インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

ペンネームを変えてみた!

2008-02-24 23:36:51 | 映画や小説、テレビなど
 「名は体をあらわす」というが、「ペンネームは内容をあらわす」のは、間違いない。アルファポリスで恋愛部門の上位にいる人たちのペンネームも不可解だが、これはタイトルが良いから読まれるのか。「インディオ」というペンネームは、致命的である。タイトルにしても、「インディオランド」「インディオダンスホール」とかだから、これでは文明人の得票が集まらないだろう。大勢の読者に、「これは少数相手のマニア小説だよ~」と語っているようなものだ。

 そもそも僕は「小説は全てインディオについてだけ書かなければならない」という責務はないのだ。そういえば昔、原稿をボツにするための言い訳だったのかも知れぬが、某編集者から「普通の探偵小説でも書けばすぐにデビューできるのに」と忠告されたことがある(赤川次郎か?)。インディオ一筋で書いているから、視野が狭くて、普通の現代モノを書けなかったのだ。確かに、インディオという足かせというか、鎧を外してみたら、もっと自由な発想で面白いことをかけるような気がしないでもない。

 しかしそれが出来ないから苦労しているのだ。インディオの鎧(のろい?)を一気に外すのは難しい。そこでまず、ペンネームを変えてみることにした。
 インディオ→ 院出王(おかしい)→ 円月王(ますますおかしい)→ 占い暦をもとに(1の猿)、猿月王一(何かヘンだ。王はワンで、一だから統一しよう)→ 猿月王(何かタイトルだ) →猿月王夏(まだ違和感があるが、夏が好きだから、これで行こう)。「猿月王夏」なるペンネームを登録しておいた(はっはっは)。

 占いがたっぷり含まれた不気味な名前だが、これが世に出ることを祈る。

アルファポリスに集う心理

2008-02-23 20:05:11 | 映画や小説、テレビなど
 なぜ人は小説をネット公開するのか? 最近疑問を抱き始めた。
 インディオがUPした軌跡を見てみよう。

  2007.12.9 インディオランド(完結)     未だ200pt到達せず。
  2008.1.21 インディオダンスホール(完結)  100pt手前
  2008.1.26 マネー神の崇拝(連載中)     104ptです。
  2008.2.18 煙る鏡(連載中)           21pt…

 アルファポリスは無名作家のるつぼであるが、2001~08までで13冊の小説がドリームブッククラブより出版化されるに至っている。目指せ、ドリームブッククラブ!
 今流行の?「応援ファンド」として出資者などを募っている。
 当たれば高配当が戻ってくるが、外れれば「…」である。
 インディオの原稿は、ちなみにまだ順番待ち?で、募る段階まで行っていない。

 今年2月に、高遠響という人の本が出版されるようだ。一銭にもならない小説が、金に化ける瞬間であり、高遠氏は喜んでいるだろう。それなりに人気があり、作家として腕が良いのだろうが、小説は出してみなければ分からないし、埋もれる可能性も低くはない。アルファポリスで読者が投票するのはタダだから。

 読者はタダで感動的な小説を読み、面白い休日を過ごそうと考えているのである(金がかからない余暇ね)。恋愛小説などその最たるものである。ナチュラルキスなど投票総数が37万票である。一人100円でも払ってくれたら著者は大金持ちになっているだろう。実際に文章は巧いし、面白い。作家としての素養はあるのだろう。それでもネットで書き続けなければならないというのは、構造的な問題があるからではないか。少なくともインディオは1万票集まれば有料メルマガに切り替える(このケチが!)。収入が20万円ぐらい続く見込みがあれば、小説業に専念するだろう。

 そう、アルファポリスなんかに集う輩は、「印税生活したい!」と考える怠け者が大半を占めるのだ。そのための試金石として、政治家のように、読者に一票を乞うような活動をしなければならない。「私が作家になりましたら、世界の役に立つような小説を書きます!」(ウソつけ)と小説とは別の宣伝をしなければならんな。インディオというペンネームは良くないな。アルファポリスは若い女性読者が多いから、「土人の書いた小説なんて読みたくもないわ」と無視されているのかもしれない。「カルロス・ベリファーナ」とか、「大住雄一郎」とかに改名した方が読者が増えるかも知れん。

