報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「悪魔の情報」

2015-11-22 21:47:26 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月26日13:15.天候:晴 マリアの屋敷2F・読書室 稲生勇太、マリアンナ・スカーレット、ベルフェゴール]

 この先の廊下に書庫がある。
 その手前の部屋には読書室があって、そこでは白い壁に向かって映像を見ることもできる。
「まあ、適当に座ってくれたまえ」
「何だよ。もったいぶらずに言え」
 そう言いながら、稲生とマリアは室内の椅子に座る。
「実は今回の“魔の者”なんだが、前回キミ達が戦った相手とは別モノだ。キミ達と戦った“魔の者”はヤノフ城崩壊の際、辛くも脱出してしまっている」
「何だと?」
「だが、安心したまえ。向こうでも敗者に対しては冷遇されるのか、人間界にいられなくなって、魔界で震えているとのことだ。魔界でも“魔の者”に対する取り締まりが厳格化しているので、いずれ魔界正規軍治安部隊に捕えられることだろう」
「さすがルーシー女王!」
 今の“魔王”は、ヴァンパイアが出自の女魔王である。
 稲生が最終決戦で魔王城で戦った後、本物の魔王は王権を委託していたルーシーに対し、正式に王権を移譲している。
「……で、問題なのは今度の“魔の者”だ」
「一体、何だ?」
「前回の“魔の者”は亡霊や一介の人間に憑依していただけだったが、今回はそうとは言い切れない。口では、なかなか説明しきれないんだがね」
「説明できないのならしなくていい。それより、“魔の者”の次の狙いは誰か?」
 マリアは近日中に再契約予定の悪魔を見据えた。
 すると、ベルフェゴールは稲生を指さした。
「いっ、僕ですか!?」
「……と、思わせて、やっぱり……」
 マリアを指し直す。
「また私か」
「ボクがもし“魔の者”だったら、キミを狙うと思うね。理由は、キミが中途半端に強い魔道師だからだ」
「中途半端で悪かったな」
「まあまあ。そして、“魔の者”も中途半端に強い」
「!」
「ボク達が面倒臭く思うほどにね」
「ベルフェゴールは、それでなくても面倒臭がりなんじゃないのか?」
 マリアが言い返すと、怠惰の悪魔は肩を竦めた。
「まあまあ。実はまだ新聞は書いていないと思うけど、“魔の者”の狙いはクレア師ではないようなんだ」
「えっ?」
「は?」
「本当の狙いはその弟子、ジェシカ師だ」
 ベルフェゴールの言葉と連動しているかのように、室内の映写機が勝手に動きだし、白い壁にジェシカ師の姿が映し出された。
 イリーナのような赤い髪に、緑色の目が特徴だ。
「何で?」
「考えてもごらん?ジェシカ師とキミの強さはほぼ互角だ。彼女は免許皆伝を受けたばかり。そして、キミにあってもこれから再登用の予定だ。立場的にもよく似ている」
「それで?」
「クレア師はジェシカ師が狙われていたことを当然知っていた。そこで色々な案を立てたが、どれも“魔の者”には効果が無かったというべきかな……」
「大魔道師の先生が立てた対策が効かないなんて……」
 稲生は冷や汗を浮かべた。
「で、ジェシカはどこにいる?」
「人間界にはいない。しかし、魔界にもいない」
「だから、どこだよ?地獄界か?」
「そこのキミが見た夢の中だ」
「は?!」
「ユウタ?」
「い、いや、まあ……その……昼食前に寝てた時に見た夢……どこかの海の上を走る豪華客船みたいな船がいましたが……。ボクの夢の中に、どうやって行くんです?」
「……そこ、本当にボコッとやったら命に関わるからね?」
 慌てる稲生の背後で、魔法の杖を大きく振り上げたマリアの姿があった。
 稲生の頭をボコッと殴って気絶させるつもりだったか?
「幸いなことに、ここは魔道師の屋敷だ。色々な手掛かりはある。探してみてはいかがかな?」
「もったい付けやがって、この野郎!」
 マリアはベルフェゴールを睨みつけた。
「これ以上の情報提供は“有料”になるからね。ボクが求める“有料”とは何か、当然知ってるよね?払えるのかい?」
 ベルフェゴールが要求する報酬は、人間の魂1つである。
「くっ……足元見やがって!ユウタ、行こう!資料室に探せばあるはずだ!」
「は、はい!」
 ユウタはマリアの後をついて、読書室を出ようとした。
「……!」
 その時、ふと稲生は思い出したことがあった。
 マリアが先に資料室に向かったことを確認する。
「ベルフェゴール。ちょっと別に聞きたいことがある。タダでいいか?」
「やれやれ……。最近の人間は、図々しくなってきたね。有料のものと無料のものがあるよ?何だい?アスモとの契約内容と条件は、彼女に直接聞きなよ」
「いや、そうじゃない。近日中にあなたはマリアさんと再契約の予定だよね?」
「ああ。おかげさまで」
「当然、それに当たっては、また契約料として魂1つを要求するつもりか?」
「もちろん、当然だよ。ボクを誰だと思っているんだい?」
「……誰の魂を受け取るか、聞いてるか?」
「うーん……。ちょっと、その先は有料情報だなぁ……まあいい。キミもアスモと契約してくれるみたいだし、仲間のそれに免じて、特別サービスしてあげよう。誰の魂かはさすがに、今は言えない。だが、結論だけ教えてあげよう。ボクは、これから改めて人間の魂は要求しない
「……は?」
 ユタは首を傾げた。
「もう1度言おう。ボクは、これから改めて人間の魂を彼女に要求しないよ」
「え?どういうことだ?だって、再契約に当たっては、改めて人間の魂を……」
「そうだよ。もちろん頂くよ」
「だけど、改めて要求しないって……」
「ボクの言ってる意味、分からない?まあ、じっくり考えてくれたまえ。アスモと今、契約してくれたら教えてあげてもいいし、アスモが教えてくれるかもしれない」
「い、いや、僕は勝手に契約できないよー」
 稲生はそう言うと、読書室を出ていった。

