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比較:影の警察国家(連載第40回)

2021-05-22 | 〆比較:影の警察国家

Ⅲ フランス―中央集権型警察国家

1‐0:二重的集権警察の錯綜的構制

 前回見たとおり、フランスの中央集権警察は文民警察としての国家警察と軍事警察としての国家治安軍の二重構造となっているわけだが、それぞれが別個の沿革に基づいて発展してきたため、両者の関係性は競合的であり、錯綜している。
 まず両者の競合関係として管轄区域の問題が最も重要であり、運用上も混乱を生じかねないところであるが、大雑把に、都市部は国家警察が、地方部は国家治安軍が管轄するという住み分けルールが形成されてきた。
 その具体的な線引きには変遷があるが、現行法上は人口2万人以上のコミューン(市町村に相当)は国家警察、2万人に満たないコミューンは国家治安軍が管轄することとされている。
 このような住み分けが規定されているのは、現行国家警察の母体となった自治体警察は都市部のそれが中心であり、それぞれの管轄区域を引き継いだことによる(首都パリの警視庁は特別な地位を持つが、これについては次項で改めて触れる)。
 次いで、両者の所管官庁に関しては、文民警察としての国家警察は内務省(Ministère de l'Intérieur)、軍事警察としての国家治安軍は陸海空軍と並び軍務省(Ministère des Armées:2017年までは国防省)が所管するという分担関係が長らく基本であった。
 ただし、沿革上は軍の一部とはいえ、現代の平時における国家治安軍の実質的な役割は警察そのものであるので、実施部隊によっては内務大臣や県知事の指揮を受けるなど指揮系統が複雑化していたところ、2009年の法改正により、平時の指揮権は内務大臣に一本化されることとなった。
 ただし、国家治安軍はあくまでも軍の一部であることに変わりないため、有事の軍事作戦に関わる事務や軍人の身分を持つ隊員の教育に関しては軍務大臣が掌握するという二重の管轄系統を有する複雑な構造となっている。
 このように、国家警察と国家治安軍は次第に内務省管轄の警察組織として統合化の傾向にあるとはいえ、組織としては別個性が維持されているため、特に警備、対テロ作戦など、両者の管轄区域を越えた広域的な活動に関しては運用の重複が避けられない。

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比較:影の警察国家(連載第39回)

2021-05-21 | 〆比較:影の警察国家

Ⅲ フランス―中央集権型警察国家

[概観]

 フランスでは、王や封建領主が独自に私設警察を組織して自領地内の治安維持を図っていた旧体制がフランス革命を契機に変革され、コミューン(市町村)単位で警察を組織する体制となった。
 この体制が今日まで持続していれば、アメリカやイギリスと同様の自治体警察中心の警察制度に定着したであろうところ、フランスではそうはならなかった。
 19世紀後半の第三共和制時代に、官僚的な中央集権化が図られた際、警察制度も集権化され、都市部の自治体警察の国家警察化が順次進められた結果、治安所管官庁である内務省の下に国家警察(Police nationale)が整備された。
 一方、国家警察とは別に、フランス革命当時の1791年、軍事的な性格の強い武装警察組織として国家治安軍(Gendarmerie nationale)が発足した。これは自治体警察を補完する全国規模の治安組織であり、革命当時の軍事組織であった国民衛兵隊から分離される形で創設されたものである。*Gendarmerie nationaleは「国家憲兵隊」と訳されることがあるが、この組織は軍人・兵士の犯罪を主として取り締まる軍隊内警察組織である憲兵隊とは役割・性格を異にしており、紛らわしいので、本稿ではその任務に着目して「国家治安軍」と意訳する。
 順序からいくと、国家治安軍は国家警察に先立って発達した中央集権警察制度とも言え、19世紀以降、度重なる革命と体制変動の中で、国家治安軍の編成や規模には変遷があったが、制度そのものは廃止されることなく、名称ごと今日まで維持されてきた。
 その結果として、フランスの集権警察は文民警察である国家警察に加え、軍の一部を成す軍事警察としての国家治安軍の二本立てで成り立つ二重的な仕組みを備えるに至っている。
 さらに、広義の警察制度として、国内諜報機関である国内保安本部(Direction générale de la Sécurité intérieure)が内務省の管轄下に設置されており、「テロとの戦い」テーゼの中で、テロリズム対策の司令塔的な役割を果たすようになっている。
 その他、関税・間接税本部(Direction générale des douanes et droits indirects)、国家森林局(Office national des forêts)など、特定分野の法執行に限局された国家的な特別法執行機関も存在している。
 このように、フランスの警察制度は徹底した中央集権制に基づいており、影ならぬ顕在的な警察国家と言ってもよいが、自治体警察時代の名残として、一部の自治体に警察が設置されている。
 ただし、これらの自治体警察は自治体条例の執行や交通取締まりなどに限局された巡視隊的な地域警察であり、米英におけるそれのように完全な権限と装備を擁する自治体警察とは異なる。

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比較:影の警察国家(連載第38回)

2021-05-02 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

[補説]

