[9月1日12:00.天候:曇 宮城県仙台市青葉区 東北工科大学・研究棟 エミリー]
「取りあえず、午後にまた検査を再開しよう」
平賀は原因の分からぬエミリーの不具合を直そうとしていたが、それではやはりお手上げだった。
ついに昼を回ってしまったので、取りあえず平賀以下、助手達はエミリーのいる研究室どころか、研究棟自体を出て行った。
研究棟には供食の設備が無いからである。
「…………」
エミリーは椅子から立ち上がると、そっと研究室のドアを開けた。
廊下には誰もいない。
監視カメラが天井からぶら下がっているが、録画だけしているもので、常に誰かがそのモニタを見ているわけではないことはエミリーも知っていた。
「アッ、コレハコレはエミリー様」
「!」
階段を下りようとすると、巡回中のセキュリティロボットに見つかった。
「オ出カケデスカ?」
「う、うむ。体自体は・調子が・良いので・少し・歩いてくる」
「行ッテラッシャイ」
エミリーのようなマルチタイプは、どのロボットよりも高位である。
セキュリティロボットや、
「エミリー様。只今、掃除中ですので、ご指示は後でお願いします」
「何も・無いから・そこを・どけ」
メイドロボットはエミリーにとっては何とも無かったが、
(いつ・シンディが・ここに・来るか・分からない!)
シンディも自分と同型機だから分かるが、勘が鋭い。
エミリーの行動に不審を感じて、いつ行動してくるか分からない。
エミリーは研究棟の外に出ると、まずは普通に歩き、徐々にその歩を速めて行った。
途中で居合わせた者に対しては、自分でもどこが不具合なのか把握する為に歩行・走行試験をしているのだと吹聴した。
「!!!」
途中で南里志郎記念館の前を通るが、自分がいないはずの館内からピアノを弾く音がしたので驚いた。
(しまった!アルエットが……)
アルエットがいつの間にか遊びに来ていたらしく、ピアノを弾いていた。
「あーの空の彼方へ〜♪飛ーんで行ける日を夢見て♪あーの空の彼方の〜♪月へ〜♪」
アルエットはピアノも弾けるらしい。
さすがは最新型マルチタイプだ。
それに合わせて、何故か結月ゆかりも歌っている。
MEGAbyteの3人は街中に遊びに行っているはずだが、ゆかりだけ来たのか。
しかし、そんなこと考えている場合ではない。
エミリーは一目散に、大学の敷地外へと飛び出した。
本来ならそこで警報でも鳴りそうなものだが、エミリーはそれだけ信用されていたのだ。
ただ、
「? お姉ちゃん?」
「えっ?」
勘の鋭さは旧型の姉達に負けず劣らず、エミリーの僅かな反応を感じ取ったのである。
「今、エミリーお姉ちゃんが通っていったみたい……」
「えっ?今、研究棟で修理中だよね?何か事件でも発生したのかな?」
「あっ、そうかも!」
ゆかりの言葉にアルエットがポンと手を叩いた。
「ちょっと行ってみよう」
「えっ、危険だよ」
「あー……エミリーお姉ちゃんを追うんじゃなくて、研究棟に行ってみるの。もし応援が必要なら、わたしにも声を掛けてるからね」
「あっ、そうか」
ゆかりもポンと手を叩いた。
[同日13:00.東北工科大学・研究棟 平賀太一、8号機のアルエット、結月ゆかり]
アルエットとゆかりは研究棟に行き、そこで働いているロボット達にエミリーのことを聞いた。
するとエミリーは、歩行試験を自主的に行う為に出たのだという。
マルチタイプは命令されてのみ動くロボットではなく、自分で考えて行動する人工知能を持つ。
エミリーの生真面目な性格は、きっと平賀達に任せっきりにすることは忍びないと考えるのだろうとアルエット達は納得しかけたが……。
「俺は『ここで待っていろ』と言ったんだ!部屋の中……100歩譲って棟内を歩き回るくらいならまだしも、大学の外に出て行くなんておかしいだろ!」
