また近づいてきたか、おぼろな影たちよ。
かつてわたしの未熟な眼に浮かんだものたちよ。
今こそおまえたちをしかと捉えてみようか。
わたしの心はいまもあのころの夢想に惹かれるのか。
むらがり寄せるおまえたち。よしそれなら思うままに、
もやと霧のなかからわたしのまわりにあらわれてくるがいい。
わたしの胸はわかわかしくときめく。
おまえたちの群をつつむ魅惑のいぶきに揺すぶられて。
おまえたちは楽しかった日の、かずかずの思い出をはこんでくる。
なつかしい人たちのおもかげのかずかずが浮かび出る。
なかば忘れられた古い伝説(いいつたえ)のように、
初恋も初めての友情もよみがえる。
苦しみは新たになり、嘆きはまたも人の世の
悲しいさまよいをくりかえす。
かりそのめの幸(さち)にあざむかれて、美しい青春をうばわれ、
わたしに先立って逝った親しい人々の名を私は呼ぶ。
初めの歌の幾ふしをわたしが歌って聞かせた人々は、
いまはそれにつづく歌を聞くよしもないのだ。
したしい人たちの団欒(まどい)は散り、
最初に起こった好意のどよめきは帰ってこない。
わたしの嘆きは見知らぬ世の人々にむかってひびき、
その賞讃さえわたしの心をわびしくする。
いまも生きてわたしの声を喜んで聞いてくれる人たちも、
遠く四方にちらばっている。
しかし今わたしを捉えるのは、あの静かなおごそかな霊たちの国への
ながく忘れていた憧れ。
わたしの歌はいまようやくつぶやきをとりもどして
おぼつかなくもエオルスの琴【注】のように鳴りはじめる。
戦慄(おののき)がわたしをつかみ、涙はつづく。、
かたくなった心もしだいになごんでゆくようだ。
わたしがいま現実に見ているものは遠い世のことのように思われ、
すでに消え失せたものが、わたしにとって現実となってくる。
【注】ギリシャ神話、風によって微妙な音色で鳴るという琴。エオルスは風神の名。
Ihr naht euch wieder, schwankende Gestalten,
Die früh sich einst dem trüben Blick gezeigt.
Versuch ich wohl, euch diesmal festzuhalten?
Fühl ich mein Herz noch jenem Wahn geneigt?
Ihr drängt euch zu! nun gut, so mögt ihr walten,
Wie ihr aus Dunst und Nebel um mich steigt;
Mein Busen fühlt sich jugendlich erschüttert
Vom Zauberhauch, der euren Zug umwittert.
Ihr bringt mit euch die Bilder froher Tage,
Und manche liebe Schatten steigen auf;
Gleich einer alten, halbverklungnen Sage
Kommt erste Lieb und Freundschaft mit herauf;
Der Schmerz wird neu, es wiederholt die Klage
Des Lebens labyrinthisch irren Lauf,
Und nennt die Guten, die, um schöne Stunden
Vom Glück getäuscht, vor mir hinweggeschwunden.
Sie hören nicht die folgenden Gesänge,
Die Seelen, denen ich die ersten sang;
Zerstoben ist das freundliche Gedränge,
Verklungen, ach! der erste Widerklang.
Mein Lied ertönt der unbekannten Menge,
Ihr Beifall selbst macht meinem Herzen bang,
Und was sich sonst an meinem Lied erfreuet,
Wenn es noch lebt, irrt in der Welt zerstreuet.
Und mich ergreift ein längst entwöhntes Sehnen
Nach jenem stillen, ernsten Geisterreich,
Es schwebet nun in unbestimmten Tönen
Mein lispelnd Lied, der Äolsharfe gleich,
Ein Schauer faßt mich, Träne folgt den Tränen,
Das strenge Herz, es fühlt sich mild und weich;
Was ich besitze, seh ich wie im Weiten,
Und was verschwand, wird mir zu Wirklichkeiten.
