と話すと、ある範囲の良いアイディアは聞けるが、明確な戦略は聞けない。米国政府官吏達は、自分達が地方族長の足場を壊さないで、反政府勢力に対して住民を保護するという約束を護ることはできないということを知っている。けれども、彼らは体制を倒し、もっと悪い情勢への道を開くこと、つまり米国の介入に対する反感を引き起こすことに対しては用心深い。
 カンダハル軍事行動は、米軍がこの町を取り囲んでいるタリバンの牙城を片付けることを軍事面の要素にしている。しかし、カンダハルでは、問題は、敵ではなくて、アーメド・カルザイのようなわれわれの名目上の友人である。町を取り返す戦闘は、軍事的というよりは政治的なものだ。それは、巧みさと専門的知識とを要求するが、それらはどちらも不足している。(後略)
(訳者のコメント)この解説を書いたのは、デービッド・イグネイシアスという『ワシントン・ポスト』紙のコラムニストです。
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「駐アフガン米国大使館、警備員を解雇」と題する『シュピーゲル・オンライン』の記事。

2009年09月05日 | アフガン問題
ハンブルク・ベルリン発:尻の割れ目からウオッカを注いでセックスのシミュレーション。カブール駐在の米国大使館内での猥褻パーティーの写真は目下、憤慨の的になっている。民間の治安警備員のメンバーは、NPOの「政府監視のプロジェクト」(POGO)に助力を求め、上役による虐待と屈辱について報告した。その後で、この団体は、ヒラリー・クリントン国務長官に宛てて「公開状」を書いた。
最初の帰結:この警備会社の8名の社員が解雇された。彼らは金曜日にアフガニスタンを去る。さらに「アルモ・グループ北米」の2名の警備員は、辞職するだろう。米国大使館は、責任ある管理部員が入れ替えられると伝えた。クリントンとロバート・ゲイツ国防省長官は、彼らの脱線に腰を抜かすほど驚いた。
公開状の中で、このPOGOという組織はそれ以外に戦争領域への民間人サービス要員を委託する際の一連の原則的な問題を指摘した。それによると、実行している会社の事業利益と効果的な投入との間に矛盾があるそうだ。利益を得るためには、サービス要員は、もっと長期に滞在せねばならない。これは治安維持上、大きなリスクである。
特に、この分野の巨人であるブラックウオーター社には、いくつかの違反が非難されている。この会社の名前は、現代の傭兵の問題の多い戦争事業と同義的に用いられている。エリック・プリンスが経営するこの会社は、9.11のテロ以来、戦争コンツェルンに成り上がった。ブッシュ政府は、何十億ドルも出してブラックウオーター社の戦闘力を借り出した。
しかし、貸し出された兵隊は、戦場で、いつも職業的な行動で目立ったわけではない。そういうわけで、2007年9月のバグダッドでの交戦では、数ダースの民間人が死んだ。多数のそれ以上に暗鬱な撃ちあいのために、ブラックウオーター社の傭兵は、批判に曝されたが、ブッシュ政府が彼らに治外法権を保証したために、これらの民間人の兵隊は、米国の軍事法廷やイラクの法廷によっても告訴されな得なかった。(以下略)
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「カルザイ、選挙の協力者として軍閥ドスタムにゴマを擂る」と題する『シュピーゲル』の記事。

2009年08月18日 | アフガン問題
ベルリン・カブール発:修理したばかりの首都の空港での出迎えは、将軍の趣味にはかなっていた。ドスタムが、航空会社「カム・エア」のチャーター・ジェット機で、トルコからカブールに着陸したとき、数百人のウズベク人たちが彼を出迎えた。誰もが彼に触ろうとする。彼は55年間の生涯をほとんどポップスターのように秘密にしてきた。数人の人は彼にキスすることが出来た。
ドスタムは、彼の得意の境地にいた。彼は民衆のヒーロー兼軍隊の長である自分を演出するのが好きだ。
空港から、ドスタムの装甲ジープの長い車列が兵隊を乗せたピックアップ・トラックを伴ってシェルプールへと轟音を立てて行進した。それはカブールの最も高級な地区であり、ここにドスタムは、沢山の無様式だが目の飛び出すほど高価な別荘の一つを持っている。そこで、ドスタムは、カルザイ大統領とトルコ政府に公式に感謝した。カルザイとトルコ政府が彼を帰国できるようにしたのだ。
 彼の特徴のある口ひげとふさふさした眉毛は灰色になっているが、彼はカルザイとのお茶会へと出かけた。
