ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2021.6.21 旅最終日、大きなプレゼントを抱えて無事帰京、その後は・・・

2021-06-21 22:53:20 | 
 昨夜はホテルに戻ってブログをアップし、入浴後、夫より少し遅れて眠りについた。明け方お手洗いに起きた後は1時間ほど眠れず。二度寝して朝の連続テレビ小説が始まる前にゆるゆると起きた。

 外はいいお天気。暦の上では、夏至。朝から強い陽射しだ。今日は最高気温が30度になるという予報だ。
 浴槽足湯の後は、パッキングを大方済ませる。息子が約束の時間より少し遅れてホテルに到着し、一緒に朝食。時間も遅いし、月曜日ということでレストランは本当に空いている。どこでも好きなお席に、という案内だ。

 洋食セットメニューはメロンとレモンのスムージやサラダ、ヨーグルトに多種類のフルーツ、4種類のパンバスケットに卵料理のチョイス、ワッフルやフレンチトースト等の追加メニューもあり、かなり充実していた。1時間かけてのんびりと朝食を愉しむ。レストラン内は冷房がかなり効いていて、寒いくらいだ。冷房を利かせながら換気もガンガン入れているので、温かいお茶もどんどん冷めていく感じ。
 お腹を満たしたら、身支度を済ませてゆるゆるとチェックアウト。荷物を預けて、今日も梅田まで出かける。

 還暦の誕生日に、息子が夫と一緒に出資するので好きなブランドのバッグを買っていいといわれていた。
 いや、お出かけする場所もないし、そんな高価なものは要らないし・・・と遠慮したのだけれど、夫によればかなり前からの発案だったそう。
 最初は還暦に因んで赤いバッグを贈りたいと考えていたようだけれど、夫がそれは多分使わないだろうからお母さんに好きなものを選ばせた方がいい、ということになったらしい。息子は既に下見を済ませており、ショップのスタッフに名刺まで頂いてきていた。私が若い時には(今でさえ)なかなか出来なかったこと、大胆にやってくれるものである。

 ということで、子どもの頃からなぜか百貨店が大好きなおばちゃん的なところのある息子に従い、関西で一番売り上げが多いという百貨店のバッグ売り場へ向かった。予めこのデザインがいいのではないかというアドバイスも得ていたので、後は色を選ぶだけ。結局、一番ベーシックなものにした。それにしてもとんでもない高い買い物である。2年間の保証付きということだけれど、また頑張って生きなければということになった。
 息子は「これまで頑張って生きてきた証だし、しっかり減価償却するように頑張れ」と言うけれど、一生モノのバッグだろう。まあ、私が使えなくなったら息子の彼女に引き継ぐのもいいかもしれない。

 その後、恐縮しながら、メンズ館に行って息子の好きなブランドのスマホケースをプレゼントした。
 お昼の時間にはなったけれど、朝食が遅く重かったのでそれほど空腹ではない。和食も洋食も食べ尽くしているので、お昼はラーメンで十分と言ったら、お薦めのところに連れて行ってくれた。
 沢山のお店が軒を連ねる中、ここだけが長蛇の列を作っていた。鶏白湯スープはこってりととても美味しかったけれど、結局食べきれずに息子に助けてもらった。

 新幹線の時間までまだ2時間近くあったので、駅まで戻ってお茶をして時間調整することに。夫がご馳走してくれる。1時間ゆっくりお茶をしながら息子は新しいスマホケースを装着。4日間あっという間だったね、と皆で言い合う。

 ホテルで荷物をピックアップして新幹線の改札口で息子とお別れ。
 定刻通りに発車。始発の車内の席は3割も埋まっていない。2時間ちょっとの乗車中のお供は三浦しをんさんの「ののはな通信」(角川文庫)。
 三浦さんの作品も好きなのだけれど、帯には「三浦さん、この小説を書いてくれて、ありがとう。辻村深月さん、深く感動!この小説には『あなた』がいる。全ての人生を祝福する、一生の恋の物語。」とあり、2人の書簡の往復だけで紡ぎ出されている長編。
 途中とんでもなく眠かったのだけれど、我慢して読み進めてしまった。500頁を超す大作だったので、結局読み終えることは出来なかったけれど。
 在来線に乗り換え、ラッキーにも夫と2人で席を確保して、予定通りの時間に帰宅した。新幹線に乗車してから家に着いたのは3時間半後のこと。
 
 ここからまず一番にしなければならなかったのが、私のコロナワクチン接種の予約作業だった。市では16日に送付予定ということだったが、翌17日には到着しないまま18日に出かけてしまったので、今朝9時からの予約スタートに出遅れた。
 一番近い最寄り駅前の会場で空きがあるのは7月の治療日前後の3日間のみだった。これではとても無理。2回目を考えていた7月末も残りわずかとのこと。
 やむなく七夕の日に電車とバスを乗り継ぎ、今まで行ったことのない遠方のセンターの予約をした。これも一番ベストな日の2日前だったけれど、致し方ない。でも、このスケジュールについては明後日、主治医に相談して、もし問題があるようなら変更もありかなと思う。

