[5月31日06:30.JR大宮駅・京浜東北線ホーム 稲生ユウタ&威吹邪甲]
〔おはようございます。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。1番線に停車中の電車は、6時33分発、各駅停車、大船行きです。発車まで、しばらくお待ち願います〕
ユタは随行者として威吹を連れ、眠い目を擦って京浜東北線の電車に乗り込んだ。
〔この電車は京浜東北線、各駅停車、大船行きです〕
〔This is the Keihin-Tohoku line train for Ofuna.〕
「いいよ、ユタ。東京駅で降りるんでしょう?着いたら起こしてあげるよ」
「ああ。ゴメン……」
ユタは昨晩の夢のことで、夜半過ぎから眠れなかった。
「ムリしないで中止すればいいのに……」
威吹は呆れた顔をした。
「いや……。この睡魔も障魔だ。僕は行くよ」
「…………」
威吹は何も言えなかった。
白い足袋の紐を締め直くらいしかできなかった。
ユタはドア横の座席に座ると、仕切り板にもたれ掛って目を閉じた。
「……!」
威吹はふとドアの上のモニタを見た。
2つあるうちの向かって左側。
たまたまニュースが流れていたのだが、一瞬、
『長野県で隕石落下。大規模な山林火災発生。今も尚、延焼中』
という映像が見えた。
夜明けくらいにイリーナから連絡があり、マリアが無事だということを知らされたユタは、その場に脱力した。
マリアの無事が確認できたのだから、今更総本山に詣でる必要など無いではないかというのが威吹の思いであったが、逆らうわけにはいかないので従った。
電車が定刻通りに発車して、しばらくモニタを見ていた威吹だった。
再びニュース映像が流れてきて、やはり長野県に隕石が落ちたというのは、正にユタが見た予知夢と一致するという確信を持った。
(キノではないが、本当に凄いヤツだ。世が世ならこいつ、本仏として崇めている日蓮と同様に拝まれる立場だったんじゃないのか……)
威吹はそう思った。
イリーナの見解では、南光坊天海僧正の生まれ変わりではないかというのだが……。
[同日07:20.JR東京駅 稲生ユウタ&威吹邪甲]
電車が南下するにつけ、車内の賑わい度は増してきた。
それでも平日と違って、メチャ混みというわけでもない。
どことなくまったり感があるのが、週末朝の電車だ。
「ユタ、そろそろだよ」
「ん?ああ……」
電車は東京駅にホームに滑り込んだ。
〔とうきょう、東京。ご乗車、ありがとうございます〕
〔「6番線の電車は、京浜東北線各駅停車の大船行きです」〕
ユタは眠い目を擦りながら、電車を降りた。
「少しまだ時間があるな。ちょっと、朝飯でも食べようか」
「ああ」
「威吹はガッツリ食べるでしょう?」
「まあ、ボクは……」
「うん、分かった」
2人は改札口を出ると、八重洲側の出口へ向かった。
[同日07:30.さいたま市中央区 ユタの家 威波莞爾]
ユタが添書登山に向かい、威吹が護衛として随行している間、カンジは留守を預かっている。
家事全般を引き受けているらしく、今は掃除をしていた。
テレビを点けていて、そこでは頻繁に長野県の山林に落ちた隕石のニュースをしているのだが、そこにマリアの屋敷は出てこなかった。
イリーナ達が屋敷自体を無かったことにしたのだろう。
本当にマリアの命が狙われたことで、2人の魔道師は身を隠すことにしたという。
だからマリアの無事がユタに伝えられて以降は、何の連絡も無い。
(オレ達の出る幕ではないか。それにしても……)
カンジは改めてニュース画面を見つめる。
(無関係の人間を巻き込むことも厭わないというのは、魔道師の共通項らしいな)
乾燥していた為に延焼が予想以上であり、近くの集落に避難勧告が出たそうである。
机の上に置いたノートには、4人の魔道師の名前と簡単なデータが載っている。
(ポーリン・ルシフェ・エルミラとエレーナ・マーロンか。弟子の方は隠密行動くらいしかできないだろうが、師匠の方……。イリーナ師より脅威だな……)
ノートには最後にユタとやり取りした模様が記録されている。
『何とか先生と合流できればいいんだけど……』
というのが気になった。
イリーナが言うのだから、イリーナにも見習の時期があって、それを指導していた師匠がいたはず。
その師匠のことを言ってるのだろう。
だがどうやら、イリーナは行方を掴めていないようだ。
(自分が弟子を取る身分になったから、ある程度自由に活動できるとはいえ、かつての師匠の居場所を把握できないとは……ちょっと抜け過ぎてるな……。その辺も、ポーリン師に出し抜かれた原因だろうな)
[同日08:05.JR東京駅八重洲口バスターミナル ユタ&威吹]
〔「お待たせ致しました。まもなく8番乗り場には8時10分発、富士宮駅、富士宮営業所経由、大石寺行き“やきそばエクスプレス”1号が参ります。ご利用のお客様は、お手持ちの乗車券をご用意の上……」〕
「しばらく乗らないうちに、様相が変わったねぇ……」
バスは頭をポールの前に突っ込ませて止まる。
いわゆる、頭端式である。
似たような方式は小樽駅前バスターミナルや草津温泉バスターミナルでも見受けられる。
但し、この2つのバスターミナルと違うのは、隣の乗り場にバスがいなければ、出発する時にいちいちバックしないで出られるという点である。
(ユタと威吹が乗った“やきそばエクスプレス”1号。グランルーフができる前は、このようにバスも横一列に並ぶ方式だった)
「あー、ここだね」
ユタと威吹はバスに乗り込むと、座席に座った。
「着くまで寝てる?」
「うん。そうする」
週末のせいか、乗客は行楽客が多そうだった。
ユタ達の他にも、大石寺に向かう信徒が多く見られた。
その為、この“やきそばエクスプレス”は、御開扉のある日だけ大石寺まで延長運転されるのである。
(ユタと威吹が座った“楽座シート”。夜行用にも使われる?)