 両者はいくつかの事柄を話さねばならない。2008年秋にあるライバルに対して彼が行った乱暴な襲撃の後で、カルザイは彼を国外追放にしたのだが、その亡命先からの帰還は、木曜日には、大統領にアフガン北部にいるウズベク人の票を確保するはずだ。彼がこの軍閥をカブールに呼び戻したことによって、大統領は恥知らずにも自分の権力のためにポーカーをやったのだ。カルザイは、不届きな犯罪者たちの一団で内閣を固めている。
 ドスタムの成り行きは、カルザイの権力欲を説明しているが、同時に、西側の困惑も説明している。過去数ヶ月の間に、カルザイは、一連の戦争犯罪者を自分のチーム、特に、副大統領の候補者に取り込んだ。モハメッド・ファヒム将軍は、北部同盟の一番乱暴な将軍の一人であって、一ダースほどの戦争犯罪の理由で非難されている。その上、彼は誘拐団の首領と見なされている。しかし、このタジク人は、カルザイのために、自分の民族集団の票を確保するはずだ。数千の投票用紙を手に入れるためには、カルザイにとっては過去はどうでもいいのだ。(後略)
[訳者のコメント]アフガン政府がどんな人物から構成されているのかが分かります。こんな連中とタリバンのどちらがいいか?ヨーロッパでは、アフガンで戦ったロシア人の影響か、北部同盟を構成していた将軍たちは人気がありません。
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「アフガニスタンは、ISAFの部隊にとって非常に危険」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2009年07月17日 | アフガン問題
7月半ばにアフガニスタンで、46名の兵士が戦死した。これは2008年の7-8月と同じ数の戦死者である。戦死者の中に24名の米軍兵士が含まれている。平均して、一日に3名の兵士が死んだことになる。
ワシントンの国防省は、アフガニスタンで憂慮を引き起こすテンポで兵士を失ったことを認めた。現在、5万7千人の米軍兵士がヒンヅークシュ山地に駐屯している。ホワイトハウスは、その数を今年末までに6万8千人まで増強するつもりだ。
米軍の最高司令官であるマイケル・マレン提督にとって、アフガニスタンの外国軍には、「非常に困難な戦闘が控えている。」イスラム過激派のタリバンは、過去数年の間に、残忍になり同時によりよく組織されたとマレン司令官は、BBCテレビのアラブ向け番組で述べた。来るべき12ヶ月から18ヶ月にかけて、外国軍は、情勢を一変させなければならないと提督は言う。「その際、アフガン陸軍と警察官の養成が大きな役割を演じる。なぜなら、結局、アフガン人自身がタリバンを放り出さねばならないからだ」とマレン司令官は言った。
7月初めに米軍と英軍は、タリバンの牙城を制圧するために、ヘルマンド州で大攻勢を始めた。攻略した地域を維持するために、4千名の兵士が提供された。しかし、基本的にヘルマンド州の作戦は今始まったばかりである。
「特に、北部のクンヅス地域や、西部のバグディとファラーは、心配の種となっている」と6月半ばにISAFの指揮を取ることになったスタンリー・マッククリスタル大将は言う。クンヅスには、アフガニスタンに派遣された3千7百名のドイツ軍兵士の大部分が駐留している。彼らは最近特にテロや攻撃の目標となっている。6月末には、3名のドイツ兵が殺された。
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「米軍、アフガニスタンで攻勢」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2009年07月03日 | アフガン問題
4千名の米国海兵隊員と650名のアフガン治安部隊の兵士は、細い三日月の青白い光が照らす真夜中に出撃した。チヌーク型とスーパースタリオン型のヘリコプターは、ヘルマンド川渓谷に着陸、装甲車の列が人気のない地域に向かった。北大西洋同盟軍の空軍が投入を空から援護した。アフガン戦争では、これほど大量で急速な軍隊の投入は初めてである。それは、アフガニスタンにおける新しい米国の戦略の最初のテストである。
米軍指揮の部隊は7年以上、タリバンの隠れ家を破壊し、中央政府の権威を南部と東部に拡大しようと試みた。アフガニスタン東部のヘルマンド州では、過激派イスラム主義者が数年前から勢力を保っていた。彼らは警察官を脅し、中央政府の代表者を殺したり、追放し、再び事実上この地域を支配していた。ヘルマンド州の荒涼たる風景の中に彼らは隠れ、ヘルマンド渓谷に沿った狭いが豊かな帯状の土地にはケシの花が咲いている。地球上の阿片の總生産量の半分が、ここで生産され手入る。
