安倍政権のメディアへの介入は、前回このブログで話題にしたように、海外メディアにも及んでいるが、なんといっても、国内メディア、特に国民に対しての影響力があるテレビ放送への関与が著しい。
TVやラジオは放送法という法律で、放送の自由度は一応保証はされている。しかし国家権力が介入しやすいのは、放送免許法という法律が一方で備わっているのだ。
この法律が日本に存在する限り、自由意思に基づいた放送がしづらいという縛りが生じると、筆者は思う。
もっとも電波は無限に周波数が使えるという代物ではないが、それにしても日本のテレビ放送の現実を見ると、大手の6~7局に集中し、各地方のテレビ放送もすべてこの系列下にあるのが現状だ。
米国ではABC,NBC,FOXなどの大手テレビ局と肩を並べ、公共放送サービス(Public Broadcasting Service、略称:PBS)があり、米国内で会員数349のテレビ放送局を有する、非営利・公共放送ネットワークがある。もちろんNHKのように受信料も取っていない。
英国のBBCも政府の干渉など受けない独立性を堅持しており、それだけに放送内容の信頼度は高く、世界のテレビ局で利用されている。
さて翻って日本の現状はどうであろうか?
テレビ朝日の「報道ステーション」で、コメンテーターの元経済産業省官僚・古賀茂明氏が「菅義偉官房長官をはじめ、官邸の皆さんからバッシング(非難)を受けてきた」と述べ、古舘キャスターとひと悶着が起きた件で、政府の放送内容への関与が国民の知るところとなった。
そしてこの件を含めて、尚且つNHKやテレビ朝日の幹部に自民党が説明を求めるという。
もうはっきり言って、日本の主要テレビ局は、政府の言いなりになったと見て良いであろう。
メディアとして一丸となって、反対運動を起こせない現状を見ると、これは結局大多数の国民が、政府の方針を聞かされるだけの放送に成り下がり、国民が洗脳される危険性があるということだ。
ネットなどではまだ自由にいろんな意見が流されるが、残念ながら圧倒的な視聴数は、やはり一般テレビ放送である。
東京新聞が、今日の社説でこの状況を批判している。
(東京新聞 社説より貼り付け)
権力と放送法 統治の具と成す不見識
2015年4月16日
権力者はなぜ、かくも安易に放送法を振りかざすのか。放送内容に誤りなきを期すのは当然だが、放送局側を萎縮させ、表現の自由を損ねてはならない。
きっかけは3月27日夜、テレビ朝日系列で放送された「報道ステーション」だった。
この日が最後の出演とされたコメンテーター、元経済産業省官僚の古賀茂明氏が「菅義偉官房長官をはじめ、官邸の皆さんからバッシング(非難)を受けてきた」と述べると、菅氏は三十日の記者会見で「事実無根」と反論し、こう付け加えた。「放送法という法律があるので、テレビ局がどう対応するか、しばらく見守りたい」
◆表現の自由を目的に
自民党はあす、テレビ朝日などの経営幹部を呼び、番組内容について説明を求めるという。
放送事業を規定する放送法は不偏不党、真実、自律を保障することで表現の自由を確保し、健全な民主主義の発達に資することが目的だ。放送番組は法律に基づく以外は誰からも干渉されないことが明記され、同時に政治的な公平、真実を曲げないこと、意見が対立する問題は多くの角度から論点を明らかにすることも求めている。
放送は、政権や特定勢力の政治宣伝に利用されるべきではない。大本営発表を垂れ流して国民に真実を伝えず、戦意高揚の片棒を担いだ先の大戦の反省でもある。
政治的に偏ったり、虚偽を放送しないよう、放送局側が自ら律することは当然だが、何が政治的公平か、真実は何かを判断することは難しい。にもかかわらず政治権力を持つ側が自らに批判的な放送内容を「偏っている」と攻撃することは後を絶たない。
