インディオ通信

古代アメリカの共感した者の備忘録8年。

カバラ数秘術★5★

2012-01-11 06:53:23 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  今朝は10.3℃。なぜか温かく感じる。歯がだいぶ良くなったのか、昨夜の夢で、久々に全身が振動した。睡眠のかなり後半で、「振動して、離脱した」ような気がした。が、それからどうなったのか、記憶になく、毎朝書いている夢日記にも、書くべきことがない。

 そういえば、歯科医院の待合室で、『週刊現代』なるものをパラパラめくっていると(何か面白い情報はないのか)、カバラ数秘術が出ていた。

 生年月日を足して得られた数で、運勢を占うもので、ネットで調べてみると…やはりあった。

 簡単にできますので占った下さいカバラ数秘術 診断フォーム

  吾輩の場合、5となった。さて、その雑誌によると、今年の5は(メモした)、
「今まで触れたことのない、まったく新しい分野や、以前から計画だけはしていたけれども叶わなかった『いつかやりたいこと』を実行に移すチャンス。どんな時でも明確な目的をもって行動すること」とある。

 物書きにでもなれるのか? まさか、インディオ・ダンスホールでも実現しようと試みるのか?

 ちなみに今日が吾輩の誕生日である。

 

再び飲む。冷めていて、つまらないから。

2011-08-21 20:55:36 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
 この間、 酒を飲んだが、あまり元に戻らなかった。何か突き放したような冷めた感情は、おのれの肉体に定着しつつあるのかもしれない。

 とりあえず、実家に戻ったわけであるが、やはりトマトが食卓に並べられてあった(冷蔵庫に入り切らなかったとか)

 

 畑にはまだ実っているようで、とりあえず食べまくる(ミニトマトの方が甘いような…)。

 曇った朝、古びた蔵の隣に咲く白い花が酷く美しく思えた。白い花…、いろいろ連想させられる(大昔ブログで戯言を書いたような)。

 

 白い花はなぜ咲くのか? 魂はなぜ生まれるのか? カスタネダな世界によると、「意識を高めるため」であるらしい。

 さて、この冷めた気分は、高まった意識の結果だと言えるのか?? 何か面白みがない。

 仕方がないので、また一杯飲むことにするわい(麻薬で意識がぼかされます)

 

憐みのない目? ヤバイのか?!

2011-08-17 23:06:41 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  あまり最近、夜中にブログを書かなくなったが、これを読んでいる方が結構おられるようで(昨日198人の訪問)、このブログに何か感じておられるのかもしれない。カスタネダの刷り込みのせいか、今、精神状態が、不気味に冷たくなっており、「このまま放浪の旅にでも出ちまうか」という感覚に染まり始めている。仕事も、実家も、何もかも捨ててである。今いるアパートなんて、ネットカフェの延長のようなもの(考えようによってはnetcafe特上スイートルーム?)なので、身軽といえば身軽である。

 今、何か「目つき」がおかしく、別に呪術師のような「ギラギラした集合点移動」な目ではないのだろうが、えらい冷めているので、「非情さ」があるには違いない。何もかも捨てたがっているのである。「集合点が憐みのない場所に移動する」というのが、『沈黙の力』にあるわけだが、その「さわり」なのかもしれない。

 何もかも投げ出すといっても、「別に合理的に計画して」というわけでもなく、いきなり「未知の世界」へ飛び出すわけだから、後は「精霊のサイン」によって行動するというわけで、それはそれで人生が面白いかもしれないが、まだ一縷の理性?が残っており、そんな恐ろしい賭けに走ってはいけないと騒いでいる。

 「イーグルの放射物を見た!」という古代の呪術師(彼そのものも放射物の一部だから…)とて、スペイン征服後の世界に、虐殺されていったわけで、物事はそう簡単で、単純ではないのである…、と理性が叫び、現実に戻らねばならない。戻っているから、こうやってブログを書いているのであろう。かくして我が輩は酒を飲むことにし、ついでに最近コレクトしているパワーストーンの類も一緒に収めた


 

 手のひらにあるのは「クリソコラ」のジェム・シリカで、やはりネットで仕入れた。ピラミッド水晶ほど高くはないが、これはある本で勧められたものであり、いろいろ実験している所である。ルビーやらサファイアが抜群であるらしいが、我が輩にはそんな経済力はない。