彼らの中心地に対する攻勢は、タリバンにかなりの痛みを与えるだろう。ヒンヅークシュ山地の治安は、数ヶ月らい悪化し、タリバンの攻撃がこれまで平穏だったドイツ連邦軍の駐留地にまで及んだので、反対攻勢は時期を失した。その上、アフガニスタンは、8月20日に、新しい大統領を選挙する。脆弱な民主主義をタリバンは、できる限り多くのテロと混乱で壊そうとしている。この攻勢によって、米軍は、大統領選挙前に、この地域を安定にしたいと思っている。
「カーンジャル」(堰月刀)と名付けられたこの作戦は、最近、アフガニスタンに派遣された米海兵隊の大攻勢であって、オバマ大統領が責任を負う最初の軍事作戦である。彼はこの作戦を準備していた。6月15日に、オバマは、余り成功していない米軍の最高司令官デイビッド・マッキアナンを解任しスタンリー・マッククリスタル大将にアフガン駐留軍の指揮を任せた。彼は五年間、秘密の統合特別作戦命令(JSOC)の長だった。
新たしい戦略の特徴は、部隊をこれまでよりも空中攻撃させない点である。彼らは、地上で敵と戦い、タリバンの隠れている地域を急襲して、占領し、陣地を構築する。この戦術は兵士にとってはより危険であるが、目標を戦場に絞り、民間人を巻き込まれないようにできる。不正確な空中からの攻撃で民間人が殺されたために、住民達はますます外国兵に反対するようにし向けられた。この戦術をマッククリスタル大将は、二週間前にワシントンで、「戦略的な決断」と呼んだ。彼は、死の犠牲や破壊を最小にする仕方で作戦を行うつもりだと述べた。(後略)
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「ドイツ人の多数は、兵士を呼び戻したいと思っている」と題する『ヴェルト・オンライン』

2009年07月02日 | アフガン問題
アフガニスタンにおける最近の連邦軍兵士の戦死以後、ますます多くのドイツ人は、派遣の終わりを望んでいる。雑誌『シュテルン』のために「フォルサ世論調査所」が行った世論調査によると、61%のドイツ人は、連邦軍がこの国から撤退すべきだという意見である。千人の調査対象者のうち33%だけが、ドイツ軍部隊は、そこに留まるべきだという意見である。
これでもって、派遣に賛成する意見は、はっきり減少した。2002年3月に行われた「フォルサ」の世論調査では、まだ62%がアフガンニスタンに介入することに賛成し、三分の一そこそこが兵士の撤収に賛成だった。2007年9月には、52%の多数派が撤収に賛成し、2008年9月には、59%が賛成した。撤収賛成派が61%というのは、これまでになかったほどの増加であると雑誌『シュテルン』は、述べている。
国民の支持が低下しているにもかかわらず、フランツ・ヨーゼフ・ユング国防相(CDU)は、なお数年間、アフガニスタンにドイツ軍を駐留させたいと思っている。彼は、連邦軍の派遣は、あと5年から10年は続くと思っている。ドイツ兵は2020年までにはアフガニスタンから撤収しているかという問いに対して、ユングは、火曜日の晩、テレビのN24に対して、「私はそれを前提している。あと5年か10年かかると思う」と述べた。
同時に国防相は、連邦軍のアフガン派遣は、成功裏に終わるだろうという意見を表明した。アフガニスタンの治安軍の養成が早く進めば進むほど、そうなる可能性が大きいと彼は言う。
派遣の成功するチャンスに関する彼の楽観論の根拠として、ユングは、アフガン国民の大多数の支持を挙げた。
「部族の長老との会話で、彼らがどれほど感謝しているか、どのような仕方で、彼らがわれわれを支持しているかをはっきりと知った。90%のアフガン人がわれわれの味方だ。」
目標は、アフガン人自身が、自分たちの治安に配慮できるようにすることでなければならない。そのためには、この国は13万4千人の訓練された軍隊とそれと同数の警察官とを必要としている。
[訳者の感想]2020年まで派遣が必要だとは、ずいぶん気の長い話だなと思いました。そのうちアメリカから日本の自衛隊を派遣するように要請されたら日本政府はどうするのでしょうか。
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「タリバンは、米軍の武器で戦闘」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2009年05月21日 | アフガン問題
米国は、アフガン戦争を始めてから、7年以上経つ。これまで、「永続する自由作戦」は、望まれた結果をもたらさなかった。今年初めに大統領職に就任するや否や、オバマ大統領は、この国での兵隊の数を増やすと宣言した。
