“ボーカロイドマスター”より。
「円尾坂の片隅にある♪仕立て屋の若き女主人♪気立ての良さと確かな腕で♪近所でも評判の娘♪」
研究所内で和風テイストの伴奏に合わせ、歌を歌うボーカロイドがいた。
これは巡音ルカの持ち歌の1つで、“円尾坂の仕立屋”というヤンデレ化した女性を歌ったものである。歌詞の1番や2番だけを聴けば、いかにも江戸時代の男と女の色恋沙汰にしか聴こえないだろう。浮気性の旦那(または彼氏)に悩まされる歌の女主人公がかわいそうに聴こえてしまう。ところが、だ。この歌、3番、4番と聴いて行くと段々と怖い方向に話が進んでいくのだ。そして最後は【検閲により削除】。
1番の歌詞で、
「母の形見の裁縫鋏 研げば研ぐほどよく切れる」
というフレーズで嫌な予感がした人は鋭い。その第六感を大事にしてほしい。
しかし今、これを歌っているのは当のルカではなかった。
「……赤く染まった裁縫鋏♪研げば研ぐほどよく切れる♪」
「さすがMEIKOだな」
何故かMEIKOが歌っていた。MEIKOには別に持ち歌があるのだが、たまたまそこにいたMEIKOが歌ってみた。
で、これがまた意外と違和感が無かったりする。恐らく、どちらも成人女性ボーカロイドだからだろう。
「おかしいな。ルカが調整に来ないなんて……」
敷島は首を傾げた。
「充電でもしてるんじゃないの。で、この歌が何なの?」
「ああ。実は今週末、市内のデパートで着物の新作発表会が行われるんだ。そのイベントの仕事で、ルカが呼ばれてね」
敷島が答えた。
「余興の1つに、今の歌を披露してみようかってさ」
「最後には惚れた男を殺して、結果、一家全滅させた女の歌だよ?大丈夫なの?」
「ど……ドンマイ」
この歌の興味深い所は、多くのリスナーが嫌な予感に気づき始めても、ほとんど曲調が変わらない所である。3分の2拍子という軽快なリズムのまま、最後まで行く。
『本当にこの女が殺したんだよ……な?』
と思うくらい明るい曲なのである。間違いなく、学校で昼休みに流すと職員室呼び出しを食らう歌の法則だろう。
「そうだ。MEIKOもこの仕事、出てみないか?」
「えっ?」
「実はイベントコンパニオンに、もう1人オファーが出てるんだが、ミクは別の仕事に行ってるしな」
「もしかしてそれ、着物着れるってこと?」
「ああ」
「出る出る!」
MEIKOは喜んで仕事を受けた。
とはいえ少し心配なので、今度の仕事の相方であるルカの部屋をMEIKOは訪れた。
「ルカぁ、いる?」
「は、はい!」
MEIKOが入ると、ルカは何かを隠したように見えた。
「今週末、例の仕事、私と一緒だから。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「歌うのはあんた1人で、私は会場で接客してればいいみたいだけど」
「MEIKOさんはお酒を振る舞うのが得意だから、ピッタリですね」
「何それ?……まあ、どういうわけだか、酒造メーカーや大手酒販店からCM出演の依頼は多いけど。それが理由なワケないでしょ」
理由は【webで確認!】。
クール&ビューティーで売り出し中のルカが、何かに狼狽している。それにMEIKOは不審だと思った。だが、その後は特段おかしい所も無かったので、そのままにしておいた。
そして、イベント当日……。
「うわ、いかにもって感じ……」
そういうMEIKO自身も赤い着物を着せられていたのだが、ルカの衣装は赤い着物、緑色の帯に黄色いかんざしを頭に挿した出で立ちだった。理由は歌を聴けば分かる。
〔「今日は珍しいゲストにお越し頂きました。今、巷で話題のボーカロイドの1人、巡音ルカさんです!」〕
司会者が紹介する。ルカはマイク片手に、ステージに上がって深々と頭を下げた。
〔「披露して頂きますのは、正に着物の仕立てに相応しい歌です」〕
(どこが……)
司会者の紹介を聞いていて、MEIKOは口元を歪めた。その時、MEIKOのレーダーにルカ以外のロボットの反応があった。
「!」
MEIKOは目を動かして、反応のあった場所を検索しようとしたが、歌が始まってしまった。三味線で始まる和風テイストの前奏が流れる。そこで事件は起きた。
「円びざ……っ!……ッ!……っ!!」
ルカは声が出なくなってしまった。
「ルカ!?」
MEIKOは検索を中止して、ステージに目をやった。そこには苦痛の顔をして、喉を押さえるルカの姿があった。
「おい、どうした!?」
「ちょっと曲止めてください!」
「ルカ、どうしたの!?」
「あ……!ぅあ……ッ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドクター・ウィリーに仕込まれた遠隔性コンピューター・ウィルスにより、ルカの歌唱機能が破壊された話の一部。この時は歌を知っているMEIKOが代役を務めて、何とかイベントは事無きを得たが、この時はまだウィルスのせいだと分からなかったため、ルカは自分を卑下し、
「歌えないボーカロイドはただのガラクタ」
と、落ち込んでしまうというもの。