 その間、夫が頑張ってケースの片づけを進めてくれたので、それを受けて洗濯機を廻し、出かける前に干してあった洗濯物を一緒に畳む。洗濯が終わったら、一緒に干して、今度は夕食に素麺まで茹でてもらった。
 旅の間があまりに飽食だったので、素麺の美味しいことといったら、ない。すっかりお腹が疲れていたのだなあと改めて思う。

 還暦記念の3泊4日はこうして無事終了。
 明日一日仕事に行ったら、明後日はまた治療日である。エンハーツを最後にするか来月まで頑張るか、いまだ思案中である。

 
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2021.6.20 南紀白浜に別れを告げ、旅の最後の夜のお楽しみは・・・

2021-06-20 22:28:40 | 

 昨夜はオンライン同窓会後、部屋の露天風呂で再び汗を流した。ボディトリートメントの心地よい余韻が身体を包んでいて、ちょっとけだるい。涼やかな気持ち良い風に吹かれてベッドに入ったら瞬く間に眠りに落ちた。
 朝まで熟睡。お手洗いに起きるまで一度も中途覚醒がなかった。

 外は快晴。素晴らしいお天気だ。青い海、青い空、刷毛でさっと描いたような雲も美しい。この天気なら、やはりもう一度!と息子は最初に皆で入った海岸に一番近い混浴の露天風呂に行くと出かけた。私は往復の階段の昇降がしんどいし、備え付けの大きなスリッパでは足元が怖かったので、部屋の露天風呂に再度入ることにした。

 心地よく汗を流す。夫も身軽に入れるお風呂は便利だったようで(つまり、遠くまでわざわざ行くのが面倒臭いようだ。確かにマスクをつけたままエレベーターに乗ってあちこち移動するのは結構大変だ。)私の後に浸かって息子の帰りを待った。聞けば、一人で昨夜とは別の貸し切り露天風呂(3つあるようだ)にも入ってきたという。本当に温泉ラブな息子である。

 昨日は夕食が早かったし、私は夜食も頂かなかったので、すっかり空腹である。昨夜はトリートメント帰りで作務衣姿のままレストランに行ったが、今朝は糊の利いた新しい浴衣で朝食会場に向かった。
 今朝は3人とも和食をチョイス。これまた少量多品種で色とりどりのお皿がテーブル一杯に並んだ。
 鮪のお刺身が美味しい。3種類の魚も小さな網で焼けるようになっている。お味噌汁も小鍋で提供される。普段は簡単洋食でご飯は頂かないのに、おひつに入ったほかほかのご飯の美味しいこと。野菜ジュースも赤いヨーグルトドリンクも気が利いている。すっかり満腹になって部屋に戻った。

 チェックアウトまで1時間半。食休みを経てパッキングを済ませ、今日の予定を相談する。こんなにいいお天気ならせっかくだから綺麗な白良浜を見てから帰ろうよ、ということに。
 チェックアウトしてすぐのバスに乗れば、帰りの特急まで大分時間の余裕がありそうだ。来るときにキャリーサービスを使って荷物を宿まで届けて貰ってとても助かったが、帰りも同じサービスがあるというので、駅までキャリーケース等大きな荷物を運んで頂くことにした。
 とてもいいお湯でした、と支払いを済ませ、研修中の名札をつけたまだ若い可愛い仲居さんたちに中庭で3人揃った写真を撮って頂き、宿を後にした。

 白良浜は、ちょっと外国に行ってきました、といえるような美しい浜だ。ハワイのワイキキビーチとダイヤモンドヘッドを彷彿とさせる。昨日と打って変わっていいお天気だからか、結構な人たちが浜辺で遊んでいる。白い砂は本当に細かくてさらさらだ。マスクをしたままであまり海の香りを楽しめないのが残念。

 子ども達は早くも海水浴、付き合っているお父さんやお母さんも大変だ。やはり海辺は風が強い。かつらが心配で、私は砂浜より一段高い階段に腰を下ろしただけであまり遠くまで歩かなかったけれど、夫と息子はハンマーヘッドのような形に飛び出しているテトラパック状の人工岬を歩いてきた。
 海水はかなり冷たいらしい。どおりで海水浴後に唇を青くした子ども達が、足湯に顔まで埋めていたけど、大丈夫なのだろうか。

 睫毛の殆どない私はとにかく白い砂が眩しくて、とても目を開けていられない。サングラスが欲しい。海風に吹かれて大分疲れてきたので、予定より一台早いバスに乗って駅に向かうことにした。それでも小一時間は散策したようだった。
 当初、楓ちゃん観覧の抽選に今日の午前中の分まで応募していたので、それに合わせて息子に特急を予約してもらっていたけれど、結果として落選したので1台前の特急に繰り上げ、息子の地元に帰ることも可能になった。ただしかなり綱渡り的なスケジュール。

 それでは、ということで3人の連携プレーで、まずはキャリーサービスを頼んだ荷物が無事に到着していたら(宿で頼んだ時には1時間後の特急を申告していたので、まだ到着していない可能性もあった。)夫がOKサインを出し、それを見た息子が特急券を変更するため駅の窓口に走る、その時間は僅か5分という状況だった。
 ラッキーなことに荷物は届いていて、息子が走る。

