[5月上旬 地獄界“賽の河原” 蓬莱山鬼之助]
何故か携帯電話の電波が入る賽の河原。
鬼之助は自分のケータイで、再び実家に電話を掛け直した。
{「アンタ、それ、本気で言っとるん?」}
電話口の長姉、美鬼は信じられないといった感じだった。
「ああ、マジだ。頼む!姉貴!これはオレなりの男としてのケジメだ!これを聞いてくれたら、オレは真面目に働く!姉貴の言う事もちゃんと聞くから!」
{「まあ……そこまで言うんならええわ。分かった。ちょうどもうすぐ父さんが出張から帰ってくるき、ウチから頼んでみるわ」}
「お姉様!あざーっす!!」
{「じゃ、男に二言は無いんよ?分かった?ちゃんとそこで、真面目に働くんよ?」}
「うス!で、ついでにもう1つ……」
{「今度は何なん?」}
「実は……」
キノの要望に、電話の向こうの美鬼は更に呆れた。
{「あんまり調子に乗ると、怪しまれるんよ?」}
「そこを何とか……。親父がこの話に乗ってくれれば、どうせ済む話だし……。だったら、なるべく早く……」
{「分かった分かった。そっちの管区長さん、ちょっと知ってるき、ウチから話しておく」}
「お姉様、あざーっす!」
というか管区長クラスの幹部を知ってるからこそ、美鬼はキノを賽の河原に送り込んだのかもしれない。
[それから数日後 同じく賽の河原 蓬莱山鬼之助]
「ぬははははは!泣け!喚け!泣き喚け!!」
1人の赤鬼獄卒が江蓮を虐待していた。
鞭で何度も、既に痣のついた体や顔を叩きつけている。
江蓮は既に反応が弱くなっていた。
「おい、邪魔だ。どけ」
鬼之助は険しい顔で、同じ肌の色をした獄卒に言った。
「あ!?……ああ、アンタは確か叫喚地獄から来た“研修生”の……。そっちこそ、お楽しみの最中に邪魔すんな。向こうから行け」
するとキノは目をギラッと光らせ、その獄卒の胸倉を掴んだ。
「その亡者に用があるからどけっつってんだよ、ゴルァッ!!」
「!!!」
キノの睨みと恫喝に、下級獄卒は震え上がった。
キノは江蓮に対しては、少し穏やかな顔になった。
「センターからの呼び出しだ。すぐに来い」
センターとは事務所や詰所のことである。
「…………」
鬼達に虐待され、すっかり感情を失いかけた江蓮は無表情のままゆっくり立ち上がった。
「センターだぁ?この亡者が一体何だってんだ?」
「黙ってろ」
キノに恫喝された獄卒が言ってきたが、キノはまた睨み返した。
「ほら、来い」
キノは江蓮の右手を掴んだ。
江蓮が虐待されていた場所からセンターまでは、幾らかの距離があった。
(そういえば……)
図らずも、キノは江蓮と初めて手を握った。
人間界では叶わぬ行為も、ここで叶うのはある意味、皮肉だった。
当の本人も何かに気づいたらしく、上目づかいでキノを見ている。
「ああ、その……何だ。……アレだ。本来なら手枷か腰紐を使うのだが、急な事なので、取り急ぎだ。別に、変な意味では無いからな。手ぶらで歩かせるわけには行かないからな」
キノは咳払いして、何とか取り繕いの言葉を投げた。
「そう固くなる必要は無い。詳しい話はセンター内でな。なに、悪い話じゃない。少なくとも、今置かれてるよりかはずっといい話だ。だからその……安心しな」
人間界の江蓮と違う。
それもそうだ。人間界で栗原江蓮の体を使用しているのは川井ひとみという、姉御肌の少女。
対して元の持ち主である栗原江蓮は、イジメられっ子の気弱で物静かなタイプの少女なのだ。
キノは、いつも手出ししようとする自分をしばき倒す江蓮とは全く違う様子の、見た目が同じ少女に緊張してしまったのである。
そして、栗原江蓮が通された部屋は、まるで警察署の取調室のような部屋だった。
(この手はしばらく洗わないでおこう……)
キノは江蓮と繋いだ左手をさすりながら、満悦に浸っていた。
「なに、ニヤニヤしているのかね?」
「おわっ、監督!?」
