インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

物語を掘り起こす…

2012-11-14 07:17:52 | 考えるインディオ
 6時間熟睡し、目覚めたらちょっと寒かった(14.3℃)。

 そういえば最近、四か月間寝かせておいた(?)小説を再び書いている。

 物語というのはブログと違う表現手段であるが、別に自分の思想を表現するための道具でもない。

 しかし結構そういう色は自然に出るもので、物語全体が自分の人生・経験の「反復」になっていたりする。

 完全なフィクション・絵空事では説得力もないし、昔と違って、書いていて面白味を感じなくなった。

 ノンフィクションが一番だが、生きにくくなるので(有名になれば)、脚色、脚色、で叙述していくわけである。

 それでも、テーマや内容が吾輩の土俵?なので、このブログを読んでいる方は「が書いたのでは?」とすぐに判明するわけである(自意識過剰か)。

 まあ、物語を書くというのも、ブログや日記を書くのと同じように、当時の心境を鏡のように映し出しているので後々の「反復の材料」になるには違いない。

 実際にこれまでも未完の作品?が何本もあり、虚しいわけであるが、それでもそれを読めば当時の様子がふつふつと思い起こされたりして、ある意味、日記よりも格段に効果的である。

 勝手に熱中していた時期というのは、案外、空白を感じたりするのだわい(痛みほど記憶に残ります)

過ぎ去っていく列車

2012-11-13 06:42:09 | 考えるインディオ
 甘酒(しょうが&酒粕&ハチみつ)を飲んで熟睡(5時間程度)した後、そろそろブログを書かないとと、PCを立ち上げてみる。着込んでいるせいかコタツに足を突っ込んでいるせいか、16度で暖かく感じ、甘酒(残り全部)を飲むとまた眠気が襲ってきた。

 洗濯機が止まったので、洗濯物を干してまた書こう。干している間に、朝食のイワシ(鍋にある)とお湯を沸騰させ、さらにそれを食べながら、キーボードを叩くわけである。

 (中断)

 干している時、数十メートル先?に、朝の列車が通った。一瞬ではあるが、出勤するサラリーマンや学生などが窓際に座って、こちらの方を観ているのに気付いた。換気しながら、靴下とか干している吾輩に気づいただろうか? いや、考え事や音楽などの雑事、労働の疲れや、これからの拘束に備え、それどころではないだろう。

 吾輩とて、通勤時間を含めると、10時間ぐらいは仕事に拘束されるわけで、精神的にも肉体的にも周りの光景を見渡す余裕がないことぐらい想像がつく(いや、あるか)。ましてや、ITの時代で、列車の中でさえ、人々はiphoneやらスマートフォンを眺めまわし、何かを理解し、何か知ったような錯覚に陥っている。

 吾輩とて、windowsphoneで暇さえあれば、過去の出来事や一年前書いていた小説を読んだりして、勝手に一人の世界に浸っているわけである。そして今も、こうやってパソコンで…。

 時間は過ぎ、今炊きかけの玄米(四時間かかる玄米GABA増量モード)も出来上がるだろう。

 そしてさっき通った列車もほぼ同じ顔ぶれで、明日も過ぎ去るのだろう。

 そして吾輩はこうやって精密機器を凝視しているのだろう。

 意識がそこに固定されている限り。

 

11月1日、久々に書く。

2012-11-01 07:21:54 | 考えるインディオ
ついに11月になった。この寒い季節は、あまりヨロシイ思い出がないような気がする。さらに月が進めば、喉や頭が痛くなったり、歯が痛くなったり、果ては実家界隈の道路が凍結し恐ろしい目にあったりと、気をつけなければことだらけである(しょーもないような)。

 人間はなかなか変われず、同じ誤りを繰り返している。吾輩もそうで、反復しながら、「何で毎回毎回同じ罠に引っかかるの?」とか思ったりする。

 人生とは矛盾だらけなのかもしれない。

 たとえば「朝起きてネットでエネルギーを消耗する」という問題があったとしよう(毎朝スポーツやらニュースやら検索したりする癖がある)。

 立ち上げなければ、このブログが書けないため、更新できない。それに、スカイドライブなデータ・原稿が書けない。

 要は、ニュースや興味ある情報にタッチしなければ良いだけなのであるが、この種は芋づる式になっているので、無間地獄に陥りやすい。

 ケータイ電話は、ネット接続していないから大正解だったのを考え、

 パソコンもそれがいいのかもしれない。

 どうしても調べたいことがなければ、

 いっそのことケーブルを取ってしまうのがいいのかもしれんわい(送信するときだけ接続します)。