 そもそも乗る予定だった特急は、期待していたパンダくろしお号ではないことがわかり、その1台前は息子が小さい頃から慣れ親しんでいたけれど、いまだ乗ったことのなかったオーシャンアロー号を転用したくろしお号。その先頭車に乗れるならそれがいいのでは、と。無事乗車変更が叶い、今度は夫が駅ナカのコンビニでお昼を調達(コロナ禍のせいか、特急の車内販売も自販機もないのだ。)し、ぎりぎりに改札を通って、滑り込みセーフで乗り込んだ。

 希望通り、息子と夫はパノラマカー1号車の1番前の2人席。その隣の1人席はあいにく男性一人客がおられ、私は2列目の一人席だった。ちょうどゆっくり読書が出来るのでベストである。
 乗ったと思ったら列車は発車、ああ、無事間に合って良かった、良かった。ちょっぴり残念だったのは鮮やかなアロハシャツが制服の白浜駅の駅員さんたちと写真が撮れなかったことか。

 朝あまりに沢山頂いたので、殆どお腹が空かない。夜は息子が誕生日ディナーに招待してくれるということにいなっているので、しっかりお腹をすかせて臨みたい。途中人身事故の影響で到着が20分ほど遅れるというハプニングはあったが無事、終点まで戻ってきた。

 そして今日のホテルにチェックイン。ピュアウエルネスルームというコロナ対策万全?の部屋に今夜は夫と2人で宿泊である。
 お茶で一服して、1時間半後にはスーツに着替えた息子とホテルのロビーで再集合した。
メトロに乗って3駅移動し、梅田のホテル高層階のメインダイニングでフレンチフルコースのディナーである。この旅行中は普段からは信じられない飽食、胃拡張状態。

 アルコール類は提供されないため、まずはノンアルコールシャンパンとロゼのブドウジュースで乾杯。アミューズからお皿をパレットのように美しく彩った前菜が三皿。眼福口福のお料理に舌鼓を打つ。普段は、フルコースはとても頂けないのに、美味しさのあまりするすると喉を通っていく。息子に招待して頂けるとは幸せなことである。
 大きな窓の外、西の空はブルーからピンク色に変わってくる。マジックアワーを経て高層ビルの夜景が美しくなってくる。メインのお肉は夫と息子とは違うものにして頂いたので、それだけ2人にちょっとシェアしたけれど、ほぼ完食。

 口直しのデザートの後には、「お母さん還暦おめでとう」のメッセージと、可愛いろうそくが2本立ったグラスが添えられたデザート皿が運ばれてきた。スタッフの男性に3人でテーブルを囲む写真を撮って頂く。
 食後の紅茶はホテル特製ブレンドを頂いた。さらにサプライズ。「父の日も忘れていないよ」と息子のキーケースと同じブランドのキーリングが夫にプレゼントされた。夫はびっくり。3時間の贅沢なディナータイムは夫婦揃って忘れられない日曜日の夜になった。

 お腹は一杯、心も一杯に満ち足りてホテルに戻ってきた。いい一日だった。
 明日も休みを取ってくれている息子と一緒に朝食を摂る予定である。

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2021.6.19 ヨーガスートラ講座第2章3日目受講後の雨の日の過ごし方・・・てんこ盛り

2021-06-19 23:39:08 | 
 
 今日はオンラインヨーガ・スートラ講座第2章3回目の受講日だ。
 昨夜はかなり遅い就寝になったが、何やら早めに目が覚めた。流石に朝風呂に入る時間はなかったけれど、皆で起きて朝食レストランに。

 和食、洋食から選べて今日は3人揃って洋食メニューをチョイス。窓際の海を一望出来る席に案内された。朝食とは思えないほど沢山のお皿や小鍋が並ぶ。昨夜あんなに沢山頂いた筈なのに、またお腹が鳴るのが自分でも恐ろしい。リンゴジュースを頂くと胃腸が動き出す。息子は牛乳パックを3つも(つまり600ミリリットル!)頂いている。25歳、もう成長期は終わったのではなかったか。とにかく牛乳が大好きなのである。

 ゆっくり1時間かけて味わい、一足先に部屋に戻る。2人には、珈琲タイムを十分にとってから9時から始まる講座終了時間くらいに部屋に戻ってきてね、と都合のいいお願いをする。

 体調の良い治療前の土曜日、講座が受講出来る貴重な日である。後から録画で受講することも考えたけれど、やはりリアルにお話を聞きながら参加出来ることに越したことはない。
 無事Zoomに繋げ、Sさんとご挨拶。今日もご子息のT君はなかなかママから離れようとしない。
 次々に参加者の皆さんがPCの画面に揃っていく。今日は新幹線の車中から参加されている方、2ヶ月のベビーと一緒に途中に授乳も・・・、という方もいらして、皆さんの揺るぎない学習意欲に圧倒される。ご挨拶の後は出席確認。ॐ(オーム)の音を3回皆で唱えて今日もクラスが始まった。

