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比較:影の警察国家(連載第38回)

2021-05-02 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

[補説]

 イギリスにおける影の警察国家化を助長する契機として、警察機関の統合や集権化といったハード面の制度改正に加え、新たな法律と新たな警察戦略の導入という言わばソフト面のシフトも存在する。
 中でも、2001年の9.11事件及びイギリスにおける9.11事件に相当する2005年のロンドン連続爆破テロ事件を契機として、大きく基本的人権を制約するテロリズム対策立法が進んだことは、従来の比較的謙抑的だったイギリスの刑事法体系を改変し、警察に強大な権限を付与する契機となった。
 一方、テロリズム対策立法とも間接的に連動する新たな警察戦略の導入として、プロジェクト・サーベーターと呼ばれるものがある。これは、簡単言えば、一般市民を警察の耳や目となる監視役(サーベータ―)として活用することでテロその他の重大犯罪防止を図るという理念であり、ある種の密告奨励策とも言える。


テロリズム対策立法
 イギリスにおけるテロリズム対策立法の本格的な進展は、2001年の9.11事件をきっかけに制定された2001年反テロリズム・犯罪・治安法(Anti-terrorism, Crime and Security Act 2001:以下、01年法という)を端緒とする。
 現在も施行中の01年法は、名称のとおり、テロリズム対策を柱とはするものの、テロに限らず、他の犯罪事案にも適用される拡大治安法である。
 これは全14章に及ぶ長大な法律であるが、最大の眼目は、テロリストの疑いある外国籍の者に対して無期限に拘束できるようにしたこと、警察に対して指紋その他の個人識別情報を強制的に採取する権限を与えたことである。
 この法律は、特に無期限の拘束を認める点で大きな批判を浴びたため、よりテロリズム対策に特化したテロリズム抑止法(Prevention of Terrorism Act 2005:以下、05年法という)が2005年に制定された。
 05年法の眼目は、テロリズムに関与した疑いのある者全般に、内務大臣が物品の所持や通信、居住・移動などに包括的な権利制限を課す統制命令(control order)の制度が創設されたことである。
 この05年法制定直後の05年7月にロンドン連続爆破事件が起きると、当時のブレア労働党政権は翌年、テロ行為の可罰範囲を大幅に拡大し、テロリズムを讃美することも可罰的とし、テロ容疑者を最大で90日間勾留できるとする新たなテロリズム法(Terrorism Act 2006:以下、06年法という)を用意した。
 これはさすがに国論の強い批判を受け、下院で否決となり、改めて修正法案が提出され、可決・成立することとなったが、修正法は現時点でも施行中である。
 他方、成立したものの批判が根強かった05法は保守党への政権交代後、2011年に廃止され、テロリズム抑止及び捜査手段法(Terrorism Prevention and Investigation Measures Act 2011:以下、11年法という)に置換された。
 この11年は05年法の統制命令の制度を廃止し、新たに法律の略称TPIMを取って、TPIM通知と呼ばれる制度により、より限定的にテロ容疑者に権利制限を課す形に改められた。
 かくして、現在のイギリスにおけるテロ対策法は01年法+06年法+11年法を軸としているが、これらの大半が従来、「法と秩序」に基づく強力な治安政策を掲げてきた保守党ではなく、比較的リベラルだった労働党政権下で制定されたことは、イギリスにおける影の警察国家化を象徴している。

プロジェクト・サーベーター
 プロジェクト・サーベーター(Project Servator)とは、近時、イギリスの地方警察や特別警察で、一般市民を警察に対する積極的な通報者として、末端で活用する新たな警察理念及びそれに基づく戦略である。
 サーベータ―とはおそらく新語で、モニターほど専門性のある監視員ではなく、インフォーマントほど確実な情報源となる下請けの協力者でもない、積極的な奨励に基づく監視役を意味する。
 先駆者となったロンドン市警察によると、その目的は犯罪やテロ活動を抑止し、探索するとともに、一般大衆を安心させることにあるといい、日本の漠然とした「安全・安心」スローガンにも一脈通ずるところがある。
 現時点では、法律に基づく活動ではないうえに、2014年に初めて導入したロンドン市警察を嚆矢として、首都警察、スコットランド警察その他一部の地方警察と鉄道警察、国防省警察、民間原子力保安隊など一部特別警察機関により施行されている社会実験段階にあるようである。
 プロジェクト・サーベータ―は相互監視による密告を奨励する秘密警察活動ではなく、警察が公然と活動する中で、不審者情報の通報を積極的に奨励するというもので、公然警察活動の一環ではあるが、結果的に市民をある種の密告者にする点で、全国に広がれば、影の警察国家を助長する実践となるだろう。


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