語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『爆殺魔(ザ・ボンバー)』 ~スウェーデン・ミステリー~

2011年02月25日 | □スウェーデン
 ときは2003年。ところは7か月後に夏季オリッピックが開催される(という設定の)ストックホルム。
 ヒロインは32歳の記者アニカ・ベングツソン。夕刊紙クヴェルスプレッセンの事件報道部デスクに抜擢されたばかりだ。
 クリスマスを間近にひかえた12月18日(土)、午前3時22分、アニカは夜間デスクからの電話によって泥のような眠りからたたき起こされた。オリッピックのメイン会場が爆破されたのだ。ヴィクトリア・スタジアムを一望できる場所で、現場で合流したカメラマンとともにアニカは医療班の面々がビニール袋を手に何かを拾い集めている場面を目撃する。
 被害者は、オリンピック組織委員会委員長クリスティーナ・フルハーゲだった。
 オリンピック開催に対するテロ、という見方が他の新聞、TV、ラジオでは優勢だった。しかし、アニカは警察のディープ・スロートによる情報に基づいて個人的怨恨説を採り、クリスティーナの当日の行動、さらにその人となりと過去を追う。かくて、部下からは敬愛され理事からは満腔の信頼をおかれていた有能な人物の、隠されていた側面がだんだんと明かになる。
 そして第二の爆殺事件が起きた。追求の手を休めないアニカにも危機が迫る・・・・。

 記者ものミステリーは、米国ではウィリアム・P・マッギヴァーン、わが国では三好徹が名高い。彼らは、事実の背後に真実を探る探偵と化した新聞記者を描いて秀逸な作品を量産した。
 リサ・マークルンドもこの流れに立つが、彼らにないにはない独自な視点がある。すなわち、仕事と家庭との葛藤である。
 スウェーデンは、子育てのために閣僚の椅子を捨てた男性もいるお国柄である。アニカが2人の幼い子どもを大切にするのは不思議ではない。しかし、事件記者である以上、一朝事件が発生すればクリスマスの準備や子どもたちと過ごす時間を犠牲にせざるをえない。ともに暮らすトーマス・サミュエルソンは理解あるパートナーで、保育園への送迎を受けもったりするが、料理しても後かたづけはしない性分である。それに、彼にも国家公務員としての仕事がある。当然、時として夫婦のあいだに育児や家事の分担をめぐっていさかいが生じる。親族との間にもきしみもある。トーマスの昔かたぎの母は、保育園利用に批判的なのだ。このあたり、制度をみるだけではつかめないスウェーデン国民の実生活がかいま見られて興味深い。

 勤務先でもアニカの神経をすり減らす種が次から次に湧いてくる。自分をさしおいて、という思いをもつ男性の先輩は理不尽な嫌がらせをするし、脳天気で軋轢を起こしがちな同性の部下をしかと管理しなくてはならない。男女平等も楽ではないのだ。かててくわえて、編集会議ではほとんど権力闘争に等しい丁々発止の議論が待ち受けている。

 爆殺されたクリスティーナは、こうした経験を経て大きな組織の長となったのだ。
 そして、ネタばらしの禁忌をあえて侵せば、男女平等を標榜するスウェーデン社会の現実が爆殺魔を生んだ。つまり、記者アニカ、被害者クリスティーナ、犯罪者の三者は、比喩的に言えば一卵性の三つ児なのである。
 本書はスウェーデンの推理小説アカデミー新人賞及びポロニ賞(新人女性推理作家に贈られる)を受賞し、スウェーデンでは、人口の1割以上の部数が売れるベストセラーとなった。本書は、続々と生産されることになるアニカ・シリーズの第1作である。

□リサ・マークルンド(柳沢由美子訳)『爆殺魔(ザ・ボンバー)』(講談社文庫、2002)
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