 続いて瞑想タイム。まずはパタンジャリを讃えるシュローカを唱えてから、“心の中のお喋りを静かにする”という瞑想をガイドして頂く。
「頭の中のお喋りも心の中のお喋りも鎮めることで“純粋な愛である本当の私”に触れることが出来るようになる。ネガティブなこともポジティブなことも全てを解き放っていく時間である。心がざわつく時には、少し黙る。そのことで必ず純粋な自分に戻ることが出来るようになる。」という。

 今日は前回の続き2章2-4からスタート。2-2でクリヤーヨーガをすることで苦しみを弱めることが出来る、2-3で苦しみの原因は無知とエゴと強い欲望と嫌悪と恐れの5種類しかない、と学んだが、この2-4ではあらゆる苦しみの原因は無知であること、とされる。

 今回から画面共有でサンスクリット語のスートラが登場した。画面を見ながら復唱出来るので、下を向いてテキストを復唱するよりもとても良いと皆さんの評判は上々。Sさんのお顔が見えなかったのが少し寂しいなと思っていたら、途中から小さなお顔を出して頂けたので嬉しかった。

2-4 苦しみには5つの状態がある。眠っている状態、微かな状態、一つの苦しみが現れて他は潜伏した状態、豊富で活発な状態である。苦しみを薄い状態(眠っている状態)にするためにクリヤーヨーガが使える。
2-5 無知(アヴィディヤー)は変わりゆくものを永遠に続くものだと思い、不浄なものを清浄なものだと思い、苦しみをもたらすものを心地よいものだと思い、真の自己をそれと勘違いすることである。
この無知という考え方はとても大事、と仰り、ここで質問タイムが設けられた。

2-6 エゴ(アスミター)は真の自己と知性を混同し、“私”と“私の考え”を同一視している状態である。
2-7 強い欲望(ラーガ)は過去の快い体験からくる熱っぽい欲望である。
2-8 嫌悪(ドヴェーシャ)は過去の不快な体験から来る憎しみである。
2-9 恐れ(アビニヴェーシャ)は生物が本来持っている性質で賢者にも根付いているものである。
2-10 これら5つの苦しみ(クレーシャ)を薄くしていくことで真の自己に帰ることが出来る。
2-11 人生の苦しみは瞑想を通して取り除くことが出来る。
2-12 クレーシャはカルマーシャ(カルマの貯蓄)として溜まっていき、現在と未来の世で苦しみを引き起こす。

 おまけの話として「誰かが良くないことをしていることに対して怒ったり苦しんだりするより、自分を振り返り自分を正すことが大切である。なぜならその人はその人の蒔いた種を収穫し、裁かれるから。あなたは自分の人生を正すことが大切で、人を裁くことは必要ない。無視して良い。」というお話には膝を打った。

 質問タイムではいつものようにいくつかの質問があり、今日のスートラを画面共有する進め方についての感想もあり、次回以降講座はまた進化しそうな気配である。
 これで今日のクラスは終了。皆でॐ(オーム)を1回唱えてお開きとなった。

 夫と息子が部屋に戻ってきて、ベッドで食休みを始めた。なんとなく名残惜しくて、退出ボタンが押せなかったけれど、予定時間を10分ほどオーバーして幸せな気分でPCを切った。

 外は雨降り。今日はこの後どうしようか、といったところで、部屋を掃除して頂くためには一旦出ないといけない。とはいえ、「雨に濡れるのも嫌なので、2人でお出かけください、私はラウンジで読書(まさに晴耕雨読)がしたいです。」と言ってみたのだけれど、なんとなく押し切られ、息子が行ってみたいといっていた市場にバスで行くということになった。

 ホテルでビニル傘を借りてお昼前のバスに乗車。本降りである。目的地に到着し、さて下車しようとしたら運転手さんから「市場はお休みですが、いいですか?」と言われ、絶句。土曜日に休業とは、全く想定していなかった。
ちゃんと調べて出てこなかった自業自得なのだけれど。やむなくそのまま終点の白浜駅まで行く羽目になった。

 昨日は到着してすぐにアドベンチャーランド行きのバスに飛び乗ったので、殆ど見られかった駅前を散策してから再び逆方向のバスに乗り、ホテルから2停留所離れたフィッシャーマンズワーフに行ってみることにする。
 相変わらず雨は止まない。こちらも生け簀の海鮮を食べられる食堂等があるが、他が閉店しているようで、かなりの密状態である。うーん、どうしたものかと近辺を探したところで、なかなかうまいこと入れるところもなく、同じ建物のカフェで軽食を摂ることにした。

 正面に広がる灰色の海を見ながら晴れていたらどんなに綺麗だろうとちょっと残念。会計の時にそう言ったら、明日は晴れるようですよ、と言われた。
 コンビニに寄り、小止みになったところで、源泉の硫黄臭い匂いを嗅ぎながらホテルまで15分ほど坂道を歩いた。遠く白良浜の白砂が美しい。ここだけは浅瀬の海の色が青く見える。

 ホテルに到着すると、まもなくチェックインの時間で、フロントは混んでくるところ。
 部屋に戻ると、リクエストしていたスパからOKの電話が入る。リフレクソロジー大好き息子はデッドシーレッグトリートメントを、私はヒーリングアロマトリートメントをお願いすることに。その前にまずは身体を温めるべく大浴場へ。夫は部屋の露天風呂で十分とのこと。

