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人類史概略(連載第9回)

2013-09-18 | 〆人類史之概略

第4章 商業革命と都市の成立(続き)

商業=都市革命
 通常、農耕の開始を「革命」と呼ぶことはあれ、商業の開始を「革命」とはあまり呼ばない。しかし交易の大量反復化としての商業の開始は、単なる物品ではなく、初めから交換に供する目的を帯びた「商品」の生産を結果した点で、人類史上もう一つの大きな生産経済革命であった。
 それはまた都市の成立を促す一大要因でもあった。農耕の発達は農村の大規模化を促進していたが、それだけで農村が即都市に変貌したわけではない。都市化は商業活動によって促進されたと考えられる。
 その際、原始遊牧民の役割は小さくなかったであろう。遊牧生活は農耕民の牧畜活動から派生したものだが、一箇所に定住しない遊牧民は交通機関の役割を担い、農耕民と商取引関係を結び、農村の点と点をつないだ。
 かれらはまた流民として農村に流れ込むこともあり、農村は次第に新規メンバーを加え都市化され、あるいは遊牧民の商業拠点が常設の都市化することもあっただろう。
 都市の成立を促したものとして宗教という要素も無視できず、古代都市は決まって神殿のような宗教施設を中心に持つのが通例だが、それは共同体的な統一を保つための精神的な手段にすぎず、シュメール人諸都市に見られたように、神殿が貿易の拠点を兼ね、商業とも深く結びついていることすらあった。

都市=文明の成立
 都市の成立は文明の成立をも促した。最初期の文明は都市の集合体としての文明圏によって担われた。このことは最も早くに文明が拓かれたメソポタミア文明圏のシュメール人諸都市が最も典型的に示している。
 そのメソポタミア文明圏とディルムン(今日のバーレーンを中心とした地域)やマガン(今日のオマーンを中心とした地域)といった都市を中継地として―それらの都市も小規模の文明圏を形成していた―貿易関係を持っていたことが知られるインダス文明圏も同じである。
 インダス文明圏で注目されるのは、他の文明圏のように王権の存在を示す明確な証拠が見当たらないことである。このことから直ちに同文明圏の諸都市では共和政が行われていたと即断することはできないとしても、インダス文明圏には超越的な権力は成立していなかったと推測できる。
 その場合考えられるのは、古代都市の常として神官の権威が高かったであろうことは想像に難くないとして、インダス諸都市の政治経済上の実権は商業を掌握する商人貴族層の手中にあったのではなかろうかということである。そうだとすれば、インダス文明圏は商業=文明の典型例ということになるが、同文明圏については不明な点がなお多い。
 いずれにせよ、都市を中心とした文明圏や文明圏に準じた高度文化を擁する準文明圏は、時期の遅速はあれ―アンデス地域のように紀元後に花開いた例もある―、世界各地に順次形成されていく。
 ところで、文明の成立要件の一つである文字の発明にも商業が深く関わっている。世界最古の文字とされるシュメールの楔形文字は、主に取引関係を記録する手段として発達したと考えられている。また時代下って、最古級のアルファベットとして普及したフェニキア文字やアラム文字を発明したフェニキア人やアラム人も商業民族として成功した集団であった。

商業民族の覇権
 このように、都市の建設者として覇権を握った民族は、その先駆者たるシュメール人をはじめ、ほぼ例外なく商業民族であった。
 シュメール人が新たに台頭したセム語系諸民族に同化吸収されて消滅した後、メソポタミア周辺で勢力を広げるのは、セム語系のアムル人、次いで同系のアラム人であったが、アラム人はラクダ隊商貿易の先駆者として、内陸貿易で大成功を収めた。
 そして、先に述べたように、かれらの言語であるアラム語はその文字とともに国際商業語となり、オリエント全体のリンガ・フランカとして、アラム人勢力が衰亡した後まで長く使用され続け、今日のアラビア文字、ヘブライ文字、モンゴル文字など東方系文字の祖となった。
 さらに時代下ると、今度はレバント地方を拠点としたカナン人から分岐したと見られるフェニキア人が台頭してくる。かれらはアラム人とは異なり、海上貿易の担い手たる海商民族として立ち現れ、長く地中海貿易を独占し、軍事的にも地中海方面の覇者となった。有名な北アフリカの植民都市カルタゴは、その拠点であった。
 アラム文字もフェニキア人が発明したフェニキア文字も表音文字、特に子音しか表さない子音文字(アブジャド)であったが、フェニキア文字はとりわけ純粋な子音文字であって、フェニキア人がこのように徹底して簡素化された文字体系を発明したのは、かれらがいっそう明確に文字を商業の手段として純化しようとしたためと考えられ、文字と商業の結びつきがより明瞭となっている。
 フェニキア文字はフェニキア人と取引関係を持つようになったギリシャ人の手でさらに改良されてギリシャ文字となり、今日の西洋系アルファベットの基礎を成した。
 商業を征する者は世界を征する━。この法則は以後一貫して妥当しており、中世におけるモンゴル人、さらに近現代におけるイギリス人、アメリカ人のように「世界帝国」の担い手となった民族・国民も、決まって商業の成功者たちなのである。
 かくして、商業は人類前半史を貫く太い縦糸である。ここには、その黎明期から強欲さを特徴とした現生人類の性格がよく現れていると言えよう。


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