ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2019.1.16 知らぬが仏・・・は困るんです

2019-01-16 21:19:57 | 日記

 今日は母の直腸がん術後3年3か月の経過観察の日。短期介護休暇を頂いて実家傍の病院に向かった。
 これまで3か月に1度の採血、6か月に1度造影CT、年に1度の大腸内視鏡というペースで検査が行われており、今回は一番軽微な採血のみ。
 診察予約時間に先生にお目にかかるには(結果が出るまでに時間がかかるから)予約の1時間前に採血を済ませないといけないと何度か説明し、診察予約時間に外科の外待合いで(採血を終えた状態で)待ち合わせをしていた。
 バスが順調に到着し、そのまま2階の外科に直行したところ、母の姿がない。受付で訊いたところ、まだ採血にいるのでは、とのこと。再び1階に戻ると、確かにチョコンと座っている母の姿があった。

 まだ採血の順番も来ていないという。「え?1時間前に済ませておくのではなかったの?」と訊くと、「出がけになんだかもたもたしちゃって・・・」と要領を得ない返事。
 そして次の言葉でノックアウトされる。
 「帯状疱疹になっちゃったの」
 「は?!何、いつ?」 だって2週間前に年末年始の旅行から帰ってきたばかりである。その時は何ともなかったし、その後もほぼ毎日欠かさずご機嫌伺いの電話をしているのである。一言もそんなことは聞いていない。
 ただ、思えば母に百貨店の福袋が到着したかどうかと電話をした時に、なんとなく元気がないな、と感じたのは確かだ。あまり中身が気に入らなかったのかな、と思ったのだけれど、まさかそのタイミングで帯状疱疹になっていたとは。

 2日のお昼前に自宅に戻り、洗濯と最低限の片づけものをして早く休み、久しぶりに自分のベッドで熟睡したという。翌3日は終日デイサービスに出かけたが、なんとなく朝起きた時からお尻のあたりがチクチクしたのだそうな。そして4日になると火傷をしたように熱い感じで、お尻のあたりにおできのような感触があったらしい。ちょうどヘルパーさんが来てくださった日で、嫌でなければ・・・と見てもらったら、左の腰からお尻にかけて手の平ほどの範囲が真っ赤に腫れていたという。自分では見ることが出来ないし、寒くてカイロをあてていたので低温火傷だと思ったという。

 ヘルパーさんから薦められた皮膚科に行くと、あいにくお正月休み。もう1軒のクリニックに出向くと50数人待ちといわれ、とても待てない、と諦めて帰ってきたそうな。
 そして土日は痛みを我慢して、月曜日に再度皮膚科を受診したところ、火傷ではなく、帯状疱疹と即診断がくだったそうだ。抗ウィルス薬と塗り薬、カロナールの痛み止めを処方されて、それ以降1週間内服し、ようやく半分ほどかさぶたになって痛痒い程度に収まってきた模様。昨日再び受診してまた薬を頂いてきたという。

 ・・・なんということか。私には通院も仕事もあるので心配をかけたくなかったし、我慢出来ると思ったから黙っていた、というのだ。全くもって頼りにならない娘ではないか。
 もちろん、傍にいて痛みを代わってやることは出来ないし、言われてすぐに飛んでいけたかすら怪しいところだけれど、全く知らぬが仏・・・で、お気楽に結婚記念旅行等に出向いていたとは。

 その間、デイサービスの担当者やケアマネさんたちにもずいぶんご心配をかけたわけで・・・。お願いだから黙っていないで知らせるだけは知らせてほしい、と再三言っているのだけれど、いつも結果はこれである。自分の判断で我慢してそれで済むならいいけれど、もっと大ごとになったらどうするのだ、と言いたくない小言を繰り返し言うことになった。

 そして、前から気になってい手足の親指の爪の巻き爪が悪化して痛くて・・・と言う。昨年の夏から早く診てもらうように言っていたのに、旅行もあるから、と放置して結局年を越していた。爪乾癬だそうだ。完治には2年くらいかかるといわれたようだ。とはいえ、今は帯状疱疹が先決ということで、こちらが完治してから爪の本格的な治療に入ることになり、塗り薬だけ頂いてきたという。この状態では塗り薬だけでは不十分で、飲み薬も必要で、肝臓への副作用があるので、ひとまず昨日それに備えて採血をしてきたらしい。

