日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

私の『靖国神社』問題 ― 知らないことだらけ

2005-06-19 10:47:56 | 社会・政治
靖国神社について私が知っていることを、参考資料に当たらずに今頭の中にある知識だけで述べようとすると、ほとんど何も知らないことに気づいて愕然とした。「明治維新後、戦没者を英霊として祭っている神社」としか云えないからである。ことあるたびに『軍国少年』、正確に云えば『元軍国少年』、を標榜する私としたことが・・・・である。

「次は靖国で会おう」と言い交わして兵士たちが総攻撃に向かったとか、「靖国で英霊として祭られたら陛下がお参りにきてくださる」とか、そのような話は戦時中見聞きすることであった。だからこそ、弾に当たって死ぬときは「天皇陛下万歳!」と叫ぶことになっていた。そういう学習を受けた『元軍国少年』であるからこそこのようなことが云えるだけ、靖国神社についての無知を少しは補うことになるのかも知れない。

あらためて靖国神社のことを学習しないといけないが、漫然とした知識を仕入れつもりではなく、自分の知りたいこと、納得したいことへ直接疑問をぶつけたい。そこで今回は先ず知りたいことをあらかじめまとめることにする。といっても筋道の立った問いかけではなくて、思い浮かぶままの疑問である。

靖国神社の性格が戦前・戦中と戦後でどうかわったのだろうか、それを知りたい。
軍人・兵士は英霊と祭られた暁には天皇陛下がお参りしてくださる、ということは戦前・戦中は自明の理であった。しかし最近は天皇が参拝されたとの報道には接していないので、昭和天皇はいざ知らず、今上陛下は参拝なさっていないのであろう。

私の感覚で云えば軍人・兵士は天皇の御ために名誉の戦死を遂げるのであって、それを象徴するのが「海ゆかば」である。

「海ゆかば水(み)漬(づ)く屍(かばね)
 山ゆかば草むす屍
 大君の辺(へ)にこそ死なめ
 かへりみはせじ」

だからこそ英霊を悼み天皇陛下がお参りなされるのである。

どのような経緯で天皇陛下が靖国神社への参詣を取りやめられたのか知らない。しかし参詣されていないという事実は戦前・戦中、国民と天皇陛下との間にあった『暗黙の取り決め』が失われたことを意味するし、それは同時に靖国神社がある時期を境に『変質』したことを示す、と私は受け取る。

今日19日、2ヶ月近く事故のあと停止していたJR福知山線の運行が再開される。その再開に際してJR西日本が遺族・周辺住民に説明会を開いたが、朝刊には遺族らが説明不十分として怒りの声を上げているなどの報道がなされている。

天皇陛下が靖国神社への参詣を取りやめられることについて、遺族・国民への説明があったのだろうか。もしあったとすればこれは『変質』を解き明かす糸口になるだろう。

一方、戦没者の遺族は天皇陛下の靖国への参詣を当然望んでいると思うが、その意思をどのように具体的な形で表しているのだろうか。『総理大臣』に参詣を求めるより天皇陛下に参詣を求めるのが『筋』であると私は思うから、このような疑問が生まれる。

大日本帝国軍人・兵士は天皇陛下のために名誉の戦死を遂げたのであって(そのように国民学校で私たちは教え込まれた)、今、何かというと取りざたされる『総理大臣』のために死んだのではない。その論で行くと今時の小泉首相が『総理大臣』として天皇陛下を差し置いて僭越にもしゃしゃり出るような問題ではないのである。

ところで私は天皇陛下に靖国神社への参拝を切望するが故にこの論は張っているのではない。その逆、『現実』として戦前・戦中の『暗黙の取り決め』が崩れてしまっている、すなわち靖国神社が『変質』したのであろうとの前提で、その在り方を考えていきたいと思うのである。

つづく