海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「イスラム国が揺らぎ始めた。」と題するヴェルト・オンラインの記事

2014年11月24日 | 国際政治
[前略]
「イスラム国」は、何千人もの兵士をシリアとトルコの国境に近いコバニ周辺の戦闘に派遣した。世界は、固唾を吞んでその陥落を予想した。しかし、それ以来、数週間が経っている。
「奴らは退却している。」と独立したコバニ地域の防衛相であるイスメット・シャイヒ・ハッサンは断言している。「奴らはこの町の半分を占領していたが、現在は、10%か20%しか握っていない。」まもなく、イスラム国は、この町の地域から追い出されるだろう。「奴らの士気は、最低だ。過激派は、常にアメリカ空軍の絶え間のない目標になっている。コバニは、イスラム国にとって、苦い敗北だ」と防衛相は喜んでいる。「これはテロリストたちと戦闘しているすべての人たちにとって象徴的な効果を持っている。」イスラム国の連中は、後光を失った。「奴らの多くは、もともと優秀な兵士ではないよ」とハッサンは言う。「奴らの指揮官のうち僅かの者が戦闘を理解している。残りは有象無象さ。」シリアにいるクルド人私兵(YPG)は、そのことを知っているに違いない。彼らは、一年前から、イラク北部のクルド人地域を征服しようとしているイスラム国の攻撃を防いできた。無敵のイスラム国軍というイメージは、イラクにおける彼らの電撃戦がうまくいったために生じた。イラクでは、過激派は、6月には、バグダッドの外周にまで迫った。イスラム国私兵は、軍事力では、食い止められないように見えた。この地域の妖怪になり、自然の威力に成り代わった。
実際には、何が起こったのか?過激派の侵入は、軍事上の名人芸ではなかった。彼らの成功は、彼らの相手の駄目さ加減のせいである。モスルや他の諸都市では、イラク国軍の兵士は、命からがら逃走した。クルド人のペシュメルガ部隊も尻に帆かけて逃げた。彼らはそれを「戦術上の退却」と称したが、彼らは、キリスト教徒が住んでいるカラコシュやイェジディ派が住むシンジャルを見捨てたのだ。その結果、何千人も虐殺され数千人のイェジディ派の女性たちは奴隷となり難民が続出した。しかし、状況は変わった。イラクでは、イランで訓練を受けたシーア派の私兵たちが前線に立っている。ペシュメルガは、ドイツや他の西欧の国々から武器を受け取った。それに加えて、西欧諸国の空爆があり、それはイスラム国のカリフだと称するアル・バグダディの軍事力に致命的な影響を及ぼしている。[後略」
[訳者の感想]
イスラム国軍は、戦術的に優れていると思っていましたが、この「ヴェルト・オンライン」の記事を読むとそうではないようです。「かってのサダム・フセイン大統領を支えていた元イラク軍の軍人が「イスラム国軍」の指揮をしているのではないか」あるいは、「マリキ前首相がスンニー派を無視したせいだ」だという説もかなり説得力があったように思いますが・・・。
コメント
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