 イギリスにおける影の警察国家化を助長する契機として、警察機関の統合や集権化といったハード面の制度改正に加え、新たな法律と新たな警察戦略の導入という言わばソフト面のシフトも存在する。
 中でも、2001年の9.11事件及びイギリスにおける9.11事件に相当する2005年のロンドン連続爆破テロ事件を契機として、大きく基本的人権を制約するテロリズム対策立法が進んだことは、従来の比較的謙抑的だったイギリスの刑事法体系を改変し、警察に強大な権限を付与する契機となった。
 一方、テロリズム対策立法とも間接的に連動する新たな警察戦略の導入として、プロジェクト・サーベーターと呼ばれるものがある。これは、簡単言えば、一般市民を警察の耳や目となる監視役(サーベータ―)として活用することでテロその他の重大犯罪防止を図るという理念であり、ある種の密告奨励策とも言える。


テロリズム対策立法
 イギリスにおけるテロリズム対策立法の本格的な進展は、2001年の9.11事件をきっかけに制定された2001年反テロリズム・犯罪・治安法(Anti-terrorism, Crime and Security Act 2001:以下、01年法という)を端緒とする。
 現在も施行中の01年法は、名称のとおり、テロリズム対策を柱とはするものの、テロに限らず、他の犯罪事案にも適用される拡大治安法である。
 これは全14章に及ぶ長大な法律であるが、最大の眼目は、テロリストの疑いある外国籍の者に対して無期限に拘束できるようにしたこと、警察に対して指紋その他の個人識別情報を強制的に採取する権限を与えたことである。
 この法律は、特に無期限の拘束を認める点で大きな批判を浴びたため、よりテロリズム対策に特化したテロリズム抑止法(Prevention of Terrorism Act 2005:以下、05年法という)が2005年に制定された。
 05年法の眼目は、テロリズムに関与した疑いのある者全般に、内務大臣が物品の所持や通信、居住・移動などに包括的な権利制限を課す統制命令(control order)の制度が創設されたことである。
 この05年法制定直後の05年7月にロンドン連続爆破事件が起きると、当時のブレア労働党政権は翌年、テロ行為の可罰範囲を大幅に拡大し、テロリズムを讃美することも可罰的とし、テロ容疑者を最大で90日間勾留できるとする新たなテロリズム法(Terrorism Act 2006:以下、06年法という)を用意した。
 これはさすがに国論の強い批判を受け、下院で否決となり、改めて修正法案が提出され、可決・成立することとなったが、修正法は現時点でも施行中である。
 他方、成立したものの批判が根強かった05法は保守党への政権交代後、2011年に廃止され、テロリズム抑止及び捜査手段法(Terrorism Prevention and Investigation Measures Act 2011:以下、11年法という)に置換された。
 この11年は05年法の統制命令の制度を廃止し、新たに法律の略称TPIMを取って、TPIM通知と呼ばれる制度により、より限定的にテロ容疑者に権利制限を課す形に改められた。
 かくして、現在のイギリスにおけるテロ対策法は01年法+06年法+11年法を軸としているが、これらの大半が従来、「法と秩序」に基づく強力な治安政策を掲げてきた保守党ではなく、比較的リベラルだった労働党政権下で制定されたことは、イギリスにおける影の警察国家化を象徴している。

プロジェクト・サーベーター
 プロジェクト・サーベーター(Project Servator)とは、近時、イギリスの地方警察や特別警察で、一般市民を警察に対する積極的な通報者として、末端で活用する新たな警察理念及びそれに基づく戦略である。
 サーベータ―とはおそらく新語で、モニターほど専門性のある監視員ではなく、インフォーマントほど確実な情報源となる下請けの協力者でもない、積極的な奨励に基づく監視役を意味する。
 先駆者となったロンドン市警察によると、その目的は犯罪やテロ活動を抑止し、探索するとともに、一般大衆を安心させることにあるといい、日本の漠然とした「安全・安心」スローガンにも一脈通ずるところがある。
 現時点では、法律に基づく活動ではないうえに、2014年に初めて導入したロンドン市警察を嚆矢として、首都警察、スコットランド警察その他一部の地方警察と鉄道警察、国防省警察、民間原子力保安隊など一部特別警察機関により施行されている社会実験段階にあるようである。
 プロジェクト・サーベータ―は相互監視による密告を奨励する秘密警察活動ではなく、警察が公然と活動する中で、不審者情報の通報を積極的に奨励するというもので、公然警察活動の一環ではあるが、結果的に市民をある種の密告者にする点で、全国に広がれば、影の警察国家を助長する実践となるだろう。

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比較:影の警察国家(連載第37回)

