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近代科学の政治経済史(連載第46回)

2023-02-17 | 〆近代科学の政治経済史

九 核兵器科学の誕生と隆盛(続き)

核物理学の軍事化への道
 19世紀末に台頭し、20世紀前半に大きく発展した物理学の新たな潮流である核物理学自体は物理現象を原子レベルでよりミクロに考察しようとする純粋に知的な探求の結果であり、本来的に軍事と結びついていたわけではなかった。
 しかし、1933年にはアメリカの物理学者レオ・シラードが中性子を介した核連鎖反応という現象を構想し、これを新たな高性能爆弾に応用できる可能性を示唆していた。シラードは、核連鎖反応の構想を自ら特許化している。
 ただ、シラードの構想は言わば理論予想の段階で、実証されていなかったところ、1938年に核分裂反応という新たな物理現象が発見されたことは、戦争に向かう時代状況もあり、早々に核物理学が軍事と結びつく契機を作った。
 核分裂反応は、原子核が分裂し、同程度の質量数を有する2個以上の原子核に分裂する核反応であり、この現象は物理学者ではなく、オットー・ハーン(1944年度ノーベル化学者受賞者)ら数人のドイツ人化学者の共同研究によって発見された。
 これに先立ち、イタリアの物理学者エンリコ・フェルミはウランに中性子を照射すると多数の放射性元素を生成することを実証し、1938年ノーベル物理学賞を受賞していたが、フェルミはその現象を充分解明できていなかったところ、ドイツ人の化学者グループが核分裂現象として実証したのであった。核分裂は一種の化学反応でもあるため、化学者に分があったのであろう。
 この画期的な結果は早速海を越えてアメリカに伝わり、コロンビア大学を中心にさらなる実証実験が実施され、確立された物理理論となった。また、日本の理化学研究所でも、日本の原子物理学の先覚者である仁科芳雄と化学者の木村健二郎の実験により、核分裂連鎖反応が確認された。
 このような連鎖反応を一挙爆発的に発生させれば原子爆弾となり、厳重に制御しつつ漸次的に進行させれば原子炉となるというように、核分裂連鎖反応は軍用・民生用いずれにも応用範囲の広い物理現象である。
 こうした物理学上の革新が再び世界大戦の足音が近づく戦間期になされたことは、科学にとっては不幸なことであった。実際、核分裂反応が最初に発見された1938年のドイツでは、ナチスがすでに権力を固め、軍備強化を急いでいた時であった。
 翌年、ドイツがポーランドに侵攻し大規模な戦争が不可避となると、核物理学者たちは、シラードが先駆的に構想したように核分裂反応が兵器製造に利用されることを懸念して、核物理学の研究結果の公表を自粛するようになった。
 一方、共にユダヤ系であったシラードとアインシュタインは、ナチスによる核兵器開発が先行することを恐れ、時のアメリカのローズヴェルト大統領に対し、ドイツが核兵器開発を進める可能性を警告する書簡を送り、注意を喚起した。

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