KONA WIND-南の風- iBS学院長・南 徹ブログ

アメリカ人に英語を教えていた日本人が外語学院を作った。その学院長が、日本を、世界を斬るブログ!!

遊びの美学

2006-07-29 13:20:52 | インポート

Dsc02180_1 遊びは決して悪いことではない。多くの日本人は遊びが下手である。遊びが下手というより、遊びを学問として学ぶという発想がない。遊びは、人間が最も必要とする学問である。遊びを学問として学ばない限り、人は決して豊かになることはない。中央政府に強いられ、地方が生き抜いていくためだと、自立を余儀なくされる三位一体の考え方に脅えるだけである。遊びを奨励しないから、本当はとっても豊かに生きれるはずの日本の多くの島々、いわゆる離島は決して豊かにならない。過疎で悩んでいる。美しい田園風景を持つ田舎も決して豊かにならない。遊びを学問としている、遊びに卓越した人々が住んでいる国々の美しい田舎は、美しい島々は、遊びの天国と化している。エーゲ海の島々、カリブの島々、南太平洋の島々など上げればきりがない。かつて、遊びが学問として成り立ち、日本人が世界一幸せであり豊かな歴史の一時があった。それは江戸時代である。300年近くの遊びの時代である。遊びの時代をより長く、より大きく、より深く、より価値在るものとして賞賛した歴史を背景に持つ民族は、とても豊かなはずなのだが?戦後、日本人の遊びの文化が捻じ曲げられた。勉強、勉強、受験、受験、資格、資格、仕事、仕事、貯金、貯金と、果てしなく将来を心配するような、こんな言葉が死ぬまで飛び交うのは、中途半端な先進国、韓国、中国、そして日本、いわゆる未熟な発展途上国の人々だけである。蟻になれ!働き蜂になれ!そんな声がいつも耳元で囁いてきた。日本人は、遊びの美学をもう一度考えなおす必要がある。人は、誰のために、何のために頑張るのか?遊びは決して悪いことではない。健全な、心豊かな遊びを学問として学ぶことで、実践することで、人生はもっともっと楽しくなる。


生きる知恵

2006-07-28 18:50:34 | インポート

Dsc02108_1 最近、学生からよく聞く訴えだが、「先生!お金がない。どうしよう?」。である。不必要と思われる物にかけるお金はあるらしい。価値観が異なるから答えに苦しむことが多い。食べるものに事欠くほど苦しいわけではない。お金の使い方が間違っているからだ。僕の学生時代は、食うもの食わずで教育に投資してきた。生きる道を学ぶことで、知恵を手にすることで、億万のダイヤモンドに匹敵する財を手にできると確信したからだ。知恵があれば、1万円のお金でも充分に1ヵ月生きていける。知恵が無ければ、100万円のお金があっても生きていけない。お金の価値は教育のレベルに正比例する。なぜ学問をするのか?それは、豊かに生きる知恵を手にするためである。


後輩諸君

2006-07-25 16:26:39 | インポート

Dsc00072 母校の学生7名が「先輩に学ぶ進路セミナー」ということで、私を訪ねてやってきた。鹿児島県立甲南高校の一年生諸君である。大きな夢を抱き、希望一杯で入学した頃の自分を思い出した。高校時代に人生の全てが決まると言っても過言ではない。高校時代に教えなければいけないことは、学ばなければいけないことは、人生の進路は一つではないということだ。円の中心に自分をおいて、360度の視野を見渡すとき、その全てが選択できる世界である。大学進学だけが全てではない。大学進学は選択肢の360分の1でしかない。悲しいかな、学問の府と言える大学が非常に少なくなった。高校3年間の学生生活の中で、自分はどんな未来を設計したいのか、たくさんの諸先輩をお手本にしながら、自分の意思で進路を決定し、後悔の無い人生を進んで欲しい。そんな語らいの一時であった。後輩諸君!人生は多種多様だから面白い。


許しの奇跡

2006-07-10 10:40:14 | インポート

Dsc02348 人間は自分勝手だ。いつも自分が正しいと思っている。自分は許しても、他人は許さない。まさに、エゴイズムの塊である。そんな人間に救いの道があった。それは、許しの奇跡である。罪深き人間が互いに罪を許しあったとき、奇跡が生まれると言う教えである。売り言葉に買い言葉で、よく論争をやる。話し合いなら良いが、喧嘩である。相手に厭味を言われたり、怒りをぶつけられたりいたときに、決して同じ怒りで返してはいけない。怒りは増幅され、破壊の道を辿る。怒りの言葉の裏の、奥にひめたるメッセージを読み取ろうと努力すれば、憎しみは消える。敵を抱きしめてあげることさえできる。人は人を憎むために創造されたのではなく。愛するために創造されたと信じたい。


旅立ち

2006-07-08 10:17:32 | インポート

Dsc02198 昨日今日と三人の卒業生がアメリカに旅立った。父親、母親、お婆ちゃん、お爺ちゃん、兄弟、友人たち、みんなそれぞれの思いで見送っていた。頑張れよ!涙一杯の顔、顔、顔、人がとても優しくなれる一時である。多くの人々に見守られ、支えられ、わがままが許されてきた日々からの脱却である。自立のための旅立ちである。孤独との戦いの日々が始まる。大人になるための1ページが始まる。フッと思い出した。遠い、遠い、昔、僕が飛び出したあの日を。