たんなるエスノグラファーの日記
エスノグラフィーをつうじて、ふたたび、人間探究の森へと分け入るために
 



道具をつくるようになったヒトの祖先は、狩猟という手法をつうじて、動物肉を獲得するようになり、旧石器時代には、狩猟採集が、ヒトの主要な生業の形態となった。その後、ヒトは、農耕を開始するようになったが、今日に至るまで、狩猟採集を、生き延びる手段としている人たちがいる。プナン人は、そのひとつである。

ボルネオ島のジャングルのなかで、有史以来、プナンは、どのように狩猟活動をおこなってきたのだろうか。

人類学者・ホフマンは、ボルネオ島の焼畑稲作を主生業とする人びとのなかで、森林産物を獲得するために、ジャングルのなかに入ったのが、プナン(の祖先)であるという説を唱えた。狩猟採集民が焼畑農耕民になったのではなく、焼畑農耕民から狩猟採集民が生み出されたというのである。プナンは、ジャングルのなかを遊動し、漢方薬の原料として重宝される動物の諸器官、鳥の巣や天然ゴムなどを狩猟採集することに特化し、それらを、焼畑農耕民の持つ塩やタバコなどの必需品と交換するようになったという。

しかし、その説は、あくまでも、憶測の域を出ない。ボルネオ島のジャングルのノマドが、どのような狩猟活動をおこなってきたのかについては、依然、詳しいことは分かっていない。

今日、B川流域のプナンたちは、ひんぱんに油ヤシ・プランテーションのイノシシ猟に出かける。わたしは、そのようなイノシシ猟に、これまでに、10回以上同行している。そのため、その狩猟のやり方が、以前から、ジャングルのなかでおこなわれる猟と並行しておこなわれる狩猟方法であると思っていた。

しかし、その油ヤシ・プランテーションのイノシシ猟は、実は、B川流域周辺では、2000年代の初めからおこなわれるようになった、ひじょうに新しい狩猟方法なのである。考えてみると、当然といえば、当然のことである。油ヤシ・プランテーションが建設されたのは、ごく最近なのだから。わたしが住んでいる村では、油ヤシ・プランテーションにたくさんのイノシシの足跡が残っているということを伝え聞いていた数人の男たちが、2003年に試してみて、その後、猟としておこなうようになったというのが、その起源である。

B川周辺のジャングルに、木材会社が進出してきたのは、1970年代の半ばのことである。木材が伐採されると、今度は、油ヤシ・プランテーションが進出してきた。1990年代初めに、木材伐採後の土地に、油ヤシの木が植えつけられるようになった。 植えつけられてから10年以上経過して、油ヤシの実は、すでに十分に熟しているとされる。その甘い実を、夜間に、ジャングルの奥深くから、イノシシが食べにやって来る。油ヤシの実を食べに来るイノシシを待ち伏せて、ライフル銃で撃ち殺すというのが、その猟の特徴である。他の地域の油ヤシ・プランテーションに比べて、B川流域周辺のそれの管理は、厳格ではないとされる。人びとは、広大なプランテーションに、自由に出入りすることができる。

プナン人のハンターは、夕暮れが迫るころ、ライフル銃をかついで、大抵、単独で、油ヤシ・プランテーションへと入っていく。真新しいイノシシの足跡が(たくさん)残っている場所を探し出して、イノシシがやって来そうな場所で待機する。多くの場合、油ヤシの木の下に葉などを敷いて座り、イノシシがやって来るのを待ち伏せするのである。イノシシは、夕暮れから早い時間にやって来るか、あるいは、深夜に、油ヤシの実を食べに来ると考えられている。

ハンターは、闇のなかに座り、じっと聞き耳を立てる。イノシシがやって来ると、移動する獣がたてるガサガサという音と、鼻を鳴らす音が聞こえる。そのとき、ハンターは、静かに立ち上がって、ライフル銃に銃弾を補填してかまえる。懐中電灯で獲物を照らしだして、ちょうどいい距離をみはからって、射撃する。
http://blog.goo.ne.jp/katsumiokuno/e/dcdcb4673d854d8090b148f37330d9d3


 もちろん、イノシシは、ハンターの予想通りにやって来るとはかぎらない。近くまで来たとしても、プナン人が言うように、風上に陣取ることになって、人の匂いがイノシシにまで届いて、イノシシが恐れて近づいて来ないこともある。

この油ヤシ・プランテーションのイノシシ猟には、いくつかの弱点がある。ひとつは、雨が降った場合、雨の音に消されて、イノシシが近づく音が聞こえないので、猟ができないという点。ふたつめは、夜中におこなう猟なので、ハンターが眠くて寝てしまい、寝ている間に、イノシシを取り逃がしてしまうことがあるという点である。夜中をつうじて、ハンターは、緊張感を維持することはできない。

いずれにせよ、油ヤシ・プランテーションでは、近年ますます盛んに、そのようなイノシシ猟がおこなわれるようになってきている。イノシシだけに特化した油ヤシ・プランテーションでの猟は、イノシシの肉を大好物とするプナン人にとって、画期的な狩猟法であるということができる。

プナンのこれまでの長い狩猟活動のなかで、われわれは今、これまでになかった、まったく新しい狩猟方法を目の当たりにしている。それは、プナンのハンティングの新たな進化のかたちである。



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