と、平賀が憤慨しているのを見て、フリーズしかけた2人だった。
「エミリーお姉ちゃんが、博士の命令を無視するなんて……!」
「アルエット!今のエミリーは何の制御も掛かっていない状態だ!あいつを平和的に止められるのは同じマルチタイプのお前だけだ!」
「あーら?アタシをお忘れではございませんこと?」
そこへシンディが現れる。
「……お前が動くと、後でマスコミが騒ぐからな」
「日本のマスコミは大げさね。ちょっとグレネードガン撃ったくらいで……」
「アホか!アフガニスタン辺りならまだしも、この国で普通にグレネードガン撃ったらどうなるか分かるだろ!」
「とにかく、姉さんの軌跡を追うわ!」
シンディはすぐにエミリーをGPSで追った。
だが、GPSは作動していない。
「それなら……ちくしょっ!遠隔監視レーダーにも引っ掛からない。……こりゃマジでガチ?」
「エミリーは“鬼門”から脱走したそうだ。シンディとアルエットも追ってくれ」
「了解」
「は、はい!」
鬼門とは東北工科大学に数ある門のうち、本当に鬼門の方向を向いている門のこと。
ただそれだけである。
[同日同時刻 宮城県内某所 エミリー&キール・ブルー]
「やあ、来てくれたんだね?約束通り、キミ1人だね?」
キールは右肩から先が酷く損傷していた。
自分で応急手当したのか、今は切れた配線から火花が飛び散ったり、配管からオイルが漏れることはない。
「……ああ」
「そんなに怖いカオしないでくれ。ボクはキミが来てくれてすごく嬉しい」
「肩を・貸す」
エミリーは無事なキールの左腕を掴むと、肩を貸して起き上がらせた。
「ありがとう」
「どこで・修理するんだ?」
「もちろん、伝助博士の所さ」
「!?」
「約束しただろ?ボクを助けてくれたら、伝助博士の居場所を教えるって。だったら話は早い。ボクがキミを直接、伝助博士の所へお連れすれば手っ取り早い。キミは超小型ジェットエンジンを持ってるね?それでボクを抱えて飛んでくれないか?」
「…………」
エミリーは迷った。
頭部から微かにキュルキュルキュルという音がする。
今ならまだ引き返せる。
光線銃を仕込んでいる右腕は、もう無くなっている。
「お願いだよ」
「……!!」
キールはエミリーの右耳にキスをした。
「……しっかり・掴まってて」
エミリーをキールを抱えると、両足のブーツに仕込まれた超小型ジェットエンジンを起動させた。
エミリーを遠隔で追えなくなっていた2人の妹達も、さすがにジェットエンジンの音は認識できて、それが南の方向に飛び去ったことが分かった。
だが、それを追うことはできなかった。
シンディのそれは整備中であり、アルエットは元々不必要として取り付けすらされていなかったからである。
高くジャンプする為のブースターだけが付いている状態だった。
「てか、マジで姉さんは暴走してるのかな?」
「わたしがイメージする暴走と違うわ」
「何かしら、目的を持って行動してるって感じだね」
「エミリーお姉ちゃん、何の目的があるんだろう?」
「前に、似たようなことがあったような……?」
シンディは首を傾げたが、その場ではそのメモリーをダウンロードすることができなかった。
「まあ、いいわ。とにかく一旦、大学に戻ろう」
「このまま帰るの、やだなぁ……」
「現時点でアタシら、役立たずだよ」
「えーっ!?」
「なーんてね。だーいじょーぶだって。戻る頃には社長が何かいいアイディア出してるから」
と、楽観的なシンディ。
「そ、そう?」
「ま、それで手柄は社長の物になっちゃうけど、その代わり、アタシらの役立たずぶりのお咎めもナシってわけよ」
「おおーっ!?」
シンディの言葉に安心・感心するアルエットだった。
だがシンディは、
(でもこのままだと、マジでアタシら役立たずだわ)