 それにしてもネット小説は、人生の浪費が甚だしい。インディオは得票だけで満足できるナルシストではない。面白い小説への得票があれでは(?)、新たにUPする気力が起きぬ。ただアルファポリスに参加して三ヶ月だから、まだ何かを期待しているのかもしれない(やっぱり何もなかったりして)。

 忽然とジャングルから姿を消したマヤ部族のように、ある日突然アルファポリスからインディオの名が消えるかもしれない。
 

新発見! 「マヤ儀式ツアー」

2008-02-21 23:40:13 | インディオ推薦 リンク
 マヤ・インカ・アステカ展が九州に上陸するので、そろそろ準備だと、旅行計画を立てている時、ネットでNAGA K’U奥義学校 ~マヤと日本の架け橋~なるサイトを発見した。

 いろんな行事や勉強会があるが、どれも高い金がかかるようだ。ここに身を投じてみるのも面白そうだが、何か釈然とせぬ。「マヤン・エクスパート認定」なんて発想は、資格商法ではないか? メキシコの何処の大学か知らぬが、2週間滞在して、色々講義を受けて資格証でも頂くのだろうが、何か発想が貧弱だ。もっと呪術的なことなら行っても良い(幻覚きのこを齧る、皆で徹底的に踊る、ジャングルで狩をするetc)。いや、やっぱ実践するのか。

 冒頭に「マヤは『いけにえ』を行っていた文明であり、マヤカレンダーは2013年で終わり、世界も滅びる。マヤは忽然と消えていった幻の文明。マヤは黒魔術師が支配していて悪魔崇拝を行っていた」とあるのがバッテンとなっており、「これらの情報は16世紀に侵略した西洋人による誤解が元となっているのです」。とある。

 そう思いたいが…、客観的資料を見る限り、バッテンが正しいのでは…。日本との架け橋になるためには説得力に欠ける(ただ受け入れやすくするための宣伝かもしれない)。「マヤ儀式ツアー」なんて、生贄になりに行く旅行かと思ったわい。

 批判はしてみるものの、なかなか面白そうだ。とりあえずインディオは「お気に入り」に登録したのであった。

しばらく狂気の小説に専念しよう。

2008-02-21 00:10:22 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
 このブログを娯楽の一環として見ている方には悪いが、インディオ通信は当分手抜きとなるであろう(かえって面白いかも)。『マネー神の崇拝』はどうなったんだ!という方にも悪いが、しばらくお休みしたい(週末にUPするかも)。悪魔の小説『煙る鏡』を投稿終了したら再び、お金の小説『マネー神の崇拝』へ戻るであろう。それにしても、お金の小説ほど、悪魔の小説は人気がないようだ(桁違い)。ただアクセスした方はほとんど投票してくれているようだし、やはり閲覧者は量より質だ。1000人のいい加減なアクセスより、10人の心あるアクセスに語りかけるべきだろう。語りかける…。あの悪魔の小説で…。いや、主人公(ケツアルコアトル)は悪魔の心の持ち主ではないので、バランスは取れているだろう(最後は大きく崩れるが)。

何で悪魔の小説に票が集まっているのだろう。

2008-02-19 23:50:29 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
 アルファポリスの『WEBコンテンツ小説――歴史・時代』を見ると、『煙る鏡』に結構な票が集まっていて吃驚している。期待を込めての得票なのか、たまたま発見した方の人が良かったのか、それとも『マネー神の崇拝』と違い、冒頭から小説らしかったためか。R-15指定で、外国の歴史モノ(しかも未開人)に関心が集まるとは思わなかった。いや、単に「生贄」に関心があるのかも。

 小説は事実上既に完成しているが、連載にしている。それは吟味しながら改稿しているからである。無名人が書くわけだから、インパクトがあった方が良いのだが、表現に工夫が必要だ。このブログに加え、『マネー神の崇拝』も書かねばならぬから、ちょっと忙しい。WEBコンテンツの投稿数を増やすとアルファポリスでの認知度が高まるのか、何か読者の食いつきがはやくなった気がする。インディオの名で投稿すれば数票は入る(しかし金は入らない)。馬鹿な…。名前が売れていると考えるのは、単なる錯覚で~す。