2021-05-01 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

3:部分社会警察の補完性

 アメリカと同様、イギリスにおいても、自律性を持つ部分社会が独自に私設の警察組織を擁する伝統が存在するが、イギリスの部分社会警察はアメリカほどには発達していない。伝統的には、港湾企業が保有する港湾警備を目的とした港湾警察(Port Police)が代表的なものである。
 ただし、ほとんどの港湾警察の管轄範囲は港湾施設から1マイル以内に限局されるとともに、2013年の法改正により、イングランドとウェールズの地方警察の長にも港湾に対する管轄権が付与されたため、この両地域では私設港湾警察と公的な地方警察の共管が進んでいる。
 ちなみに、ロンドンの経済的な基軸ともなってきたロンドン港にもロンドン港湾警察が存在したが、1992年の制度改正で廃止となり、その大部分の権限は首都警察をはじめとする地方警察に移管され、小規模なティルブリー港湾警察に縮小されるなど、統廃合もなされている。
 一方、アメリカにおいては広く普及している大学警察に関しては、イギリスでは長くオックスフォード大学とケンブリッジ大学の両名門にのみ特権として警察の保有が認められてきたが、オックスフォード大学警察は2003年をもって廃止となり(テムズヴァリー警察に移管)、ケンブリッジ大学だけが警察を保持している。
 なお、以前に見た鉄道警察はアメリカのそれのように鉄道会社自身が直営しているわけではないが、財政的には鉄道会社が拠出しているため、経済的な面から見れば、これも部分社会警察の一種と言える。同様に、民間原子力施設の警護に特化された民間原子力保安隊も、財政は核関連企業の共同出資によるため、経済的な面からの部分社会警察と言える。
 総じて、イギリスの部分社会警察は地方警察に統廃合されるか、鉄道警察や民間原子力保安隊のように、公設民営組織として再編されるか、いずれにせよ、公的な警察機関を補完する存在として限定的な役割を果たしていると言え、影の警察国家化現象の中ではやや影が薄い。

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比較:影の警察国家(連載第36回)

2021-04-11 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐5:重大知能犯局

 重大知能犯局(Serious Fraud Office:SFO)は、その名の通り重大知能犯の捜査及び訴追を専門に行う捜査機関である。SFOはイギリスが長い斜陽の時代(英国病)を克服し、金融分野復権を果たしつあった1980年代、主として金融犯罪の取り締まりを念頭に設置された特殊な捜査・訴追機関である。
 1987年に創設された比較的新しい機関であるが、より総合的な中央捜査機関である国家犯罪庁(National Crime Agency:NCA)が2013年に発足する以前としては、史上初の全土的な捜査機関であり(ただし、スコットランドは管轄外)、言わば経済警察としての役割を担って登場した機関である。
 その意味では、中央集権的な国家警察機関を持たず、地方警察を主とした伝統的な警察制度を維持してきたイギリスにあって、中央警察集合体が形成される先駆けを成した機関と言える。
 名称に冠せられているfraud は「詐欺」と訳されることもあるが、SFOが対象とする事案は、他人から金品を騙し取るといった単純な詐欺よりも(ただし、被害額100万ポンド以上の巨額詐欺は別)、金融・証券取引上の不正や企業会計上の不正に重点があり、さらには2010年以降は贈収賄に関しても管轄権が拡大されたことで、汚職を含むホワイトカラー犯罪取締機関としての性格が強まった。
 上述のとおり、SFOはNCAと並ぶ中央捜査機関であるが、内務大臣が監督するNCAとは異なり、イングランド及びウェールズ法務総監(Attorney General for England and Wales)が監督する。
 法務総監は政治任命職ではあるが、大臣ではなく、諸国の検事総長に近い役職である。実際、SFOは捜査した事案を自ら起訴する訴追機関でもあることから、通常の検察庁と並び、法務総監の監督下に置かれている。
 ちなみに、イギリス(イングランド及びウェールズ)では、1986年まで検察庁の制度が存在せず私人訴追の慣習に従い、一般刑事事件は警察が直接に代理人を立てて起訴する制度を維持していたが、大陸欧州諸国の制度との整合性の観点から、1986年に検察庁の制度を創設した。これはSFO創設の前年のことであり、両者は一連の刑事司法制度改革の一環とみなすことができる。
 かくして、SFOは経済警察と経済特捜検察を併せ持つ超権力機関と言えるが、その有罪獲得率は高くなく、捜査業務の適正さに疑問が呈されることもある。SFOが21世紀に入ってから予算を削減されていることも影響していると見られる。
 その点、保守党のメイ政権はSFOをNCAに吸収合併する考えを示し、2017年総選挙でも公約の一つに掲げていたが、メイ政権の退陣に伴い、この吸収合併計画は頓挫している。もしこの統合が改めて実現すれば、NCAがより巨大化して、アメリカのFBIに近い存在となり、影の警察国家化を促進する可能性がある。

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比較:影の警察国家(連載第35回)

