1957年訪印しネルーと会う岸信介 昨日 (インド モディ首相 訪日)
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愚ブログが、net-sphereへの初コピペ]
石田保昭、『インドで暮らす』 (愚記事;なつかしい本の話)のおもしろい点はこまかい金銭情報が記録されていることである。
ところで、石田保昭が渡印する前年、1957年、岸信介が安保改定を目指して訪米する前に、戦略的に、インドを訪れた。
われらが敗残国ぬっぽん(1957年といえば敗戦後12年である)にだって、少しは選択肢があることを、事実上=軍事管理上の"宗主国"に示唆する必要があったからだ。サンフランシスコ講和条約への出席を拒否し、われらが敗残国ぬっぽんと独自に国交を回復したのが、インドである(関連愚記事;若泉敬 荒松雄 インド1952)。
なお、この時期、ネルーは周恩来に、岸は蒋介石と、それぞれ首脳会談している。
そして、中印戦争勃発は1962年。 日米安保改定の2年後である。
石田保昭がインドに行ったのが1958年。月給は275ルピー(2万円@当時レート)。
つまりは、1958 - 2014で円はルピーに対し、44倍も強くなったのだ。
参考愚記事[同上] 目玉焼きは卵が二つ、バターも本物、たっぷりミルクを入れた紅茶は飲み放題。食水準は東京より何倍も上がった。心配無用
驚くことに、おいらが初めてインドに行った2004年より、円は1.4倍強くなっているのだ。
っていうか、大丈夫か!?インド・ルピー! インド経済!
そして、振り返れば、『深夜特急』のバックパッカーの興隆?時代の1980年代初頭は1ルピーを買うためには30円を出さなければいけなかったのだ。
今は『深夜特急』の時代の18倍、円が強いのだ。