皆、悪魔な側面を持っている。

2008-02-18 22:16:26 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
 『マネー神の崇拝』でseesaaにはDS(ドロップシッピング)機能が充実しているので、商品を並べて置いた。かなり高額な品が多かったので、「たっけー!インディオは悪魔みたいな奴だわい」と思ったかも知れぬ。まあ、シーサー側から仕入れた値段にちょこっとプラスしたらそうなっただけで、インディオの儲けは大してないと思う。どっちみちインディオの儲けがゼロ(すなわち仕入れ値で売る)としても、買い手はほとんどいないだろう。客は集まるのだから、何かしないと面白くない。一銭にもならない小説を書いて、自己満足だけでは勤まるものではない。まあ、読者側としても、毎回アクセスしていて、アルファポリスなんかのクリックすらケチっているのだから(面白くなかったのか?)、悪魔みたいなのはお互い様である。それにしても、DSは仕入れ値が高いような気がする(相場に詳しくない素人商売です)。

 天使みたいなキレイごとを書いても、それでは本当の支持は得られぬ。現実世界はストレスや苦しみの連続であるからだ。誰も死にたくないが、毎日どこかで誰かが死んでいる。死は避けられないが、死に方は選べるかもしれない。年をとり、自宅の布団や病院のベッドで死ぬのが楽かといえば、決してそうではあるまい。むしろ自殺をした方がましな場合もあるくらいだ。

 マヤではイシュタム (Ixtab) といって、自殺の女神が崇拝され、首つり自殺、戦士、生贄、出産時に死亡、神官といった死に方をした魂を、宇宙樹ヤシュチェの木陰にある楽園へといざなうと信仰されていた。死の神もいたが、最高峰に君臨するのは闇の神テスカトリポカであったから、あまり有名ではない。この神について書いた小説を、悪魔のような読者に捧げよう。「滅茶苦茶なこと書いてやがる」って、「個人の命は地球より重い」わけはないのだ。インディアンの精霊崇拝は甘くはない。「個人の命が、ウサギ一匹と同等なら、皮を剥ごうが、肉を食おうが、何をやっても許されるわけだ」。インディアンが無法者集団であるのは、ある意味で当たっているのだ(だからインディオも無法者なのだ)。肉体を持ったスピリチャルは血を見ることを必要とする。かくしてインディオは無法者の小説を連載することとしたのであった。→ 煙る鏡

宝島社3月号記事「インディアンの教え」

2008-02-17 20:13:05 | 思想・宗教
小さな本屋で『ヤクザの金』とある表紙を見つけ、マネー神の崇拝を連載しているせいか、立ち止まった。「インディアン」の教えが6ページもあったので、気になって買った(ヤクザ・マネーの方が分量が多く面白かった)。どうも宝島社はアウトローな記事ばかり載せる傾向があるようだ。

 まず人間は「輪」のほんの一部、「調和」して生きる発想とある。「聖なる輪の教え」、生きとし生けるもの全ての生命(いのち)、大地、空、水、火、鉱物全ておりなす聖なる輪。人間はその輪の一部として生かされている。そこに優劣などなく、全てのものが全てを補い、輪の中で調和して生きている。・・・・・ネイティブの人々にとって、豊かさとはモノを蓄積することではなく、大地とのつながりの中で、グレートスピリットの意志に従って生きること。大地に生かされている一つの生命として、この聖なる輪がいつまでも健全に維持されるように、自分の使命を見つけ謙虚に生きること。・・・・・とある

 次に、大好きな「インディアンになってしまった日本人 日本人との橋渡し!”聖なる俗人”ラコタ族の「高橋ゴロー」  とある。原宿のシルバーとレザーアイテムの店「ゴローズ」のオーナー。「イエロー・イーグル」というインディアンネームを持つ正真正銘のラコタ族のインディアン。銀細工職人である彼は、作ったものとお金を交換して、旅に出たり遊んだりするという「お金=交換手段」の考え方であるらしい。