2021-03-28 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐4:鉄道警察

 英国鉄道警察(British Transport Police:BTP)は、イングランド、ウェールズ、スコットランドを管轄区域として活動する鉄道専門の警察組織である。ただし、北アイルランドについては、北アイルランド警察(PSNI)が鉄道警察を兼ね、BTPはPSNIとの相互協力協定によってのみ活動できる。
 BTPの警察官は列車内や駅を含めた鉄道施設内である限り、警察官としての完全な権限を有するとされており、まさしく鉄道に特化された特別警察の一つである。
 その権限は「テロの戦い」テーゼに刺激されて拡大傾向にあり、地方警察を含む他の警察機関からの要請がある場合のほか、緊急的な状況では、独自の判断によって鉄道施設外で必要な実力行使ができることになっており、鉄道警察プラスアルファの存在となりつつある。
 実際、BTPも多くの主要な警察機関と同様に、即応班や緊急介入班などの特殊部門を持つほか、2012年以降は、一般警察と同等レベルに武装力を強化し、射手の配置を行うことで、武装化が進行している。
 その最大の契機となったのは、イギリスにおける9.11事件とも言うべき2005年のロンドン連続爆弾テロ事件であった。この時爆破された4か所のうち3か所がBTPの管轄下にあるロンドン市営地下鉄駅であり、BTPが初動で大きな役割を果たした。
 とはいえ、BTPは法的に運輸大臣の管轄下にありながら、その財政は鉄道会社の資金によって支えられており、政府の公金は投入されていない。これは、BTPが沿革的に、鉄道会社固有の警察部門から発展したことによる。
 もっとも、イギリスの鉄道網は1948年から97年まで国有化されていたが、その後民営化されても鉄道警察は一般警察に統合されることなく、存続した。その点では、国鉄の分割民営化に伴い、国鉄固有の警察組織であった鉄道公安室が廃され、一般警察の鉄道警察隊に統合された日本とは異なる経緯を辿った。
 対照的に、BTPは、後で述べる英(米)に特有の部分社会警察としての性格を持っていると言える。そうした点からも、いまだ私設警察の性格を脱していないBTPが鉄道警備の任務を超えて、一般警察と同等レベルの能力を備えた本格的な警察機関に発展することには、危うさも認められる。


注:transportは本来、航空や航海を広く含む「運輸」の意味であるが、BTPはその名称にもかかわらず、鉄道関係に限局された警察機関であるので、訳語としては「鉄道警察」とした。

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比較:影の警察国家(連載第34回)

2021-03-14 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐2:国防省警察

 国防省警察(Ministry of Defence Police:MDP)は、イギリスにおいて特別警察と呼ばれる三つの警察機関のうちの一つであり、その名のとおり、国防省に直属する警察機関である。ただし、軍内の犯罪の取り締まりに専従する憲兵隊とは異なり、文民警察機関である。
 沿革的には、元来、陸軍省・海軍省・空軍省と三部門に分岐していた国防行政が1964年に国防省に統合されたことを受け、1971年、それまで陸海空軍三部門ごとに分かれていた文民国防警察を統合したのが、国防省警察である。
 MDP本来の役割は全土の国防省関連施設やその資産、要員の防護であるが、今日ではそれに限られず、海外を含めた危険地帯での治安維持及び対テロ対策の任務も持つ。そのため、MDP要員の大半は公認射手としての資格を持ち、任務遂行中は常時武装する武装警察としての性格を帯びている。
 2010年のリストラにより20パーセントの要員が削減されたとはいえ、なお2500人以上の要員を擁し、犯罪捜査部や海上部、化学・生物・放射線/核対応班、国際警察部など多数の専門部署に分かれた自己完結的な警察組織として構成されている。
 中でも化学・生物・放射線/核対応班はこうした危険物質関連の事件・事故に関しては中心的な対応力を持つ部門として、次に見る民間原子力保安隊とともに重要な役割を担っている。
 総じて、MDPは大規模ではなく、活動範囲も限定されているが、全土及び海外でも活動できる国家/国際警察としてはイギリスで唯一の存在であり、対テロ、犯罪及び治安法により、一定の状況下では本来の管轄を越えた拡大権限が付与されており、影の警察国家化の中で存在性を増している。


2‐3:民間原子力保安隊

 民間原子力保安隊(Civil Nuclear Constabulary:CNC)も特別警察の一つであり、その名の通り、原子力発電所を含む民間核施設の防護及び国内外を輸送中の核物質の安全防護を担当する警察組織である。従って、核兵器の防護は管轄外であり、軍及び前出MDPの任務となる。
 CNCはかつてイギリスの核開発研究機関である英国原子力エネルギー機関の直属であったものを2005年の制度改正により、同機関から分離したうえ、人員を拡充したものである。現在は、2016年新設のビジネス・エネルギー・産業戦略省の管轄下にあるが、財政は外資を含む核関連企業体の出資によるという官立民営のような特殊な組織でもある。
 このような制度改正がなされた背景にも、「テロの戦い」テーゼと関わっており、民間核施設に対するテロ攻撃への備えとして、わずか700人弱の要員の旧制度では不十分と認識されたためである。そこで、現在は1500人以上にまで要員も倍増されている。
 機関の性格は、MDPと同様、公認射手を擁し、任務遂行中は常時武装する武装警察である。ただし、MDPとは異なり、対テロ法の下でも管轄を超えた拡大権限は付与されておらず、所定の権限に限られた専門警察としての性格が維持されている。

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比較:影の警察国家(連載第33回)