 とにかく、超久々に飲み、変な気を起こさないようにしなければならない。一杯飲むと「なんだ、この味は?!」、サトウキビ、トウモロコシを主に3年以上…?、

 かくしてインディオ通信は、ふたたびシカなるブログと化したのであった。

予言を知っても…

2011-04-13 06:19:26 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  何か地震が未だに収束しないせいか、予言な検索での訪問者が多い(オニ三郎、ラビバトラ、マヤの…)

 やはりこれからどうなるのか心配だから、ネットで「予言者」を調べているのですね(こんなブログに依存するようではネットも…)

 ただ南海地震、東海地震、南関東地震がもうすぐ来るとか、浜岡原発とかの危険性を知っても、引っ越さねば意味がないし、現実問題、ほとんどの人は無理だろう。地域に根付いているからである。収入やら人間関係やらおいそれと一気に放り投げるわけにもいかない。

 死ねば全てがなくなる。しかしもうすぐ自分が死ぬとは誰も思っていない。やはり人間みな、自分だけは特別だと思っているわけである。

 カスタネダの本にも、昔のメキシコの呪術師も(伝統に従って修行し、術を身につけていたにもかかわらず)スペインに戦略され、「小暴君」に大勢が蠅のように殺されたとあるし、今回の津波とかでも、(無限の力は)文明人から容赦なく何もかも奪うのだ。

 プライドの高い現代人に対して、大自然は「お前はただの生き物の一つに過ぎない」と力を見せつけているわけである。「人間は違う!」と叫んでも、放射能汚染が広がる現状ではあんまし説得力もない。

 朝っぱらからこんなブログを書いて時間とエネルギーを消耗しているのも、単なる自己満足から来るのかもしれないが、やはり人間はそんな生き物なのである。

「知的に、冷静に、芸術的に」生きようとする人間を、頭で押さえつける力が存在するわけで、さらに麦踏されても直立するだけの生命力があるかどうか、試されるのかもしれない。まあ、プライドのないブログだと踏みつける気も起らんか(我が輩はインディオです)

酒も試しに飲んでみる

2011-04-06 19:30:23 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  今、『呪師に成る イクストランへの旅』を読んでいるが、はっきりいってそんなに面白い本とは言えない(最初の辺だからか?)。人間関係は「出会い」の瞬間が全てかもしれないが、アリゾナのバス停留所の待合室でドンファンと出会ったカスタネダは、物凄い衝撃を受けたようである。そして大変な思いをして探し当てたわけだが、向こうもカスタネダが二重のエネルギー構造をしている(呪術師を率いる「ナワール」の資格がある)と見込まれ、教え込まれたわけである。集合点の移動とかも、ドンファンによって体験させられたようだ。

 夢だけでなく、麻薬的植物も、「集合点を移動させること」のための入り口なのであろう。実際にペヨーテやら幻覚キノコを齧ってみたいが、そんなことは出来ないので、久々に酒でも飲むことにした。

 

 多分、低次元への移動になるかもしれないが、「履歴を忘れろ」「自尊心を無くせ」というイクストランへの旅の心がけで(?)、もう酒を飲んでも大した問題ではないだろう。もっとも「インディオ通信」を書く輩に、大した自尊心があるとも思えないが。

 こうやってブログを書きながら、頭の中で感覚を言葉に変換する作業を行っているようでは、別の世界を知覚するにはまだほど遠いだろう。酒がまわってきて、眠くなってきた。プライドを無くすのも、結局のところ、「社会の鋳型」に当てはめて物事をとらえたり、こだわったりして、エネルギーを無駄使いしている、ということのようだ。すべてのものを、我々は先入観で見ている。自分自身でさえも。それ故にその世界に住んでいるわけで、「自分中心」の世界から「社会中心」の世界へ移動できたとしても、それが全てではなくて、津波とか来てそれさえも崩壊してしまう。別の次元の世界があるわけだが…、酒を飲んで、意識が朦朧としてきたところで、今日はもうこれぐらいで(なんか懐かしい感覚だわい)

 

ヘミシンク

2011-02-19 22:38:01 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  『リモート・ヴューイングの世界』に、ヘミシンクなるものが出てきたので、調べて聴いている(youtubeで聴ける)。どうやら、体外離脱をしている時の音響システムの開発が取り組まれているらしい。本書を抜粋するに、

