[5月31日13:00.静岡県富士宮市郊外にある稲荷神社 威吹邪甲]
「人間界ではここが1番落ち着く」
「おう」
威吹はこの辺を取り仕切る同じ妖狐の者を訪ねていた。
因みに自動販売機でお茶を買い、人間が備えた油揚げを失敬するのは今時の常か。
「しっかし、お前さんも悪いヤツだな」
威吹より年上だが、見た目はそんなに違わない地元の妖狐が笑い掛けた。
「何が?」
「“獲物”さんが日蓮信仰をしてるのなら、オレ達は完全悪だぜ?謗法ってヤツでな」
「それは内緒でござる」
威吹は油揚げを食べながら、ペットボトル入りのお茶を飲んだ。
「よく騙し通せたもんだ。でも、“獲物”持ちもいいもんだろ?退屈しなくてさ」
「その通り」
「お前さんの話だが、ヨーロッパの魔道師もうろついて来たよ」
「さようか?それはイリーナとかいう者か?」
「いや。フードを被っていたからよく分からんが、1人は金髪で、もう1人は黒髪だった」
「別の者共か……」
「まだこの町にいる感じだな」
「なにっ?」
「オレ達は神社・仏閣ではなかなか悪さできないが、魔道師は厳密に言えば妖怪ではない」
「姿形で騙されたが、もしかして仙人みたいなものか?」
「まあ、それに近いな。だから、オレ達よりもより人間らしく振る舞うことができるし、つまり神社・仏閣の中に入って行けるということだ」
「そ、そうか」
「……つまりは、お前さんの“獲物”に危険が迫っているかもしれないという危機感を何故持たん?」
「今すぐ戻る!」
威吹は急いでその場を離れた。
[同日同時刻 大石寺・奉安堂 稲生ユウタ]
〔「御開扉に先立ちまして、注意事項を申し上げます」〕
ユタは1人、他の信徒達と共に奉安堂内部に入った。
誘導係の僧侶の指示に従い、座席に腰掛ける。
〔「……御開扉は厳粛な儀式でございますので……」〕
ユタは他の信徒と同様、小声で大御本尊が安置されている扉に向かって御題目三唱した。
今度はまた突然数珠が切れてもいいように、予備をポケットに忍ばせている。
「ん……?」
しかし、何だかユタは落ち着かなかった。
何かむず痒いというか、そわそわするというか……。
(何だこれ……?)
[同日13:30.大石寺・奉安堂内部 稲生ユウタ]
マイクで僧侶が唱題を始め、信徒達が合わせて唱題する。
その間に、他の僧侶達や御法主猊下であるところの日如上人が出仕してきた。
いつもの御開扉。
何事も無く行われるはずの御開扉だ。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
ユタの右手がガクガクと震える。
額に脂汗が浮き出て来た。
右隣りの中年の信徒が気づいて、ユタの方を見た。
「扉が開かない……!」
左隣の信徒が驚愕の声を上げた。
いつものタイミングで開くはずの上下式の鎧戸が開かない!
[同日同時刻 同場所……の屋根の上 エレーナ・マーロン]
「全ては……あの御方の為に」
エレーナは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「あとはこのスイッチを押せば……バイバイ」
エレーナはリモコン式のスイッチを押そうとした。
ドスッ……!
