ブログへの初挑戦。目標はただ一つ、毎日何かを登場させる。続くようであれば次へ挑戦。
何気ない毎日
東松山市埋蔵文化財センター 【壷・甕】
出土品を見るときいつも迷ってしまう。理解していないことが多過ぎるのである。
旧石器と新石器時代、さらに先土器時代という表現すらある。別の言い方では縄文と弥生そして古墳時代との言い方もある。
それはサテオキ、今回は出土品で展示してある壷・甕の画像を登場させる。ただし壷と甕の区別もおぼろげながらしかできていない。首のくびれそれとも口の広さでの識別も難しい。
甕
壷と器台
壷
壷?・甕?
甕
模様
間違った認識かも知れないが、縄文時代を新石器時代であり、旧石器時代はその前のことと思いこんでいる。
現物を見ても「はじき(土師器)」と「すえき[須江器]」の区別も分からなくなることが度々である。色だけとかろくろ仕上げの判断が難しいのである。どちらの製法も現在まで脈々と引き継がれている作り方である。
旧石器と新石器時代、さらに先土器時代という表現すらある。別の言い方では縄文と弥生そして古墳時代との言い方もある。
それはサテオキ、今回は出土品で展示してある壷・甕の画像を登場させる。ただし壷と甕の区別もおぼろげながらしかできていない。首のくびれそれとも口の広さでの識別も難しい。
甕
壷と器台
壷
壷?・甕?
甕
模様
間違った認識かも知れないが、縄文時代を新石器時代であり、旧石器時代はその前のことと思いこんでいる。
現物を見ても「はじき(土師器)」と「すえき[須江器]」の区別も分からなくなることが度々である。色だけとかろくろ仕上げの判断が難しいのである。どちらの製法も現在まで脈々と引き継がれている作り方である。
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越辺川の護岸工事
2ヵ月位前であったと思うが、越辺川の今川橋から下流に向かって護岸工事が始まっていると書いた記憶がある。
今の状況を確認してみた。
左岸の仮堤防:川の北側
鳩山町今宿から毛呂山町苦林を結んでいる今川橋の上から下流側を眺めて見る。
流れの中心部から
この位置からは仮堤防はほとんど見ることが出来ない。
左岸のショベルカーの部分だけ僅かに見える位で、右岸は全く見えない。
以外に高さがない仮の堤防である。
橋の上を進んで毛呂山方向に進むと右岸の仮堤防が見えてきた。
右岸の仮堤防:クリックするとズーム表示
今の状況を確認してみた。
左岸の仮堤防:川の北側
鳩山町今宿から毛呂山町苦林を結んでいる今川橋の上から下流側を眺めて見る。
流れの中心部から
この位置からは仮堤防はほとんど見ることが出来ない。
左岸のショベルカーの部分だけ僅かに見える位で、右岸は全く見えない。
以外に高さがない仮の堤防である。
橋の上を進んで毛呂山方向に進むと右岸の仮堤防が見えてきた。
右岸の仮堤防:クリックするとズーム表示
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