 直腸がんの時も、黄斑前膜の時もそうだった。大丈夫だから、様子を見てから、と放置し、結局大ごとになったり、手術してもあまり改善されなかったり、という痛い経験を重ねているのにどうして学習しないかなあと思う。このまま独り暮らしをさせておいてよいのか、本当に迷うところだ。

 そんなわけでひとしきり色々話を聞いてがっくり。採血も混んでいたし、年の初めでどの診療科も大混雑である。結局、先生にお目にかかれたのは予約時間の1時間半後。
 採血の結果、幸い直腸がんの再発・転移の兆しはなく、炎症反応もなく、何も問題なし、と言われたのがせめてものことだったけれど、帯状疱疹や爪の話は一応ご報告させた。実際患部を見せてもらったら、大分かさぶたにはなっていたけれど、赤く腫れて痛そうだった。

 次回の予約は3か月後にCTと採血だけれど、S先生は3月末で異動が決まっているとのこと。2年のローテーションだそうだ。やっと慣れたし、優しい女医さんで母のペースにもあわせてくださって良かったのだけれど。3月の年度末に休みを取るのはなかなか難しいので、新しい先生に引き継ぎをして頂き、4月に予約を入れて頂いた。

 CTの同意書やら問診票等を代理で書いて、会計で待ち、薬局に行ったが、こちらも時間がかかりそうだったので、後で出直しますということに。ケアマネさんのところにも挨拶に伺ったが、外出中でまたお目にかかれず。
 ランチの時間になっていたが、母の用事で銀行に行く必要があり、こちらも時間がかかりそうだったので、まず実家に戻って必要な書類等を持ち、洗濯ものを取り込んで出かける。

 色々事前に書類をもらっていたが、間違って書いて書き直しするのも二度手間なので、とにかく窓口に出向いて確認しながら私が代理で書くことにした。ところが、窓口で「(身分証明書として)保険証はお持ちですか」と訊かれると、「置いてきた・・・」と言う。アチャー、である。病院帰りだし、バッグからなぜそれを出して置いて来るかと思うが、後の祭り。今日を逃すと平日に一緒に来られるのは難しい。実家までタクシーで往復するように話したけれど、いや、歩いていくという。頑固である。待っている間、私が書類を整え、ハラハラしながら母の到着を待った。

 無事に保険証が届き、手続き開始。まだ1時間ほどかかるというので、ランチに行かせてもらうことに。何か美味しいものをゆっくり食べられれば良かったけれど、と母は言うけれど、そうそうのんびりしているわけにもいかず、パッパと食べて、再び銀行に戻る。
 ほどなくしてひとまず手続きが無事終了したが、遅くなってしまったので振り込みは明日になります、とのこと。致し方ない。
 いつもよく対応してくれた窓口の女性が来週で異動とのこと。ご挨拶が出来ないかもしれないと思っていましたが、お会いできて良かったです、と言って頂き、銀行を後にした。

 というわけで、今日のミッションは完了。再び寒さ厳しい実家に戻る元気もないので、そこで母と別れて帰宅の途に就いた。
 買い物を済ませて、いつも仕事から帰るのと変わらない時間に帰宅し、生協のお届け品を冷蔵庫に納め、今年初めてのお花を活ける。赤、白、黄色、ピンクのガーベラが2本ずつ、カスミソウが1本、菜の花が2本、そしてアカメヤナギ。
 ガラスの器に投げ込んだらすっかり春が来た。花言葉はそれぞれ「神秘」、「清い心」、「快活」だという。

 そして私も認知症か、というミスを。今日は夫が遅いので夕飯の支度はいらないと洗濯機を回していたら、夫が帰ってきた。「え?今日は遅いんじゃなかったの?」と手帳を見ると、昨日と見間違えていた。申し訳ない。
 ご飯も炊いていないし、何の準備もしていない。どうしよう・・・と言うと「自分でお蕎麦を茹でるからいいよ。」と言われてしまった。
 嗚呼、全くもってついていない1日であった。


コメント
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