そこへ書類を持った青鬼監督がやってきた。
「これから彼女と面談するぞ。キミはお茶でも入れてきたまえ」
「は、はい」
キノは給湯室へ向かうと、すぐに面談室という名の取調室に取って返した。
「茶、お持ちました」
「ああ、ここに置いてくれ。で、キミも同席したまえ」
「は、はい!」
キノは木製の椅子に座った。
「まあ、肩の力を抜きなさい。これからする話は、キミにとっても重要な話だ。安心させる為に結論から言うと、キミは数日後、このエリアを出ることになる」
「!」
監督の言葉に、俯いていた江蓮が少し顔を上げた。
監督は牙を覗かせた口に微笑を浮かべながら話を続ける。
「安心させる為に言った言葉だ。他の地獄に行ってもらうという話でもない。だがあいにくと、キミにはまだ罪障が残っている。このまま成仏というわけにもいかない。では、どうなるのかというと……冥界鉄道公社。……知らないね。まあ端的に言うと、この世とあの世を結ぶ鉄道だ。今は三途の川には鉄道橋が架けられていてね、臨終した亡者達は自動的に地獄界行きか成仏かで、乗車車両が違ってくる。そして鉄道というからには、それを運営する者達がいる。駅員とか車掌とか運転士とか……。それがどういった者達なのかというと、地獄界に堕ちるほどの罪障ではなく、かといって成仏できるほど清いわけでもない者達なんだ。今のキミは、正にそういった立場だ。キミは数日後、冥界鉄道公社に所属替えしてもらう。配属先が決まるまでは、ここにいてもらうことになるが……。しかし、他の亡者と違うとなった以上、外に出すわけにはいかない。センター内で、静かに過ごしてもらう。いいね?」
江蓮が茫然とした顔をしていたので、キノは続けた。
「冥鉄でやってることは、人間界の鉄道会社と大して変わんねーよ。はっきり言えることは、少なくとも地獄界では無ェんだ。だからそこにはオレ達みてーな鬼族もいねぇし、当然地獄界の苦しみなんてものは無ェ。ただ、そこで働いてもらうことに変わりは無ェから、極楽とか天国とか成仏とか、そういう類では無いんだな。とにかく、ここにいるよりずっとずっとマシだぜ?」
「そういうことだ。静かに過ごしてもらう部屋も用意するから、そこで待っていなさい」
「……はい」
江蓮はまた俯くと、静かに返事をした。
「えーと……ここがお前の部屋だ。自由に使っていい」
キノは江蓮を部屋に案内した。
部屋といっても、そこはまるで刑務所や拘置所の独居房みたいな部屋だった。
3畳くらいの畳敷きで布団が一組あり、洗面台とトイレがある。
ドアは外側から鍵が掛かるタイプだ。
「……まんま独居房だが、まあ、それまでいた所よりかはずっとマシだろ?」
それまで江蓮が寝泊まりしていた場所は洞窟のような場所で、他の亡者達と雑魚寝であった。
ゆっくり眠ることは許されず、事あるごとに獄卒がやってきては、眠りを妨害していた。
横になるのも畳ではなく、土の上に敷いたゴザである。
「それにほら……静かだぞ。まあ、ほんの数日間だ。ちゃんと飯も出すさ」
雑居房では出される食事は、獄卒達の残飯という有り様だったが……。
「ああ、心配無ェ。ちゃんとした物を出すから。……まあ、今日の所は早いとこ休みな。何かあったらドア叩くなり、大声出せば誰か来る。……じゃ、また後で来るから」
キノは独居房をあとにした。
「監督」
「おう、鬼之助君。ご苦労さんだった」
キノは事務室に戻った。そこには一足先に戻った青鬼監督が控えていた。
「監督、お願いがあります」
「何かね?」
「オレに江蓮の世話をさせてください」
「世話係というか……看守役をキミに任せるつもりだったがね。ここまで来たら、もうキミ以外の者には任せられないよ。はい、これ委任状ね」
「ありがとうございます!」
それからキノは収監中の間、献身的に江蓮の世話をしたという。
そして不思議なことに、人間界の方の江蓮は毎晩、キノといちゃいちゃする夢を見たとのことだ。
