海外のニュースより

政治・経済・社会の情勢について書かれた海外の新聞や雑誌の記事を選んで翻訳しています。

「心よ、おまえはどこにいるのか?」と題する「フランクフルター・アルゲマイネ」の記事

2011年06月30日 | 教育と科学技術
別れの曲、幻想即興曲~ショパン:ピアノ名曲集
オムニバス(クラシック)
ユニバーサル ミュージック クラシック

2011年6月29日発:それは、たいていは読書中に起こる。目は、テキストを一行一行追っている。だが、思いは夕方の約束や、今度の休暇や目前に控えた試験のことを考えている。この現象は、[Situt](stimulus-independent and task-unrelated thought)「刺激から独立の課題とは無関係な思考」と呼ばれている。ドイツ語で言うと「夢想」(Traumerei)である。これは、読書中だけに起こるのではない。研究者たちは、被験者のまなざしを追うのにカメラを使い、アイフォーンを応用し、その結果、「われわれの心は覚醒時の3分の1か、半分は、事柄に集中していない」といういことを突き止めた。(Jonathan Schooler & Jonathan Smallwood et al.:"Meta-awareness, perceptual decoupling and the wandering mind."in:"Trends in Cognitive Science, Band 15,2011)
一見すると、白昼夢には短所がある。心も空な読者は、行をゆっくり目で追っているが、彼の目の動きは、テキストの内容上、形式上の要求によって規定されていない。彼は言葉を理解していない。
他の課題でも、事情は同様である。最初、心はさまよい、人間は誤りを犯す。その上、白昼夢は、気分を悪くする。自分が事柄をしかと注意していないなら、人間は明らかに、不幸になる。このことは、人間が何か楽しいことを夢想しているときでも、当てはまる。多くの宗教は、幸福がここと今とをしかと見据えた落ち着いた心を見いだすことにのみあると教えている。彷徨う心は、不幸な心である。("A wondering mind is an unhappy meind.",in "Science, Vol.330,2010)
だが、夢想には長所もある。自分の心を犯行現場で捕まえる能力は、一つの窓であって、それを通じて、研究者は知覚と思考との間のつながりを見ることができ、意識の本性や自分の意識の内容を制御する能力を手に入れる。ライヒルは、読書障害をもっと良く理解しようと望んでいる。他の人たちは、生命フィードバックや注意訓練によって白昼夢をもっとうまく利用しようと努力している。なぜなら、彷徨う心の天才的な思いつきについての逸話は山とあるからだ。
さまざまの注意領域の間を渡り歩く能力は、進化史において有利であったかもしれない。退屈した状況で精神的気分転換や情緒と覚醒との間を制御する瞬間として、白昼夢は話題になる。その最も重要な課題は、しかし、計画したり、決定したり、未来を予想したりする点にある。なぜならば、彷徨う心は、たいていの場合に、未来や自己反省と係わっているからである。(以下省略)
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