「アフパック」というスローガンで、オバマ大統領は、アフガニスタンとパキスタンとを表現したが、これはこの二つの国が、米国外交政策の焦点になっていることを意味している。新しいCIA長官のレオン・パネッタは、最近、イスラム過激派の反乱がアフガニスタンで広がっていると述べた。五月初めに、オバマは、「われわれの前にある道は、困難だ。もっと多くの暴力行為が行われるだろうし、巻き返しもあるだろう」と述べた。これはアフガン戦争は非常に重大だということを意味している。
この背景の前で、アメリカ世論においては、『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者が明るみに出した情報は、不安材料となっている。C.J.チーヴァー記者は、アフガンニスタンで作戦中の米軍に同行し、四月に見つかった物件の目撃者となった。
アフガン東部のコランガル谷の戦闘で、米軍兵士は、交戦中に戦死した少なくとも13人のタリバン兵の死体を調査した。その際、彼らは30個の自動小銃の弾倉を発見した。そのうち、少なくとも17個には、アメリカ軍の使用しているのと同じ弾丸が詰められていた。それは、薬莢に付けらえた系列番号や他の特徴に基づいて確認された。
「この種の弾薬はアフガン政府軍に米国陸軍から供与されたものである」とチーヴァー記者は書いている。四月の発見では、せいぜい1000発程度の弾丸が問題となっていたが、米軍の上層部は、アフガン政府軍兵士がタリバンに武器弾薬を提供したかもしれないと恐れている。
土着の治安部隊の内部では、明らかに規律が欠けており、明白な腐敗の事例が見られると『ニューヨーク・タイムズ』紙の軍事専門家は報告している。同時に、米軍の武器、弾薬および付属品の供給量は莫大なものである。コランガル渓谷での発見に対して、米軍高級将校は、「それは驚くことではない」と『タイムズ』紙に語った。
2009年二月に、議会の調査委員会は、アフガンにおける米国の軍事行動は、難点が沢山あると報告した。それによると、米国陸軍は、アフガン治安部隊に対する数千丁の武器の譲渡を記録に残すことを怠った。紛失した武器類は、自動小銃から迫撃砲にまで及んでいる。
[訳者の感想]タリバンがどこから兵器を入手しているのか、前から疑問でしたが、政府軍や米軍の兵器庫から手に入れているとは知りませんでした。
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「もっと多くの戦争という考えに反対する」と題する『ツァイト・オンライン』の論説。

2008年08月02日 | アフガン問題
アフガニスタンでは、うまくいっていない。治安状態は、ますます悪くなり、爆弾テロや自爆テロの数は増大している。カルザイ政府の腕は、カブール市の境を越えて遠くへは及んでいない。地方の軍閥や麻薬売買のボスは、内閣で閣僚の傍に座っている。腐敗とコネ経済とがこの国ではやっている。経済的失敗と誠実さの義務の驚くほどの欠如が手を組んでいる。経済は落ち込み、失業は多くの人々にとって永続的な状態だ。ケシの花の栽培は、多くの村人にとって、唯一の収入源である。伝統的な部族構造が、国家建設の努力を妨げている。
もっと多くの軍隊を送れば、何か変わるだろうか?それは疑わしい。5万名の兵士が既にいる。たとえば一平方キロあたりコソボと同じだけの密度で兵士を置くためには、30万人から40万人の兵隊を派遣しなければならないだろう。これは端的に考えられない。このような外国軍隊のプレゼンスは、もっとも大きな確率で、過激派の蜂起をもっと激化させるだろう。
しかし、また、民間の復興援助の拡大も、万能薬ではないだろう。確かに、国際的な国家共同体は、これまで、十分なことをしてこなかった。150億ドル(1兆5千億円)の援助資金は、2001年以来アフガンに約束された金額の半分に足りない。この金額の3分の1は、外国人顧問、外国の援助団体、外国の大手の供給者に支払われた。この金額のかなりの部分は、貪欲なアフガン人の役人や政治家たちの懐に入った。同様に、西欧は、それに加えて数十億ドルを承認したが、プロジェクトのよりよい調整もなく、金の使途についての厳格な監視もないために、効果は限られたままだろう。
少し前に、公表された研究報告によると、アメリカのシンクタンクである「ランド・コーポレーション」は、米国政府が「テロに対する戦争」をはじめからから考え直さねばならないという立場をとっている。軍事作戦は、ゲリラに対してはあまり効果がなく、警察と情報組織の仕事はもっと重要だと述べている。結局、政治的解決に到達するためには、反乱軍との交渉をも嫌ってはならない。
 この主張は理性的である。必要な資源と手元にある資源との間に大きな裂け目が開いたと白状しよう。2,300年前にアレクサンダー大王が失敗し、19世紀には英国が失敗し、20世紀にはソビエト連邦が失敗したところで、軍事的に成功することができるなどと信じ込まないでおこう。また、われわれがアフガン社会を西欧の模範にしたがって作り直せるという仮定にも別れを告げるべきだ。単なる試みでさえも、深く根ざした伝統的宗教的価値に反するだろうし、それゆえ、挫折するように断罪されている。
