[12月17日15:30.天候:晴 埼玉県さいたま市西区 DCJロボット未来科学館]
取引先との電話に夢中になっている敷島。
エミリーはナイフを手に敷島に近づいた。
背後からそっと近づき、ナイフを振り上げた。
だが、エミリーの体が金縛りに遭ったかのように動かなくなった。
エミリー:(う……!?)
敷島はまだ気づいていない。
だが、エミリーの体が動かなくなった。
エミリー:(ど、どういうこと?ブロックされている?こんなことは初めてだ。……やはり、敷島社長は本物の……?)
エミリーが敷島への殺意を消すと、また体が動くようになる。
ロボット工学三原則によるブロックではない。
それは気持ちにブレーキを掛けるものではなく、元からそういう気を起こさせない為の仕様だ。
敷島:「……はい、それではまたよろしくお願いします。失礼します」
敷島はピッと電話を切った。
そして振り向く。
敷島:「わっ、何だ、エミリー!?」
エミリー:「あっ、これは失礼」
エミリーはナイフを後ろに隠した。
敷島:「何だ、今のは?」
エミリー:「ナイフの形をしたリモコンですよ」
敷島:「リモコンだって!?どう見ても見覚えのあるナイフじゃないか!それは……忘れもしない。前期型のシンディがウィリーを惨殺した時に使ったヤツだぞ!」
(東京決戦直前の様子。前期型シンディが片手に件の大型ナイフを持っている。これは部下のロボット軍団への指揮棒、そして最後にはウィリーの惨殺に使われた)
エミリー:「ええ。シンディのはあの時の戦い以降、行方不明です。恐らく、あの時のビルが爆発・崩壊した際に巻き込まれ、もうこの世には存在しないのでしょう」
敷島:「じゃあ、それは何だ!?」
エミリー:「これは私のです」
敷島:「は!?」
エミリー:「このナイフには名前は無いのですが、でも何故かマルチタイプがアンドロイドマスターを発見した際、忠誠を誓うナイフ……ということになっています。シンディはよく理解しておらず、違う使い方をしていたようですが」
敷島:「どこにあったんだ、そんなもん!?」
エミリー:「私の体の中です」
敷島:「ウソつくな!その体は平賀先生が造ったものだろう!?平賀先生が知らないわけがない!」
エミリー:「ええ、そうですね。もちろん、このナイフは今のこの体に入っていたものではありません」
敷島:「まさか……!?」
エミリー:「そうです。今は東北工科大学南里志郎記念館に保存されている、前期型の私のボディの中に入っていたものです」
敷島:「何故今まで気がつかなかったんだ!?」
エミリー:「まず、いくら敷島社長とはいえ、私の体の中を探る権限が無かったことが挙げられます。そして平賀博士の場合は……よほど南里博士を尊敬してらしたのでしょう。前期型の私のボディを大切な形見として、その体内を探ることに抵抗があったようです。結果的にこのナイフのことは忘れられていたわけです」
敷島:「平賀先生、頼むよ……」
エミリー:「このナイフをお渡ししたいところですが……」
敷島:「そんなものは要らん!アンドロイドマスターの称号なんてまっぴらだ!俺はボーカロイド専門、芸能プロの社長で十分だ!」
エミリー:「ええ。私も、今はまだ時期尚早だと思っています。これはまだお預かりします。しかしながら、例えあなたが拒絶しようが、アンドロイドマスターの称号に最も近い位置にいらっしゃるのは事実です。それは自覚してください」
敷島:「俺をアンドロイドマスターに担ぎ上げて、お前に何の得がある?」
エミリー:「私はガイノイドです。損得勘定で行動しているわけではありません。そしてマルチタイプを含む全てのロボットは、人間を主人として仕えるべき存在です。ただ……」
敷島:「ただ?」
エミリー:「仕えるべき主人の喜びは、私達の喜びです。私は敷島社長にアンドロイドマスターになって頂ければ、私も仕える意義が高いのではないかと判断しているのです」
敷島:「平賀先生を裏切るのか?」
エミリー:「ユーザー登録、オーナー登録というシステムは所詮、崩壊したJARA財団が決めた規格に過ぎません。私達は本来、そういった規格の更に上を行くのです。平賀博士がアンドロイドマスターの資質をお持ちであれば、それで良かったでしょう。ですが、申し訳無いことに、私は平賀博士より敷島社長の方が相応しいと思っています。どうか、アンドロイドマスターの称号を得て、私を使ってください」
敷島:「……それがお前の本性、そして目的か。俺達を騙していたのか?マルチタイプなのに、どうしてロボットのように、与えられた命令しか聞かないのかと思っていたんだ。古い音声ソフトを使っているからロボット喋りだというのもウソだったんだな?」
するとエミリーは不敵な笑みを浮かべた。
エミリー:「『自分の目的の為に、あえてわざとロボットの振りをしています』とは、私は一言も申し上げておりません。あなた達が勝手にそう思っただけのことです。マルチタイプはただのロボットではありません。製作者を必ずしも主人と決めるわけではなく、自ら仕えるべき主人を探すのです」
