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比較:影の警察国家(連載第8回)

2020-08-14 | 〆比較:影の警察国家

Ⅰ アメリカ―分権型多重警察国家

1‐2‐1:国土保安省の出現

 アメリカの連邦警察集合体の中核は長らく司法省傘下にまとめられており、その限りでは連邦司法警察の性格が強かったが、2001年の9.11事件後、当時のブッシュ政権下での省庁再編がこの構造を大きく変えた。その焦点が国土保安省の設置である。
 国土保安省とは、英語ではUnited States Department of Homeland Security(DHS)と呼ばれる新しい連邦官庁である。日本語では「国土安全保障省」と訳すのが定訳となっている。
 しかし、「安全保障」は通常の用語では「国防」とほぼ同義であるところ、DHSは国防ではなく、テロリズムや自然災害からhomeland(国土)を守ることを任務とする機関であって、「安全保障」よりも「保安」の方が適訳と考えるので、本連載をはじめ、当ブログ上ではこの私訳によっている。
 その点、アメリカは「自由主義」を国是としてきた関係上、そもそも統一的な連邦警察はもちろん、連邦保安機関を持たないことが党派を超えて歴代政権の一貫した施政方針であったが、史上初めてアメリカ中枢部が外部から同時テロ攻撃を受け、多数の犠牲者を出した9.11事件がこの国是に重大な修正を加えさせたのである。
 とはいえ、国土保安省は例えば旧ソ連の強力な秘密警察機関(兼対外諜報機関)であった国家保安委員会(KGB)とは異なり、統一的・体系的な保安機関というよりは、従来複数の省庁に散らばっていた機能を統合・調整するような総合官庁の性格が強い点で、アメリカ国是の「自由主義」への配慮はなお捨てていないとも言える。
 そうした性格から、国土保安省の構制はかなり寄せ集めの印象も受けるが、中核的な部門は税関・国境警備庁と移民・関税執行庁、さらに海上警察の役割を担う沿岸警備隊である。いずれも国への人と物の出入りをチェックする役割を持つことからも、国土保安省がテロリズムの水際対策に最重点を置いていることが窺える。
 中でも移民・関税執行庁は、国土保安省独自の捜査・諜報部門に当たる。2017年に発足したトランプ政権は不法移民の徹底した流入阻止と摘発・強制送還を公約の柱に掲げる関係上、国境警備隊を所管する税関・国境警備庁とともに、移民・関税執行庁の重要性が高まり、その活動が著しく強権化している。
 その他、上述した沿岸警備隊(有事は海軍指揮下編入)や、民間航空をはじめとする公共交通機関の警備に当たる運輸保安庁も所管する国土保安省は一庁で広範な権限と20万人以上の職員とを擁する連邦省庁である。まさに反アメリカ的とも言うべき特異な機関であり、アメリカにおける影の警察国家の象徴である。


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