「な……!」
その直前、自分の背後から刃物が貫通したのが見えた。
後ろを振り向くと、そこにいたのは威吹。
持っていた妖刀……ではなく、普通の脇差の方を突き刺した。
以前、魔道師に妖刀は効かないとマリアが言っていたのを思い出したからだ。
「きさま……!」
エレーナは威吹を半分驚愕の目、もう半分は憎悪の目で見たが、その姿が煙のように消えた。
その代わり、残っていたのは黒猫のぬいぐるみだった。
それを妖刀で突き刺したのは、後から追ってきた地元の妖狐。
「やったか!?」
威吹は金色の瞳をぬいぐるみに向けた。
「……いや、ただのぬいぐるみだ。依り代にしてただけのようだ。本体は別の場所にいる」
「くそっ!」
「だが、ここでの力は無くなったはずだ。この下の僧侶や信徒達も無事だろう」
[同日13:40.奉安堂内部 稲生ユウタ]
「開いた開いた!」
電動鎧戸が開いた。
信徒達の歓喜の声で堂内が包まれたという。
[同日13:45.大石寺・新町駐車場 威吹邪甲&鞍馬主斗]
御開扉を妨害した魔道師見習を撃退した妖狐達は、取りあえず、自分達が滅される前に大石寺境内の外に出た。
地元の妖狐で、威吹に加担したのは鞍馬主斗(くらま・かずえ)という中性的な男だった。
威吹もそうだが、艶やかな姿と名前からしてよく女性と間違えられるという。
人間に化けてもそんな姿だから困るとのことだった。
「後でうちの“獲物”に説明しておくよ。本当にかたじけない」
「いやいや。“獲物”持ちになるべく協力するのも、妖狐族の掟だからな。せっかくあと数人高レベルの人間がいるのに、妖狐族の手に入らなくて残念だ」
「他にいるのか?」
「ここは総本山だからな。全国や他国から信徒が集まる。その中にA級が何人かいる。S級はあんたが手掛けてる者だけみたいだな」
「そうか……」
「創価学会には何人もA級がいたんだが、破門になってしまったからな」
「街中の浅間大社はどうだ?」
「話にならんな。神職であっても、C級ばかりだ」
「景気悪いな」
[同日14:15.大石寺 売店(仲見世) 稲生ユウタ&威吹邪甲]
「びっくしたなぁ……もう。御開扉の時に、扉が全然開かなかったんだ。こりゃダメだと思った時、開いたんだよ。いやあ、当たり前だと思っていたことがそうでなくなる時って、ああなんだなぁって……」
「うん。そうか。それは良かったね。じゃあ、ちゃんと願い事はできたってことだね?」
「そう!」
ユタは大きく頷いた後で、
「何だかね、また『マリアさんに会いたい』って願うようになったんだ」
「しかしあの魔道師達は、抗争を避ける為に避難中だ。ユタが巻き込まれては、元も子もないからね。キミが願うのは、あの魔道師の安全だろう?」
「それもそうなんだけど……」
「それなら心配無い。少しなら話ができる」
「そう上手く行くわけないさ。確かに結果的に、ボク達は……」
「やっぱり話が出来過ぎてるかな……」
背後からマリアの声がしたような気がして、ユタと威吹は振り向いた。
「マリアさん!」
本当にいた!
しばらくの間、ユタは涙を堪えていた。
[同日14:30.大石寺売店(仲見世)“藤のや” ユタ、マリア、威吹]
3人は大石寺売店内にある喫茶店に入った。
「マリアさん、本当に無事で良かったです」
「ああ。ユウタ君のおかげだ」
店内にあるテレビではワイドショーをやっていて、長野県に落ちた隕石のことをまだやっていた。
隕石落下によって起きた山林火災は、ようやく鎮火したらしい。
「電話を切って、すぐに外に飛び出した。その直後、隕石が落ちて来た」
「何でそんなことを!?誰が!?」
「やったのはポーリン師だろう。目的は私の殺害というよりも、むしろ保管している魔道書の処分だったかもしれんな」
「仇敵の魔道師は、魔道書とやらが欲しくなかったのか?燃やしてしまうのが目的だったようだな?」
「私の屋敷に保管してあった物は、師匠の更にその上の師匠がお持ちのコピーだ。コピーだから、同じ本を実は師匠も別の場所に保管している。ま、私にとっては人形がほぼ全滅してしまったのが痛い……」
咄嗟のことだったので、当時動かせたミク人形とフランス人形の1体だけが脱出できたという。
せっかく作った『ユタぐるみ』も全壊し、全焼した屋敷の中にいた。