結局、タリバン風の政権がわれわれの到達できる最善の政権であるかもしれない。敬虔だが、アルカイダとの結びつきがなく、イスラム教的だが、テロリスト的でない、西欧的ではないが、反西欧的でもないそういう政権である。
[訳者の感想]アフガンに西欧風の民主主義を押し付けてもううまく行かないとヨーロッパの知識人は感じ始めているようです。筆者は以前『ツァイト』の主筆だったテオ・ゾンマーです。
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「どうしたら、アフガン人を8週間で警官に仕立てられるか」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年06月28日 | アフガン問題
世界遺産 イタリア編 (1)

TBS

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 いつかアフガニスタンから撤収できるだろという連合国の希望は、アハマド・ワヒードのような人々の肩に懸かっている。灰色の制服を着、ずんぐりしたこの男は、パキスタンとの国境の地方であるマタ・カーンの警察署長である。彼は自分の職業を共産主義者が支配していた1980年代に警察大学で学んだ。現在、彼にどのようにして手錠をかけるか、通行人の武器を調べるかを説明しているのは、私営の警備会社に雇われたアメリカ人の元警官である。
彼の42名の部下と一緒に、彼はアフガン東部のジャララバードの訓練地にいる。彼らが援助を必要としているわけは、彼らが定期的にタリバンの攻撃の犠牲となっているからである。数ヶ月前、反乱勢力は、警察署を襲った。現在、8週間の集中訓練が実行されている。ワヒードの部下たちは、危険な職業に備えている。昨年一年間に、825名から1,119名の兵士が殺された。
これはそう驚くことではない。国際共同体がアフガン以外で警察の建設にこれほど失敗したところはどこにもない。長い間、アフガン軍の訓練が優先されてきた。その間に将軍たちも開発支援者たちも、警察を等閑視するのは間違いだということを認識した。「陸軍の養成は、前進したが、警察の養成は、遅れている」と国際援助部隊の司令官であるデイビッド・マッキーマンは述べた。(後略)
[訳者のコメント]日本がアフガンに自衛隊を派遣するようなことになると、警官養成も頼まれるかもしれないですね。
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「カルザイは、タリバンをパキスタン領内まで追跡」と題する『ヴェルト・オンライン』の記事。

2008年06月16日 | アフガン問題
VOCALIST3
徳永英明,荒井由実,Satomi,渡辺真知子,小室哲哉,湯川れい子,布袋寅泰,康珍化,中島みゆき,吉田美和,五十嵐充
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「アフガニスタンは、国境を接するパキスタン側に起源があるテロリズムの犠牲だ」とカルザイは、日曜日に、カブールで述べた。
「数千人のタリバン兵がそこからアフガンに派遣されている。だから、われわれは自衛の権利がある。」パキスタン西北部の国境地帯は、アフガンニスタンのタリバン兵とアルカイダのテロリストにとって退避地だと見なされている。
カブール政府は、過激派に対して断固たる態度を取らないとパキスタン政府を非難し、パキスタン政府はその言い分を退けた。
過激派タリバンの兵士900人がカンダハルの監獄から脱走した後、アフガン治安部隊は追跡を継続している。
 「作戦は継続されている」とカンダハル州の警察長官のサイエド・アガ・サキブは、言った。地域の治安部隊を応援するために、アフガンの陸軍のさらなる部隊がこの地域に投入された。解放された囚人のうち、15名以上が殺された。5名のアフガン人と外国人の反政府兵士は、拘置されたと米軍は述べた。
 これらの犠牲者と逮捕者が本当に、金曜日の夕方、解放された逃走中の囚人であるかどうかは、はっきりしていない。
 過激派は、暗闇に紛れて、建物を占拠した。アフガン軍の報道官の述べたところによると、カンダハルで、1059人の囚人のうち、892人が逃走、そのなかの、389人がタリバン兵である。カンダハルは、過激派イスラム主義者の牙城だった。(後略)
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