「あー、ちくしょうっ!一体、何なんだ!?」
 1時間くらい資料室を探したが、稲生の夢の内容らしきものを見つけることはできなかった。
 マリアは苛立った様子である。
「僕が見た夢は、霧の立ち込める海の上を航行する豪華客船でしたけどねぇ……」
「だから、それが何だと……!」
「あっ!」
「なに?」
「マリアさん、サンモンド・ゲートウェイズって人、知りませんか?」
「……? 誰だ、それ?」
「いや、夢の中でその名前を名乗る男性がいたんです。声だけで、姿形は現れませんでした」
「ふーん……。取りあえず、一旦戻ろう」
「はい」

[同日14:30.マリアの屋敷1F・エントランスホール 稲生、マリア、エレーナ・マーロン]

「お届け物でーす!」
「まだ、魔女宅やってたのか!?」
 エレーナがホウキと荷物を持って、エントランスから入ってきた。
「これ、イリーナ先生宛の荷物」
「ああ。ご苦労さん」
 マリアはエレーナが差し出した伝票にサインをした。
「ん?代引き?ちょっと待ってくれ。先生は今、お留守だから」
 マリアが手を引っ込めると、エレーナは右手を振って答えた。
「ああ、それなら大丈夫。もう料金はもらってるから」
「何だ。だったら、代引きとは言わないぞ?」
「最初は代引きだったんだけど、イリーナ先生が後で前払いにしてくれたからね。だから、改めてお金を払ってもらう必要は無いよ」
「そうだったのか。稲生君、悪いけど、この荷物を師匠の部屋に……稲生君?」
「……えっ?あっ、すいません!」
「どうしたの、ボーッとしちゃって」
「い、いえ、何でも……」
 稲生は荷物を抱えて、イリーナの部屋に向かった。
「エレーナ。少し、休んでく?」
「暗くなる前に、戻らないといけないんだけどねぇ……」
「今のアンタなら、ワープくらい使えるでしょうよ」
「ワープ1回使う度に、魔力の消費量が大きいからねぇ……」
 荷物運びは稲生に任せ、魔女2人は食堂に入って行った。

 イリーナの部屋に荷物を運んで行く稲生は、エレーナの言葉に確信を得た。
(ベルフェゴールが言ってた、『再契約に当たっては、改めて人間の魂1つを要求する。が、今回は改めて要求することはしない』ってのは……。もしかして、『既に再契約の分の魂はもらっているから、改めて要求しない』って意味なんじゃ?だとしたら、一体誰の魂を……?)
 その謎が解ける日が来ることはあるのだろうか。
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“大魔道師の弟子” 物語設定補足

