語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『「野村学校」の男たち』

2010年07月13日 | ノンフィクション
 本書は、「野村学校」ないし「野村再生工場」によって蘇った野球人37人の証言録である。

 「さりげないひと言」の効用がある。
 たとえば、楽天の選手、山崎武司の場合、「お前はオレによう似とるところがあって、勘違いされる性格やろ」のひと言に、野村監督は自分をよく見ていて、わかってくれているのだ、と悟り、以後素直になった、という。
 あるいは、伝説的な江夏豊の場合。阪神を追われた江夏豊を呼びだした野村監督(当時南海)は、殺し文句をささやいた。「ウチに来て、野球の革命を起こそうやないか」
 坂本龍馬のすきな江夏は、このひと言で気持ちは動いた。江夏はいまでも野村を「自分の野球観を変えてくれた恩人」と呼ぶ。
 そして、野村の情は、江夏という逸材をつうじて、プロ野球のシステムを変えた。先発、中継ぎ、抑えの専業化である。

 しかし、情で人を活かすのは、なにも野村克也監督の専売特許ではない(所属は2009年9月1日現在。以下、断りのないかぎり同じ)。
 「野村学校」の特徴は、綿密な観察、観察を蓄積した膨大なデータ、データに基づく理論、理論から導きだされる具体的技術的なj対策であり攻略法、である。

 たとえば、先にあげた山崎武司のケースの場合、第一に、ポリシーが明確に提示された。野村監督は「ミーティングで『状況におけるバッティング』の話をする。4番打者でも、イニングの最初は先頭打者の気持ちになれと説く。逆に一発狙いが許される場面もある」
 第二に、具体的なバッティング技術を教示された。野村監督は、常々、一発狙いが許される場面で、カウントが2-3の場合、「割り切れ」という。つまり、ヤマをはるのだ。状況を読んで、直球か変化球のいずれかを待つ。かくて、2009年の6試合目、山崎はストライクをとりやすい直球を待って、今季第1号のホームランを放った。

 こうした事例は、枚挙にいとまがない。
 たとえば、フォア・ザ・チームに徹し、脇役に徹した飯田哲也(ヤクルト守備走塁コーチ)は、「状況」を具体的に語る。ランナー1塁のとき、右打ちで走者を進めるのが常道と思いこんでいた飯田に対して、野村監督(当時ヤクルト)はいった。ショートはセカンドよりだ、それならば三遊間が開いているだろう、と。

 あるいは、1997年、カープからヤクルトに移籍した小早川毅彦(カープ打撃コーチ)は、前年ヤクルト選手が6敗した斎藤雅樹・巨人・投手(当時)についてミーティングで聞く。カウントが1-3のとき、次にカーブがきて、それを見のがして、結局打ちとられてしまっていた、誰か、そのカーブを打ってくれ・・・・。
 その年の開幕戦で、小早川は、斎藤から、3打席連続でホームランを放った。 

 本書は、17回にわたる 「週間アサヒ芸能」の連載をもとに加筆され、全部で22章仕立てになっている。
 話のタネにしたいだけの人には、1時間で読めるし、再読の必要性はあまりない。書店の店頭で、あるいは椅子のサービスがある書店ならば、買わずに一読することも可能である。となると、1,300円という価格は高い。
 ただし、蘇生、再生の必要を感じる人、人材を育成したい人ならば、永年にわたって座右においてもよい。その場合、1,300円という価格はちっとも高くない。
 徹頭徹尾、野球のことしか語られていないが、他のジャンルに応用できる人は応用するだろう。

□永谷脩『「野村学校」の男たち -復活・変身37選手が明かした「ノムラの教え」-』(徳間書店、2009)
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