東名高速は本当の東海道とは違うルートを通るせいか、途中のバス停を見ても、威吹には分からなかった。
東海道新幹線の場合、品川とか小田原とかは分かるのだが……。
東名向ヶ丘(とうめい・むかいがおか)とか東名江田(とうめい・えだ)とか言われても首を傾げるようだ。
ほとんど満席に近い状態で、バスは8時10分に発車した。
あとは東名高速などが渋滞していないことを祈るばかりである。
[期日不明 時刻不明 場所不明 人物不明]
ユタはまたまた見たくも無い夢を見た。
闇夜を照らし出す真っ赤な炎。
崩壊し焼け落ちる屋敷の様子を近くの山の頂から見下ろす魔女が2人。
不敵な笑みを浮かべているが、1人は江蓮に似た顔立ちをしており、そちらの方は、まるでマリアがそうしたように狂気に近い笑みになっている。
ただそれだけの夢だったのだが、それまでの予知夢と違い(というか内容的に予知夢ではないだろうが)、薄気味の悪い夢だったとのことである。
〔おはようございます。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。1番線に停車中の電車は、6時33分発、各駅停車、大船行きです。発車まで、しばらくお待ち願います〕
ユタは随行者として威吹を連れ、眠い目を擦って京浜東北線の電車に乗り込んだ。
〔この電車は京浜東北線、各駅停車、大船行きです〕
〔This is the Keihin-Tohoku line train for Ofuna.〕
「いいよ、ユタ。東京駅で降りるんでしょう?着いたら起こしてあげるよ」
「ああ。ゴメン……」
ユタは昨晩の夢のことで、夜半過ぎから眠れなかった。
「ムリしないで中止すればいいのに……」
威吹は呆れた顔をした。
「いや……。この睡魔も障魔だ。僕は行くよ」
「…………」
威吹は何も言えなかった。
白い足袋の紐を締め直くらいしかできなかった。
ユタはドア横の座席に座ると、仕切り板にもたれ掛って目を閉じた。
「……!」
威吹はふとドアの上のモニタを見た。
2つあるうちの向かって左側。
たまたまニュースが流れていたのだが、一瞬、
『長野県で隕石落下。大規模な山林火災発生。今も尚、延焼中』
という映像が見えた。
夜明けくらいにイリーナから連絡があり、マリアが無事だということを知らされたユタは、その場に脱力した。
マリアの無事が確認できたのだから、今更総本山に詣でる必要など無いではないかというのが威吹の思いであったが、逆らうわけにはいかないので従った。
電車が定刻通りに発車して、しばらくモニタを見ていた威吹だった。
再びニュース映像が流れてきて、やはり長野県に隕石が落ちたというのは、正にユタが見た予知夢と一致するという確信を持った。
(キノではないが、本当に凄いヤツだ。世が世ならこいつ、本仏として崇めている日蓮と同様に拝まれる立場だったんじゃないのか……)
威吹はそう思った。
イリーナの見解では、南光坊天海僧正の生まれ変わりではないかというのだが……。
[同日07:20.JR東京駅 稲生ユウタ&威吹邪甲]
電車が南下するにつけ、車内の賑わい度は増してきた。
それでも平日と違って、メチャ混みというわけでもない。
どことなくまったり感があるのが、週末朝の電車だ。
「ユタ、そろそろだよ」
「ん?ああ……」
電車は東京駅にホームに滑り込んだ。
〔とうきょう、東京。ご乗車、ありがとうございます〕
〔「6番線の電車は、京浜東北線各駅停車の大船行きです」〕
ユタは眠い目を擦りながら、電車を降りた。
「少しまだ時間があるな。ちょっと、朝飯でも食べようか」
「ああ」
「威吹はガッツリ食べるでしょう?」
「まあ、ボクは……」
「うん、分かった」
2人は改札口を出ると、八重洲側の出口へ向かった。
[同日07:30.さいたま市中央区 ユタの家 威波莞爾]