2015-11-21 22:49:41 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 作中の拠点となるマリアンナ・スカーレットの屋敷について、どんな立地条件なのか、どういう管理権限なのかは作中で触れられている。
 魔法の力で建てた、という設定は概ねベタなものだろう。
 恐らく、公式の初出は“魔法使いサリー”なのではないか。
 マリアンナの屋敷について、外観と内部構造については“バイオハザード”リメイク版を参考にしている。
 スピンオフ“森の中の魔女”で、初めてマリアやイリーナが登場した際は、“クロックタワー”のバロウズ城がモデルだった。
 その後、カプコンのホラーゲーム“DEMENT”のベリ城なんかも資料にしたが、こちらは没で、“新アンドロイドマスター”のKR団秘密研究所に使わせて頂いた。
 観音開きの正面玄関、吹き抜け2階のエントランスホール、T字型の吹き抜け階段、エントランスホールから左の1階のドアを開けると食堂という構造は、正に“バイオハザード”のスペンサー邸のままである。
 このゲームはオリジナル版とリメイク版では多少構造が違っており、後者を参考にした。
 前者では屋敷は2階建てだが、後者では3階建てになっている。
 だが実際にゲームをしてみると、3階は居住できるスペースは無いようなので、当作品でも、3階はいわゆる屋根裏部屋みたいなものということにさせてもらった。
 尚、ホラーゲームの舞台になるような屋敷に住めるのかと思う人もいるだろうが、よくよく考えて頂きたい。
 特に、“バイオハザード”の場合、バイオハザードが発生しなければ、普通にそこに人が住んでいたわけである(それでも、おぞましい実験などが行われていたり、クリーチャーが飼育されていたりしていたようだが)。
 マリアンナも今ではだいぶおとなしい魔法使いって感じだが、当初の設定では稲生達と敵対する描写も考えていたので、結構怖い人だったりするんですよ。
 スピンオフ“森の中の魔女”では、屋敷に迷い込んだ人間達を捕えて、地下の魔法実験施設に連れ込み、人体実験をしていたという設定まであったのだから。
 現在の屋敷では地下実験施設は無くなり、代わりにプールが設置されたということになっている。
 過去には稲生がイリーナに頼まれて、泳げないマリアに、泳ぎ方を教えてほしいという依頼があった。
 この設定はオリジナルで、“バイオハザード”では中庭にプール(らしきもの)がある(それとも、ただの池か?まあ、池を英語でプールというのだが)。
 稲生達がたまに食堂で食事をしているシーンがあるが、食事はマリアが使役している人形達が作る。
 “バイオハザード”では厨房は地下1階にあって、そこで作ったものを業務用エレベーターで運んでいたようだが(ゲームでは何故か1階にエレベーターは止まらず、2階まで直行する)、マリアの屋敷ではエントランスホール間のドアとは反対側に別のドアがあって、そこの廊下を出た先に厨房があるという設定だ(“バイオハザード”ではバーがある部屋。恐らくエレベーターも、屋敷の構造上そこに止まるのではないか。厨房で作った食事をバー利用者、食堂利用者双方に供給できるようにした為と思われる)。
 ゲストルームやマリアの部屋などは、オリジナルの設定。
 但し、位置的にはスペンサー邸を参考。
 共用のバスルームの構造と位置も、ゲームに参考にしている。
 もちろん、バスタブのお湯を抜いてもゾンビは現れませんw

 何故そういうホラーゲームの舞台を参考にしたのかというと、本来、魔道師というのは現実には存在しないことになっている。
 人間の姿をしておきながら、明らかに普通の人間とは違う力を持ち、また、寿命も違う。
 その違いが、住んでいる所も明らかに何かちょっと違うというイメージを持たせるために、あえて不気味なホラーゲームの舞台を参考したわけである。
 “アダムスファミリー”というホラーコメディ?映画がある。
 そこに出て来る人物達は、描写を変えれば正しくホラー映画に登場してもおかしくない陣容だ。
 しかし彼らは不気味なのに面白い。
 ホラーゴシックな洋館に住んでいる為、とても来訪者が泊まりたくない空気であるが、そこに住む家族は一家団欒を楽しんでいる。
 なので、マリアの屋敷も入ってみれば不気味なのだろう。
 実際、スピンオフで初めて訪れた稲生も同じ感想を持っている。
 しかし、今ではすっかりそこの住人だ。
 夜中、ヘタすりゃゾンビが歩いていそうな薄暗い洋館の廊下を、普通に歩けるくらいにまで慣れたという。
 たまに人形達がカンテラを持って、不寝番として館内外を巡回していることがあり、そこに遭遇するとさすがにびっくりするらしいが。
 “魔の者”騒動が本格化する前までは、その日最後の見回りをマリアンナ自身が行っていた(マリアが屋敷の主人ではなく、管理人だとされる理由である)。
 今では、夜の見回りも人形達に任せてある。