 あと片山恭一の小説もインディアン思想が色濃く出ているとある。なるほど、ストレートではないが表現されている(小説家として巧い)。確か、難病で死にそうな彼女とアボリジニのいるオーストラリアへ行くのが夢だと、書いてあった。コンクリートジャングルの大都会より、あっちが救いの理想郷なのである。(片山はON LINE小説は恋愛小説ばっかでもちょっと言及)。「資本主義的な発想や行動パターンを超えていく、ボディ・マインドとスピリット・マインドが相互に響き合うような重層的な生命観の構築しなければならない」(難しい言い回し)と書かれてある。ボディ・マインドは身体が生き続けるために働く心で、スピリット・マインドは物事をきちんと理解するために使う霊の心(魂)であるらしい(『リトル・トリー』より)。

 要するに「資本主義的な発想=金重視」から、「生命の発想=精霊重視」に転換せねばならないということか。だが、あらゆるものに霊があるなら、マネーだって何らかの霊魂が宿っているはずだ(もの凄い霊が)。

 『マネー神の崇拝』が「古来の精霊重視」に転換するかどうかが問われているのか。日本よ、先進国から後進国へ転換せよ!(ムリです)
 
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夏には夏にしか出来ないことを、冬には冬にしか出来ないことを。

2008-02-16 21:45:33 | 考えるインディオ
 山陰地方にある大山の写真である。昨夏、離れて住む両親と行った時、撮ったのを発見した。大山は伯耆富士と呼ばれ、中国地方NO.1の聖地である。中国山地は山々で彩られているが、山の品格がぜんぜん違う。色が違う。空気が違う(海の傍だからか)。今頃は雪で埋まっているから、大神山神社など今の季節は行きたくても無理であるし、行っても寒すぎて面白くない(いや、スキーがあるか)。 →鳥取・山陰・大山王国ホームページ

 人生でも20歳には20歳にしか出来ないことがあるし、30歳なら30で、40歳でもその境地になって初めてわかる体験できる境地があるだろう。インディオの場合、20代から30代になるまでは、自分なりに頑張ったし後悔はない。しかし最近なんか停滞している。何か致命的なことが足りない。30代に一番必要なのは、やはり子供の顔を見ることだろうか。自分は未来に向けて衰えていくが、子供は逆に成長していき、エネルギーを与えてくれる。それは子育てをしている家庭を持つ30代だけが理解できるだろう。少子高齢化で、子供のいない30代は激増している。

 子供の面倒を見る代わりか、小説を書いている(むなしいか??)。小説の世話をしていると、登場人物は勝手に動き出し、思いがけない発言をし、とんでもない展開になって行く。ただ『マネー神の崇拝』はそんな感じの小説にはなっていない。将来的になるかもしれないが…。

 面白い小説を書く自信はあるのだが、感情で書くため、気分が乗らず、自信がなくなる時がある。「こんな不毛な作業をして良いのだろうか」「散歩したり、温泉でも浸かったり、寝ていた方が賢いのではないか」書くのが乗らないとき、そういう感情に襲われる。ただ最近はネットをやるから、アップするとアクセス数が判明し、お金の小説を書いて2時間で20人アクセスがあれば、「おお、世の中にはこんな得体の知れない小説を進んで読もうとしている人がいるのだ。不思議だが、ありがたや、ありがたや」と滅入った気が復活するのである。特にアルファポリスでのクリックがあれば、この枯れそうな植物(インディオの木)は水をいただいた状態になるのである。はっきりいって、小説に限らず、このブログでさえ、アクセスの水によって育ったようなものだ。インディオの木は枝分かれし、沢山のブログができ、生き残った枝はすくすくと伸びている。あまり読者参加型のブログとはいえないが、「インディオな仲間」が集まっているには違いない。頭脳型のブログ(知識重視)や形式ばった堅苦しい丁寧なブログではないだろうから、心が通じ合っているのか(そう祈る)。少なくとも頭でっかちの人間が読んでいるとは思われない。心の奥深いところを見抜くような人が目を通しておられるのだろう。「うむうむ、インディオは悪い奴ではないな」(その通りですが、頭は悪いです)
 インディオの木は成長し、やがて将来、一つの職場を形成するかもしれない(たぶん、インディオの木は金が生りません)。