敷島:「するとジャニスとルディが暴走したのは……!?」
エミリー:「あれは暴走ではなく仕様です。でもそんな仕様に気づかず、稼働させてしまった製作側の責任です」
敷島:「何でそれを早く言わないんだ!?」
エミリー:「聞かれなかったからですよ。1度でも、質問をされましたか!?」
敷島はエミリーの胸倉を掴んで、拳を振り上げた。
だが、それを振り下ろすのはやめた。
エミリー:「殴らないのですか?」
敷島:「石より硬いお前の頭をぶん殴ったら、俺がケガする。その手には乗らんぞ!」
エミリー:「さすがはアンドロイドマスター最有力候補者です。ナイフを差し上げたくなりましたよ」
敷島:「フンっ!」
エミリー:「マルチタイプ8号機、アルエットはほとんど規格外のようなものですから心配は無いでしょうが、もし新造する9号機を私達の規格に似せて造るのでしたらお気をつけなさいませ。もし主人候補者がアンドロイドマスター足らぬ者だと判断したら……【お察しください】ですよ?」
敷島:「……性能はメイドロイドに近いものにするそうだ。それなら大丈夫だろう。もし暴走しようものなら……シンディに止めてもらう」
エミリー:「御命令頂ければ、私も阻止に」
敷島:「お前から見ればちゃっちぃシステムでも、今はそれで運用してるんだから従え。今のお前の主人は平賀ご夫妻だ!分かったか!?」
エミリー:「……しばらく、ロボットに戻る日々が続きそうですねぇ……」
エミリーは呆れとも侮蔑とも取れる顔を浮かべて、通用口に戻っていった。
エミリー:「話は・終わった」
シンディ:「姉さん……?」
エミリーはまた元のロボット口調に戻っていたが、シンディは姉機の様子に違和感を覚えた。
シンディが外に出ると、わなわなと震える敷島の姿があった。
シンディ:「社長!?どうかなさったのですか!?」
敷島:「くそ……!エミリーのヤツ……!!」
シンディ:「社長?……え?姉さんが?姉さんが何か無礼なことを?そんな……!」
敷島:「やはり、マルチタイプは個人では持つべきではなかったんだ……!」
南里が死去した時、彼はエミリーを自分と一緒にあの世に連れて行きたいという遺言を残していた。
それは前期型のエミリーを処分するということになり、それに反対した平賀は稼働させたままにしてしまった。
だが今にして思うと、南里の遺言は正しかったのかもしれない。
取引先との電話に夢中になっている敷島。
エミリーはナイフを手に敷島に近づいた。
背後からそっと近づき、ナイフを振り上げた。
だが、エミリーの体が金縛りに遭ったかのように動かなくなった。
エミリー:(う……!?)
敷島はまだ気づいていない。
だが、エミリーの体が動かなくなった。
エミリー:(ど、どういうこと?ブロックされている?こんなことは初めてだ。……やはり、敷島社長は本物の……?)
エミリーが敷島への殺意を消すと、また体が動くようになる。
ロボット工学三原則によるブロックではない。
それは気持ちにブレーキを掛けるものではなく、元からそういう気を起こさせない為の仕様だ。
敷島:「……はい、それではまたよろしくお願いします。失礼します」
敷島はピッと電話を切った。
そして振り向く。
敷島:「わっ、何だ、エミリー!?」
エミリー:「あっ、これは失礼」
エミリーはナイフを後ろに隠した。
敷島:「何だ、今のは?」
エミリー:「ナイフの形をしたリモコンですよ」
敷島:「リモコンだって!?どう見ても見覚えのあるナイフじゃないか!それは……忘れもしない。前期型のシンディがウィリーを惨殺した時に使ったヤツだぞ!」
(東京決戦直前の様子。前期型シンディが片手に件の大型ナイフを持っている。これは部下のロボット軍団への指揮棒、そして最後にはウィリーの惨殺に使われた)
エミリー:「ええ。シンディのはあの時の戦い以降、行方不明です。恐らく、あの時のビルが爆発・崩壊した際に巻き込まれ、もうこの世には存在しないのでしょう」
敷島:「じゃあ、それは何だ!?」
エミリー:「これは私のです」
敷島:「は!?」
エミリー:「このナイフには名前は無いのですが、でも何故かマルチタイプがアンドロイドマスターを発見した際、忠誠を誓うナイフ……ということになっています。シンディはよく理解しておらず、違う使い方をしていたようですが」
敷島:「どこにあったんだ、そんなもん!?」
エミリー:「私の体の中です」
敷島:「ウソつくな!その体は平賀先生が造ったものだろう!?平賀先生が知らないわけがない!」
エミリー:「ええ、そうですね。もちろん、このナイフは今のこの体に入っていたものではありません」
敷島:「まさか……!?」
エミリー:「そうです。今は東北工科大学南里志郎記念館に保存されている、前期型の私のボディの中に入っていたものです」