 話は変わるが、稲生が見た夢の中に、サンモンド・ゲートウェイズと名乗る男が登場した。
 まだ声だけで、姿形が登場したわけではない。
 名前からしてお気づきの方がいらっしゃるかもしれないが、“中の人”はハイ、山門入り口さんです。
 どういう役回りをするのかは、ネタバレになるので、【お察しください】。
 悪役だったら、ゴメンナサイ(てへてへw)。
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“大魔道師の弟子” 「沈黙は魂なり」

2015-11-21 15:26:08 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[日付不明 時刻不明 天候:曇 どこかの海上? 稲生勇太]

 暗いどこかの海の上、霧に煙る中、突如として現れた超大型客船。
 まるでドローンからの映像のように、上空からその様子が映し出される。
 航行はしているようだが、恐らく豪華客船であろうその船には、何故か人の気配が感じられない。
 ドローンのようなカメラワークは、船首部分に移動した。
 船首部分の横っ腹には、船の名前が出ている。
 それはアルファベットだった。
 なので、恐らく英語圏の船籍なのだろう。
 そこには、こういう船の名前が書いてあった。
 QUEEN ATT……と。
 最後の部分は霧に隠れて見えなくなってしまった。

「待っている。私は待っている。この船の中で。キミが現れるのを。私の名前はサンモンド・ゲートウェイズ……」

[9月26日11:30.天候:晴 長野県白馬村郊外・マリアの洋館2F稲生の部屋 稲生勇太]

「……!」
 そこで目が覚めた。
 手元のスマホがJR大宮駅9番線(曲名:緑の光線)の発車メロディを鳴らしている。
「……変な夢」
 稲生は起き上がって、スマホのアラームを止めた。
 起き上がって顔を洗い、服に着替える。
 最後に稲生が聞いたのは、バリトンボイスの男の声。
 魔道師見習とはいえ、こんな変な夢にも何か意味はあるのだろうか。

[同日12:00.マリアの屋敷1F・食堂 稲生勇太&マリアンナ・スカーレット]

 稲生が昼食の時間になったので食堂に向かうと、昼食が用意されていた。
「あれ?マリアさん、イリーナ先生は?」
 既に椅子に座っているのがマリアしかいないことに気づき、稲生は自分の椅子に座りながら聞いた。
「午前中出て行ってそれっきり。昼までには戻って来るって話だけどね」
「大丈夫なんですかね?もうお昼ですけど……」
「大丈夫だと思うよ。先に食べていよう」
「はあ……」
 と、そこへ、
「ちょっと待ったー!」
 大魔道師イリーナ、登場。
「あっ、先生」
「ダメよ、マリア。勝手に師匠を行方不明にしちゃ」
「いや、行方不明とは言ってません!」
 一通りの師弟漫才の後で、イリーナが上座に座る。
 上座と言っても、長方形のテーブルの短辺部分に座るわけではない。
 エントランスホール側が下座だとすると、マリア達より奥側に座るだけだが、それでも長辺部分に座る。
 何故なら、短辺部分の本当の上座は大師匠の席と位置づけているからだ。
「じゃあ、頂きましょう」
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
 イリーナの食事開始の合図の後で、稲生は題目三唱を始めた。
 これは日蓮正宗信徒だった頃の名残である。
 昼はパスタが出て来た。
 この中にイタリア系はいないが、そういうことは関係無いらしい。
 ただ、ある程度の好みには合わせてくれるらしく、稲生はミートソースだった。
「あ、先生。戻りの報告がまだでした。今朝方、戻りました」
 稲生がそう言うと、イリーナは目を細めで頷いた。
「ご家族とシルバーウィークを楽しめたみたいね。いいことよ」
「ありがとうございます」
 マリアのように家庭環境に問題があったり、エレーナのように家族を失ったり、イリーナのように家庭問題以前に出生身分が悪かったりする魔道師が殆どである一方、稲生のように、本来なら何の問題も無い普通の人間としての人生を歩む予定のはずが、魔道師に転向したという者も僅かながら存在する。
 魔道師のカップルの間に生まれたプロパーは、その中には含まれない。
「修行は予定通り、午後から始めるから」
「分かりました」
「それで……道中、何か変わったことは無かった?」
「そうですね……。“ムーンライト信州”に乗った時、僕の座席の上に、アルカディア・タイムスが置かれていたということくらいですか」
「最近は魔界の新聞社もイキなことするからねぇ……」
「タダで新聞もらっちゃっていいんですかね?」
「構わないわよ。無料購読キャンペーンの一環でしょう」
「変わったキャンペーンですねぇ……。で、あの新聞……クレア先生のことについて大きく報じられてました」
「魔界では私達の存在は大きいし、更にその中でも有名なダンテ先生の直弟子とあればね……新聞も騒ぐわよ」
「そうですね。マリアさんの記事が小さくなってました」
「そりゃそうだろうね」
「それでその……マリアさんの再登用の儀式はいつに?もちろん、あの事件の直後ですから、そうおいそれとは行かなくなるんでしょうけど……」
「大丈夫。“魔の者”なんかに邪魔はさせないわ。ダンテ先生もそう仰ってる」
「そうですか」