 まだ本日のチェックイン開始後間もないので、連泊の私達が一番乗りかもしれない、と思ったけれどそうでもなかった。出足が早い。それでもまだ空いているうちにお風呂を外も内も全てコンプリート。
 日本3大古湯(道後とここ南紀白浜に来られたので、残るは有馬のみ。息子が関西にいるので近いうちに訪れたいものである。)といわれるだけあって、とてもいいお湯である。肌触りが柔らかくとろりとした化粧水に入っているよう。お肌がつるつるしっとりである。
 2種類の源泉から引いているとのことで、文殊の湯は智慧の湯、合気の湯は蘇りの湯だそうだ。これでまた寿命が伸びること間違いなし!である。
 
 そして息子とともに予約時間にスパへ。事前のカウンセリングシートに記入して、それぞれトリートメントルームへ案内される。精油は出来ればフランキンセンスがいいな、と思っていたら「お薦めはフランキンセンスがベストだと思います」と言われ、ばっちり。
 東京に本店サロンがあり、オーナーは乳がんの体験者だそうで、死海の塩をお友達から頂いたことで、抗がん剤の不調を乗り切ったことが切掛で、ヨルダンまで出向いて死海の塩を購入し、サロンをオープンされたのだという。

 私を施術してくださったNさんは私より10歳年下の昭和46年生まれだそうで、トリートメントの間中あれこれお喋りが弾んでしまった。1時間足の先から背中、肩、腰、両腕にマスクで凝り固まった耳の周りやこめかみまで解して頂き、先週Wさんのサロンに行ったばかりだし、身体を使う仕事もしていないのに、何故か酷く凝り固まった身体にびっくりしてしまう。

 息子が15分ほど早く終了し、一足先に部屋に帰っていた。施術後は蓮の花のお茶(ベトナムで初めて飲んでとても気に入ったもの)を頂いて、お礼を言って部屋に戻る。

 そして今日は1巡目の17時半からの夕食である。昨日とは違うお食事処は窓が大きく、とても明るい雰囲気。雨が止み、すっかり辺りが明るくなってきている。
 昨日は始まりが2時間半遅かったし、既に真っ暗だったし、お料理は多すぎて辟易するほどだったけれど、今日はお昼を軽くしていたのと、品数が1品少なかったこともあり、デザートまで美味しく頂けた。途中、雨が上がって真っ赤な夕日が沈むのを拝むことも出来た。明日は間違いなく晴れ、である。

 食後はラウンジに降りて珈琲タイム。ちょうど日が沈んだ後、まだ真っ赤な空を見ることが出来て、宿泊客は皆、小さな歓声を上げながらベランダで写真撮影中である。この美しい夕焼け空を見ることが出来ただけでもここに来られて良かったねと言い合う。

 お土産を買って部屋に戻り、母にDuo通話でご機嫌伺いをした後は、高校時代のZoom同窓会に初参加である。夫と息子にはその間お風呂に行って貰って、その帰りにラウンジでサービスされる夜鳴きそばにトライして是非ともゆっくりしてきてね、とこれまた勝手なお願いをしたとんでもない妻であり、母である。

 今日のスピーカーK君の話は懐かしくも楽しく、聞き入りつつあっという間に1時間が過ぎた。進行役のAちゃんも素晴らしいタイムキーピング。その後、私も含めた初参加の方たちのコメントタイムがあり、チャットも盛り上がり。40年以上経っても人の声というのは変わらないものだな~としみじみ。1時間半を過ぎたところで27人の参加者が各々ブレイクアウトルームに別れることに。

 そのタイミングで夫と息子が部屋に戻ってきて、後ろ髪を引かれつつもさすがにちょっぴり疲れてしまったので、退出させて頂いた。2人は貸し切り露天風呂にも入れた様子で、LINEの写真が送られてきた。

 朝から晩までてんこ盛りのスケジュール。旅先だというのにズZoomのおかげで、こんなに遠く離れていることを感じさせずに講座にも同窓会にも参加出来るとは、。本当に有り難い世の中になった。
 生き延びていて本当によかったと素直に思う土曜日の夜である。



 
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2021.6.18 またしても彼女はお昼寝中・・・還暦初のお出かけ初日、長~い一日のこと

2021-06-19 00:52:03 | 
 今日から還暦記念の家族旅行である。1月の結婚記念日旅行がコロナ禍でキャンセルになったタイミングで予約してから半年が経過。まさか今回も緊急事態宣言中であるとは。

 普段より1時間半ほど早い起床。昨夜干した洗濯物を浴室に移動させ、朝食も摂らずに家を出た。先ずは新幹線で息子の待つ駅に向かう。梅雨の晴れ間、いいお天気だ。車内はかなり空席が目立つ。車内販売のモーニングセットを頂き、人心地着く。