 ヘミシンクは、ヘミスフェリック・シンクロナイゼーション(大脳半球同調)の略で、その基本的な原理はバイ・ノーラル・ビーツといって、左右の耳から少しだけ違う周波数の音を聞かせるというものです。たとえば右の耳から100ヘルツ、左の耳から104ヘルツの若干異なる音楽を聞くと、その差に相当する脳波が生じます。そのため、聴く人の意識状態をその差に相当する状態に誘導することが可能になります。4ヘルツはθ波に相当し、θ波はリラックスして眠りにつくときの脳波状態です…

 …とある。波の音やイルカが鳴いている音楽を聴いている自分は、非常に興味を持った。早起きをするためには早く眠らねばならず(無理やり)、そのためには己の脳波を操らねばならない。

 昔はガシャガシャしたダンス系の音楽を愛聴していたが、そんなものを聴いて精神が安定して眠れるわけもなく、

 目が覚めて小説を書いてしまうくらいである(早く起きれません)

 ついでにも飲んだりしたのだわい(ますます気が違ってきます)

 …ということは、理性から逸脱した小説を書くには、イルカの声など聴いていたらバカらしくてやってられないのかもしれない。

 『時の輪』には「凡人は理性の力で何とかしようとし、戦士は意志の力で行動しようとする」云々なセンテンスがあったが、やはり何が何でも書かねばならないという「意志の力」が必要なのだ。

 誰にも読まれなくても、自分一人が読むのである。

 もちろん○○賞に出せば下読みが読んでくれるだろうし

 ネットにさらせばとなるかもしれない。

 酒と音楽の力で行動するというのは、やはり「戦士」のやることではないか。

 今回は、る代わりに、意志の力を鍛えるためにマジカルパスをやるのである(いや、同じことか)

 とにかく今回は、ヘミシンクとか、創作する自分にいろいろ違う要素を織り交ぜてみようと思う。 


知覚を超える

2011-02-02 06:16:26 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  今6時過ぎで8.2度。やや暖かく感じるが、先ほど見た夢で、閲覧者が出てきて「感じ方が恐ろしく似ている」と言われ…、それからいろいろな場面が…、書いていく端から忘れていく(というか、なかなか言葉に表現できない)。

 もともとインディオな文明をテーマにして大量に書けるほどおかしかったのに(?)、古代メキシコの呪術師のせいで余計おかしくなってきた。おかしくなったというのは、たぶん、普通では掴めるはずのないものを掴もうとしているからだろう。

 目に見えないものは信じない、というのは全く馬鹿げた話で、意識が傾いていないから掴めないだけなのではないか。意識の傾け方によっては、普通では把握しえない事柄を認識できることも可能ではないか。

 たとえば文章、このブログ。大した内容、情報量ではないけれど、読み方によれば、書き主について書いてあることがら以外の情報をいろいろ知覚しうる。きっとこの男は○○なのだろう、とか、まあ、書けないこと、だ。

 今、『マリアの月』なる単行本をちびちび読んでいるが、三上洸なる作家の性格やら拘っているものが手に取るようにわかって仕方がない(何て読み方だ!)。文章を書くということは自分をさらすわけで、裸の状態をじろじろ見られるというわけだ。

 それに耐えられない場合、外部の情報をいろいろひっぱてきて誤魔化すわけで…、

 例えば「バリィさん」の切手がバカ売れしているらしいです(人気が人気を呼ぶ)

 今治「バリィさん」切手大人気 増刷分もすぐ完売(こんなに売れる小説が書ければいいのに…)

  これはもう、うるうるした瞳のタラコ唇の少年を主人公にするしかありませんね(ちなみにバリィさん人気、破竹の勢い ストラップ3千個完売です)

手相で考える

2010-06-01 06:07:19 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
手相も馬鹿にならない。昔、中国の占い師が、健康状態を良くするために、生命線を強くなぞるのを見たことがあるが(テレビで)、実際にやってみると、健康になってきた(健康になる機会に恵まれた)。

 生命線に薄いしまがあるのが気になるが(不吉な予兆?!)、やはり体調が良くない時を反映していたのであろうか。そういえば、我が右手は、マスカケであるが、頑固で執着心が強いのがマイナスだとか、結構当たっていたりする。成功者で(??)男の場合、次から次へと新しい仕事に挑戦したり、女性の場合、恋人を次々と変えたりするらしい。

 左手の方(先天性)をみると、これも感情線が長くてほぼ繋がっており(付け根は複雑だ)、情が深いのか、何かの対象にずるずる引きずりこまれそうだ。

 実際、古代アメリカ世界に引きずり込まれていたし。もっと淡白に、客観的に、冷めた目で物事を見るべきか。

地力が発揮されれば…?