 食事の後で自分の部屋に戻ったイリーナを見送った後、マリアは教えてくれた。
 午前中、屋敷を出るイリーナの目が開いていたこと。
 出て行ったのは、旧友を殺された怒りを発散しに行ったのだろうと。
 その証拠に食事に戻ってきたイリーナは、目を細めていたからだ。
 そして、稲生が寝ている間に配達された今日のアルカディア・タイムス英語版を見ると、クレアの死の続報が掲載されていた。
 因みにアルカディア・タイムスは、夕刊フジや日刊ゲンダイと同様サイズのタブロイド判である。
 変わり果てたクレアの遺体には、7つの穴が開いていたそうである。
 もちろん、それが致命傷。
 そして、クレアの弟子のジェシカ・ベリア・オズモンドが行方不明だという。
 弟子として師匠のクレアと共に行動していた為、“魔の者”の戦闘に巻き込まれたと思われる。
 今年度に免許皆伝を受けたばかりで、将来有望視されていた。
 ゴエティア系の悪魔達を通して、彼女の行方を追っているとのこと。
 過激派テロ組織と違い、“魔の者”は犯行予告や犯行声明を出したりしないので、余計に探しづらく、出方も分からないのが実情だ。

[同日13:00.マリアの屋敷1F・エントランスホール 稲生、マリア、イリーナ]

「えっ、先生?お出かけですか?」
 稲生が魔道書などを手に部屋から戻ると、イリーナが出て行くところだった。
「そうなの。ちょっと修行はもう少し待っててね」
「は、はい」
 イリーナはそれだけ言うと、観音扉のドアを開けて出て行った。
「どうやら、何か動きがあったみたいだな」
「マリアさん」
「“魔の者”の正体が分かったか、あるいは……また犠牲者が出たか……」
「ええっ!?」
「悔しいが、まだ私達だけではどうしようもない。この屋敷にいる限りは、まだ安全だ。私達は自習でもしていよう」
「は、はい」
 と、そこへ2階西側へのドアが勝手に開いた。
 食堂吹き抜け2階通路へ行くドアである。
「やあ。ちょっといいかな?」
「ベルフェゴール……」
 昔の殺し屋みたいな恰好をしたベルフェゴールが2人を手招きした。
「ちょっとここで、ボクの知っている範囲を教えて差し上げようと思ってね」
「何だと?」
「魂ならあげないぞ!」
 稲生が制してきた機先に、エルフェゴールは笑った。
「いやいや、たまには魔道師の皆さんにサービスしないとね。今回の“魔の者”に対する重大な情報かもしれないよ」
「む……。ユウタ、行こう」
「は、はい」
 稲生とマリアは吹き抜け階段を登って2階に上がり、エルフェゴールに付いていくことにした。
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“大魔道師の弟子” 「こだまする夜の誘い」

2015-11-21 02:24:55 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月26日06:15.天候:晴 長野県白馬村郊外・マリアンナ邸 稲生勇太&マリアンナ・スカーレット]

