3年前のことだ。僕も一人前に癌という病気をした。
癌という病気の恐ろしさは重々承知している。
咽頭と甲状腺に拳の半分位の悪腫の腫瘍ができていた。
転移の可能性があり、転移が認められれば命が危うくなる。手術は急を要する。
手術後に声帯を失う可能性もあるとの診断だった。
家族や親族、学院の職員や友人達にはかなりの気苦労を与えてしまった。
原因ははっきりしないが、心労からなるストレスが積み重なったせいだといわれた。
いずれにせよ、正当な理由で、病院で2週間ほどゆっくりできる。癌で悩むことより、病院でゆっくりできることの方に喜びを感じていた。
手術には丸一日かかった。
いろんな夢を見た。
暗闇のニューヨークの町の中で日本行きのバスを探してさ迷っている自分がいた。ぼんやりとした光の中からやっとバス停を見つけ、走って来たバスに乗ろうとした瞬間、パスポートがないことに気付き、そのバスには乗れなかった。
ガックリとうなだれて、また暗闇の中にパスポートを探しに戻る夢を見た。
そのバスに乗っていたら、あの世に行ってしまったかもしれない。
パスポートは、砂埃の中に埋まっていた。
青白い広大な丘の上で、たくさんの狼を従えて、町の光を見ている自分の夢も見た。
目を覚ましたのは翌日だ。目を覚ました時に、ふと横を見ると、集中治療室の僕のベットの横で、僕を見守ってくれていた美しい若い女性がいた。
「ずっと看病してくれたんですね。ありがとう。」と、僕がお礼をいうと、にっこりと笑顔を浮かべ、部屋を出ていった。
彼女が部屋を出て行くや否や、担当の医者と看護婦が入ってきた。
先ほどの女性は誰かと尋ねると、「この部屋には誰も入れないし、誰も入っていませんよ。」という返事が返ってきた。
未知との遭遇だ。
ともかく手術は大成功だった。またしても生き延びた。生きるというより、生かされているのかもしれない。