 車内のお伴は湊かなえさんの「ブロードキャスト」(角川文庫)。帯には「著者初の青春小説!!僕、ここにいてもいいですか-?」とある。湊さんの作品はほぼ漏らさず読んでいるが、ハズレがないので、手に取った。
 湊さんの作品はイヤミスが多いけれど、今回は青春小説だという。中学時代、駅伝に打ち込んでいた主人公が、あと一歩のところで全国大会を逃し、陸上強豪校に進学を決めるも、交通事故に遭い入部を断念・・・と最初から引き込まれる展開。
 寝不足で眠いのに頁を繰る手が止まらなかった。そんなわけで2時間余りはあっという間で終点到着。改札口に息子が迎えに来てくれていて合流。

 この後、在来線の特急に乗り継ぐため、車内で頂くお昼の駅弁をゲットして特急が入線するのを待った。
 残念ながらパンダくろしお号には乗れず、普通の特急くろしお号に乗車した。1号車の先頭3人で1列並びの席だったが、本当にがらがら。途中駅からは3人だけの貸し切りになった。こちらでも2時間半の乗車。途中からは雲行きが悪くなり雨が降り出してしまった。海の色が青くない。ああ、なんということ。ともあれ、お弁当を美味しく頂き、定刻通りに終点白浜に到着。

 先頭車両とご機嫌でツーショットを撮った後は、エスカレーターに乗って改札口を目指す。さあ、というところで夫がこそこそと「切符を置いてきた」と言う。なんと。息子と並んだ2人席の窓側に検札に備えて特急券と乗車券を6枚そのままにしてきたというのだ。
 息子が再びホームまで駆け下りて、駅員さんを探して「忘れ物しました~」とのんきに頼んでいる。全く忘れ物大王とジュニアここにあり、今回もやってくれるのである。

 その頃には雨もかなり本格的に降り出していた。特急と路線バスは連結しているだろうから、もたもたしているとバスに行かれてしまうと気が気ではなかったが、運良くバスの時間に間に合った。夫と私はキャリーケースを引き、息子は手提げにリュック。
 このままバスに乗り、現地のロッカーに預ける予定だったが、ふと見ると、荷物を宿まで運んでくれるというバス会社のサービスを見つけた。これは良い!とお願いして身軽になる。

 バスのチケットを買い、殆ど待たずにバスが出発。10分ほどの乗車で今回の目的地アドベンチャーワールドに到着した。平日ということもあり、人影はまばら。ちょうど入り口のパンダの親子像前で写真を撮っているちびっこ連れの写真撮影をしてあげて、こちらも3人揃って撮って頂く。既に閉園まで4時間弱しかない。
 家を出てきてから到着まで7時間かかっている。流石に南紀は遠い。
 
 さて、先週水曜日に抽選発表があった母子パンダの見学。3人でそれぞれ今日、明日、明後日と最大8コマずつ応募したところ、今日の最後の時間、1コマ分だけ揃って3人とも当選した。息子は14時10分から、夫と私は14時40分からと同じ時間でバッティング。
 1度に25人のグループで4分ずつ観覧出来るというのだから、3年前に7ヶ月ちょっとだった上野動物園のシャンシャン見学の時(1分も見られなかった)よりもずっと恵まれているわけである。

 ということで事前に日付指定券をネットで購入し、同時にバースデーセレブレーションチケットもおまけで購入したあった。これは入場チケットのオプションで、パンダのぬいぐるみに購入者(私)の名前と日付を刺繍してくれてプレゼント、記念写真撮影もあるというもの。
 まあ、還暦のおばちゃんが注文するにはちょっとどうなの?という感じではあるけれど、そこはご愛敬。一生に一度ということでこれまたポチッと購入した。サファリカーに乗って動物の餌付けというプランもあったけれど、どう考えても限られた時間内にパンダ観覧と両方は無理ということで諦めた。

 まずはエントランスドームから入園し、サポートセンターでバースデーチケットを見せると、パンダのぬいぐるみとバースデーアルバム(これまたオプションで注文した。金箔の絵柄に地色は白赤青黄の4色から選べ、息子がこれは(還暦の)赤でしょうと言うが、そこは自分の趣味を押し通し、白をセレクト。)が袋に入って出てきた。
 写真撮影の説明とハッピーバースデーのシールや缶バッジに絵はがきもセットで頂く(やっぱり子ども向けのサービスか。)。大きなパンダに抱かれるように3人揃って記念写真撮影。素敵な額に入った写真がすぐ隣のカウンターで手渡しされた。

 ここで急に雨が止んで日差しが照りつける。このまま日傘が雨傘として手放せなかったら・・・とちょっとがっかりしていたけれど、晴れ女の面目躍如である。
 フラミンゴ広場ではベニイロフラミンゴが美しい姿を見せている。パンダラブというパンダ舎では、楓浜のお姉ちゃんの彩浜と桃浜がごくごく近くで見学出来る。しかも数人しかいないお客さんである。黒白のこの姿にはやはり癒やされる。可愛い。テンションが上がる。

 もうすぐ7ヶ月になる楓浜とお母さんの良浜がいるブリーディングセンターに見学可能時間の5分前に集合とのことで、海獣館でペンギンがすいすい泳ぐ姿や巨大なホッキョクグマを見ながら、目指す。
 
