熊本熊的日常

日常生活についての雑記

vintage

2008年11月30日 | Weblog
昨日、BENTLEYSという骨董品店にお邪魔した。この店は銀座のダンヒルにも入っている。主にヴィトンのヴィンテージを扱っているが、飛行機の模型だの皮革やクリスタルの小物なども置いている。庶民的な骨董の店とは商品の佇まいが違う。この店のようなヴィンテージショップ系の骨董店では、精魂こめて作られ愛情をこめて使われてきたということが一見してわかる商品ばかりが並んでいる。残念ながらどの商品も私には買うことのできる値段ではないが、見るだけなら私にもできる。きちんとした店は冷かしの客を邪見には扱わないものだ。小さな店なのに、40分ほど商品を眺めていた。この間に、常連客らしい老夫婦が来店して、店員と楽しげに会話をして帰って行った。居心地の良い店だ。

先日読んだスーザン・ソンタグの「反解釈」の冒頭にオスカー・ワイルドの「ある手紙より」からの引用があった。
「浅薄な人間に限って、自分は外見によって判断しないなどと言う。世界の神秘は目に見えぬものではなく、目に見えるもののなかにある。」(スーザン・ソンタグ著「反解釈」ちくま学芸文庫 15頁)

生活の様式とか習慣というものは、その人の生き方のひとつの表現であろう。どのような食生活をおくり、どのようなものを身につけ、どのような生活空間を作り上げるのか。人それぞれにそれぞれの様式があり、それが習慣として定着しているものである。その様式は習慣の背後には当然にその人の生きる場の哲学のようなものがあるはずだ。だから、日常生活のひとつひとつのことにこだわってみたいと思うようになった。それだけ歳を取ったということかもしれない。

ヴィンテージ(vintage)というのはラテン語のvindemia「葡萄の収穫、その時期」に由来する。それが転じて「古いが最高級の、高性能の」とか「最高傑作の」といった意味も持つようになった。人生の終わりを意識するようになって、自分自身が自分にとってのヴィンテージになるように心がけなくてはいけないと思うのである。骨董品を所有することに興味はないが、そういうものが自分の持ち物であっても違和感のないような人になりたいとは思う。