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農民の世界歴史(連載第1回)

2016-10-03 | 〆農民の世界歴史

序論

 現代は、ポスト工業化・情報化の時代とも言われる。しかし、それは世界の趨勢の一部しか見ていない偏った把握であり、最も古い基層産業である農業の存在を忘れている。実際、世界の人口構造上、都市人口が農村人口を超えたのはようやく2007年のことにすぎない。国別に見れば、現在でも農村人口が圧倒的多数を占めている国も少なからず存在する。
 農耕はそれが創始されて以降、人類の間で絶えたことはなく、連綿と続けられている。もっとも、昨今は、植物の工場栽培技術も開発されてきており、将来的には多くの農作物が野外でなく、工場で栽培され、農業の担い手は農民から栽培工場の労働者に取って代わるのかもしれない。しかし、さしあたりそこまで先走ってはいない。
 世界全体としては農民は推計で10億人と、なお大きな階層として足場を保っている。農民は農耕が一つの産業となり、農業専従者が農民として分化して以来、極めて長い歴史を刻んできた大階層であるが、農民が歴史の中で主役となることは稀で、せいぜい脇役にとどまることが多かった。
 しかし、仔細に見れば、農民は世界中で、様々な形で歴史を動かす原動力となってきており、その存在は無視できない。ただ、主役の王侯貴族や武将、職業政治家らに目を奪われがちな通常の歴史叙述においては、農民はせいぜい反乱分子として言及される程度である。本連載は、そうした趣向に背を向け、農民を歴史の重要な裏方として俯瞰し直す世界歴史叙述の試みである。正式のサブタイトルとはしないが、あえて付すなら、「オラたちの世界歴史」である。
 ところで、筆者は先般『「女」の世界歴史』なる連載を終えたところであるが、これも、通常の歴史叙述では脇役扱いされがちな女性(及び同性愛者)に焦点を当てて世界歴史をとらえ直す試みであった。当連載もそれに続き、今度は農民に焦点を当てた歴史のとらえ直しの試みと言ってよいものである。
 世界の農業従事者の比率は1970年末にはすでに50パーセントを割り込んでおり、全体として農民の減少傾向は否定できないが、歴史上農民は世界人口の大半を占めており、筆者を含め、元をただせば農民の末裔である人がほとんどである。
 その意味では、比較的近年に至るまで、「民衆≒農民」という構造が維持されていた。よって、農民の歴史もほぼイコール民衆の歴史なのであって、人口のほんのわずかな割合しか占めていない王侯貴族や武将、職業政治家らにばかりとらわれた歴史叙述はごく部分的なものでしかないとも言えるであろう。
 同時に、農業は自然に対して直接に働きかける生産活動であるので、天候を含めた環境による影響を直接に受ける産業であり、農業に従事する農民の生活も環境に左右される。従って、農民の歴史は同時に環境の歴史でもある。筆者の力量の限界から、当連載では環境史を確実に踏まえた叙述は期待できないが、可能な限りで、環境史も参酌した叙述を心がけてみたいと思う。

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