と、考えたのであった。
「取りあえず、午後にまた検査を再開しよう」
平賀は原因の分からぬエミリーの不具合を直そうとしていたが、それではやはりお手上げだった。
ついに昼を回ってしまったので、取りあえず平賀以下、助手達はエミリーのいる研究室どころか、研究棟自体を出て行った。
研究棟には供食の設備が無いからである。
「…………」
エミリーは椅子から立ち上がると、そっと研究室のドアを開けた。
廊下には誰もいない。
監視カメラが天井からぶら下がっているが、録画だけしているもので、常に誰かがそのモニタを見ているわけではないことはエミリーも知っていた。
「アッ、コレハコレはエミリー様」
「!」
階段を下りようとすると、巡回中のセキュリティロボットに見つかった。
「オ出カケデスカ?」
「う、うむ。体自体は・調子が・良いので・少し・歩いてくる」
「行ッテラッシャイ」
エミリーのようなマルチタイプは、どのロボットよりも高位である。
セキュリティロボットや、
「エミリー様。只今、掃除中ですので、ご指示は後でお願いします」
「何も・無いから・そこを・どけ」
メイドロボットはエミリーにとっては何とも無かったが、
(いつ・シンディが・ここに・来るか・分からない!)
シンディも自分と同型機だから分かるが、勘が鋭い。
エミリーの行動に不審を感じて、いつ行動してくるか分からない。
エミリーは研究棟の外に出ると、まずは普通に歩き、徐々にその歩を速めて行った。
途中で居合わせた者に対しては、自分でもどこが不具合なのか把握する為に歩行・走行試験をしているのだと吹聴した。
「!!!」
途中で南里志郎記念館の前を通るが、自分がいないはずの館内からピアノを弾く音がしたので驚いた。
(しまった!アルエットが……)
アルエットがいつの間にか遊びに来ていたらしく、ピアノを弾いていた。
「あーの空の彼方へ〜♪飛ーんで行ける日を夢見て♪あーの空の彼方の〜♪月へ〜♪」
アルエットはピアノも弾けるらしい。
さすがは最新型マルチタイプだ。
それに合わせて、何故か結月ゆかりも歌っている。
MEGAbyteの3人は街中に遊びに行っているはずだが、ゆかりだけ来たのか。
しかし、そんなこと考えている場合ではない。
エミリーは一目散に、大学の敷地外へと飛び出した。
本来ならそこで警報でも鳴りそうなものだが、エミリーはそれだけ信用されていたのだ。
ただ、
「? お姉ちゃん?」
「えっ?」
勘の鋭さは旧型の姉達に負けず劣らず、エミリーの僅かな反応を感じ取ったのである。
「今、エミリーお姉ちゃんが通っていったみたい……」
「えっ?今、研究棟で修理中だよね?何か事件でも発生したのかな?」
「あっ、そうかも!」
ゆかりの言葉にアルエットがポンと手を叩いた。
「ちょっと行ってみよう」
「えっ、危険だよ」
「あー……エミリーお姉ちゃんを追うんじゃなくて、研究棟に行ってみるの。もし応援が必要なら、わたしにも声を掛けてるからね」
「あっ、そうか」
ゆかりもポンと手を叩いた。
[同日13:00.東北工科大学・研究棟 平賀太一、8号機のアルエット、結月ゆかり]
アルエットとゆかりは研究棟に行き、そこで働いているロボット達にエミリーのことを聞いた。
するとエミリーは、歩行試験を自主的に行う為に出たのだという。
マルチタイプは命令されてのみ動くロボットではなく、自分で考えて行動する人工知能を持つ。
エミリーの生真面目な性格は、きっと平賀達に任せっきりにすることは忍びないと考えるのだろうとアルエット達は納得しかけたが……。
「俺は『ここで待っていろ』と言ったんだ!部屋の中……100歩譲って棟内を歩き回るくらいならまだしも、大学の外に出て行くなんておかしいだろ!」
