日々是好日

身辺雑記です。今昔あれこれ思い出の記も。ご用とお急ぎでない方はどうぞ・・・。

拝啓博士浪人どの

2007-10-08 16:02:13 | 学問・教育・研究
昨日、一昨日と私の以前のエントリー大学院教育には口を出すより金を出せばに異常にアクセスが増えている。vikingさんの【ドクター・ポスドク問題】からのアクセスである。今頃、何故と思ったら訳がわかった。vikingさんが「ドクター・ポスドク問題」解決私案として、日本で「ドクター・ポスドク」を作らなければよい、と極めて明快な提案をされている。その最後に「博士全廃」よりも建設的かも知れないと私のエントリーを紹介された、そのせいなのである。これも「ドクター・ポスドク問題」に関心を寄せる人々が多いことの反映なのだろうか。

私は私が大学院に進んだ頃で《近年職のない博士がゴロゴロとか、豊かさの象徴と喜ぶより先に、人生あなた任せの脳天気さ加減を叱咤したくなる。》と述べたように、『博士浪人』には醒めた目を向けている。しかし一言だけ残しておきたい。

私もかって16ヶ月間『博士浪人』を経験している。だからいろんな状況下の浪人がいることを承知の上で、あえて『博士浪人』と十把一絡げにして話を進めるから、自分はそんな『博士浪人』ではない、と思われる方は無視していただければよい。私の一言とは簡単、自分の運命を自ら切り開くことのすすめである。そのためには今の自分の現状を他人のせいにしないことである。

国が大学院の定員を増やすは、奨学資金を増やすはで、博士をどんどん作り出したのが悪いといまさら責めても何の益もない。悪いのは無思慮にその企みに乗せられた自分なのだ、と心の底から思えるようになればよい。国がいかに好条件を出そうと、選択は国民の側にある。その一例が少子化対策への国民の姿勢にある。

少子化傾向に歯止めをかけようと、国は「産めよ増やせよ」と呼びかけ、生まれた子供に金銭的援助を保証するなど出生率を上げることに大童である。「科学立国にもっと博士を」ということで金をだすのと同じ構図である。ところが「産めよ増やせよ」のかけ声に踊らされ、お金にホイホイ釣られて子作りに励むようなおめでたい人がいるだろうか。子どもを持てる状況にあるのかどうか、また自分の人生設計に子作りが必要不可欠か、それぞれ自分たちの判断で産む、産まないを選択しているではないか。『博士浪人』は考えるべき時期に真剣に考えなかった結果であることを自ら覚るべきなのである。

「君の就職ぐらいは何とかなるから」と教授の甘言に騙された、と繰り言を云う『博士浪人』もいるようだ。教授とは数多の難関を乗り越えた自信に裏づけられて総じて楽観的なものである。自分がやれたから人もやれるはず、とついつい自分を基準にものごとを見てしまうものである。その楽天的な言葉を簡単に信じたのが悪かった、と思えるようにならないといけない。「円天」の被害者のようなものである。どうしても気持ちが納まらないのなら、わら人形に呪いの釘でも打ち込んで、あとは綺麗さっぱり忘れることである。

『博士浪人』を自ら招いた運命であると思い定め、『研究』という言葉の呪縛から身を解き放ってみると思いがけない活路も開かれるものである。「天は自ら助くる者を助く」を銘とすべし。

私の周辺でも、ポスドクでアメリカに渡ったものの「高級テクニシャン」としての身過ぎ世過ぎが遙かに気楽だと『博士』を捨ててしまった人とか、同じように「高級テクニシャン」で満足していたところ、向こうの教授に気に入られて結婚した人(この場合は女性)とか、科学機器の売り込みとか修理に来た人に博士の肩書きの名刺を出されたとか、製薬会社の社員の教育係になったとか、そういう話はいくらでも転がっている。なかにはアメリカにポスドクで渡り、日本に舞い戻っては今やバイオ研究者なら誰でも知っている有名会社の社長に納まっているかっての勉強仲間もいる。もう一度、「天は自ら助くる者を助く」を銘とすべし。