 スマホで当選チケットを見せて並ぶが、25人といっても実際には来園しなかった方も多いのだろう。13,4人のグループだった。直前のライブ映像では新しい遊具(昨日もらったばかり)で遊んでいた楓ちゃんは、残念ながらお昼寝タイムに入ってしまっていた。
 お気に入りの遊具の上で丸まって気持ちよさそうに眠っている。お母さんとは大分離れていて随分お姉ちゃんになったこと。上野でシャンシャンを見学したときには、木のポールの上に丸まって団子のごとく全く動かなかったから顔すら見られなかったけれど、今日は可愛い寝顔が見られたのだから、よしとしよう、なのだけれど、遠路はるばるやってきたことを考えると残念無念。

 寝顔をアップで撮影して、1回目4分の見学時間を終えた。少ない見学者だから隣の人が写真に入り込んでくることもなく、密になることも全くなかった。
 そして30分後の2回目の見学。やはり寝たままの姿だった。嗚呼。体重12kgになった生後200日余りの楓ちゃん、何度も遊具から落ちたり頭を打ってひっくりかえったりという日々の可愛らしい映像はよく見ていたので、初めてやってきた感じは全くなかった。奥にいたお父さんの永明の姿も拝んできた。これまた正体不明でお昼寝中だったけれど。

 ということでパンダ観覧狂想曲はこれにて終了。閉園まであと2時間。喉も渇いてちょっとカフェ休憩しようかといったところ、列車タイプの専用車でサファリワールドを25分で廻るというケニア号がちょうど発車するタイミング。
 これは!と言って乗り込んだ。自然を生かした地形でキリンやシマウマ、象やライオン、チーターなどが暮らしている。こちらは寝ている動物は少なく、かなり見応えがあった。
 決して安価ではないパークチケットを購入し、パンダの寝顔だけ見てきました・・・というのではあんまりだったけれど、東京ではなかなか見られない放し飼いに近い状態の動物たちの姿を拝めたのは、ここまで来た甲斐があったというものだ。

 ここで最後のイベントは予約してあったアシカの餌やりである。1カップに2切れの魚が入っている。アシカは台の上から私達が投げた魚を上手にキャッチする。可愛い。そして前ヒレで上手にバイバイまでしてくれる。息子と私と一切れずつだったけれど、すっかり満足した。夫が動画を撮ってくれていた。

 さすがに喉はカラカラ、小腹も空いたところでおやつタイム。パンダの顔をした愛らしい肉まん(食べるのが可哀想)と冷たい飲み物で休憩である。
 残り時間は小一時間。動物たちも舎の中に入る時間になってきた。遊園地の乗り物も皆止まっている。
 最後はしつこく鳥の楽園で色とりどりのコンゴウインコや白孔雀などが歩く中を散策して、今日の万歩計は1万歩を超えた。

 閉園まで15分のところでスーベニールショップでお土産をゲットし、最終の路線バスに乗ってホテルに向かった。最寄りのバス停に到着すれば、もうホテルの敷地内だ。エントランスまでは紫陽花やブーゲンビレアが出迎えてくれる。

 オーシャンフロントのラウンジで梅酢のウエルカムドリンクを頂きながらチェックイン手続きを待ち、駅で預けた荷物も揃って、夕食の予約を済ませてお部屋へ。
 今回は還暦記念の家族旅行ということでちょっと張り込んで、部屋に露天風呂のついた和洋室である。お部屋はオーシャンビューだ。ベランダには洗い場のついた檜の露天風呂。小上がりの洋室にベッドが2台、和室で足を伸ばせるのが嬉しい。チェックインが遅かったので、夕食は2巡目になった。
 まずはお茶をして一服。夕食まで2時間あるので露天風呂に繰り出すことに。

 混浴の露天風呂は湯あみ着を着て入るのだという。見れば海が一望出来る素晴らしいロケーション。こんなことでもなければ家族揃ってお風呂に入るなんてこともないのでチャレンジ。ちょっと急な階段を80数段降りるので怖々だった。スリッパが大きくて脱げそうで、手すりにしっかりつかまりながらだったけれど、絶景には満足した。海の潮の香りが鼻をくすぐる。お湯はとても柔らかいが塩味が濃い。まさに海水温泉である。

 ポツポツと雨が落ちてきたので、混浴湯から上がって男女別の大風呂に移動した。貸し切りの家族風呂は残念ながら使用中だったが、大風呂には檜と岩の内風呂が2つ、外にもそれぞれ梅の樽風呂と岩風呂の露天風呂。これにサウナがついてコンプリートするには1時間ほどかかった。
 2人を待たせては申し訳ない、と汗もひかないまま急いで部屋に戻ったら私の方が早かった。湯上がりにアイスキャンデーを食べてのんびりしていたという。失礼な。もう夕食の時間ではないか。急いで浴衣を着替えて食事処に向かった。

 お昼のお弁当を頂いてから8時間ほど。夕食前にしのぎの軽食も頂かなかったのでお腹は空いているのだけれど、朝が早かったのでかなり疲れていて食欲がイマイチ、かと思いきや、繊細な感じの前菜が並び、圧巻な紀州の舟盛りがテーブル一杯に乗ったら、俄然食べたい気持ちが沸いてくる。