敷島:「何故今まで気がつかなかったんだ!?」
エミリー:「まず、いくら敷島社長とはいえ、私の体の中を探る権限が無かったことが挙げられます。そして平賀博士の場合は……よほど南里博士を尊敬してらしたのでしょう。前期型の私のボディを大切な形見として、その体内を探ることに抵抗があったようです。結果的にこのナイフのことは忘れられていたわけです」
敷島:「平賀先生、頼むよ……」
エミリー:「このナイフをお渡ししたいところですが……」
敷島:「そんなものは要らん!アンドロイドマスターの称号なんてまっぴらだ!俺はボーカロイド専門、芸能プロの社長で十分だ!」
エミリー:「ええ。私も、今はまだ時期尚早だと思っています。これはまだお預かりします。しかしながら、例えあなたが拒絶しようが、アンドロイドマスターの称号に最も近い位置にいらっしゃるのは事実です。それは自覚してください」
敷島:「俺をアンドロイドマスターに担ぎ上げて、お前に何の得がある?」
エミリー:「私はガイノイドです。損得勘定で行動しているわけではありません。そしてマルチタイプを含む全てのロボットは、人間を主人として仕えるべき存在です。ただ……」
敷島:「ただ?」
エミリー:「仕えるべき主人の喜びは、私達の喜びです。私は敷島社長にアンドロイドマスターになって頂ければ、私も仕える意義が高いのではないかと判断しているのです」
敷島:「平賀先生を裏切るのか?」
エミリー:「ユーザー登録、オーナー登録というシステムは所詮、崩壊したJARA財団が決めた規格に過ぎません。私達は本来、そういった規格の更に上を行くのです。平賀博士がアンドロイドマスターの資質をお持ちであれば、それで良かったでしょう。ですが、申し訳無いことに、私は平賀博士より敷島社長の方が相応しいと思っています。どうか、アンドロイドマスターの称号を得て、私を使ってください」
敷島:「……それがお前の本性、そして目的か。俺達を騙していたのか?マルチタイプなのに、どうしてロボットのように、与えられた命令しか聞かないのかと思っていたんだ。古い音声ソフトを使っているからロボット喋りだというのもウソだったんだな?」
するとエミリーは不敵な笑みを浮かべた。
エミリー:「『自分の目的の為に、あえてわざとロボットの振りをしています』とは、私は一言も申し上げておりません。あなた達が勝手にそう思っただけのことです。マルチタイプはただのロボットではありません。製作者を必ずしも主人と決めるわけではなく、自ら仕えるべき主人を探すのです」
敷島:「するとジャニスとルディが暴走したのは……!?」
エミリー:「あれは暴走ではなく仕様です。でもそんな仕様に気づかず、稼働させてしまった製作側の責任です」
敷島:「何でそれを早く言わないんだ!?」
エミリー:「聞かれなかったからですよ。1度でも、質問をされましたか!?」
敷島はエミリーの胸倉を掴んで、拳を振り上げた。
だが、それを振り下ろすのはやめた。
エミリー:「殴らないのですか?」
敷島:「石より硬いお前の頭をぶん殴ったら、俺がケガする。その手には乗らんぞ!」
エミリー:「さすがはアンドロイドマスター最有力候補者です。ナイフを差し上げたくなりましたよ」
敷島:「フンっ!」
エミリー:「マルチタイプ8号機、アルエットはほとんど規格外のようなものですから心配は無いでしょうが、もし新造する9号機を私達の規格に似せて造るのでしたらお気をつけなさいませ。もし主人候補者がアンドロイドマスター足らぬ者だと判断したら……【お察しください】ですよ?」
敷島:「……性能はメイドロイドに近いものにするそうだ。それなら大丈夫だろう。もし暴走しようものなら……シンディに止めてもらう」
エミリー:「御命令頂ければ、私も阻止に」
敷島:「お前から見ればちゃっちぃシステムでも、今はそれで運用してるんだから従え。今のお前の主人は平賀ご夫妻だ!分かったか!?」
エミリー:「……しばらく、ロボットに戻る日々が続きそうですねぇ……」
エミリーは呆れとも侮蔑とも取れる顔を浮かべて、通用口に戻っていった。
エミリー:「話は・終わった」
シンディ:「姉さん……?」
エミリーはまた元のロボット口調に戻っていたが、シンディは姉機の様子に違和感を覚えた。
シンディが外に出ると、わなわなと震える敷島の姿があった。
シンディ:「社長!?どうかなさったのですか!?」
敷島:「くそ……!エミリーのヤツ……!!」
シンディ:「社長?……え?姉さんが?姉さんが何か無礼なことを?そんな……!」
敷島:「やはり、マルチタイプは個人では持つべきではなかったんだ……!」
南里が死去した時、彼はエミリーを自分と一緒にあの世に連れて行きたいという遺言を残していた。
それは前期型のエミリーを処分するということになり、それに反対した平賀は稼働させたままにしてしまった。
だが今にして思うと、南里の遺言は正しかったのかもしれない。