と、平賀が憤慨しているのを見て、フリーズしかけた2人だった。
「エミリーお姉ちゃんが、博士の命令を無視するなんて……!」
「アルエット!今のエミリーは何の制御も掛かっていない状態だ!あいつを平和的に止められるのは同じマルチタイプのお前だけだ!」
「あーら?アタシをお忘れではございませんこと?」
そこへシンディが現れる。
「……お前が動くと、後でマスコミが騒ぐからな」
「日本のマスコミは大げさね。ちょっとグレネードガン撃ったくらいで……」
「アホか!アフガニスタン辺りならまだしも、この国で普通にグレネードガン撃ったらどうなるか分かるだろ!」
「とにかく、姉さんの軌跡を追うわ!」
シンディはすぐにエミリーをGPSで追った。
だが、GPSは作動していない。
「それなら……ちくしょっ!遠隔監視レーダーにも引っ掛からない。……こりゃマジでガチ?」
「エミリーは“鬼門”から脱走したそうだ。シンディとアルエットも追ってくれ」
「了解」
「は、はい!」
鬼門とは東北工科大学に数ある門のうち、本当に鬼門の方向を向いている門のこと。
ただそれだけである。
[同日同時刻 宮城県内某所 エミリー&キール・ブルー]
「やあ、来てくれたんだね?約束通り、キミ1人だね?」
キールは右肩から先が酷く損傷していた。
自分で応急手当したのか、今は切れた配線から火花が飛び散ったり、配管からオイルが漏れることはない。
「……ああ」
「そんなに怖いカオしないでくれ。ボクはキミが来てくれてすごく嬉しい」
「肩を・貸す」
エミリーは無事なキールの左腕を掴むと、肩を貸して起き上がらせた。
「ありがとう」
「どこで・修理するんだ?」
「もちろん、伝助博士の所さ」
「!?」
「約束しただろ?ボクを助けてくれたら、伝助博士の居場所を教えるって。だったら話は早い。ボクがキミを直接、伝助博士の所へお連れすれば手っ取り早い。キミは超小型ジェットエンジンを持ってるね?それでボクを抱えて飛んでくれないか?」
「…………」
エミリーは迷った。
頭部から微かにキュルキュルキュルという音がする。
今ならまだ引き返せる。
光線銃を仕込んでいる右腕は、もう無くなっている。
「お願いだよ」
「……!!」
キールはエミリーの右耳にキスをした。
「……しっかり・掴まってて」
エミリーをキールを抱えると、両足のブーツに仕込まれた超小型ジェットエンジンを起動させた。
エミリーを遠隔で追えなくなっていた2人の妹達も、さすがにジェットエンジンの音は認識できて、それが南の方向に飛び去ったことが分かった。
だが、それを追うことはできなかった。
シンディのそれは整備中であり、アルエットは元々不必要として取り付けすらされていなかったからである。
高くジャンプする為のブースターだけが付いている状態だった。
「てか、マジで姉さんは暴走してるのかな?」
「わたしがイメージする暴走と違うわ」
「何かしら、目的を持って行動してるって感じだね」
「エミリーお姉ちゃん、何の目的があるんだろう?」
「前に、似たようなことがあったような……?」
シンディは首を傾げたが、その場ではそのメモリーをダウンロードすることができなかった。
「まあ、いいわ。とにかく一旦、大学に戻ろう」
「このまま帰るの、やだなぁ……」
「現時点でアタシら、役立たずだよ」
「えーっ!?」
「なーんてね。だーいじょーぶだって。戻る頃には社長が何かいいアイディア出してるから」
と、楽観的なシンディ。
「そ、そう?」
「ま、それで手柄は社長の物になっちゃうけど、その代わり、アタシらの役立たずぶりのお咎めもナシってわけよ」
「おおーっ!?」
シンディの言葉に安心・感心するアルエットだった。
だがシンディは、
(でもこのままだと、マジでアタシら役立たずだわ)
と、考えたのであった。