 ああ、インディオの30代はこのインディオの木を育ていることになるのだろうか。でも、あんまり成長速度が速くないなぁ。

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プラス世界への壁(なかなか面白いマイナス思考の男物語)

2008-02-16 00:40:01 | 苦しみを分かち合う
  真剣に生きる…。頭ではわかっていても、つい好い加減になってくる。「明日は明日の風が吹く」「なるようになる」と一日一日を大切に生きていないからかもしれない。

 もう若くはないが、まだ人生はあると思っているからかもしれない。もし「癌で余命1年」と宣告されれば、真剣に生きるようになるだろう。軽かった一分一秒が、死へのカウントダウンとして重くなってくる。「死ぬ前に自分は何をすべきか」徹底的に考えることになるだろう。悩んだところで、どうなるわけでもないが。

 もしインディオが「余命半年」と宣告されれば、「もうじたばたしても仕方がないや」と開き直っていられるか。いや、激痛との闘いでじたばたするだろうが、これだけはどうしようもない。やっぱ、このままの人生テンポで全うするのだろうか。

 残された時間が少なければ、人生は変えようがない。

 人は誰でも「自分を(良い方向に)変えたい」と思うが、良い方向というのは、多分「お金持ち」であったり「希望した職業に就く」、あるいは「幸せ家族を作る」、「頭を良くする」といった内容だ。それらは全てリンクしていて、プラスの世界に入る壁を打ち破れば、面白いように到達できるだろう。しかし後半年の命、最後の段階になって壁を打ち破っても、なんだか空しい。もう少し命があったらと嘆くようになるだろう。

 人生が後20年あったとして、そこでプラスの世界に入ることが「絶対に」良い方向であるかどうかは、これもどうも疑わしい。プラスの世界は、マイナスの世界があって初めて成り立つ。大勢の低賃金の労働者の上に高給取りが乗っかり、大勢の愚かな者の上に賢者が君臨する。マイナスの世界は居心地は良くはないが、それはそれで現実の世界なのだ。

 仏陀が「生=苦」と悟ったように、現実の世界はマイナスの世界なのかも知れぬ。プラスの世界は幻想の世界で、砂上の楼閣なのかも知れぬ。今億万長者の社長であったとしても、10年後はどうなっているかわからない。ホームレスかも知れぬ。

 壁を破ってプラスの世界にいる者は磁石のごとくマイナスの世界に誘われる。マイナスの世界にいればプラスの世界に憧れる。物質は行ったり来たり。安定していない。

 やはり精神面、心の安定を求めるべきだろうか。ただ心の安定のためには少なからぬ経済的保障が必要だし、そんな精神力があるなら富を軽く築いているだろうから、やはり壁をぶち破るべきか。壁、壁といっても、生れ落ちた運命によって壁の厚さは異なるだろう。1メートルの人もあれば、10メートルの人もある。壁が厚い方が苦しいには違いないが、薄い壁だとマイナスの世界にすぐに引き戻されるような気もする。

 皆と同じように、インディオの壁も結構厚いかも知れぬ。一生マイナス世界に閉じ込められる宿命なのかも知れぬ。まあ、それはそれで仕方がない(諦める)。プラスへの壁というのは、無理をして、腕力を持って、打ち破れる代物ではない気もする。就職試験における、面接のような壁か? 相手は人間のように意識していて、こいつはプラス世界に来るに値する奴だから入れてやろうかって感じかな(妄想)。ちょっと取り繕って、本来の自分と違う姿を見せたら、相手は神のような存在だからシャットアウトされるような気がする。