(『ユタぐるみ』に命を吹き込まなくて良かった……)
あくまでも観賞用に作ったとしてはいたが、もしいっそのこと……という思いもあった。
だが、思い留まって正解だったということだ。
もし命を吹き込んでいたら、キノぐるみと同じ運命を辿っていただろう。
「奉安堂の屋根の上に、敵の魔道師がいたぞ」
威吹が言った。
「えっ!?」
「見た目、どことなく栗原殿に似てはいたがな。だが、栗原殿ではないよ」
「それ、エレーナ・マーロンだな」
マリアは言った。
「ポーリン師の弟子で、どちらかというと、本当の魔女に近いタイプのヤツだ。よく黒猫に化けている」
「おう。殺したと思ったら、黒猫の人形になってびっくりだよ」
「魔道師には刃物は効かない。例え妖刀でも、普通の刀であっても……」
「一応、効いた感じはしたんだけどなぁ……」
威吹は首を傾げた。
「ただ、依り代を失ったのだから、しばらくは行動できないはずだ。ポーリン師と同様、エレーナもな。だからこうして、私は少し出てきて話ができるようになったのだ」
「そうでしたか!でも、どうしてそのエレーナ・マーロンは御開扉を妨害しようとしたんでしょうか?」
「S級の霊力を持つ稲生さんが、ここで信仰していることに脅威を感じるのは妖怪達だけではないってことさ」
マリアはズズズと紅茶を啜った。
「どういうことですか?」
「深く考える必要は無い。ユウタ君から見て、障魔が御開扉を妨害した。しかしユウタ君達の厚い信心で、それを跳ね飛ばすことができた。そう考えていいだろう。妖狐達の行動については、仏の手によるものと思えば……」
「ボクは仏の駒かい」
威吹は苦笑いした。
「まあ、だったら威吹。きっと死んでも、特別扱いしてくれるってことだよ、うん」
「あんまり想像したくないけどなぁ……」
威吹は苦笑を止めることができなかった。
「これからどうするんだ?」
「取りあえず、16時半からの六壺の勤行に出ようと思います」
「分かった。じゃあ、私は境内で待ってる」
マリアは微笑を浮かべた。
それは感情が高ぶって、相手を攻撃する時に見せる『狂った笑顔』ではなかった。
「人間界ではここが1番落ち着く」
「おう」
威吹はこの辺を取り仕切る同じ妖狐の者を訪ねていた。
因みに自動販売機でお茶を買い、人間が備えた油揚げを失敬するのは今時の常か。
「しっかし、お前さんも悪いヤツだな」
威吹より年上だが、見た目はそんなに違わない地元の妖狐が笑い掛けた。
「何が?」
「“獲物”さんが日蓮信仰をしてるのなら、オレ達は完全悪だぜ?謗法ってヤツでな」
「それは内緒でござる」
威吹は油揚げを食べながら、ペットボトル入りのお茶を飲んだ。
「よく騙し通せたもんだ。でも、“獲物”持ちもいいもんだろ?退屈しなくてさ」
「その通り」
「お前さんの話だが、ヨーロッパの魔道師もうろついて来たよ」
「さようか?それはイリーナとかいう者か?」
「いや。フードを被っていたからよく分からんが、1人は金髪で、もう1人は黒髪だった」
「別の者共か……」
「まだこの町にいる感じだな」
「なにっ?」
「オレ達は神社・仏閣ではなかなか悪さできないが、魔道師は厳密に言えば妖怪ではない」
「姿形で騙されたが、もしかして仙人みたいなものか?」
「まあ、それに近いな。だから、オレ達よりもより人間らしく振る舞うことができるし、つまり神社・仏閣の中に入って行けるということだ」
「そ、そうか」
「……つまりは、お前さんの“獲物”に危険が迫っているかもしれないという危機感を何故持たん?」
「今すぐ戻る!」
威吹は急いでその場を離れた。
[同日同時刻 大石寺・奉安堂 稲生ユウタ]
〔「御開扉に先立ちまして、注意事項を申し上げます」〕
ユタは1人、他の信徒達と共に奉安堂内部に入った。
誘導係の僧侶の指示に従い、座席に腰掛ける。
〔「……御開扉は厳粛な儀式でございますので……」〕
ユタは他の信徒と同様、小声で大御本尊が安置されている扉に向かって御題目三唱した。
今度はまた突然数珠が切れてもいいように、予備をポケットに忍ばせている。
「ん……?」
しかし、何だかユタは落ち着かなかった。
何かむず痒いというか、そわそわするというか……。
(何だこれ……?)
