佐藤功の釣ったろ釣られたろ日誌

釣り・釣りの思い出・釣り界のこと・ボヤキ.etc

だぼ鯊の戯言(たわごと)八木禧昌作

2020-03-30 19:07:18 | 釣り

だぼ鯊の戯言(たわごと)

 

テレビもゲームもないころの神社の縁日が懐かしい、といえば、どんな時代?と笑われそうですがせいぜい六十数年前のお話し。でも数百年以上も昔、漁村の神社の祭礼で奉納された能狂言は、都から遠く離れた人々には飛び切りのエンタメだったことでしょうね。

 キョウゲンバカマ

 中紀の湯浅、由良白崎、南紀の周参見方面では、その昔カゴカキダイを「狂言袴(きょうげんばかま)」と呼んでいました。ご存知カゴカキダイは磯釣りの外道、エサ取り、ですが、色彩魚拓のマニアには格好の素材として喜ばれますし、水族館でも展示には欠かせない美しい魚です。

この魚がなぜ「狂言袴」と言われるか、賢明な読者諸彦ならイラストを見ずとも、既にお気づきでしょう、そうです、この魚の体側に走る縦縞から狂言師の身につける「袴」のストライプ模様を連想したもので古典芸能が、紀州の漁村にも根強く浸透していた証しでしょう。狂言袴、とは、なかなかすぐれたネーミングです。

能がすこし気取って高尚で幽玄な感じなのに対し、狂言はのんきな大名やおどけた召使い、いんちきな山伏や商人が主役で日々の生活の中で起こる身近な様々な出来事を題材としています。

漁村でどんな演目が奉納されていたかは知る術もありませんが、たとえば三十分ほどの「棒縛(ぼうしばり)」の登場人物は3人。酒好きな二人の召使い太郎冠者・次郎冠者は主人が留守になるたびに酒蔵へ忍び込んでは盗み酒をする…平易な物語の展開と笑いは万人向き、おそらくこのような内容の物でなかったか、と想像します。狂言はおよそ六百年も続いた伝統芸能ですから、笑いの中に社会の矛盾への風刺あり、教訓あり、年を経て熟成された上品な笑いに育っていったのでしょう。

一方、この魚の標準和名に目を向けてみましょう。図鑑には「カゴカキダイ」とあります。いったいどこから名がついたのでしょうね。調べてみるとこの名前は、「物書きのペンだこ」と同じで、言うならば職業病から来ています。

えっ職業病?と思わず声を上げた方もおられるのでは…。そうです。実は、江戸時代を中心に往時の交通手段に欠かせないのが「駕籠(かご)」または「籠(かご)」です。このかごを前後2人でかつぐわけですが、前のかつぎ手を「先棒」といい、後ろのかつぎ手が「後棒」で、後棒の方が先輩格。「エイッホッ、エイッホッ」、のかけ声が聞こえてきそうです。まるで時代劇を観ているような気分になってきます。

このかつぎ手を「駕籠舁(かごかき)」と呼びました。れっきとした職業です。人間を乗せて運ぶものですから大変な重労働、体格が良くて、頑張り根性のある者でないと、とても勤まるものではありませんでした。

駕籠の重い心棒を肩に乗せるので、駕籠舁さんの肩は筋肉が発達してグイッと盛り上がります。「物書きのペンだこ」と同じといいましたが、この魚も肩から、グイッと盛り上がるので、駕籠舁さんにあやかって名が付いたようです。

「狂言袴」にしても「籠舁鯛」にしても、魚の呼び名に庶民の生活や文化の歴史が深く刻まれている、と言えそうです。

《劇場入場者数が基準に達せず大阪市が、文楽への補助金を減額へ》などの新聞記事を目にする昨今、日本の伝統古典芸能が漁村の片隅でしっかり息づいていた古(いにしえ)の時代が懐かしく思い起こされます。

八木禧昌(イラストも・<wbr />からくさ文庫主宰)

 

 

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