さかのぼれば1968年、TBSテレビ「ニュースコープ」のキャスターだった田英夫氏(2009年死去)がベトナム戦争報道をめぐり「解任」された件がある。
◆自民党の圧力で解任
田氏は前年、北ベトナムの首都ハノイを西側陣営のテレビ局として初めて取材し、戦時下の日常生活を伝えた。以前からTBSの報道に偏向との不満を募らせていた自民党側は放送後、TBS社長ら幹部を呼び「なぜあんな放送をさせたのか」と批判する。
このとき社長は、ニュースのあるところに社員を派遣し、取材するのは当然、と突っぱねたが、翌68年に状況は大きく変わる。
成田空港反対運動を取材していた同社取材班が、反対同盟の女性らを取材バスに乗せていたことが発覚し、政府・自民党側がTBSへの圧力を一気に強めたのだ。
田氏は自著「特攻隊だった僕がいま若者に伝えたいこと」(リヨン社)で当時の様子を振り返る。
<当時の福田赳夫幹事長が、オフレコの記者懇談で、なんと「このようなことをするTBSは再免許を与えないこともあり得る」という発言をしたのです。
これを聞いたTBSの社長は、翌日すぐに私を呼んで、「俺は言論の自由を守ろうとみなさんと一緒に言ってきたのだけれども、これ以上がんばるとTBSが危ない。残念だが、今日で辞めてくれ」と言われ、私はニュースキャスターをクビになりました>
田氏解任の決定打は権力側が免許に言及したことだ。放送は電波法に基づく免許事業。5年に一度の再免許を受けられなければ事業は成り立たない。同法は放送法に違反した放送局に停波を命令できる旨も定める。権力が放送免許や放送法を統治の具としてきたのが現実だ。
昨年の衆院選直前、安倍晋三首相はTBSテレビに出演した際、紹介された街頭インタビューに首相主導の経済政策に批判的な発言が多かったとして「おかしいじゃないですか」などと批判した。
自民党はその後、在京テレビ局に選挙報道の公平、中立を求める文書を送り、報道ステーションには経済政策に関する報道内容が放送法抵触の恐れありと指摘する文書を出した。そして菅氏の放送法発言、自民党による聴取である。
報道の正確、公平、中立の確保が建前でも、権力が免許や放送法に言及し、放送内容に異を唱えれば放送局を萎縮させ、結果的に表現の自由を損ねかねない。歴代政権は、自らの言動がもたらす弊害にあまりにも無自覚で不見識だ。
◆「報道に意気込みを」
キャスターを解任された田氏は七一年、参院議員となる。2007年に政界を引退する直前、本紙のインタビューに「メディアはもっと姿勢を正さなくちゃいけないね。報道に意気込みが感じられない。引きずられているんだよ」とメディアの現状を嘆いていた。
政権による圧力に萎縮せず、それをはね返す気概もまた必要とされている。放送のみならず、私たち新聞を含めて報道に携わる者全体に、大先輩から突き付けられた重い課題である。
(貼り付け終わり)
TVやラジオは放送法という法律で、放送の自由度は一応保証はされている。しかし国家権力が介入しやすいのは、放送免許法という法律が一方で備わっているのだ。
この法律が日本に存在する限り、自由意思に基づいた放送がしづらいという縛りが生じると、筆者は思う。
もっとも電波は無限に周波数が使えるという代物ではないが、それにしても日本のテレビ放送の現実を見ると、大手の6~7局に集中し、各地方のテレビ放送もすべてこの系列下にあるのが現状だ。
米国ではABC,NBC,FOXなどの大手テレビ局と肩を並べ、公共放送サービス(Public Broadcasting Service、略称:PBS)があり、米国内で会員数349のテレビ放送局を有する、非営利・公共放送ネットワークがある。もちろんNHKのように受信料も取っていない。
英国のBBCも政府の干渉など受けない独立性を堅持しており、それだけに放送内容の信頼度は高く、世界のテレビ局で利用されている。
さて翻って日本の現状はどうであろうか?
