春に行ったポーランド;
コペルニクス像
今年のおいらのコペルニクス的転回は、仙台にて、虫瞰→鳥瞰転回 (愚記事:my sentimental journey; 虫瞰・鳥瞰 仙台2013)
ワルシャワの中心街
ワルシャワから列車に乗って地方に行く。途中、ただただ耕地。人影も見えない。
地方の街かどにて
■ 蚊取り線香
公園で蚊取り線香をつけていた。
■ 街角の張り紙
「行方不明の猫 !」、 ワルシャワ
■ 壁画
ワルシャワ
そして;
ワルシャワの街かどで
■ ポーランドへは国際学会の参加のため行った。日本人はおいらひとりだった。というか、日本人なんて参加しないだろう国際会議がポーランドで開かれることを見つけたので、参加することに決めた。国別参加人数情報の一部(下記)。コロンビア3人、ベルギー5人、そしてアイルランド、日本ひとり、など。
・目立つ華人勢
日本人はおいらひとりだったが、華人は 多かった 主流のヨーロッパ勢の中で少数ながら(5~7人程度)存在感があった。なお、コリアンはゼロ。シンガポール、台湾、ヨーロッパ、そして大陸から華人(=中国系)の研究者が参加していた。彼らは、非公式の席では中国語で話す。出身国もばらばらだけど、集まって中国語で話していた。ほとんどが英語はthe second languageなのであるが、元気に活躍している。その元気さがすごい。シンガポールの偉い教授さまの英語なぞ、すごい訛っている。でも、通じている。ひとり、ヨーロッパの名門大学の教授さまが極めて流暢な英語であった。素性をきくと、出身はシンガポールとのこと。若くしてヨーロッパの大学に行ったと推定される。上記のシンガポールの教授さまはおそらく(蒋介石一派→???)台湾??or 大陸??→米国留学→シンガポールで教授さまと思われる。
集まって中国語で話していた華人研究者たちとは個別においらは話した in English。 彼らを interviewするに政治上のboundaryは感じられない。極論すると、国民国家意識、なんてものを持ちあわせていないがごとく語る。 恐るべし、華人の inter-nationalizm。
(台湾の研究者に「おめえさんちは蒋介石の旗本かい?」ってお尋ねしたら、「いや、おいらんち(おいらの家)は、200年前くらいに大陸から来たんだ」とのおこたい。じゃ、「清朝 Qing Dynastyの頃だね?」と聞くも、Qing Dynastyが通じず、筆記で清朝と書いても通じなかった。おいらの尋ね方がおかしかったのか?彼が歴史に無知な研究者か?だったのか...)
おいらが属している業界は日本での高度成長期的産業である。だから、現在日本では下火、アジアなど新興国で産業と研究が盛んなのだ。でも、ヨーロッパでは研究が盛ん。結局、ヨーロッパの目論見は技術と科学の理論的部分と統括を保持しようとすることである。
とまれ、中国大陸の技術開発の先導や頭脳的役割を周辺の台湾、シンガポール、さらにはヨーロッパが担うことになるだろう。そして、台湾、シンガポール、さらにはヨーロッパは大陸中国との連携を、経済的利益の観点から、望んでいる。
「中国包囲網」なんて日本のひとりよがりになる可能性がある。