何故か携帯電話の電波が入る賽の河原。
鬼之助は自分のケータイで、再び実家に電話を掛け直した。
{「アンタ、それ、本気で言っとるん?」}
電話口の長姉、美鬼は信じられないといった感じだった。
「ああ、マジだ。頼む!姉貴!これはオレなりの男としてのケジメだ!これを聞いてくれたら、オレは真面目に働く!姉貴の言う事もちゃんと聞くから!」
{「まあ……そこまで言うんならええわ。分かった。ちょうどもうすぐ父さんが出張から帰ってくるき、ウチから頼んでみるわ」}
「お姉様!あざーっす!!」
{「じゃ、男に二言は無いんよ?分かった?ちゃんとそこで、真面目に働くんよ?」}
「うス!で、ついでにもう1つ……」
{「今度は何なん?」}
「実は……」
キノの要望に、電話の向こうの美鬼は更に呆れた。
{「あんまり調子に乗ると、怪しまれるんよ?」}
「そこを何とか……。親父がこの話に乗ってくれれば、どうせ済む話だし……。だったら、なるべく早く……」
{「分かった分かった。そっちの管区長さん、ちょっと知ってるき、ウチから話しておく」}
「お姉様、あざーっす!」
というか管区長クラスの幹部を知ってるからこそ、美鬼はキノを賽の河原に送り込んだのかもしれない。
[それから数日後 同じく賽の河原 蓬莱山鬼之助]
「ぬははははは!泣け!喚け!泣き喚け!!」
1人の赤鬼獄卒が江蓮を虐待していた。
鞭で何度も、既に痣のついた体や顔を叩きつけている。
江蓮は既に反応が弱くなっていた。
「おい、邪魔だ。どけ」
鬼之助は険しい顔で、同じ肌の色をした獄卒に言った。
「あ!?……ああ、アンタは確か叫喚地獄から来た“研修生”の……。そっちこそ、お楽しみの最中に邪魔すんな。向こうから行け」
するとキノは目をギラッと光らせ、その獄卒の胸倉を掴んだ。
「その亡者に用があるからどけっつってんだよ、ゴルァッ!!」
「!!!」
キノの睨みと恫喝に、下級獄卒は震え上がった。
キノは江蓮に対しては、少し穏やかな顔になった。
「センターからの呼び出しだ。すぐに来い」
センターとは事務所や詰所のことである。
「…………」
鬼達に虐待され、すっかり感情を失いかけた江蓮は無表情のままゆっくり立ち上がった。
「センターだぁ?この亡者が一体何だってんだ?」
「黙ってろ」
キノに恫喝された獄卒が言ってきたが、キノはまた睨み返した。
「ほら、来い」
キノは江蓮の右手を掴んだ。
江蓮が虐待されていた場所からセンターまでは、幾らかの距離があった。
(そういえば……)
図らずも、キノは江蓮と初めて手を握った。
人間界では叶わぬ行為も、ここで叶うのはある意味、皮肉だった。
当の本人も何かに気づいたらしく、上目づかいでキノを見ている。
「ああ、その……何だ。……アレだ。本来なら手枷か腰紐を使うのだが、急な事なので、取り急ぎだ。別に、変な意味では無いからな。手ぶらで歩かせるわけには行かないからな」
キノは咳払いして、何とか取り繕いの言葉を投げた。
「そう固くなる必要は無い。詳しい話はセンター内でな。なに、悪い話じゃない。少なくとも、今置かれてるよりかはずっといい話だ。だからその……安心しな」
人間界の江蓮と違う。
それもそうだ。人間界で栗原江蓮の体を使用しているのは川井ひとみという、姉御肌の少女。
対して元の持ち主である栗原江蓮は、イジメられっ子の気弱で物静かなタイプの少女なのだ。
キノは、いつも手出ししようとする自分をしばき倒す江蓮とは全く違う様子の、見た目が同じ少女に緊張してしまったのである。
そして、栗原江蓮が通された部屋は、まるで警察署の取調室のような部屋だった。
(この手はしばらく洗わないでおこう……)
キノは江蓮と繋いだ左手をさすりながら、満悦に浸っていた。
「なに、ニヤニヤしているのかね?」
「おわっ、監督!?」
そこへ書類を持った青鬼監督がやってきた。