テレビ朝日の「報道ステーション」で、コメンテーターの元経済産業省官僚・古賀茂明氏が「菅義偉官房長官をはじめ、官邸の皆さんからバッシング(非難)を受けてきた」と述べ、古舘キャスターとひと悶着が起きた件で、政府の放送内容への関与が国民の知るところとなった。
そしてこの件を含めて、尚且つNHKやテレビ朝日の幹部に自民党が説明を求めるという。
もうはっきり言って、日本の主要テレビ局は、政府の言いなりになったと見て良いであろう。
メディアとして一丸となって、反対運動を起こせない現状を見ると、これは結局大多数の国民が、政府の方針を聞かされるだけの放送に成り下がり、国民が洗脳される危険性があるということだ。
ネットなどではまだ自由にいろんな意見が流されるが、残念ながら圧倒的な視聴数は、やはり一般テレビ放送である。
東京新聞が、今日の社説でこの状況を批判している。
(東京新聞 社説より貼り付け)
権力と放送法 統治の具と成す不見識
2015年4月16日
権力者はなぜ、かくも安易に放送法を振りかざすのか。放送内容に誤りなきを期すのは当然だが、放送局側を萎縮させ、表現の自由を損ねてはならない。
きっかけは3月27日夜、テレビ朝日系列で放送された「報道ステーション」だった。
この日が最後の出演とされたコメンテーター、元経済産業省官僚の古賀茂明氏が「菅義偉官房長官をはじめ、官邸の皆さんからバッシング(非難)を受けてきた」と述べると、菅氏は三十日の記者会見で「事実無根」と反論し、こう付け加えた。「放送法という法律があるので、テレビ局がどう対応するか、しばらく見守りたい」
◆表現の自由を目的に
自民党はあす、テレビ朝日などの経営幹部を呼び、番組内容について説明を求めるという。
放送事業を規定する放送法は不偏不党、真実、自律を保障することで表現の自由を確保し、健全な民主主義の発達に資することが目的だ。放送番組は法律に基づく以外は誰からも干渉されないことが明記され、同時に政治的な公平、真実を曲げないこと、意見が対立する問題は多くの角度から論点を明らかにすることも求めている。
放送は、政権や特定勢力の政治宣伝に利用されるべきではない。大本営発表を垂れ流して国民に真実を伝えず、戦意高揚の片棒を担いだ先の大戦の反省でもある。
政治的に偏ったり、虚偽を放送しないよう、放送局側が自ら律することは当然だが、何が政治的公平か、真実は何かを判断することは難しい。にもかかわらず政治権力を持つ側が自らに批判的な放送内容を「偏っている」と攻撃することは後を絶たない。
さかのぼれば1968年、TBSテレビ「ニュースコープ」のキャスターだった田英夫氏(2009年死去)がベトナム戦争報道をめぐり「解任」された件がある。
◆自民党の圧力で解任
田氏は前年、北ベトナムの首都ハノイを西側陣営のテレビ局として初めて取材し、戦時下の日常生活を伝えた。以前からTBSの報道に偏向との不満を募らせていた自民党側は放送後、TBS社長ら幹部を呼び「なぜあんな放送をさせたのか」と批判する。
このとき社長は、ニュースのあるところに社員を派遣し、取材するのは当然、と突っぱねたが、翌68年に状況は大きく変わる。
成田空港反対運動を取材していた同社取材班が、反対同盟の女性らを取材バスに乗せていたことが発覚し、政府・自民党側がTBSへの圧力を一気に強めたのだ。
田氏は自著「特攻隊だった僕がいま若者に伝えたいこと」(リヨン社)で当時の様子を振り返る。
<当時の福田赳夫幹事長が、オフレコの記者懇談で、なんと「このようなことをするTBSは再免許を与えないこともあり得る」という発言をしたのです。
これを聞いたTBSの社長は、翌日すぐに私を呼んで、「俺は言論の自由を守ろうとみなさんと一緒に言ってきたのだけれども、これ以上がんばるとTBSが危ない。残念だが、今日で辞めてくれ」と言われ、私はニュースキャスターをクビになりました>
田氏解任の決定打は権力側が免許に言及したことだ。放送は電波法に基づく免許事業。5年に一度の再免許を受けられなければ事業は成り立たない。同法は放送法に違反した放送局に停波を命令できる旨も定める。権力が放送免許や放送法を統治の具としてきたのが現実だ。
昨年の衆院選直前、安倍晋三首相はTBSテレビに出演した際、紹介された街頭インタビューに首相主導の経済政策に批判的な発言が多かったとして「おかしいじゃないですか」などと批判した。
自民党はその後、在京テレビ局に選挙報道の公平、中立を求める文書を送り、報道ステーションには経済政策に関する報道内容が放送法抵触の恐れありと指摘する文書を出した。そして菅氏の放送法発言、自民党による聴取である。
報道の正確、公平、中立の確保が建前でも、権力が免許や放送法に言及し、放送内容に異を唱えれば放送局を萎縮させ、結果的に表現の自由を損ねかねない。歴代政権は、自らの言動がもたらす弊害にあまりにも無自覚で不見識だ。
◆「報道に意気込みを」
キャスターを解任された田氏は七一年、参院議員となる。2007年に政界を引退する直前、本紙のインタビューに「メディアはもっと姿勢を正さなくちゃいけないね。報道に意気込みが感じられない。引きずられているんだよ」とメディアの現状を嘆いていた。
政権による圧力に萎縮せず、それをはね返す気概もまた必要とされている。放送のみならず、私たち新聞を含めて報道に携わる者全体に、大先輩から突き付けられた重い課題である。
(貼り付け終わり)
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