昨日は予想外にぽっこりと休みの日となった。
普段通り出勤前に写真部オフィスに電話をいれると、「クニ、きょうは君はシフトにはいってないよ」とデスクがいう。僕はクリスマスの翌日とはいえ、普通の月曜日のつもりで出勤する準備をしていたのだが、どうやら祝日だったようだ。仕事柄あまり関係のない祝日などにはほとんど注意を払っていないのだが、どうもこの日のシフトに僕ははいっていなかったらしい。手違いで僕はそれを知らされていなかったようだ。
急に休みになったので、以前から誘っていただいていた「映画の会」というものに参加した。
1ヶ月か2ヶ月に一度、面白そうな映画を皆で集まって鑑賞し、その後一杯やりながら話をするという日本人のグループがあって、そのメンバーの方から声をかけられていたのだ。
参加といっても、ここ数日調子の悪かった暖房を大家になおしてもらうために昼はアパートを空けられなかったので、映画鑑賞はできなかったのだが、そのあとの飲み会にお邪魔することになった。
集まった人たちはみな個性的で話をしていても面白かった。ほとんど僕と同世代か少し上の人達なので、話も合うのだろう。
一般的に僕ぐらいの年齢になると、多くの人々にとって職場と家庭で過ごす時間が生活のほぼ全てを占めることになると思う。既に子供を数人もっている人達も少なくないので、そうなれば父親、母親としての新たな役割もでてくるし、余計忙しくなる。皆それぞれの生活が確立されているから、学生時代のように、毎日のごとく集まって飲んだり、夜を明かして語り合うようなことなど到底できない。
僕は一人住まいなので、比較的自由な時間が多い方だとは思う。それでも取材で1ヶ月ほど留守にすることは少なくないし、仕事の時間が不規則だったりすることもあるので、自分が望んでいる程には人と会う時間がない。
だから、友人と食事をしたり、新たに人と出会う時間というのはとても貴重なものだ。そういう機会に恵まれたときはできるだけ有意義に過ごしたいと思う。(もっとも、ゆっくり話をしたあと酒が進んでカラオケに突入ということになれば、それはそれでまた親睦が深まって!?よろしい。。。)
人との繋がりは貴重な財産。。。
そんな意味で昨夜はいい人達と知り合いになれた。
普段通り出勤前に写真部オフィスに電話をいれると、「クニ、きょうは君はシフトにはいってないよ」とデスクがいう。僕はクリスマスの翌日とはいえ、普通の月曜日のつもりで出勤する準備をしていたのだが、どうやら祝日だったようだ。仕事柄あまり関係のない祝日などにはほとんど注意を払っていないのだが、どうもこの日のシフトに僕ははいっていなかったらしい。手違いで僕はそれを知らされていなかったようだ。
急に休みになったので、以前から誘っていただいていた「映画の会」というものに参加した。
1ヶ月か2ヶ月に一度、面白そうな映画を皆で集まって鑑賞し、その後一杯やりながら話をするという日本人のグループがあって、そのメンバーの方から声をかけられていたのだ。
参加といっても、ここ数日調子の悪かった暖房を大家になおしてもらうために昼はアパートを空けられなかったので、映画鑑賞はできなかったのだが、そのあとの飲み会にお邪魔することになった。
集まった人たちはみな個性的で話をしていても面白かった。ほとんど僕と同世代か少し上の人達なので、話も合うのだろう。
一般的に僕ぐらいの年齢になると、多くの人々にとって職場と家庭で過ごす時間が生活のほぼ全てを占めることになると思う。既に子供を数人もっている人達も少なくないので、そうなれば父親、母親としての新たな役割もでてくるし、余計忙しくなる。皆それぞれの生活が確立されているから、学生時代のように、毎日のごとく集まって飲んだり、夜を明かして語り合うようなことなど到底できない。
僕は一人住まいなので、比較的自由な時間が多い方だとは思う。それでも取材で1ヶ月ほど留守にすることは少なくないし、仕事の時間が不規則だったりすることもあるので、自分が望んでいる程には人と会う時間がない。
だから、友人と食事をしたり、新たに人と出会う時間というのはとても貴重なものだ。そういう機会に恵まれたときはできるだけ有意義に過ごしたいと思う。(もっとも、ゆっくり話をしたあと酒が進んでカラオケに突入ということになれば、それはそれでまた親睦が深まって!?よろしい。。。)
人との繋がりは貴重な財産。。。
そんな意味で昨夜はいい人達と知り合いになれた。
日本では最近“グローバル化”が進み…なんて言葉を耳にしますけど、極端な話し人間関係に限って言えば昔からグローバルだったのでは?と思います。例えば、僕を含めてこのblogを見ていらっしゃる皆さんと高橋さんの繋がり。高橋さんは米国国籍の友達がいて、その友達には…というように。
以前テレビで見たのですが、どんな風に繋がってるのか『友達リレー』をやってみたいものです。
例えば、こんなサイトがありました。
http://hoop.exblog.jp/2161968
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091124900462.html
本文に関係ないところに、反応してしまいました。
本当にそう思います。
ただ、それを保ち続けていくのは、繋がりを作るのと同じくらい、もしくは、それ以上に、大変なのではないか、と、特に最近思います。
最近は住所がわからないため、或いは遠方(海の向こうとか!)のためにメールにする場合もあるが、それらも含めて、自分との繋がりを感じるひとつのセレモニーとも言える。誰かの川柳に『生きている確認をする年賀状』・・・ちょっと違うかも・・・のようなものがあったように思うけど。
今年は私事でいえば、本当に人から人へ、どんどん繋がっていって、仕事でもそれ以外でも世界が大きく広がった。今まで、こんなに飛躍的に広がったことはない。あれよあれよというまに、沢山の人との出会いがあったし、面白い人と繋がった。がむしゃらにやっている時よりも、時の流れに身を任せて、来る波に乗ってしまえと自然体である最近のほうが、そうなった。
というより、人に対して目を向け始めたからかもしれない。その分人との繋がりオーラに気付きやすくなったのかもしれない。今までは自分ばかり見ていたかもしれない。
つっぱって強がっていたけれど、年とったのかなあ、人との繋がりが恋しくなってきたのかもなあ。
でもお陰さまで、素敵な出会いが沢山できた。感謝です。
このブログでも!
話かわって、ひょん考、とびつきました。日本語は面白いですね。