□ヨハン ・ ヴォルフガング ・ フォン ・ ゲーテ(手塚富雄・訳)「捧げることば」(『ファウスト 悲劇』、中央公論社、1971)
□「Johann Wolfgang von Goethe: Faust: Eine Tragodie - Kapitel 1 」
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【詩歌】J・W・ゲーテ「塔守リュンコイスの歌」 ~『ファウスト』より~」
「【詩歌】ゲーテ「昔ツウレに王ありき」 ~『ファウスト』より~」
かつてわたしの未熟な眼に浮かんだものたちよ。
今こそおまえたちをしかと捉えてみようか。
わたしの心はいまもあのころの夢想に惹かれるのか。
むらがり寄せるおまえたち。よしそれなら思うままに、
もやと霧のなかからわたしのまわりにあらわれてくるがいい。
わたしの胸はわかわかしくときめく。
おまえたちの群をつつむ魅惑のいぶきに揺すぶられて。
おまえたちは楽しかった日の、かずかずの思い出をはこんでくる。
なつかしい人たちのおもかげのかずかずが浮かび出る。
なかば忘れられた古い伝説(いいつたえ)のように、
初恋も初めての友情もよみがえる。
苦しみは新たになり、嘆きはまたも人の世の
悲しいさまよいをくりかえす。
かりそのめの幸(さち)にあざむかれて、美しい青春をうばわれ、
わたしに先立って逝った親しい人々の名を私は呼ぶ。
初めの歌の幾ふしをわたしが歌って聞かせた人々は、
いまはそれにつづく歌を聞くよしもないのだ。
したしい人たちの団欒(まどい)は散り、
最初に起こった好意のどよめきは帰ってこない。
わたしの嘆きは見知らぬ世の人々にむかってひびき、
その賞讃さえわたしの心をわびしくする。
いまも生きてわたしの声を喜んで聞いてくれる人たちも、
遠く四方にちらばっている。
しかし今わたしを捉えるのは、あの静かなおごそかな霊たちの国への
ながく忘れていた憧れ。
わたしの歌はいまようやくつぶやきをとりもどして
おぼつかなくもエオルスの琴【注】のように鳴りはじめる。
戦慄(おののき)がわたしをつかみ、涙はつづく。、
かたくなった心もしだいになごんでゆくようだ。
わたしがいま現実に見ているものは遠い世のことのように思われ、
すでに消え失せたものが、わたしにとって現実となってくる。
【注】ギリシャ神話、風によって微妙な音色で鳴るという琴。エオルスは風神の名。
Ihr naht euch wieder, schwankende Gestalten,
Die früh sich einst dem trüben Blick gezeigt.
Versuch ich wohl, euch diesmal festzuhalten?
Fühl ich mein Herz noch jenem Wahn geneigt?
Ihr drängt euch zu! nun gut, so mögt ihr walten,
Wie ihr aus Dunst und Nebel um mich steigt;
Mein Busen fühlt sich jugendlich erschüttert
Vom Zauberhauch, der euren Zug umwittert.
Ihr bringt mit euch die Bilder froher Tage,
Und manche liebe Schatten steigen auf;
Gleich einer alten, halbverklungnen Sage
Kommt erste Lieb und Freundschaft mit herauf;
Der Schmerz wird neu, es wiederholt die Klage
Des Lebens labyrinthisch irren Lauf,
Und nennt die Guten, die, um schöne Stunden
Vom Glück getäuscht, vor mir hinweggeschwunden.
Sie hören nicht die folgenden Gesänge,
Die Seelen, denen ich die ersten sang;
Zerstoben ist das freundliche Gedränge,
Verklungen, ach! der erste Widerklang.
Mein Lied ertönt der unbekannten Menge,
Ihr Beifall selbst macht meinem Herzen bang,
Und was sich sonst an meinem Lied erfreuet,
Wenn es noch lebt, irrt in der Welt zerstreuet.
Und mich ergreift ein längst entwöhntes Sehnen
Nach jenem stillen, ernsten Geisterreich,
Es schwebet nun in unbestimmten Tönen
Mein lispelnd Lied, der Äolsharfe gleich,
Ein Schauer faßt mich, Träne folgt den Tränen,
Das strenge Herz, es fühlt sich mild und weich;
Was ich besitze, seh ich wie im Weiten,
Und was verschwand, wird mir zu Wirklichkeiten.
□ヨハン ・ ヴォルフガング ・ フォン ・ ゲーテ(手塚富雄・訳)「捧げることば」(『ファウスト 悲劇』、中央公論社、1971)
□「Johann Wolfgang von Goethe: Faust: Eine Tragodie - Kapitel 1 」
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【参考】
「【詩歌】J・W・ゲーテ「塔守リュンコイスの歌」 ~『ファウスト』より~」
「【詩歌】ゲーテ「昔ツウレに王ありき」 ~『ファウスト』より~」