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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『斧』

2011年01月25日 | ミステリー・SF
 「パルプ・ノワール」と文春文庫が銘打つシリーズの一冊。フィルム・ノワールが本になると、「パルプ・ノワール」になるらしい。
 本書は、犯人が最初から一人称で登場する点で倒叙ものミステリーに似ているが、古典的ミステリーには不可欠の「悪は滅び善は栄える」たぐいの道徳は本書にひとカケラもない。かと言って、ピカレスク・ロマンの系譜にも入らない。自律的なエネルギーに満ちている古典的な悪党と比べると、主人公バーク・デヴォアは、永六輔の「普通人名語録」的普通人である。

 バークは、大学卒業後陸軍に徴兵され、満期除隊後バスの運転手を2年間、パルプ会社の販売部長を4年間、生産ラインの主任を16年間勤めた。いま、失職してから1年に近い。家族に妻と大学生の娘、高校生の息子がいる。
 前職とほぼ同じ職種、同じ待遇を求めて職を探すのだが、求人件数に対して求職者が多すぎた。面接を受けては一顧もされぬ、という経験がたび重なる。 そこで、主人公は自分と同等の経歴、資格の持ち主を殺してまわることにした。競争相手がいなくなれば自分が採用される、というわけだ。

 おそるべき短絡的思考だが、著者はこの安直な論法で最後まで読者の興味を持続させるから才筆と言わねばならぬ。
 もとより小さな波乱も用意されている。わけはわからないけれども夫が変貌したのにおそれをなした妻は浮気するし、息子は貧しさゆえに犯罪に走る。バークは妻の慫慂によってカウンセリングを受けざるをえないし、警察と交渉しなくてはならない。職がないのに夫であり父親であることは実に辛い。

 しかし、これらは脇筋であって、主題はしっかりと堅持されている。
 主題は犯罪ではない。働きたいのに職のない状態、収入のない状態である。リストラ、賃金カットが世にはびこる昨今、雇われて働く者には身につまされる話だ。

 「貧乏人は貧窮のきわみにいたると何をすればよいかを知っている」とパール・バックは言った。かくて、『大地』の貧民たちは蜂起して金持の家を掠奪した。
 しかし、バークは徒党を組まないし、モッブ状況に巻きこまれることもない。
 斧をふるったラスコーリニコフは回心して大地に接吻したが、神が死んだ時代に棲息するバークは、大地に接吻することもない。

□ドナルド・E・ウェストレイク(木村二郎訳)『斧』(文春文庫、2001)
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