 2人は地ビールを美味しそうに頂いている。私も食前酒の蜜柑梅酒を美味しくちびちびと。息子はお造りを遠慮なくどんどん食べていく。その後も伊勢エビの海鮮鍋に牛すき鍋、エトセトラエトセトラ。2時間余り食べっぱなしである。最後のデザートだけは別腹で頑張って頂いた。
 既に時計は10時を廻っている。明日の朝食などの予約を済ませ、ラウンジを見れば皆夜鳴きそばサービスを頂いている。いやはや、凄いことである。

 部屋に戻ると夫も息子もお酒が入っていせいかコテンと眠って鼾をかき出している。息子は部屋の露天風呂に入るというので、ようやく起こして入らせてベッドに入れた。

 ということで朝起きてから既に20時間近くが経過。さすがの私も電池切れ状態であるが、せっかくなので部屋の露天風呂に入って温まった(珍しくその後夫も起き出して入っている。)。
 明日は朝から雨の天気予報。のんびり温泉ライフといきたいものである。
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2021.6.17 祝・還暦 いつもと同じ一日が迎えられる幸せ

2021-06-17 21:10:17 | 日記

 到底迎えることが叶わないだろうと思っていた60歳になった。
 朝のうちは雨が降っていたが、午前中には止み、昼前には青空が広がる汗ばむ陽気となった。やはり晴れ女である。記憶にある限りこの日が一日中雨降りという日はなかったように思う。

 さて、還暦である。赤いちゃんちゃんこである。
 自分が60歳。いや~こんな頼りないのに堂々の60歳。確か私が就職した昭和60年に定年制度が敷かれたのではなかったか(調べてみたら昭和60年3月31日に定年制施行だった。)。
 当時女性で60歳まで働き続ける人は公務員くらいしかなかったように思う。

 男女雇用機会均等法も制定はされたけれど、施行前だった。民間企業で先を走る同性のロールモデルがいない中、総合職として太く短く男並みに馬車馬のように働くか、公僕となって細く長く定年まで勤めあげるかという究極の二者択一。
 そんなに体力強健でもなかった私は、健康に気を付けながら定年まで地道に働ける職場、仮に結婚して家庭を持たずとも、自分の給料だけで口を糊することが出来る職場ということで就職したのだった(結果としてそう細かったわけでもなかった。)。

 何度も繰り返しているけれど、もうすぐ勤続20年という43歳でステージⅠの左乳がん初発、それが46歳で両肺、胸骨、鎖骨、縦郭リンパ節の多発転移となって再発したとき、数年先の未来が描けなくなった。ステージⅣの10年生存率として示されたのは5パーセントという時代だった。
 だからこそあと5年くらいか、せめて50歳までは、という覚悟をした。中学受験を終えたばかりの息子の高校卒業式までは生き永らえないかもしれない、と。

 ところがどっこい高校卒業式、大学入学式に参列し、成人式も終え、大学に至っては1年余計にお世話になってその卒業式にも参列した(あと1年留年していたらコロナ禍で卒業式は中止だったから、滑り込みセーフだった。)。今や社会人3年生、25歳(早生まれなので来年1月末には26歳)になった息子である。
 この先、息子のパートナーや孫の顔を拝みたい?いやいや、そんなことはもう神のみぞ知る世界だろう。

 この間ずっと化学療法室にお世話になってきた。治療を休んだ期間はほぼ、ない。楽な道のりではなかった。このブログは2009年から綴り始め、今年で12年になる。患者会に入ってからの記録であるから、最初の抗がん剤だったタキソテール治療については直接触れていないけれど、それ以降はほぼ漏らさず全て記録している筈だ。
 使った薬は10数種類に及び、今は新薬エンハーツのお世話になっているが、そろそろその効き目も怪しくなってきた。タキソテール、EC、ハラヴェン、エンハーツと脱毛することも4回。
 いよいよ使ったことのない薬はタキソールのみとなり、次回以降この薬を使うのか、それともこれまで使った薬のリバイバルで行くか、まだ思案中である。

 ともあれ、誕生日だからといって特別なことはないのは例年の通り。普通に仕事をして終業後は普通にヨガクラスに行って、帰ったら夫が食事を作って待っていてくれる!(これについては夫の休務日に本当に感謝している。)
 これ以上何を望むべくかという幸せな一日である。

 お読み頂いている皆様へ

 ということで、自分でもびっくりしつつ60歳になりました。60歳、もっと落ち着いてそれなりの威厳があって・・・なんて思っていましたが、とんでもない。これは50歳を迎えた時もそうでした。
 大人の女性50歳、なんてことも全くありませんでした。まあ、これが私なりの60歳ならそれはそれでよしとしましょう。
 60歳、3度目の成人式という節目の年をこうして迎えられた奇跡のような幸せを噛み締めながら、また明日から何気ない日々を綴っていけたら、と思います。
 LINEやFacebook等で沢山の誕生日のメッセージも頂戴いたしました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。どうもありがとうございます。
 これからも細く長くしぶとく、頑張り過ぎずに頑張ってまいります。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
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