2010-01-09 18:05:02 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  玄米+無農薬野菜の食生活のおかげで、体調が絶好調である。揚げ物や白砂糖を摂らず、酢モノを多くし、柔軟体操?をやるので、身体が喜んでいるのかもしれない。

 天から与えられた才能を▽(逆三角形)とし、地から与えられた力を△(三角形)とするなら、この食生活を続けるならば、△の方は相当威力を発揮するに違いない。

 先天能力(天才)=▽で、努力家=△と考えるなら、己が天才でないと知るならば(ほぼ大多数はこっちだ)、やはり努力する前提として健康であることが最優先か。

 もっとも健康に気を使わない▽は夭折する可能性が高く、芸術家とか大成するならばやはり△の力が必要なのだろう(ピカソや平山郁夫のように長生きすることか)。

 小説とかの世界でも、▽ならば新人賞とかでとっくにデビューしているはずで(?)、のように書いても書いても日の目を見ないケースは、▽が足らないわけだ()。

 ピラミッドになるくらい没原稿を書いて天からの恵みを待ってください(まだ△の力が足りません)

 そんなカネにならんことは出来ませんねぇ(マネーの恵みを受けられれば頑張りますが)

 そういえば、『ダビンチ・コード』でも▽と△で六芒星がどうのこうのとやっていたが、似たような考え方なのかも(?)

 地力を発揮するためには が必要ですね(どぶろくを造ってください)


風水は恐ろしい ~700記事達成!~

2010-01-08 17:57:55 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
 36歳も終わりに近づく今、とうとうこのインディオ通信も、本日で700記事目になるようだ。

 最初と比べてえらい様変わりしましたね(インディオ文明考察のブログが、個人生活の得体の知れない日記になってしまいました)

 デフレ経済で格闘するな野郎の独り言です(毎日大根を食べています)

 さて、昨日2時間暖房を付けたが、白米を目撃して、どぶろくを作ってみたくなった。そうだ。どぶろくこそ、狂気の源泉なのである(一銭にもならぬ小説を書くためのガソリンか)。

 やはり人間、室温が一桁にずっといると、冷血動物に近い感覚になり(?)、異常にリアルに覚醒し、わけの分からぬ妄想世界に踏み込めなくなるものだ。

 ただ、そこに、物体があるだけ。それは食べられない。では、食べられるものに変えることが出来るか…ってな感覚になるのだわい(野生動物の思考ですね)

 リアルな世界しか関心がなくなるのであるが、占いとか運勢とか、偶然にしてはあまりにも合致する事柄が重なると、これはもう何かあると、信ぜざるを得なくなってくる。

 例えば、風水における方位とか、誕生地点を中心として考えた場合、恐ろしく当たっているし、活動地点にそれぞれ関連性があるのである。

 みなさんも、ぜひお試しになってください風水で開運の方角を無料診断
  

接ぎ木運

2010-01-06 17:33:35 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
 今日はとても寒くて、この界隈にも雪が舞った(スタッドレスの出番か)。

 昨日の続きであるが、玄関の玄米・野菜をクローゼットに収納し、出入り口がすっきりした。本には「配置を決める」とあり、「自分の感性にあった空間であるかを確認する」とある。服も食べ物も物置もすべて収納の類だから、一緒にしてしまおう、という感性が恐ろしい。

 やはり基本は①生活で頻繁に利用するもの②運気をもたらしそうなもの、を身近に置くべきか。収納を少し掃除しただけだが、入れ替えもあったので部屋の様子ががらりと変った。

 本には「大掛かりな掃除をした後には、普段よりも健康状態に気を配ってください。掃除をした後のあなたは春先に重いコートを脱ぎ捨てたような状態です。身軽になりましたが、油断をしすぎると風邪を引くかもしれません…

 運命学では運勢と運勢とのはざまを「接ぎ木運」といい、健康などに気をつけるよう注意を促しています。部屋を掃除して、新しい運気を呼び込んだばかりの時期は、まさに接ぎ木運に当たります…
」とある。

 栄養価が高そうなものがそろっていますから万全ですね(寒さ対策がヤバイですが)

 クロ-ゼットに野菜を入れたということは、暖房が使えません(大根の快適温度で生活します)

運気の流れを良くする!

