たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
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奥野克巳
立教大学異文化コミュニケーション学部教授
東南アジアの熱帯雨林とその周辺地域に住む人びとを対象に調査研究を進めてきた文化人類学者。
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分派する人びと
エスノグラフィー
/
2006年09月24日 10時31分56秒
調査を開始する直前の4月に、ブラガのディストリクト・オフィスで調べたところ、わたしの調査(行政)村には、5つのプナン人の共同体がマッピングされていた。わたしは、そのことをそのままうのみにして、1960年代の<定住>後の、B川流域のプナンの共同体の構成と分布をイメージしてきたが、しだいに、プナン人の共同体は、そのような単純なものではないということが分かってきた。<定住>者の、行政者の観点からなされたマッピングは、プナン人の居住域の共同体の分布を、正確に示していない。
ごく大雑把に述べれば、プナン人の「ひと」の集合は、根源的なところで、バンド社会(狩猟採集民社会)のエトースに支えられているのだといえる。それは、簡単に言うと、気の合う者同士が、ある一人の(アドホックな)リーダーのもとに集い、サゴヤシの澱粉などを採集し、動物を狩猟しながら、一定の期間、共同で暮らすというものである。そして、その「ひと」の集合である共同体で、ともに暮らしていくことが、何らかの理由で続けられなくなった場合、あるいは、共同体の他の人びととの間で、解決が難しい諍いを抱えているような場合、家族単位(基本は、一組の夫婦とその子ども)で、別の「ひと」の集合へと合流するか、あるいは、新しい別のリーダーのもとに集結し、数家族で分派集団を立ち上げて、別の場所へと移動(移住)する。
政治人類学のテキストに出てくるように、バンド的な集合を組織するこのタイプの社会は、基本的には、平等主義的な社会である。社会階層やカーストのようなものは存在しない。リーダーの地位は、アドホックなものであり、世襲されるような類のものではない。そのため、リーダーには、豊富な知識と経験をつうじて食料確保を指揮し、共同体の行く末を見通す卓越した力がそなわっていることが求められる。単純化して言えば、そのようなリーダーの求心力が失われた場合、人びとは、その共同体から離脱していくことになる。
B川流域のプナンの居住域では、1960年代の<定住>以降も、リーダーを見限って、新たなリーダーのもとに分派して、移住して、新たな共同体を立ち上げるということが、ひんぱんにおこなわれてきた。わたしの住むロングハウスでは、現リーダー(プナン語で、
Lake Jaau
, すなわち、ビッグマン)が、州政府からトゥアイ・ルマー(
Tuai Rumah
: 州行政によって公認された村長の職位)として認められた1985年以降、さまざまな理由で、3つのグループが、そこから分派し、離脱していった。それらの分派行動についていった人びとのなかには、その後、ふたたび、もとのロングハウスに戻った人たちもいる。また、分派して設立された共同体は、もとの共同体と現在、比較的良好な関係を築いており、人びとの行き来も、他の集団以上におこなわれている。
そのようにして、わたしの調査地域では、プナン人の<定住>後、分派と、分派からの分派、分派からの分派からの分派…などが、繰り返されてきた。彼らは、<定住>してからも、けっしてひとところに住み続けるのではなく、ノマドの時代に支配的であった(と思われる)離合集散の原理に従いながら、住み処をひんぱんに移してきたのではないだろうか。その結果、ディストリクト・オフィスでマッピングされている5つの共同体ではなく、実質的には、現在では、9つの共同体がある。
ところで、トゥアイ・ルマーは、行政職として、給与が支払われ、また、木材会社や油ヤシ・プランテーションの会社から土地使用の賠償金が支払われ、毎月、他の住人とは桁違いの現金を手にする。さらに、無視しえないような勢力となった共同体(追加された4つの共同体がそれにあたる)のリーダーには、会社から、周辺地の利用に対して、賠償金が支払われることになる。そのため、木材伐採や油ヤシ・プランテーションに関わる土地利用の利権との関係で、今日、プナンの共同体のリーダーは、現金をめぐるかけひきに、否が応でも巻き込まれる。逆に言えば、現代社会における、そのような現金獲得のかけひきに長けた人材が、今日、プナンの共同体のリーダーとして、求心力を持つことになる。
要するに、共同体のリーダーは、今日では、共同体のメンバーの現金獲得のための計画を推進し、各メンバーへの経済面での援助をおこないながら、知識と経験を生かして、共同体の進むべき道を示し、求心力を保ち続けなければならないのである。
わたしが住むロングハウスのリーダーは、狩猟キャンプで獣肉が取れた場合、キャンプに参加していない他の共同体のメンバーにも分配するといった指示をけっして怠ることはない。また、彼は、現在、他の共同体にさきがけて、4WD車を手に入れるべく努めている(日本円で300万円もする)。それを用いて、ハンティングに行き、獣肉を手に入れるだけでなく、それを販売し、また、ジャングルのなかから伐り出した木材を運んで、町に売りに行くということを画策している。実際には、銀行の預金額であるとか、保証人の問題などさまざまな壁が立ちはだかって、その目論見は、なかなか実現しないのであるが…
<定住>後のノマドの末裔の「ひと」の集合は、はたして、ここで述べたように、バンド社会のエトースに貫かれているのであろうか、リーダーもまた、そのような原理の上で動いているのであろうか。
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