[同日13:30.大石寺・奉安堂内部 稲生ユウタ]
マイクで僧侶が唱題を始め、信徒達が合わせて唱題する。
その間に、他の僧侶達や御法主猊下であるところの日如上人が出仕してきた。
いつもの御開扉。
何事も無く行われるはずの御開扉だ。
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……」
ユタの右手がガクガクと震える。
額に脂汗が浮き出て来た。
右隣りの中年の信徒が気づいて、ユタの方を見た。
「扉が開かない……!」
左隣の信徒が驚愕の声を上げた。
いつものタイミングで開くはずの上下式の鎧戸が開かない!
[同日同時刻 同場所……の屋根の上 エレーナ・マーロン]
「全ては……あの御方の為に」
エレーナは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「あとはこのスイッチを押せば……バイバイ」
エレーナはリモコン式のスイッチを押そうとした。
ドスッ……!
「な……!」
その直前、自分の背後から刃物が貫通したのが見えた。
後ろを振り向くと、そこにいたのは威吹。
持っていた妖刀……ではなく、普通の脇差の方を突き刺した。
以前、魔道師に妖刀は効かないとマリアが言っていたのを思い出したからだ。
「きさま……!」
エレーナは威吹を半分驚愕の目、もう半分は憎悪の目で見たが、その姿が煙のように消えた。
その代わり、残っていたのは黒猫のぬいぐるみだった。
それを妖刀で突き刺したのは、後から追ってきた地元の妖狐。
「やったか!?」
威吹は金色の瞳をぬいぐるみに向けた。
「……いや、ただのぬいぐるみだ。依り代にしてただけのようだ。本体は別の場所にいる」
「くそっ!」
「だが、ここでの力は無くなったはずだ。この下の僧侶や信徒達も無事だろう」
[同日13:40.奉安堂内部 稲生ユウタ]
「開いた開いた!」
電動鎧戸が開いた。
信徒達の歓喜の声で堂内が包まれたという。
[同日13:45.大石寺・新町駐車場 威吹邪甲&鞍馬主斗]
御開扉を妨害した魔道師見習を撃退した妖狐達は、取りあえず、自分達が滅される前に大石寺境内の外に出た。
地元の妖狐で、威吹に加担したのは鞍馬主斗(くらま・かずえ)という中性的な男だった。
威吹もそうだが、艶やかな姿と名前からしてよく女性と間違えられるという。
人間に化けてもそんな姿だから困るとのことだった。
「後でうちの“獲物”に説明しておくよ。本当にかたじけない」
「いやいや。“獲物”持ちになるべく協力するのも、妖狐族の掟だからな。せっかくあと数人高レベルの人間がいるのに、妖狐族の手に入らなくて残念だ」
「他にいるのか?」
「ここは総本山だからな。全国や他国から信徒が集まる。その中にA級が何人かいる。S級はあんたが手掛けてる者だけみたいだな」
「そうか……」
「創価学会には何人もA級がいたんだが、破門になってしまったからな」
「街中の浅間大社はどうだ?」
「話にならんな。神職であっても、C級ばかりだ」
「景気悪いな」
[同日14:15.大石寺 売店(仲見世) 稲生ユウタ&威吹邪甲]
「びっくしたなぁ……もう。御開扉の時に、扉が全然開かなかったんだ。こりゃダメだと思った時、開いたんだよ。いやあ、当たり前だと思っていたことがそうでなくなる時って、ああなんだなぁって……」
「うん。そうか。それは良かったね。じゃあ、ちゃんと願い事はできたってことだね?」
「そう!」
ユタは大きく頷いた後で、
「何だかね、また『マリアさんに会いたい』って願うようになったんだ」
「しかしあの魔道師達は、抗争を避ける為に避難中だ。ユタが巻き込まれては、元も子もないからね。キミが願うのは、あの魔道師の安全だろう?」
「それもそうなんだけど……」
「それなら心配無い。少しなら話ができる」
「そう上手く行くわけないさ。確かに結果的に、ボク達は……」
「やっぱり話が出来過ぎてるかな……」
背後からマリアの声がしたような気がして、ユタと威吹は振り向いた。
「マリアさん!」
本当にいた!