(面接壁ものがたり)
面接壁 「あなたの生まれた場所や時代背景はこうでしたか」

  「親の影響はこうで、あなたはこういうことを受け継いでいるのですね」

 「あなたはどんな努力をし、何を得ましたか」

  「あなたにはまだ経験が足りませんね」

 「工夫もぜんぜん足りません」

インディオ(余りの厳しさに絶句)「う、うう…」

面接壁 「もっともっと真剣に生きてもらわないと、この壁を通過させるわけには行きません」

インディオ 「あのぅ、壁の長さは後どれぐらいあるのですか?」

面接壁 「あなたの場合、100メートルはありますね」

インディオは諦めた(開き直った)。

悩んでも何も解決しない。ただ自分らしく、力を抜いて、自然体で生きよう。


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己を知る

2008-02-14 18:26:55 | 考えるインディオ
 自分の長所や短所が鮮明に理解できるようになった。特に短所について、深く意識した方がよいと思う。インディオの短所は、「肝心な時に頭が集中しない=集中力がない」ということだ。新しい仕事を覚えるときでも、頭の回転が速そうな人間がペラペラ喋って、自分は馬の耳に念仏の状態になる。「もう一度」と言えないから「うんうん」うなづいている。理解力に欠けている。「幼子に話すように、ゆっくり丁寧に教えられる」と何とか頭に残るレベルだ。呆けてきたのかもしれない。いや、心の中で別のことを考えているからかもしれない。どうでもいいと思っているのかな。自営業とかで全部自分にリスクがかかってくるなら、真剣になるのであろうが、それでもやはり頭が回らないものは仕方がない。「どうでもいいことに真剣になり、肝心なことを疎かにする」人生を失敗する典型的なタイプかもしれない。だから日の目を見ない小説を沢山書いているし、大した貯金もないし、ずっと独身なのである。色んなことに興味を持つから知識はあるかもしれないが、ずば抜けた知識があるわけでもない。35年も生き、色々苦しんだから知恵はついたはずなのだが、実際に役立つには至っていない。頭でわかっているだけでは意味がないのだ。実際に行動して、経験しなければならない。
 要するに、インディオの欠点は、「人生に対する真剣さが足りない」ということだろう。へらへら笑ってばかりいてはダメである(頭ではわかっているが…)。
 

寒さが人格を変える。

2008-02-13 20:13:21 | 苦しみを分かち合う
 風が強く、粉雪が舞っていた。そんな夕方、外に30分以上いた。

 身も心も冷えた。サウナは暑さに耐えるが、その逆バージョンだった。あまり寒い場所に放置されたら、人間は感情がおかしくなる。冷静になるのであるが、度が過ぎて、自分を突き放す感覚に襲われる。「お前、甘いな。これくらいの寒さに耐えられなくてどうする。そんなのでこれからの人生を渡っていけるのか」って感じで。自分に冷たくなる。きっと、他人にも冷たくなるだろう。鈍らな頭が、すこぶる冴えてくるのは悪くないのだが…。

 寒い所に住んでいるロシア人などで、貧乏人や弱者であったら辛いかもしれない。寒さが人間を狂わせるのだ。自殺率が高い気がする。スウエーデンなどのような社会的な保護がないと、あんな寒い場所で弱者は生きていけない(気がする)。
 ただ、小さい頃から寒さで鍛えられているから、人間は強いかもしれない。

楽天は安くない!

2008-02-12 00:02:50 | 呪術的なグッズ
「楽天で買えば良かったか?」と、ネットを漁った。

 あった。自分が買ったやつ→ Sun Remy マット(ツヤなし)パイソン(蛇革)折り財布

 これはあの髯の店長が値下げしなかった場合の価格だ。
 全く同じなのに、この値段とは…。
 人気があるのか? これが妥当なのか?

 楽天なんて、都心に店舗抱えてないし、店員もいないし、これで売れたら丸儲けではないか! …いや、宣伝が多いし、球団抱えているし、いろいろ経費が掛かるのか。いや、ただメーカーが楽天に参加しているだけなのかもしれない(多分正しい)。楽天が扱っている高級ブランド財布は安いかもしれんが、買うのは金持ちだから関係ないか。
 そいういえば、『マネー神の崇拝』で高級ブランド財布を宣伝しときました。
『今日からお金持ちになれる!ハッピー生活術』にこんな文章があったからです。


