語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【社会】スノーデン事件が教える国とハッカーの深刻な対立

2013年07月25日 | ●佐藤優
 エドワード・スノーデン容疑者は、24日午後(日本時間同日夜)にも滞在中のモスクワ・シェレメチェボ空港から、政治亡命を申請しているロシアに入国する可能性が出てきた。

□記事「スノーデン元職員入国へ 現地報道 ロシア側の書類整う」(2013年7月25日付け朝日新聞)

   *

 (1)スノーデン事件は、今後の国際秩序に無視できない影響を与える。
 NSAは、シギント【注1】では他国の追随を許さない世界最強の機関だ。
 CIAの元職員でNSAの契約職員だったスノーデンは、有能なハッカーだ。高校教育を修了していないスノーデンがCIAに就職したのは、ハッキングという特殊技能を持っているからだ。ちなみに、米国のみならず英国、露国、イスラエルなどのインテリジェンス機関もハッカーを重要な戦力にしている。
 しかし、正規職員として採用するハッカーに関しては、身辺調査で問題がなくても、思想傾向を数年間かけて調査した後に採用するのが通常だ。
 なぜなら、ハッカーに共通する独自の世界観があるからだ。

 (2)コンピューター・ギーク【注2】たちは、われわれの社会になくてはならない存在になっている。徐々にポジティブな意味合いを持つようになっている。官庁でも企業でも、今日ではコンピューターとネットワークなしでは業務に差し支える。こうしたインフラストラクチャとしてのITはを支えているのがギークたちだ。
 ギーク抜きにシギント活動はできない(インテリジェンス界の常識)。
 しかし、ギークは深刻な問題をインテリジェンス業務に与える潜在的危険性がある。それは思想絡みの問題だ。
 ギークたちは政府、軍、大企業のようなピラミッド型の組織で働くことを嫌っている。そうした組織で働く人たちのことをギークたちは「ワンク(wonk)」【注3】、「スーツ(suits)」【注4】と呼ぶ。 
 ギークとワンクの間の、一種の文化的対立は深刻だ。かつてギークたちは、「われわれは王様も大統領も投票も拒否する。われわれが信じるのはラフ・コンセンサスと働くコードだ」とまで言い放った。
 ワンクたちは、ギークたちの技術力を使わないわけにはいかない。しかし、それは一筋縄ではいかないだろう。安全保障を含めて、われわれの社会システムが技術に依存すればするほど、この文化的対立は深刻になるだろう。
 コンピューター言語を自由に操ることができるギークたちには、言語、民族、国家にタイする意識が希薄なのだ。第三者的に観察すれば、ギークたちの世界観はアナーキズムに親和的だ。

 (3)米国はいま、スノーデンがNSAの契約職員にすぎない、と彼の役割を矮小化することに腐心している。
 しかし、スノーデンが契約職員だった理由は、能力が低いからではない。インテリジェンスに非合法活動は不可欠だ。だから、万一、事故が生じたときに備えて、外部の民間会社の契約職位9ンのカバー(偽装)で重要な任務に当たらせるのだ。スノーデンの年収は、20万ドル(1,980万円)で、かかる高給で処遇していることからも、CIA中堅幹部相当(日本外務省の課長ないし局審議官級、一部上場企業の部長級)の扱いをスノーデンは受けている、と見たほうがよい。

 (4)FBIに逮捕されれば終身刑を受けるリスクを冒して、なぜかかる暴露をスノーデンは行ったのか。
 背後で中国や露国のインテリジェンス機関が動いている、という見方の根拠は薄弱だ。
 スノーデン自身は、「米政府が世界中の人々のプライバシーやインターネット上の自由、基本的な権利を極秘の調査で侵害することを良心が許さなかった」と述べている。これが真実の動機だろう。
 スノーデンの視座は、国家悪を断罪するアナーキズムに近い。CIAは、シギントには強いが、ヒューミント【注5】に弱い。スノーデンの過剰な正義感がはらんでいる危険を採用時にCIAが見抜けなかったことが、この事態を引き起こした原因だ。

 【注1】通信や電磁波を媒介とするインテリジェンス活動。合法・非合法両面での通信傍受を中心とする。
 【注2】ギーク(geek)とは「変人」「オタク」の意。ニュアンスとしては日本語のオタクより悪い印象を与える。
 【注3】ガリ勉野郎。
 【注4】スーツを着ている野郎。
 【注5】人間によるインテリジェンス。

□佐藤優「スノーデン事件が教える国とハッカーの深刻な対立 ~佐藤優の飛耳長目86~」(「週刊金曜日」2013年7月12日号)
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