2010-01-05 17:33:54 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
  野菜は傷みやすく、一気に食べなければならないが、無理なので新聞紙にくるんで保存している(これで長持ちするようだ)。食費を節約するためには、とにかく玄米と野菜を多く食べねばならない。何せ4月には車検が待っているのだ(さて、どこでやるか…)。

 さて、トイレを掃除すると金運がアップすると、どの本にも書いてある(開運関係の)。ある本には、棲家を人体にたとえると、トイレは排泄器官にあたり、玄関は口に当たるという。だから玄関を掃除すると、外界との繋がりが上手くいくらしい(社交関係だ)。

 さらにキッチンは胃袋に当たり「心身の充足度を表す」ようで、窓は目で「観察力」に関係するらしい。

 寝室は「心身修復機能」に関係し、生命力が上がるか下がるか決めるようだ。そして書斎や机周りは「頭脳」で知的活動に関係する。

 PCは小まめに壁画を変えるべきで、行動力は重い手帳では上がらず、未来日記を箇条書きで書くべきだ、とか。

 部屋の主役はテレビやパソコンになってならず、ニュースと天気予報のためだけにあると割り切れ、という。

 しかしこのライオンパレスは…(テレビが絶好の位置に)

 キッチンは狭く、書斎も寝室もごちゃ混ぜですね(玄関は野菜で埋まっていますし)

 う~ん、まずはテレビをコルクボードで塞ぎ、PC一本で一日1時間以内に収め、玄関を掃除する、か。

  枕元にでも野菜を置いておきますか(夢に出てきたり)
 

 

宗教と政治

2009-11-21 12:49:00 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
「有名作家になりたい!」という願望はないわけではないが(この間と話が違うが)、それは小説を書いて世の中に影響を与えることが出来るからかもしれない(すこしは)。ストーリーのない時代だから、我々は皆文明社会の中で迷っているわけで、解決策は案外、古代とかこれまで否定してきた世界の中にあったりする。

 権力欲の強い?志ある人々は「政治家になる!」とか選挙に出たりするが、未来のビジョンがないから、あまり支持が集まらない。一体世の中はどうなっていくのか? 人間社会は本当はどうあるべきなのか? 我々は一体何をすべきなのか? 現代の政治家はあまりそんなことを示してくれない。

 むしろそういう領域は宗教がやるべきことなのかもしれない。政治と宗教は政教分離で切り離されているが、本来、裏と表の関係にあるわけで、切っても切れない関係にある。中東のように、イスラム教が政治を支配しているのは異常ではなくて、あっちが真の姿なのかもしれない(ヨーロッパでもキリスト教○○党がある)。

 日本でも公明党がそれに相当するが、何かしらビジョンが見えない(学会員で無いから知らないだけか?)。幸福の科学が選挙に出たが、惨敗したのも、何かしら日本人の肌に合わずついて行けないからで、地に足がついていないからだろう。

 スローガン、言葉を掲げたからといって、宗教な政党が選挙で勝てない。JINのような奇跡でも見せなければ。「このままでは我々の未来はこうなります。あなたはこうすべきです」といわれても、「大きなお世話だ。それよりカネをくれ」というのが本音かもしれない。理屈だけでは人間は説得されないのである(感情の生き物)。

 インディアンの世界とか、理屈はメチャクチャだけれども、何かしら感情の世界で、納得させられるものがある。確かに世界は「理」「合理性」で成り立っているのかもしれないが(太陽世界か)、生き物の世界は波や音楽のように起伏があり、月のようにころころ変る「気」「非合理性」で出来ているから(狂気か?)、そこに訴えないと大衆の心は動かない。

 それを上手く利用したのが、ドイツのヒットラーなのだろうが(そういえば、ナチスも今と同じように選挙で選ばれたわけだ。しかし全権委任法を成立させてしまったが…)