2021-02-28 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐1‐3:国境隊及び移民執行局

 前々回と前回に見た国家犯罪庁と保安庁はいずれも内務大臣の管轄下にありながら、内務省の部局でなく、一定の独立性を持った特殊機関という性格を持つが、内務省の部局として設置されている法執行機関として、国境隊(Border Force)と移民執行局(Immigration Enforcement)がある。
 2010年以降のキャメロン保守党政権下では、警察・治安機関の大幅な再編がなされたが、この二つの機関も同政権下の2012年に設置された新機関である。それ以前、労働党政権下の2008年に設置された英国国境庁(UK Border Agency:UKBA)を分割・再編したものである。
 この前身機関UKBAは、それまで複数の機関に分散されていた国境警備・関税・移民などに関する法執行権限を集約した集権的機関として登場したが、包括的な機関となりすぎ、業務に関する苦情が発足当初より集中したため、政権交代後、分割される形で再編された経緯がある。ここでは、警察機関の分散というイギリス的伝統が作用したようである。
 国境隊はその名の通り、国境での人と物の出入りを直接に統制する任務を持つが、軍に近い性格を持つ他国の国境警備隊よりも文民警察の性格が強く、国境ではあらゆる犯罪の被疑者を拘束し、警察官に引き渡す権限を持っている。
 また、近年はテロ対策の任務も加わり、テロリストによる武器や放射性物質・核物質の持ち込みを監視し、取り締まることも重視されている。
 一方、移民執行局は移民法の執行を専任する法執行機関である。移民法違反の取り締まりが中心的任務であるが、特捜班として犯罪・金融捜査チームを擁し、人身売買や現代的奴隷制その他の組織犯罪・経済犯罪の取り締まりにも拡大されている。
 従来、イギリスの国境・移民管理は欧州連合の枠内での行政管理的な方式で行われてきたが、欧州連合脱退という新たな状況下で再び単立国家となったイギリスの国境・移民管理は「テロとの戦い」テーゼや移民排斥的風潮の高まりとともに、より警察的・抑圧的となる可能性を秘めている。

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比較:影の警察国家(連載第32回)

2021-02-20 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐1‐2:保安庁の公安警察機能

 保安庁(Security Service)は元来、20世紀初頭に設置された陸軍省(現国防省)系の諜報機関を沿革とする古い機関であり、第一次世界大戦を機に軍事諜報組織がその担当分野ごとに番号順に整理された際、防諜を担当するMI5 (Military Intelligence, Section 5)として位置づけられた。
 こうした経緯から、保安庁はMI5と通称されるようになり、第二次大戦後、これらの軍事諜報機関が統廃合された後も、対外諜報を担当する秘密諜報庁(Secret Intelligence Service:通称MI6)とともに、冷戦時代の主要な防諜機関として存続するとともに、内務大臣の管轄下に移った。
 諜報機関としての性格上、内務大臣の管轄下にありながら、内務省の機関ではないという微妙な関係にあるが、冷戦終結後は、それまでの主としてソ連を中心とした東側陣営からの防諜という本来任務の比重が落ち、代わってテロ対策が新たな任務となったことから、公安機関としての性格が強まった。
 こうした保安庁の公安警察機能は1990年代、それまで主に首都警察と北アイルランド保安隊の任務であった北アイルランド分離独立派武装組織・アイルランド共和軍(IRA)対策が保安庁の任務として明確にされたことに始まる。
 その後、21世紀に入り、9.11事件後、イギリスでも「テロとの戦い」テーゼが掲げられると、保安庁のテロ対策機能は強化され、テロ関係者と疑われる個人に関する秘密の情報収集に着手するようになったとされる。2006年には、およそ27万人分の個人情報を蓄積していたことが判明している。
 とはいえ、保安庁はあくまでも諜報機関であって、捜査機関ではないから、被疑者の拘束や尋問はできないが、活動の重点が防諜からテロ対策に遷移するにつれ、保安庁の公安警察機能が高まっており、イギリスにおける中央警察集合体の一角に加わりつつあることも、たしかである。
 その点、90年代後半には、一時、保安庁が重大犯罪の捜査に際し、犯罪捜査機関に対して電子監視や盗聴を支援する任務が与えられた。この任務が恒久化されれば、保安庁の公安警察化は一層進展したはずであるが、こうした任務は後に新設の国家犯罪庁(NCA)に移管された。
 一方、2018年には、政府が保安庁要員に対して、任務遂行に際し犯罪行為を犯すことを許可し、免責していたことが発覚し、問題となった。表の警察機関が法的に実行できない言わば裏仕事を保安庁が担っている疑惑が表面化したわけである。
 こうした裏仕事を身上とする諜報機関・保安庁のなし崩しの公安警警察化は、如上のとおり、機関の所属関係が曖昧なままであることと相まって、イギリスにおける影の警察国家化を進展させる要因となるだろう。

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比較:影の警察国家(連載第31回)

