誰のための何のための『ゆとり教育』だったのか?
大失敗という形で終わった『ゆとり教育』
知識偏重で教育し教育されてきた教職員が
教務にゆとりが持てないとの憤懣から
自分自身のためのゆとりだったのか?
それとも、
心身ともに健全な子供たちを育成したいと
心底思っての『ゆとり教育』だったのか?
今となっては
その真意が見えなくなってしまった
道徳教育に相通じる修身教育を日本の悪徳教育と教える人々が
『ゆとり教育』を提唱したところから矛盾が起こったような気がする
精神鍛錬をよしとしない教育
歴史に学ばない教育
自然に学ばない教育
平等と個性が共生を破壊する教育
『ゆとり』を壊してしまうための『ゆとり教育』
ゆとりを教えられない人々がゆとりを教えようとしたことに
大きな失敗の要因があったように思えてならない
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ですが、今日みんなで話してみて、ゆとり教育のとらえ方が違っただけで
本当はゆとり教育で学ぶべきことがたくさんあったのだと思いました。
世間にゆとり教育世代だから・・・と批判されないように
私自身これから視野を広くもってあらゆることを学んでいけたら。。。と
思います(*^_^*)
自分の中にそう思えるような余裕ができたのも
一年間iBSで学んだからだと今、確信しました(笑)
歪みのあるゆとり教育を受けた子供たちが一番の被害者で、不十分なゆとり教育を行った教師たちは加害者でありながら、また、形式的ゆとり教育と合理的受験指導との板挟みに苦しんだ被害者でもあったのかな・・・と思いました。
私は、「教育とは、営利的・合理的思考が教育現場に入った時点で、死ぬものだ」と考えているので、一刻も早く、日本の教育が蘇生することを祈っています。
お年寄りにヒヤリングをしても文献を何度検索しても修身自体が悪いようには、どうしても思えないのです。
なぜなら、戦後の奇跡的な復興は修身を受けた世代が成した業であるからです。台湾の方がよく、日本に感謝を述べられることがありますが、これも戦中に台湾をよくしたからに他なりません。その中心たる思想が修身であったと歴史の事実が語っております。
なかなか難しいとは思いますが、多くの方々に歴史を見直していただきたいと考えます。
『ゆとり教育』については、先日16歳の息子を持つ妹とその弊害に子供達が犠牲になっていることを聞いたばかりだったので、
院長の問いかけや生徒さん達のコメントから、改めていろんな事を感じました。
それにしても、IBSの生徒さんのコメントには卒業生ながら、いつも感心させられます。読みながら学ぶことがたくさん。Oliviaさんのコメントを妹と甥にも見せたいと思います。
それにしても、院長のブログを最低週一ではチェックしなくてはいけませんね!