じゅくせんのつぶやき

日々の生活の中で感じた事をつぶやきます。

塾の思い出

2006-08-10 16:36:29 | Weblog
★ 夏期講座もまもなく第3クールが終わる。夏休みも半分終わりだね。子どもたちを指導しながら自己体験を思い出した。

★ 私が始めて塾に通ったのは小学校6年生の頃。私の住む新興住宅街にも「塾」というものができたというので、別に中学受験を考えていたわけではないけれど、入塾テストだけ受けてみる事にした。

★ その塾は、あすなろ学園(現成基学園)で教鞭をとられていた森脇という先生が主宰されているもので、退職校長さんたちが指導していた。いわゆるスパルタ式で、森脇先生は細い木の棒(差し棒なのだが)を片手に授業され、ボーッとしようものなら、その棒で叩かれたものだ。算数の先生など木製のコンパスで叩くから、結構痛かった。

★ 当時はそうした「愛のムチ」も許されていたおおらかな時代だった。生徒のほうも比較的のんびりで、牧歌的な雰囲気が漂っていた。

★ 中学生に入ると英語が始まったが、その講師が実に風変わりな人物だった。当時考えていた教師像には全く当てはまらない型破りな人だった。まず、机に腰をかける。口が悪い。当時30才前後だったと思うが、ケンカ腰のその授業はなかなか面白かった。

★ その講師は滝山敏郎先生といい、後に東進などで教鞭をとられる。京都の片田舎でこうした先生の指導を受けられたのはまさに奇跡的な出会いだった。今にして思えば贅沢な授業だった。

★ 滝山先生のお陰で、受験で英語に苦労することはなかった。高校に入ってからは成基学園に入塾したが、ここでは数学の授業に驚いた。確か大阪の大手前高校の現職の先生が指導しておられた(今ではこんなアルバイトは許されないだろう)が、その緊張感溢れる授業は初めての体験だった。なんせ次々と当てていかれるのだが、その問題が実に難解で、田舎の高校生には手も足も出なかった。ところが、周りの生徒たちは次々とそれに答えていくものだから、大変だった。

★ 答えられるまで立たされるシステムだったが、立たされる常連だった思い出がある。最初のテストは確か限りなく0点に近かったと思う。200点満点で。でもそれはそれなりに面白かった。
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