2021-02-07 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐1‐1:国家犯罪庁の創設

 イギリスは、国土全域を管轄する集権的な国家警察を持たないばかりか、アメリカのFBIのように、国土全域で活動する専門的な犯罪捜査機関をも持たず、地方警察を主体とした警察機構態勢を長きにわたり維持してきたが、この伝統に初めて風穴を開けたのが、2013年の国家犯罪庁(National Crime Agency:NCA)の創設であった。
 もっとも、これに先立ち、イギリスでは、1990年代から、組織犯罪対策として中央捜査機関の組織化の動きが出ており、2006年には、当時の労働党政権が薬物犯罪の捜査なども統括する重大組織犯罪庁(SOCA)を創設しているので、正確には、これをもって初の全土的な犯罪捜査機関の創設と見るべきかもしれない。
 しかし、旧SOCAは捜査機関としての弱体さが指摘され、保守党政権への交代後、当時のキャメロン政権が改めてSOCAを発展解消する形で創設したのが、NCAである。NCAは内務省の管轄する閣外政府機関という性格を持ち、政府機関ながら独立性が保障されている。
 NCAの主要任務は全土及び国際レベルの組織犯罪に加え、人身・武器・麻薬取引、経済犯罪などの捜査であるが、対象犯罪には限定がなく、スコットランドでは権限が制約されることを例外として、北アイルランドを含むイギリス全土で活動することができる。
 また、NCAはインターポールやユーロポール等の国際警察協力機構との間で窓口機関となることからも、その権限と活動範囲の広さと合わせ、実質上はイギリスにおける国家警察としての機能を持つものと考えられる。
 ただし、公安警察としての機能は持たないものの、保安庁(通称MI5)と並び、イギリスにおける諜報機関協力体のメンバーを構成していることから、間接的には、諜報機関としての性格も帯び、イギリスにおける影の警察国家を象徴する新機関である。
 NCAはその名称からも、アメリカのFBIを意識しており、実際、「イギリス版FBI」とみなされることもあるが、5000人ほどの職員中、捜査官は1200人ほどで、自前に訓練された捜査官も少ない。また予算にも限りがあり、人的・物的な容量の点で、いまだアメリカのFBIとは比較にならない。
 NCAは現時点では創設から10年に満たない新機関であるため、NCAがイギリスの中央警察集合体における中核的な機関として増長するか、補完的な機関にとどまるかは、地方警察主体の伝統の中で事実上の国家警察機能を二面的に担ってきた首都警察との競合関係と、影の警察国家化を推進する政治力学との間の綱引きの結果いかんによるであろう。

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比較:影の警察国家(連載第30回)

2021-01-17 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐0:中央警察集合体

 イギリスの中央警察集合体はアメリカの連邦警察集合体に対応する国家レベルの警察機関群であるが、アメリカの肥大化した連邦警察集合体に比すれば、イギリスの中央警察集合体はなお小規模なものにとどまる。しかし、近年、保守党政権下で拡大傾向にあることは確かである。
 イギリスの場合、中央政府レベルにおける治安官庁は、内務省(Home Office)であり、中央警察集合体も内務省系統がその中核である。もっとも、イギリスでは依然として国家警察を擁しないため、いくつかの内務省所管機関の集合体の形で存在する。
 中でも近年の大きな変化として、イギリス版FBIとしての国家犯罪庁(National Crime Agency:NCA)の設置がある。ただし、人員や権限はFBIよりも限られており、発達途上の新機関である。
 内務省系機関として、より歴史が古いのは、国境警備や移民管理に関わる諸機関であるが、この分野でも、近年、移民取締りの効率を上げるために変更が加えられ、新たに内務大臣直属の国境警備隊である国境隊(Border Force)と移民執行局(Immigration Enforcement)とに分離された。
 また、国内諜報機関として歴史の古い保安庁(Security Service:通称MI5)も、国内治安情報の収集に関わることから、形式的ではあるが、内務大臣の管轄下にある。保安庁は本来、諜報機関であって、捜査機関ではないが、対テロ対策にも関わる近年は、中央警察集合体の一翼にもかかってきている。
 アメリカにおいて連邦警察集合体の中核を成す司法省に相当する中央省庁はイギリスには存在しないが、イングランド・ウェールズ法務総監(Her Majesty's Attorney General for England and Wales)が監督する中央捜査機関として、重大知能犯局(Serious Fraud Office:SFO)が存在する。時代的には、如上NCAよりも早い1987年設置の機関である。
 そのほか、中央警察集合体には、特別警察と呼ばれる三つの警察機関、すなわち、英国鉄道警察(British Transport Police)、民間原子力保安隊(Civil Nuclear Constabulary )、国防省警察(Ministry of Defence Police)が含まれる。
 これら三機関は、それぞれ運輸省、ビジネス・エネルギー・産業戦略省、国防省の管轄下にあり、組織としては別立てであるが、100人以上の死者を出した2015年のパリ同時多発テロ事件を受け、2016年には当時のメイ政権が如上三つの特別警察の狙撃要員を統合した4000人規模の新たな即応部隊の創設を打ち出した。
 本稿執筆時点で、この新組織に関する正式な発足の情報は得られていないが、「テロとの戦い」テーゼに対応して、中央警察集合体の統合を図る動きと見られる。これは、前回見た地方警察の統合運用と合わせ、イギリスの分散型警察国家における集権的な変容の動きとして注目される。

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比較:影の警察国家(連載第29回)