 ちなみにに全権委任させてみたらどうなるのでしょう(祭り上げてみましょう)

  あちこちダンスホールが出来るかもしれませんね(景気対策です)



シュプレヒコール(Sprechchor)

2009-11-19 17:15:54 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
そういえば、昔、「さあ、踊りましょう 」と(団体ではないが)スローガンめいたようなことを書いていたが(自作小説でも)、最近は何らスローガンも無い(疲れてPCの向こう側で転げた相手にれ!というのがどだい無理な話だ)。

 若ければ「甲子園(花園)へ行こう」とか「一流大学(会社)へ入ろう」とか、あるいは「資格を取ろう」「起業しよう」「上場しよう」「議員になろう」とかスローガンを立てて頑張るかもしれないが、もう30代も半ばになると全く冷めてしまっているので(?)、「それでどうなる?」「そうなってどうだというのだ?」と何かしら熱くなれない。

 「作家になろう!」と創作に励んでいる人々もいるだろうが、新人賞を獲ったからといって、印税生活で一生を送れるわけでもない。むしろ出版社の要請で書きたくないものを書かされたりして、自己実現どころか、ど貧乏生活で終わる可能性も高い(実際ほとんどそうだ)。

 yes,we can!   yes,we can write! 

  yes,we can write weblog!

 …でオバマのシュプレヒコールみたいに、大勢がこぞってブログを書き、いわばネット作家になっているわけである。

 現在、このブログは志が低いブログと化しているが、

 まあ、個人ブログで、精神性やら理念を主張したところで、どうなるものでもない。

 霊性やら光明は、そこら辺にある空気のようなものだから? 誰もが吸ったり吐いたりしている。

 それを「言葉」で表現するのも容易ではなく、我々は「哲学」「科学」といった翻訳で理解した気になっている、明治以降の日本人に過ぎないのかもしれない。

 言葉やら概念に置き換えて、アタマで考えることは、ひょっとして低次元なのかもしれないと、思うのであった。

 …

 そういえば『JIN~仁』の時代に、ええじゃないか踊りが流行ったが、あれもシュプレヒコールなのか。ゴースト・ダンスに通じるものがあるのではないか? 歴史は繰り返すなら、再び復活するかもしれない。

 生命の根源的なものを見直す踊りになるのですか(ヒヨコ・ダンスとか)

 宇宙にでも働きかける踊りになるのかも知れません(ユニバーサル・ダンスか) 

 どっちにせよ、一時的な現象に過ぎずyes,we can dance!って感じで、バブルって弾けるわけか(後で、虚しさだけが残るわけか)。

 そこで一曲、

 youtubeより中島みゆき『世情』をどうぞ(これもキンパチ先生を思い出しますねぇ)

 

スピリチュアリズムとは?

2009-11-06 17:37:49 | 悪魔か、踊りか、占いか、禅か、無か
目標は高いほど、良いのかもしれないが、なかなか到達できるものでもない。

 人間はあまり、大口を叩くべきではないのかもしれない。政治家にしても、口先だけで、行動が伴っていない場合も多いし、経営者にしても「今年こそ!」と意気込んでみても、なかなか達成するのは難しい。

 特に今の時代、自己啓発書とか、潜在意識を目的に染めるとか、そんな本が売れているし、読まれているが、「言葉」だけで何とかなるものでもない。

 20代、30代で、経営者とかで成功する者も稀にいるが(長続きするかどうかは?)、やはり50過ぎた経験豊富な方々にはかなわないわけで…

 それは単に、本を読んで、言葉を浴びたからといって、どうなるものでもない。とにかく、現実世界を経験して、言葉を発するそのレベルまで、身体を高めなければならないのだろう。そうすれば、霊感が働いて、神懸りになり、目標の活動なり、事業なり、成功するのだと思う。

 最近、身体がきつくなって、変に感覚がいろいろ働いているが、身体が苦難に耐えることこそ、スピリチュアリズムへの一歩(神懸り?)なのかもしれない。

 大病を患ったり、いろいろ苦しんだり、貧乏で寝るまもなく働いたり、そんな人が教祖となるのは分かるような気がする(出口ナオ?)。断食修行とか、踊ったり? とにかく言葉よりも、身体を動かすこと(=行動)が、重要なのか。