 駅から車で30分ほど走った頃だろうか。
 車が突然、山道の舗装された公道から、砂利道に入る。
 その砂利道は1車線ほどの幅しかなく、対向車とのすれ違いは不可能だ。
 だが、対向車との鉢合わせについては、何も心配は無い。
 この道は本来、存在しない道なのだから。
 確かに公道からは一瞬、砂利道があるように見えるだろう。
 しかし普通の人間が行けば、その道に入って幾ばくかもしないうちに激藪や土砂などに阻まれて、まるで廃道のようにしか見えないのだ。
 そこを実際に越えたとしても、別に何かあるわけではない。
 だがしかし、稲生を乗せた車は、よくならされた砂利道を突き進んでいて、全く廃道のようではない。
 今でも材木を積んだトラックや砂利運搬のダンプカー、はたまた渓流釣りの車がやってくるのではないか。
 そんな気にさせられる雰囲気なのである。
 しばらくすると、不意に目の前に大きな洋館が現れる。
 それがマリアの館である。
 表向きにはマリアが所有しているような感じだが、実際に使用した魔力の大部分をイリーナが付与しており、実質的なオーナーはイリーナ、マリアは住み込みの管理人というのが実状である。
 館内の設計に関しては、一門の中でもこういった魔法の建物を作ることに長けた魔道師仲間が行ったと稲生はマリアから聞いている。
 車がエントランスの前に着いた。
「1週間ぶりだなぁ……」
 稲生は車を降りながら呟いた。
 運転手からキャリーバッグを受け取って、観音開きの正面玄関のドアを開ける。
 そこでふと後ろを振り向くと、車が屋敷の裏手に走り去って行くところであった。
「ただいま戻りましたぁ!」
 朝日の差し込むエントランスホールに入り、稲生が大声で挨拶すると、
「ああ、お帰り」
 食堂に通じる1階西側のドアが開いて、マリアがやってきた。
 ワンピース型の寝巻を着たままだ。
「あ、すいません。寝てた最中ですか?」
「ユウタがそろそろ戻って来ると思って、待っていた」
 マリアは微笑を浮かべて答えた。
 因みにマリアの寝室は1階にある。
 部屋はいくらでもあり、こういう屋敷の主人の部屋は2階などにありそうなものだが、やはり1階で寝泊まりしている辺り、“管理人”なのだろうか。
 もっとも、彼女の部屋とゲストルームのある2階とは奥にも階段があるので、それで簡単に行き来はできるのだが。
 尚、イリーナや稲生が寝泊まりしているゲストルームより、マリアの部屋の方が実は広い。
「ど、どうも……です」
「日本の鉄道が時刻に正確なおかげで、ユウタ君の帰ってくる時間が予想できていい」
「確かに、ダイヤ通りに着きましたね」
 稲生は大きく頷いて答えた。
「イリーナ先生、いらっしゃるんですよね?」
「ああ。だけど……」
 マリアはチラッと上階を見上げた。
「昨日、色々あってお疲れみたいだから、昼くらいまで寝てると思う」
「そうですか」
 稲生はすぐにアルカディア・タイムスの記事を思い出した。
「一応、事件のことは新聞で知りました」
 稲生は電車の座席の上に置かれていた新聞をバッグの中から取り出した。
「魔界の新聞は情報が早いな。確かに、この事件だよ」
「大魔道師の先生が殺されるなんて……」
「しかも、師匠とは旧知の仲だから、あの師匠が泣いてたよ」
「ええっ!?」
「だからまあ……一応そのことは頭に入れて、後で師匠から話を聞けばいいさ」
「は、はい」
「恐らく、続報は今朝の朝刊で分かるはずだ」
 マリアはエントランスのドアを見た。
 そこに歩いて行くマリアの人形1体(人間形態)がいた。
「なるほど」
 魔界の新聞と人間界の新聞を定期購読している。
 もっとも、どのようにして届くのかは稲生もあまりよく知らない。
「そういうわけだから、今日から修行を再開すると言っても、午後からになると思う。ユウタも長旅で疲れたことだろうし、昼までは部屋で休んでていいよ」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
「何が?」
「マリアさんの顔を見たら、元気が出て来ましたから」
「え……?」
「じゃあ、僕は部屋に戻ります」
 稲生は顔を赤らめるマリアに背を向けると、エントランスホールの吹き抜け階段を登った。
「あ、いや、荷物ぐらい持てますって!ミクさんとハクさん、担がなくても階段くらい自力で上がります!」
 人間形態をしたメイド服のダニエラや、デフォルメ形態のミカエラとクラリスに世話されながら。
 何だかんだ言って、マリアの人形とも仲良くやれているようだ。
 ミカエラという名前の人形はエメラルドグリーンの長いツインテールに赤い髪留めをしていることから、ボーカロイドの初音ミクに似ているので、稲生はそう呼ぶ。
 ミカエラもプラチナの髪を後ろに束ねているが、それが弱音ハクに似ているから。
 人形達自体、その呼び名が気に入ったのか、稲生にそう呼ばれてちゃんと反応している。