2021-01-10 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

1‐4:地方警察の統合運用

 イギリスにおける分散型警察国家の中核にあるのが細分化された地方警察であるが、これの建前も近年変容し始め、統合運用に向けた動きが強まっている。
 以前の回で見たように、首都警察(日本語通称ロンドン警視庁)は従来から、ロンドンの地方警察であると同時に、全土的に活動する準国家警察的な地位を占めているが、それにとどまらず、首都警察を含めた全国の地方警察全体を統合運用する動きもある。
 その司令塔となるのが、全国警察長官評議会(National Police Chiefs' Council:NPCC)である。この組織は2015年、当時のキャメロン保守党政権下で、従前の警察本部長協会(Association of Chief Police Officers:ACPO)に代えて設立されたものである。
 ACPOが非営利企業体の形態であったのを改め、より公的な機関としての性格を強め、政府機関ではないが、国レベルを含めたほとんどの警察及び警察相当法執行機関の長及びその管理責任者で構成される合議体に再編したものである。
 イギリスにおける国レベルの治安官庁は内務省であるが、内務省に全警察機関を統合するという中央集権制を回避しつつ、運用のレベルで地方警察(及び中央警察集合体)を統合しようというイギリス式の方法と言える。
 NPCCの役割は、これら全国の警察機関、中でも地方警察がテロリズムや組織犯罪等の全国的な犯罪事案に対して共同で対処するための調整にある。NPCCの意思決定は警察本部長会議(Chief Constables' Council)が行うが、その下に種々の分野に分かれた調整委員会(coordination committees)が設置されている。
 NPCCの共同運用の中でも重要なものとして、各警察機関からの犯歴記録の照会に迅速に対応する犯歴記録室(Criminal Records Office)がある。また、銃器犯罪に関する情報集約のための全国弾道諜報部(National Ballistics Intelligence Service)も、NPCCの重要な共同運用である。
 さらに、以前に見た全国国内過激主義・騒乱諜報班(National Domestic Extremism and Disorder Unit)も、首都警察の担当部署と連携して運用される事実上の政治警察である。
 一方、「テロとの戦い」テーゼの直接的な反映として、全国テロ対策警察網(National Counter Terrorism Policing Network:NCTPN)が設置されている。これはテロ対策に特化した全国の警察機関の共同運用組織であり、政府及び如上のNPCCの共同管轄下にある。
 NCTPNは、スコットランドや北アイルランドを含め、全国の広域地方ごとにテロ対策班及び対テロ諜報班を配するまさに警察網であって、テロ対策に特化しつつも、運用面から全国の地方警察を統合したものであり、その限りでは事実上の国家警察の創設に一歩を踏み出したものとも言える。
 このように、近年のイギリスでは、分散型の地方警察を維持しながらも、統合運用を目的とした非政府組織を通じ、言わば脇道から影の警察国家化が進行しているとも言えるところである。

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比較:影の警察国家(連載第28回)

2021-01-08 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

1‐3:警察の武装化

 イギリスの警察の伝統的な特徴として、一般の制服警察官が武装しないという非武装主義がある。この伝統は現在でも北アイルランド警察を除き、基本的には維持されているものの、1960年代以後、徐々に見直しが進んできた。
 とはいえ、その見直しは全制服警察官を武装化するというストレートなやり方ではなく、狙撃専門部署を設置する専門分化の形で行われた。1960年代に首都警察に設置された銃火器班(Firearms Wing)はその嚆矢となり、これが他の地方警察にも模倣されていった。
 このような狙撃専門班は、イギリス警察の伝統が持ち込まれたアメリカにおいてSWATチームの創設が全米の自治体警察で進んだことと軌を一にしており、言わばイギリス版SWATチームの誕生である。
 1990年代に入ると、武装警察官が乗り込みパトロールを行う武装対処車両(Armed Response Vehicle:ARV)が導入された。これは事件発生の通報を受けずに、武装警察官が巡回することで銃器犯罪を防止し、かつ現行犯にも迅速に対処するという趣旨のもので、狙撃専門班より一歩踏み込んだ言わば武装監視活動である。
 このような武装化傾向は、「テロとの戦い」テーゼが定着した2000年代以降強化され、対テロ作戦の特別訓練を受けた選抜要員である対テロ特殊銃火器官(Counter Terrorist Specialist Firearms Officer)の制度が導入された。
 これは、従来、対テロ作戦を一種の軍事作戦とみなして軍の特殊部隊に委ねていたことを改め、警察によって実行できるようにすることを目的とするもので、言わば警察の準軍事化と言うべき新たな制度改正であった。
 こうした狙撃専門班は首都警察において最も発達しており、現時点では如上のARV車の運用とも合わせて、特殊銃火器指令部(Specialist Firearms Command)として包括されている。さらに、機動隊に相当する地域支援群(Territorial Support Group)にも狙撃手を配置して、SFCの補完部隊としている。
 ちなみに、近年、首都警察では各専門部署を作戦指令部(Operational Command Unit :OCU)と呼ばれる単位で組織するようになっている。例えば、殺人事件を筆頭とする重罪事件の捜査を担当する刑事部門も殺人及び重罪指令部(Homicide and Serious Crime Command)と称されるように、軍の指揮系統を思わせるcommandによって運用される。
 これは単に形式的な名称の問題ではなく、警察の準軍事化という新たな段階を示唆するものである。つまり、警察が総体として戦闘仕様に変更されつつあるということであり、それにより、強力な武力を擁する警察国家化が進行しているのである。

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比較:影の警察国家(連載第27回)