「お客様に宝石をお見せするときは、一番いいものや一番高価なものからお見せしてください。スタッフは勝手に、『この人はこんな高いものを買えないだろう』と、相手を『自分と同じお金のない人だ』と思ってはいけません」・・・・・自分が宝石を持っていない人間だからといって、他人も買えないだろうと、自分の貧弱なものさしで考えてはダメなのよ」・・・・・(p67~68抜粋)


 まあ、高額商品のセールス方法なのかもしれないが、「貧乏人が貧弱な発想しか出来ない」のは確かである。「貧すれば鈍する」というが、金をケチれば、情報は入って来ない、人は寄ってこない、心は狭くなる、というのは確かだろう。節約は必要だが、金を出さねば、金は入ってこない。楽天にしてみれば、たとえ例の財布を9000円にしても、宣伝しなければ客が来ないわけだから、やはり宣伝費を増やして商品を高めに売るのは理にかなっているだろう。

「楽天市場は安い!」は構造上、当たり前だが、安くない商品もある(インディオは楽天の仕組みを分かっていない)。ただネットショッピングは問題がある。蛇革なんて手にとって触って買いたい。つやでピカピカならニセ臭い感じがするし、ニシキヘビでも鱗の違うやつが色々あったので、迷った。
 ネットで買う前に、デパートなんかで実際に触ったり値段を見たりして観察する。そしてネットで注文すべきなのだろう。今度からそうしよう。

 

巨大地震が発生したら…

2008-02-11 12:44:37 | 考えるインディオ
 日本は地震大国なので、インディオはいつも地震情報をチェックしている。千葉県東方沖、千葉県南部とかで地震が多発している。気象庁や地震学者は慌てているかもしれない。1923年関東大震災から、空白の期間が85年もあるのは恐ろしい。いつ来てもおかしくないが、来るとしたら凄まじい大地震になる予感がする。

 客観的に見ても、19世紀を遡れば、「なるほど」と肯かざるを得ない。

 1854年7月9日 安政伊賀地震(伊賀・伊勢・大和地震- M 7.6、死者約1,800人。
 1854年12月23日 安政東海地震(東海・東南海地震) - M 8.4、死者2千~3千人。房総半島から四国に津波、特に伊豆から熊野にかけて大きな被害。ロシア船ディアナ号沈没。
 1854年12月24日 安政南海地震 - M 8.4、死者千~3千人。紀伊・土佐などで津波により大きな被害(串本で最大波高11m)。大坂湾に注ぐいくつかの川が逆流。道後温泉の湧出が数ヶ月間止まる。

 安政東海・南海地震は32時間の時間差で発生した。両地震による死者の合計は約3万人との説もある。余震とみられる地震は9年間で3,000回近く。

 1855年11月11日 安政江戸地震 - M 6.9、死者4,700~11,000人

そして70年待たず、

 1923年9月1日 関東地震(大正関東地震) - M 7.9、死者・行方不明者10万5,385人(日本災害史上最大)。

 「九州に住んでいるから関係ないや!」とはいえない。日本は東京一極集中で官庁や大企業の本社など全てTOKYOにある。東京が潰れれば、株が暴落し、円安になり、大インフレが起こることは必至。

 日本国を人間に、地震を銃撃にたとえるならば、阪神大震災のときは銃弾が太股に当たった感じ(かも)。出血がひどかったが、なんとか回復できた。しかし「安政クラスの連鎖で、巨大地震が起こる」と、首や脚など数弾食らうことになるから、ショック死するのではないか。いや、外国から輸血をして、大手術をして国家は蘇るだろう。

 しかし人間がふるいにかけられる。大勢の弱者、困っている個人は、見捨てられ、喘ぐことになる。インディオもいっしょに…、いや、もう喘いでいるから、関係ないか。(余計喘ぐことになるのか)


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今日からお金持ちになれる! ハッピー生活術

2008-02-10 21:34:21 | 実用書
 『今日からお金持ちになれる!ハッピー生活術』
  佳皮奈末 だいわ文庫 (\522+税)2008年1月

 「おお、もの凄く良い本だ!」と即買った。
 このブログの基本路線は「貧乏人の通信」であるから、金回りが良くない人が大勢見ているはず。まず、本書のとおりインディオが実行してみたい。

