―パリのモンマルトルの坂で見た壁画、今年4月。ピレネーを越える前に―
11年か。おいらの個人的感覚ではもっと昔のように感じる。
米ソ冷戦が終わったのが1989年。日本の没落が始まった。でも、その当時は日本人は気付いていなかった。
米ソ冷戦の終結で、米国が安心して日本を敵視できるようになった。
それから約10年の2001年。冷戦終結後の米国一極支配が極限に至り、窮鼠・イスラム勢力が反撃。
一方、1989年の米ソ冷戦終結の時点の視点から、その約10年前を振り返れば、
ソ連のアフガニスタン侵攻。
このソ連のアフガニスタン侵攻こそ、タリバンやビン・ラディンを生み出した歴史的事象だ。
彼ら、タリバンやビン・ラディンこそ、モスコー・ワシントン体制、すなわち、ヤルタ・ポツダム体制打破!を目指し、実践し続けたのだ。 列島で失われた ぬっぽん・ウヨ の真髄は、そこにあったのだ。