2020-12-20 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

1‐2:北アイルランド警察の特殊性

 北アイルランド問題は、長年にわたり、イギリスにおける最大のアキレス腱であり、イギリス政府と独立派武装組織アイルランド共和軍(IRA)の間は1998年の和平成立まで一種の戦争状態にあり、その間、イギリスは北アイルランド独立派に対して、重装警察組織による強硬な警察国家的対応で臨んできた。
 しかし、和平成立後は、IRAの武装解除に伴い、北アイルランドの平常化が図られ、その一環として警察組織の再編も実施された。結果、発足した北アイルランド警察(Police Service of Northern Ireland:PSNI)は、連合王国構成主体の一つである北アイルランド全域を管轄する地方警察の一つであるが、和平後もなお、他の地方警察とは異なる特徴を備えている。
 まず、一つの地方全域を管轄する例外的な地方集権警察である点である。ただし、遅れてスコットランド警察も同様の構制で再編されたため、唯一の例外ではなくなったが、2001年の発足当時のイギリスにおいては初の警察形態であった。
 また、前身組織の王立アルスター保安隊(Royal Ulster Constabulary:RUC)が重装備の警察軍に近い組織であったことを反映し、PSNIも依然として武装化されている点である。イギリスでは一般警察官が武装しない伝統が維持されているところ、PSNIの警察官は常時武装し、防弾装備も備えていることが相違点となっている。
 さらに、武装組織の襲撃を想定した特殊作戦チームが豊富に配備されていることも特徴である。その中心は武装即応班(Armed Response Unit)である。これは厳選され、専門的な銃撃訓練を受けた要員から成り、緊急的な事案に対応する特殊部隊であり、アメリカにおけるSWAT部隊に近い存在である。
 その他にも、本部機動支援班(Headquarters Mobile Support Unit)や医療班を含め、様々に機能分化した戦術支援集団(Tactical Support Group)など、RUC時代の軍隊に近い組織構制が継承されており、北アイルランドが和平成立後も依然として厳しい治安警戒地域とみなされていることを示している。
 一方、北アイルランドならではの特殊な制度として、アイルランド島内で隣接するアイルランド共和国の国家警察(アイルランド治安警備隊)との人事交流制度がある。これは2002年の政府間協定に基づくもので、アイルランド島が南北に二つの国家に分割されている不自然な地政状況下で、両アイルランド警察機関の連携を図るものである。
 このように、北アイルランド警察は形式上は通常の警察組織として構制されているとはいえ、北アイルランドの地政学的特殊性を反映した特別警察的な存在であり、「テロとの戦い」テーゼの時代には他の地方警察にも参照モデルを提供し、イギリスにおける影の警察国家の重要な一部を形成していると言える。

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比較:影の警察国家(連載第26回)

2020-12-13 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

1‐1:首都警察の二面性

 イギリスの首都警察(Metropolitan Police Service)は、都心部に相当するロンドン市を除く首都全域を管轄する地方警察であると同時に、国家警察を擁しないイギリスにあって、国家警察に準じた機能を持つ二面的な警察組織である。イギリスにおける最強の警察機関もある。
 このような複雑な構制であるのは、ロンドン都が都心部のロンドン市(City of London)とロンドン市を含めたより広域の大ロンドン(Greater London)の二層から成ることに対応し、前者はロンドン市域限定のロンドン市警察(City of London Police)が別途管轄するためである。
 首都警察は2011年の制度改正までは、内務大臣が直接に警察管理者となっていたが、改正後は警察管理業務が大ロンドン市長に継承され、管理上は地方警察としての性格が強まったように見える。しかし、その役割においては、国家警察に近い性格が維持されている。
 そうした性格が象徴的に表れるのが、公安・警備部門である。現在の首都警察の公安・警備部門は、特殊作戦群(Specialist Operations:SO)と呼ばれる特殊部門にまとめられ、国家保安や要人警護等に関わる業務を遂行している。
 SOは、現時点で、要人警護や政府施設警備に当たる警護指令部(Protection Command)、空港保安やイベント等の群衆警備に当たる保安指令部(Security Command)、テロリズム対策に当たるテロリズム対策指令部(Counter Terrorism Command:CTC)の三部門に分かれている。
 CTCは、「テロとの戦い」テーゼに沿って、労働党のブレア政権時代の2005年の制度改革によって創設された部署で、1500人を超える陣容で構成され、首都に限定されず、全国及び海外にわたるテロリズム対策に当たる諜報機能を備えた政治警察である。
 これとは別に、SO内で運用される全国警察長官評議会(NPCC)の合同作戦班として全国国内過激主義・騒乱諜報班(National Domestic Extremism and Disorder Intelligence Unit)という別動隊がある。この別動隊は、政府が国内過激主義者とみなす人物のデータベースを管理していることが2009年の報道で暴露された。
 部署名称に「過激主義」のみならず、「騒乱」が含まれる点にも示唆されるように、データベースの中には合法的なデモ行動に参加した個人の情報も含まれていることが判明したほか、要員が環境活動家を装って不法な潜入工作を行った事案が明らかになるなど、まさに秘密警察的な存在である。

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