[同日07:00.マリア邸2F・稲生の部屋 稲生勇太]

 マリアの顔を見たら元気になったと称した稲生だったが、自分の部屋に戻るとそうはいかない。
 やっぱり寝台車でもない夜行列車の旅は、なかなか深い眠りというのに就けないようだ。
 室内には、シャワーとトイレが一体になった設備がある。
 ゲストルームにはその他に洗面台があるのだが、日本人である稲生と日本人ではなくてもバスタブに浸かりたいイリーナの為に、バスルームが別に存在する。
 広いがゲストルームと違って専用の水回り設備の無い部屋に住むマリアは、そこのバスルームを使っている。
 バスタブ、シャワー、洗面台、トイレと一まとめになった設備になっているが、ビジネスホテルのそれとは違い、広めに取られている。
 バスタブに浸かりたければ、そこを使う。
 別に、マリア専用ではないので。
 しかし、今回はシャワーだけに留めた稲生であった。
 歯磨きもそこそこ済ませ、仮眠の準備をする。
 あまり寝過ぎると、今度は夜眠れなくなるので。

 手持ちのスマホを充電しながら、起きる時間をセットした。
 正午から昼食として食堂に呼ばれるだろうから、それより少し前に起きれば良いだろう。
 そう思いながら、稲生はシャツとスエットズボンだけの格好になると、整えられたベッドに潜り込んだ。
 そして彼は次に目が覚めるまでの間、ある夢を見ることになる。
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“大魔道師の弟子” 「終着駅」

2015-11-19 19:59:26 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[9月26日05:11.天候:曇 快速“ムーンライト信州”81号1号車内 稲生勇太]

〔「まもなく信濃大町、信濃大町です。お出口は、左側です。信濃大町を出ますと、次は神城に止まります。通過する各駅をご利用のお客様、今度の普通列車、南小谷(みなみおたり)行きは、1番線から6時11分の発車です」〕

「ん……」
 稲生はここで目が覚めた。
 もう既に車内は明るいが、閉めたカーテンからは朝日が差し込んでくることはなかった。
 因みに常連客の必須アイテムとして、空気枕と耳栓、アイマスクは忘れていない。
 稲生はカーテンを開けて、外の様子を見た。
 昨夜と打って変わって、列車は長閑な田舎町を走行している。
 大きく伸びをしたりしているうちに、列車は信濃大町駅のホームに入線した。

〔「信濃大町です。当駅で2分ほど停車致します。発車は5時13分です。発車まで少々お待ちください」〕

「フム」
 稲生は何を思い立ったか、席を立つと、ホームに降り立った。
 自動販売機に向かう為だ。

 
(信濃大町駅に停車中の“ムーンライト信州”81号。隣の115系は現在は運用されておらず、E127系に置き換わっている)

 列車を下りて、取りあえず目覚めに冷たい缶コーヒーを買う。
 長野まで来ると、さすがに秋だと思うほど涼しく感じた。
(何も起こらなかったな、そういえば……)
 飲み物を買って車内に戻り、自分の席に座り直す。
(あれ?そういえば……)
 稲生が車内を見渡すと、所々空席がある。
 それはいい。
 先ほど、稲生とは別に、改札口に向かって歩いて行く乗客達の姿があった。
 その前の駅でも、下車客はいただろう。
 あとは終点に向かって走るだけだし、終点まで全車指定席なので、途中から乗って来る乗客もなかなかいまい。
 稲生が首を傾げたのは、新宿駅発車の時点で満席だったはずなのに、稲生の隣には誰も座ってこなかったことである。
 立川、八王子まで待ってみたところ、確かに他の席がそれらから乗って来た乗客達で埋まった。
 しかし、稲生の隣の席だけが埋まらずじまいだったようである。
 八王子を出た後、車内は消灯してしまったため(もちろん最低限の常夜灯は点灯しており、夜行バスの夜間走行中よりは明るい)、稲生は就寝態勢に入り、結局分からない状態だった。