しばらくの間、ユタは涙を堪えていた。
[同日14:30.大石寺売店(仲見世)“藤のや” ユタ、マリア、威吹]
3人は大石寺売店内にある喫茶店に入った。
「マリアさん、本当に無事で良かったです」
「ああ。ユウタ君のおかげだ」
店内にあるテレビではワイドショーをやっていて、長野県に落ちた隕石のことをまだやっていた。
隕石落下によって起きた山林火災は、ようやく鎮火したらしい。
「電話を切って、すぐに外に飛び出した。その直後、隕石が落ちて来た」
「何でそんなことを!?誰が!?」
「やったのはポーリン師だろう。目的は私の殺害というよりも、むしろ保管している魔道書の処分だったかもしれんな」
「仇敵の魔道師は、魔道書とやらが欲しくなかったのか?燃やしてしまうのが目的だったようだな?」
「私の屋敷に保管してあった物は、師匠の更にその上の師匠がお持ちのコピーだ。コピーだから、同じ本を実は師匠も別の場所に保管している。ま、私にとっては人形がほぼ全滅してしまったのが痛い……」
咄嗟のことだったので、当時動かせたミク人形とフランス人形の1体だけが脱出できたという。
せっかく作った『ユタぐるみ』も全壊し、全焼した屋敷の中にいた。
(『ユタぐるみ』に命を吹き込まなくて良かった……)
あくまでも観賞用に作ったとしてはいたが、もしいっそのこと……という思いもあった。
だが、思い留まって正解だったということだ。
もし命を吹き込んでいたら、キノぐるみと同じ運命を辿っていただろう。
「奉安堂の屋根の上に、敵の魔道師がいたぞ」
威吹が言った。
「えっ!?」
「見た目、どことなく栗原殿に似てはいたがな。だが、栗原殿ではないよ」
「それ、エレーナ・マーロンだな」
マリアは言った。
「ポーリン師の弟子で、どちらかというと、本当の魔女に近いタイプのヤツだ。よく黒猫に化けている」
「おう。殺したと思ったら、黒猫の人形になってびっくりだよ」
「魔道師には刃物は効かない。例え妖刀でも、普通の刀であっても……」
「一応、効いた感じはしたんだけどなぁ……」
威吹は首を傾げた。
「ただ、依り代を失ったのだから、しばらくは行動できないはずだ。ポーリン師と同様、エレーナもな。だからこうして、私は少し出てきて話ができるようになったのだ」
「そうでしたか!でも、どうしてそのエレーナ・マーロンは御開扉を妨害しようとしたんでしょうか?」
「S級の霊力を持つ稲生さんが、ここで信仰していることに脅威を感じるのは妖怪達だけではないってことさ」
マリアはズズズと紅茶を啜った。
「どういうことですか?」
「深く考える必要は無い。ユウタ君から見て、障魔が御開扉を妨害した。しかしユウタ君達の厚い信心で、それを跳ね飛ばすことができた。そう考えていいだろう。妖狐達の行動については、仏の手によるものと思えば……」
「ボクは仏の駒かい」
威吹は苦笑いした。
「まあ、だったら威吹。きっと死んでも、特別扱いしてくれるってことだよ、うん」
「あんまり想像したくないけどなぁ……」
威吹は苦笑を止めることができなかった。
「これからどうするんだ?」
「取りあえず、16時半からの六壺の勤行に出ようと思います」
「分かった。じゃあ、私は境内で待ってる」
マリアは微笑を浮かべた。
それは感情が高ぶって、相手を攻撃する時に見せる『狂った笑顔』ではなかった。