語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会保障】民主党による政策転換(2) ~年金政策~

2012年05月08日 | 医療・保健・福祉・介護
 (承前)

(3)失敗事例 ~年金~ 
 「成功事例」がJD「障害者総合支援法案への日本障害者協議会の見解」のような結果ならば、失敗事例は推して知るべし。

 (a)2007年、「消えた年金記録」問題が発覚し、5,000万件の記録漏れが明らかになった。政権交代時、1,700万件が未解決のまま残された。野党時代の民主党は、長妻昭議員が中心となって政府を追及し、国民の共感を呼んだ。これは同年の参院選における民主党躍進の一因となり、さらに政権交代の引き金となった。民主党のマニフェスト(2009年)にいわく、
   ①「コンピューター上の年金記録と紙台帳の記録の全件照合を速やかに開始し、コンーピュター上の記録の訂正・統合を行う」。
   ②全加入者に「年金通帳」を交付し、いつでも自分の年金記録(標準報酬月額を含む)を確認できるようにする。

 (b)長妻は、鳩山政権の厚生労働大臣に就任し、消えた年金問題の解決に全力を挙げる、と強調した。しかし、たちまち現実の壁にぶつかった。
   ①2009年12月、コンピューター上の記録と過去の紙台帳記録8億5,000万件との照合は、2013年度までに全件照合完了という目標を見直した。2010、2011年度に全体の7割(6億件)の照合を行う計画だったが、これを2億件程度に引き下げた。予算確保の難しさ、費用対効果が低いことが要因だった。最終的に照合できるのは、半分以下にとどまる見込みとなった。
   ②年金通帳も、2010年度からの導入を断念することになった。そして、2011年10月、「年金通帳」を断念し、代わりに日本年金機構の「ねんきんネット」利用を促進することとした。

 (c)消えた年金記録問題は、長年の政府の怠慢の帰結だが、民主党政権は年金に係る新たな問題を作りだした。第三号被保険者の取り扱いだ。
   ①夫が退職して自営業に移ったり、死亡・離婚した場合には、妻は国民年金に加入しなければならない。が、この制度は十分周知されていなかった。「三号からの変更漏れ」のため、年金受給資格を満たさず、結果的に無年金となったり減額支給となった人が出ていた。こうした状況にある人が100万件以上存在することが、民主党政権下、2011年1月に判明した。
   ②厚労省は、届け出を忘れた場合でも、直近2年分の保険料を支払えば、それ以前の未納分は不問に付し、該当する人々を国民年金加入者とみなす、という救済策を採った(「運用三号」)。2011年1月30日現在、2,331人に適用された。しかし、総務省年金業務監視委員会が、制度を理解し適正に保険料を納付した人々との間で大きな不公平が生じる、と批判し、政治問題となった  
   ③しかも、「運用三号」は、法律改正ではなく、厚労省の課長通達によって決定された。民主党が唱えてきた官僚支配の打破とまったく逆行する政策立案が、官僚によって進められていたのだ。100万件以上の大きな問題で、しかも年金の公平性の観点からも慎重に検討すべき案件に、「運用三号」はいかにも官僚の考えつきそうな弥縫策だった。官僚制研究の「法則」がここにも顕れた。既存の制度の中で問題が発生した時に、大規模な法律改正や新規立法を回避し、既存の法令の解釈変更など小幅な変化で対応する・・・・「運用三号」は、まさにルーティンの範囲内で問題を糊塗するものだ。2011年1月27日付け厚労省年金局事業管理課『「運用三号」職員向け「Q&A」集』でも、想定問答として「法律改正によって措置すべきではないか」という質問を立て、それに対して、法律改正に要する長い時間と大きな手間をあげて、行政上の通知によって関係者を救済することを正当化している。
   ④2011年3月上旬、民主党政権は、世論の批判を受けて「運用三号」の扱いを停止し、保険料の遡及的納入の機関を大幅に拡大するなどの法律改正に取り組む、とした。しかし、3・11によって、議論は途絶したままだ。

 以上のように、民主党政権の年金制度の管理、運用は失敗の連続だった。
 (ア)消えた年金記録問題では、作業の膨大なコストを想定せず、容易な公約を宣言した。
 (イ)国民年金に未加入の大量の元三号被保険者が浮かび上がった時、「公平性」と「関係者の救済」という相矛盾する課題に直面しても、自ら理念を立てて国民を説得する政策を打ち出せなかった【注】。運用三号の失敗は、民主党の政治家が重要な政策の本質について十分に理解しないまま、運用を官僚に任せていたことが原因だった。

 【注】理念の欠如は、「社会保障と税の一体改革」に甚だしい。2030年頃には厚生年金の積立金が枯渇する。が、民主党はヴィジョンを欠いているから、公的年金制度の改革に手をつけることができない。【「【年金】持続する制度とするために必要な改革」】

 以上、山口二郎『政権交代とは何だったか』(岩波新書、2012)の「第3章 政治主導による政策転換の成否--なぜ失敗し、どこで成功したか」に拠る。
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