 コーヒーを飲んでいるうちに、列車は再び走り出した。

〔「次は神城、神城です」〕

(あ、そうか。調整席に当たったのかもしれない)
 と、ユタは思った。
 調整席とは、ダブルブッキングなどがあった場合に備えて、わざと空けておく指定席のことである。
 例えば、今は指定席券売機で指定席の指名買いができる。
 1ヶ月前にも関わらず、既に何個かの席が埋まっていることに不思議さを感じたことのある人はいるだろう。
 1ヶ月前の10時の時点で、明らかに空いている列車の場合、それが調整席である可能性がある。
 特に“ムーンライト信州”は臨時列車であるため、指定席券売機での購入ができない。
 だから乗客が前もって、どこが調整席なのかが分からないようになっている。
 尚、身障者対応席は最初から調整席扱いで、健常者が真っ先に買えないようにブロックされていることが多い。
 因みにこの対応は列車だけでなく、高速バスでも行われていることがある。
 高速バスでは独立3列シート車の場合、1B席がそうなっている可能性がある。
(じゃあ、ラッキーだったんだな)
 ユタは安心して窓の外に目をやった。
 尚、機先を制したつもりになって、その職業関係者でもないのに、『調整席』なんて言葉を使って乗務員に求めてみても、断れる恐れがある。
 素人は素人らしく、普通に空席が無いか交渉してみよう。
 分かったかい?駅で折伏という名の勧誘をしている鉄ヲタ顕正会員どもよ?

[同日05:40.天候:曇 JR白馬駅 稲生勇太]

「……さん、お客さん!」
「……ん……? はッ!?」
「終点ですよ」
 車掌に起こされた稲生だった。
「しまった!2度寝した!」
 ドブに捨てたも同然の缶コーヒー130円であった。
「慌てなくて結構ですから」
 車掌は苦笑いにも似た笑みを浮かべた。
「ははは……どうも、すいません」
 稲生もまた、ばつの悪い笑みを浮かべた。
「それにしても、僕の席、調整席ってヤツだったんですか?ずっと空いてましたね」
 稲生は荷棚から荷物を下ろしながら車掌に話し掛けた。
 ほとんどこの状況を誤魔化すような感じだ。
「あ、いえ、埋まってたんですがね。八王子から乗ることになっていたんですが……」
「えっ?」
「白馬駅までね。ま、たまにキャンセルもしないでお乗りにならない方もいらっしゃいますから……」
「ふーん……勿体ない」
 稲生は素直にそう思った。
「お忘れ物は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
 稲生はキャリーバッグを手に、列車を降りたのだった。
 既に側面の行き先表示は、『回送』となっていた。
 ついでにヘッドマークも『ムーンライト信州』から『回送』になっているか見たかったのだが、乗り鉄のくせに寝過ごすというばつの悪い状況から逃げ出したかったので、そのまま改札口へ向かったのだった。

 駅前広場に移動すると、迎えの車が待っていた。
 稲生用に用意された車は、小型タクシーでよく使われるトヨタ・コンフォート。
 但し、その中でも1番良いグレードのものだ。
 ワックスの効いた、黒塗りの車から降りてきた寡黙な運転手がユタの荷物を受け取ってトランクに乗せてくれた。
「じゃあ、お願いします」
「出発します」
 寡黙ではあるが、必要なことは喋る。
 車も運転手も、イリーナの魔法で作り出したもの。
 のほほんとしたイリーナであるが、やはり上下の師弟関係については拘る所がるのだろう。
 稲生にあっては地方の小型タクシーと同じ車種、マリアにあってはロンドンタクシーや国産だと中型タクシー(首都圏のタクシー)と同等の車種、イリーナだとベンツやキャデラックだったりする。
 大師匠を出迎える際は、車は使わない。
 そもそも、大師匠自体が車で移動しないからだ。
「マリアさんはお元気ですか?」
 稲生が運転手に話し掛けると、
「私はマリアンナ様の言い付けでお迎えに参ったのです」
 と、答えた。
 つまり、稲生を迎えに寄越せるくらいだから元気だということだ。
「イリーナ先生はいらっしゃいますか?」
「はい」
「そうですか……」
 稲生はそれだけ確認すると、背もたれに背中を付けた。

 体の弱いマリアンナの具合は良く、イリーナも来ているのであれば、新聞のことについて聞くことができるだろう。
コメント (1)
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