 まず「いい財布を持つ」と始まっている。なるほど、インディオも2年前、財布を牛革の高いのに変えてから、少し良くなった気がする。そこで、無理をして「蛇革の財布」を買った。店内改装で30%引きだとか、飲み屋のマスターのような愛嬌の良い店長に勧められ、ざらざらした鱗の財布を買ったのだ。9900円もした。しかし中に金が余り入らないような気がするが…。

 「お金はエネルギーの交換物」であるらしい。

「自分の尺度で相手を推し量ってはいけない」とある。つまりインディオにとって10000円の財布が凄くても、金持ち爺さんからしたら「これではダメじゃ」かもしれない。あの店長からしたら「そこらの蛇を捕まえて皮を剥いで…」だったかもしれない。やはりお金は人間の器に等しい金額だけ入ってくるのだろうか。

 まあ、とりあえず、この本の通りに実行してみよう。


 
 
 

やっと復活した…

2008-02-06 22:23:55 | 考えるインディオ
 長きに渡る腹痛が収まり、ようやく思考力が戻ってきた。体調が悪いとろくな記事が書けぬ(良くても大した事を書いてないかも)。腹が痛かったせいか、食中毒のニュースが余計気になった。食中毒には「梅」が効いたかも知れぬ。

 ブログを書くのにマニュアルはない。ただ準備とか、段取りは必要になるかもしれない。写真を撮っておいたり、記事を読んでおいたり、読書感想を書いていたり。やはり、普通でない感覚を呼び覚ますような内容が一番いいかもしれない。
インディオは次のニュースを見て考えた。

 
 鹿児島市内の路上で昨年10月、暴力団追放運動のリーダーで会社役員妹尾博隆さん(65)が刺された事件で、鹿児島地検は6日、傷害罪で実行役とされる鉄工業徳見得茂容疑者(38)を、証拠隠滅罪で無職国生義広容疑者(34)ら2人をそれぞれ起訴した。起訴状などによると、徳見容疑者は指定暴力団山口組系の組員らと共謀。鹿児島市西千石町の路上で、妹尾さんの尻を果物ナイフで刺し、約2週間のけがを負わせた。また、国生容疑者らは同市沖の海に、凶器のナイフや携帯電話機など数点を捨てるなどして、証拠隠滅を図った。(時事ドットコムより)


「わが町(市)から暴力を追放しよう!」とよく住民や役場が公園などにポスターなどを貼っているが、この世から暴力なんてなくなるわけがない。それは、暴力なき住処が良いに決まっているが、そんな理想郷はこの地球には存在しない。するとしたら、狼と羊を囲いで分けて管理するしかないが、人口が多ければ難しい。どっかの辺鄙な田舎や離島なら可能かもしれないが、それでも暴力な輩はいるものだ。大都市なんて凶悪な連中がゴロゴロしている。何をしでかすか分からないから怖い。

 「暴力団と闘おう」と考えている人は、いざとなったら「警察に守ってもらおう」とでも思っているのだろうか…(そうでなければ自分が暴力団か)。しかし警察なんて役に立たない。自分の身は自分で守るしかない。

 暴力団追放運動なんてヤブヘビな行為をよくやるよな~、いや、ヤの事務所の近所にでも持ち家があるのかな? とインディオは勘繰るのであった。やっぱ、やっちゃんが何十人も毎日家の前を通ったら孫の学校通勤に不安であるし、抗争でも始まったら堪らないからだろう。理想ではなく、現実が、疫病神を追い払わねばならない大役を背負わさせたのか。

 ただ暴力団の方も、出て行ってもまたどっかに事務所を構えて、そこの住民が困るわけだし。軍事演習場を移動させよう!=戦争をなくそう!の発想にならざるを得ないのかな。

 まあ、この記事を眺めている人の大半は、対岸の火事だ。でも隣にヤクザが引っ越してくることは有り得ないことではない(聖人が引っ越してくることも)。

 でも、隣人を追い出そう!と皆が一致団結したからといって、素直に出て行ってくれる相手でもないし…。

    
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