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比較:影の警察国家(連載第36回)

2021-04-11 | 〆比較:影の警察国家

Ⅱ イギリス―分散型警察国家

2‐5:重大知能犯局

 重大知能犯局(Serious Fraud Office:SFO)は、その名の通り重大知能犯の捜査及び訴追を専門に行う捜査機関である。SFOはイギリスが長い斜陽の時代(英国病)を克服し、金融分野復権を果たしつあった1980年代、主として金融犯罪の取り締まりを念頭に設置された特殊な捜査・訴追機関である。
 1987年に創設された比較的新しい機関であるが、より総合的な中央捜査機関である国家犯罪庁(National Crime Agency:NCA)が2013年に発足する以前としては、史上初の全土的な捜査機関であり(ただし、スコットランドは管轄外)、言わば経済警察としての役割を担って登場した機関である。
 その意味では、中央集権的な国家警察機関を持たず、地方警察を主とした伝統的な警察制度を維持してきたイギリスにあって、中央警察集合体が形成される先駆けを成した機関と言える。
 名称に冠せられているfraud は「詐欺」と訳されることもあるが、SFOが対象とする事案は、他人から金品を騙し取るといった単純な詐欺よりも(ただし、被害額100万ポンド以上の巨額詐欺は別)、金融・証券取引上の不正や企業会計上の不正に重点があり、さらには2010年以降は贈収賄に関しても管轄権が拡大されたことで、汚職を含むホワイトカラー犯罪取締機関としての性格が強まった。
 上述のとおり、SFOはNCAと並ぶ中央捜査機関であるが、内務大臣が監督するNCAとは異なり、イングランド及びウェールズ法務総監(Attorney General for England and Wales)が監督する。
 法務総監は政治任命職ではあるが、大臣ではなく、諸国の検事総長に近い役職である。実際、SFOは捜査した事案を自ら起訴する訴追機関でもあることから、通常の検察庁と並び、法務総監の監督下に置かれている。
 ちなみに、イギリス(イングランド及びウェールズ)では、1986年まで検察庁の制度が存在せず私人訴追の慣習に従い、一般刑事事件は警察が直接に代理人を立てて起訴する制度を維持していたが、大陸欧州諸国の制度との整合性の観点から、1986年に検察庁の制度を創設した。これはSFO創設の前年のことであり、両者は一連の刑事司法制度改革の一環とみなすことができる。
 かくして、SFOは経済警察と経済特捜検察を併せ持つ超権力機関と言えるが、その有罪獲得率は高くなく、捜査業務の適正さに疑問が呈されることもある。SFOが21世紀に入ってから予算を削減されていることも影響していると見られる。
 その点、保守党のメイ政権はSFOをNCAに吸収合併する考えを示し、2017年総選挙でも公約の一つに掲げていたが、メイ政権の退陣に伴い、この吸収合併計画は頓挫している。もしこの統合が改めて実現すれば、NCAがより巨大化して、アメリカのFBIに近い存在となり、影の警察国家化を促進する可能性がある。


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