ユタが添書登山に向かい、威吹が護衛として随行している間、カンジは留守を預かっている。
家事全般を引き受けているらしく、今は掃除をしていた。
テレビを点けていて、そこでは頻繁に長野県の山林に落ちた隕石のニュースをしているのだが、そこにマリアの屋敷は出てこなかった。
イリーナ達が屋敷自体を無かったことにしたのだろう。
本当にマリアの命が狙われたことで、2人の魔道師は身を隠すことにしたという。
だからマリアの無事がユタに伝えられて以降は、何の連絡も無い。
(オレ達の出る幕ではないか。それにしても……)
カンジは改めてニュース画面を見つめる。
(無関係の人間を巻き込むことも厭わないというのは、魔道師の共通項らしいな)
乾燥していた為に延焼が予想以上であり、近くの集落に避難勧告が出たそうである。
机の上に置いたノートには、4人の魔道師の名前と簡単なデータが載っている。
(ポーリン・ルシフェ・エルミラとエレーナ・マーロンか。弟子の方は隠密行動くらいしかできないだろうが、師匠の方……。イリーナ師より脅威だな……)
ノートには最後にユタとやり取りした模様が記録されている。
『何とか先生と合流できればいいんだけど……』
というのが気になった。
イリーナが言うのだから、イリーナにも見習の時期があって、それを指導していた師匠がいたはず。
その師匠のことを言ってるのだろう。
だがどうやら、イリーナは行方を掴めていないようだ。
(自分が弟子を取る身分になったから、ある程度自由に活動できるとはいえ、かつての師匠の居場所を把握できないとは……ちょっと抜け過ぎてるな……。その辺も、ポーリン師に出し抜かれた原因だろうな)
[同日08:05.JR東京駅八重洲口バスターミナル ユタ&威吹]
〔「お待たせ致しました。まもなく8番乗り場には8時10分発、富士宮駅、富士宮営業所経由、大石寺行き“やきそばエクスプレス”1号が参ります。ご利用のお客様は、お手持ちの乗車券をご用意の上……」〕
「しばらく乗らないうちに、様相が変わったねぇ……」
バスは頭をポールの前に突っ込ませて止まる。
いわゆる、頭端式である。
似たような方式は小樽駅前バスターミナルや草津温泉バスターミナルでも見受けられる。
但し、この2つのバスターミナルと違うのは、隣の乗り場にバスがいなければ、出発する時にいちいちバックしないで出られるという点である。
(ユタと威吹が乗った“やきそばエクスプレス”1号。グランルーフができる前は、このようにバスも横一列に並ぶ方式だった)
「あー、ここだね」
ユタと威吹はバスに乗り込むと、座席に座った。
「着くまで寝てる?」
「うん。そうする」
週末のせいか、乗客は行楽客が多そうだった。
ユタ達の他にも、大石寺に向かう信徒が多く見られた。
その為、この“やきそばエクスプレス”は、御開扉のある日だけ大石寺まで延長運転されるのである。
(ユタと威吹が座った“楽座シート”。夜行用にも使われる?)
東名高速は本当の東海道とは違うルートを通るせいか、途中のバス停を見ても、威吹には分からなかった。
東海道新幹線の場合、品川とか小田原とかは分かるのだが……。
東名向ヶ丘(とうめい・むかいがおか)とか東名江田(とうめい・えだ)とか言われても首を傾げるようだ。
ほとんど満席に近い状態で、バスは8時10分に発車した。
あとは東名高速などが渋滞していないことを祈るばかりである。
[期日不明 時刻不明 場所不明 人物不明]
ユタはまたまた見たくも無い夢を見た。
闇夜を照らし出す真っ赤な炎。
崩壊し焼け落ちる屋敷の様子を近くの山の頂から見下ろす魔女が2人。
不敵な笑みを浮かべているが、1人は江蓮に似た顔立ちをしており、そちらの方は、まるでマリアがそうしたように狂気に近い笑みになっている。
ただそれだけの夢だったのだが、それまでの予知夢と違い(というか内容的に予知夢ではないだろうが)、薄気味の悪い夢だったとのことである。