「円尾坂の片隅にある♪仕立て屋の若き女主人♪気立ての良さと確かな腕で♪近所でも評判の娘♪」
研究所内で和風テイストの伴奏に合わせ、歌を歌うボーカロイドがいた。
これは巡音ルカの持ち歌の1つで、“円尾坂の仕立屋”というヤンデレ化した女性を歌ったものである。歌詞の1番や2番だけを聴けば、いかにも江戸時代の男と女の色恋沙汰にしか聴こえないだろう。浮気性の旦那(または彼氏)に悩まされる歌の女主人公がかわいそうに聴こえてしまう。ところが、だ。この歌、3番、4番と聴いて行くと段々と怖い方向に話が進んでいくのだ。そして最後は【検閲により削除】。
1番の歌詞で、
「母の形見の裁縫鋏 研げば研ぐほどよく切れる」
というフレーズで嫌な予感がした人は鋭い。その第六感を大事にしてほしい。
しかし今、これを歌っているのは当のルカではなかった。
「……赤く染まった裁縫鋏♪研げば研ぐほどよく切れる♪」
「さすがMEIKOだな」
何故かMEIKOが歌っていた。MEIKOには別に持ち歌があるのだが、たまたまそこにいたMEIKOが歌ってみた。
で、これがまた意外と違和感が無かったりする。恐らく、どちらも成人女性ボーカロイドだからだろう。
「おかしいな。ルカが調整に来ないなんて……」
敷島は首を傾げた。
「充電でもしてるんじゃないの。で、この歌が何なの?」
「ああ。実は今週末、市内のデパートで着物の新作発表会が行われるんだ。そのイベントの仕事で、ルカが呼ばれてね」
敷島が答えた。
「余興の1つに、今の歌を披露してみようかってさ」
「最後には惚れた男を殺して、結果、一家全滅させた女の歌だよ?大丈夫なの?」
「ど……ドンマイ」
この歌の興味深い所は、多くのリスナーが嫌な予感に気づき始めても、ほとんど曲調が変わらない所である。3分の2拍子という軽快なリズムのまま、最後まで行く。
『本当にこの女が殺したんだよ……な?』
と思うくらい明るい曲なのである。間違いなく、学校で昼休みに流すと職員室呼び出しを食らう歌の法則だろう。
「そうだ。MEIKOもこの仕事、出てみないか?」
「えっ?」
「実はイベントコンパニオンに、もう1人オファーが出てるんだが、ミクは別の仕事に行ってるしな」
「もしかしてそれ、着物着れるってこと?」
「ああ」
「出る出る!」
MEIKOは喜んで仕事を受けた。
とはいえ少し心配なので、今度の仕事の相方であるルカの部屋をMEIKOは訪れた。
「ルカぁ、いる?」
「は、はい!」
MEIKOが入ると、ルカは何かを隠したように見えた。
「今週末、例の仕事、私と一緒だから。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「歌うのはあんた1人で、私は会場で接客してればいいみたいだけど」
「MEIKOさんはお酒を振る舞うのが得意だから、ピッタリですね」
「何それ?……まあ、どういうわけだか、酒造メーカーや大手酒販店からCM出演の依頼は多いけど。それが理由なワケないでしょ」
理由は【webで確認!】。
クール&ビューティーで売り出し中のルカが、何かに狼狽している。それにMEIKOは不審だと思った。だが、その後は特段おかしい所も無かったので、そのままにしておいた。
そして、イベント当日……。
「うわ、いかにもって感じ……」
そういうMEIKO自身も赤い着物を着せられていたのだが、ルカの衣装は赤い着物、緑色の帯に黄色いかんざしを頭に挿した出で立ちだった。理由は歌を聴けば分かる。
〔「今日は珍しいゲストにお越し頂きました。今、巷で話題のボーカロイドの1人、巡音ルカさんです!」〕
司会者が紹介する。ルカはマイク片手に、ステージに上がって深々と頭を下げた。
〔「披露して頂きますのは、正に着物の仕立てに相応しい歌です」〕
(どこが……)
司会者の紹介を聞いていて、MEIKOは口元を歪めた。その時、MEIKOのレーダーにルカ以外のロボットの反応があった。
「!」
MEIKOは目を動かして、反応のあった場所を検索しようとしたが、歌が始まってしまった。三味線で始まる和風テイストの前奏が流れる。そこで事件は起きた。
「円びざ……っ!……ッ!……っ!!」
ルカは声が出なくなってしまった。
「ルカ!?」
MEIKOは検索を中止して、ステージに目をやった。そこには苦痛の顔をして、喉を押さえるルカの姿があった。
「おい、どうした!?」
「ちょっと曲止めてください!」
「ルカ、どうしたの!?」
「あ……!ぅあ……ッ!!」
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ドクター・ウィリーに仕込まれた遠隔性コンピューター・ウィルスにより、ルカの歌唱機能が破壊された話の一部。この時は歌を知っているMEIKOが代役を務めて、何とかイベントは事無きを得たが、この時はまだウィルスのせいだと分からなかったため、ルカは自分を卑下し、
「歌えないボーカロイドはただのガラクタ」
と、落ち込んでしまうというもの。