「これから彼女と面談するぞ。キミはお茶でも入れてきたまえ」
「は、はい」
キノは給湯室へ向かうと、すぐに面談室という名の取調室に取って返した。
「茶、お持ちました」
「ああ、ここに置いてくれ。で、キミも同席したまえ」
「は、はい!」
キノは木製の椅子に座った。
「まあ、肩の力を抜きなさい。これからする話は、キミにとっても重要な話だ。安心させる為に結論から言うと、キミは数日後、このエリアを出ることになる」
「!」
監督の言葉に、俯いていた江蓮が少し顔を上げた。
監督は牙を覗かせた口に微笑を浮かべながら話を続ける。
「安心させる為に言った言葉だ。他の地獄に行ってもらうという話でもない。だがあいにくと、キミにはまだ罪障が残っている。このまま成仏というわけにもいかない。では、どうなるのかというと……冥界鉄道公社。……知らないね。まあ端的に言うと、この世とあの世を結ぶ鉄道だ。今は三途の川には鉄道橋が架けられていてね、臨終した亡者達は自動的に地獄界行きか成仏かで、乗車車両が違ってくる。そして鉄道というからには、それを運営する者達がいる。駅員とか車掌とか運転士とか……。それがどういった者達なのかというと、地獄界に堕ちるほどの罪障ではなく、かといって成仏できるほど清いわけでもない者達なんだ。今のキミは、正にそういった立場だ。キミは数日後、冥界鉄道公社に所属替えしてもらう。配属先が決まるまでは、ここにいてもらうことになるが……。しかし、他の亡者と違うとなった以上、外に出すわけにはいかない。センター内で、静かに過ごしてもらう。いいね?」
江蓮が茫然とした顔をしていたので、キノは続けた。
「冥鉄でやってることは、人間界の鉄道会社と大して変わんねーよ。はっきり言えることは、少なくとも地獄界では無ェんだ。だからそこにはオレ達みてーな鬼族もいねぇし、当然地獄界の苦しみなんてものは無ェ。ただ、そこで働いてもらうことに変わりは無ェから、極楽とか天国とか成仏とか、そういう類では無いんだな。とにかく、ここにいるよりずっとずっとマシだぜ?」
「そういうことだ。静かに過ごしてもらう部屋も用意するから、そこで待っていなさい」
「……はい」
江蓮はまた俯くと、静かに返事をした。
「えーと……ここがお前の部屋だ。自由に使っていい」
キノは江蓮を部屋に案内した。
部屋といっても、そこはまるで刑務所や拘置所の独居房みたいな部屋だった。
3畳くらいの畳敷きで布団が一組あり、洗面台とトイレがある。
ドアは外側から鍵が掛かるタイプだ。
「……まんま独居房だが、まあ、それまでいた所よりかはずっとマシだろ?」
それまで江蓮が寝泊まりしていた場所は洞窟のような場所で、他の亡者達と雑魚寝であった。
ゆっくり眠ることは許されず、事あるごとに獄卒がやってきては、眠りを妨害していた。
横になるのも畳ではなく、土の上に敷いたゴザである。
「それにほら……静かだぞ。まあ、ほんの数日間だ。ちゃんと飯も出すさ」
雑居房では出される食事は、獄卒達の残飯という有り様だったが……。
「ああ、心配無ェ。ちゃんとした物を出すから。……まあ、今日の所は早いとこ休みな。何かあったらドア叩くなり、大声出せば誰か来る。……じゃ、また後で来るから」
キノは独居房をあとにした。
「監督」
「おう、鬼之助君。ご苦労さんだった」
キノは事務室に戻った。そこには一足先に戻った青鬼監督が控えていた。
「監督、お願いがあります」
「何かね?」
「オレに江蓮の世話をさせてください」
「世話係というか……看守役をキミに任せるつもりだったがね。ここまで来たら、もうキミ以外の者には任せられないよ。はい、これ委任状ね」
「ありがとうございます!」
それからキノは収監中の間、献身的に江蓮の世話をしたという。
そして不思議なことに、人間界の方の江蓮は毎晩、キノといちゃいちゃする夢を見たとのことだ。