語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】始まっていない「新しい生活」 ~震災復興~

2016年03月18日 | 震災・原発事故
 「災害が風化するっていうでしょ。
 公害だけでも足尾、水俣・・・・。
 広島、長崎、福島・・・・。
  次はどこだろう」

□永六輔「無名人語録 393」(「週刊金曜日」2013年3月1日号)
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 ①古川美穂『東北ショック・ドクトリン』(岩波書店 1,836円)
 ②除本理史/渡辺淑彦・編著『原発災害はなぜ不均等な復興をもたらすのか』(ミネルヴァ書房 3,024円)
 ③斎藤誠『震災復興の政治経済学』(日本評論社 2,376円)

 (1)「集中復興期間」が終わるからといって5年を節目と呼んでいいのか。被災者にとっては、復興の実体としての新しい生活はまだ始まってさえいない。
 東北の復興で、これまでに25兆円もの資金を投じながら、自宅に戻れない人、自宅を確保できない人が20万人もおり、震災関連死が3,400人にのぼるとは、どこかがおかしい。復興予算の大半がハード事業に費やされ、被災地外でも1兆円以上が使われたが、当の被災地では被災者救済のまともな事業がなされているのだろうか。
 「創造的復興」というスローガンのもとで、東北では何が起こっているのか。
 ①は、被災地で繰り広げられる遺伝子研究、水産特区、空港民営化、カジノ構想などを鋭くえぐり出す。 ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』が暴いた、戦争や災害の混乱に乗じて暴利をむさぼる「惨事便乗型開発手法」が、まさに東北の地で展開されている、と告発する。

 (2)東京電力の原発事故による被災者の行く末は、津波被災地以上に見通し不透明だ。
 国・東電は除染を行い、線量を下げ、避難指示を解除することによって、帰還=賠償終了へと導こうとしている。こうした中、被災者はどんな状況に置かれているのか。
 個々の被災者は様々な事情を抱え、生活再建は極めて複雑だが、起きている事態は要するに、
   不均等な「復興」であり、
   被災者の分断だ。
 ②は、大学研究者と被災者を支援する弁護士集団の共同作業による著作で、原発被災者・被災地が置かれている複雑な現状を多面的に描く。

 (3)津波・原発被災地のいずれにおいても、明るい未来は見えない。このままのやり方でいいのか、それとも、復興の枠組み自体に問題があったのではないか。
 そうした疑問に真正面から立ち向かっているのが③だ。著者は、3年間の共同研究を通し、
   震災当初におけるいくつもの錯誤と、
   科学的根拠なく拙速に重要政策を決定した誤りが
この間の復興の根底にあること実証していく。ほぼ公表された客観データのみを駆使しながら。
 主要論点は、
  (a)津波被害を過大評価し、過大な復興予算を組むことによって、実際のニーズに比べて大掛かりな防潮堤やかさ上げ道路の建設、過剰な産業用地や農地、宅地を生み出す集団移転事業などが行われた。
  (b)原発事故における初動対応の誤りとそれによる被害の深刻化を過小評価したことが今日の混迷を招いた。
 復興途中に生じた政権交代が復興政策にどのように関連したかも説得力を持って分析している。専門書だが、重要な論点を含み、読む苦労にお釣りがくるほどの収穫がある。

□塩崎賢明(立命館大学教授/神戸大学名誉教授)「(ニュースの本棚)震災復興 始まっていない「新しい生活」」(朝日新聞デジタル 2016年3月6日)
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【堤未果】労働環境の「地盤沈下」 ~同一労働同一賃金~

2016年03月18日 | 社会
 (1)2016年2月5日、衆議院予算委員会において、安倍首相は、「同一労働同一賃金」の法制化検討に言及した。
 これは、2015年に成立した「同一労働同一賃金推進法」の具体化だ。同法は、派遣労働者が雇用形態にかかわらず職務に応じた待遇を受ける、という理念を掲げている。国際労働機関(ILO)は、同原則を基本的人権としてILO憲章の前文に挙げている。

 (2)「やっと日本も国際水準に近づいた」と喜ぶのはまだ早い。
 (1)の「同一労働同一賃金推進法」の中身は、ILOの原則とは少しる異なるからだ。同法では、同じ仕事なら賃金も同水準にする「均等待遇」ではなく、同じ仕事でもその責任範囲に見合った賃金ならよしとする「均衡待遇」に修正されている。その場合、例えば、
   正社員と非正規社員では労働時間、有給、休日など「業務内容」が異なるため「責任範囲」が違う
ことが合理化されてしまう。

 (3)そもそも欧米企業と違い、高度経済成長期に終身雇用を前提とした年功給で賃金を決定し、社員を家族のように会社に囲い込んできた日本企業では、「同一労働」の定義自体が難しい。
 実は、この企業文化こそ、長年海外からの企業参入を阻んできた「非関税障壁」でもあったのだ。

 (4)だが、「世界一企業がビジネスをしやすい国にする」という目標を掲げる安倍政権は、すでにこの岩盤を着々と切り崩している。
 「国家戦略特区法」では、企業は労働者に金銭を払えば解雇できる規制緩和をする方向だ。
 3月8日に批准を前提に関連法を閣議決定するTPPが発効すれば、公共事業が自由化され、公共事業に入札した外資企業が雇い入れる自社の低賃金労働者が、日本の労働賃金を引き下げるだろう。
 竹中平蔵・慶應義塾大学大学院教授/パソナグループ(国内最大大手派遣会社)取締役会長/政府産業競争力会議(民間)議員/国家戦略特別区域諮問会議(有識者)議員は、同一労働・同一待遇が法制化されているオランダを例に挙げ、解雇規制撤廃を主張する。

 (5)だが、オランダでは、同法だけでなく、パート労働者も含めた社会保障や職業訓練、ワークシェアリングや子育て支援、年金制度の強化など、雇用不安払拭のためのインフラが整備されている。この事実を見逃してはならない。
 オランダでは、労働者の雇用と生活を保障するこうした政策こそ、失業率低下と消費の拡大、経済成長につながり、EUで高く評価されたのだ。
 竹中氏のいわゆる「オランダを目指せ」が、こうした社会的インフラの部分を無視し、単にオランダの労働市場流動化だけを真似るものであれば、その先にやってくるのはオランダとは全く別の未来だろう。

 (6)非正規社員の賃金を正社員なみに引き上げるなら、賃金と共に失業率も跳ね上がる。
 逆に、正社員を非正規なみの待遇に引き下げるなら、格差は縮小するが、国全体の賃金も地盤沈下する。
 グローバル化と株主至上主義は、労働市場の流動化を加速させ、さまざまな国籍の労働者たちが、価格競争に揺さぶられながら、国境を越えて移動する。
 画一化する世界の中で、1951年にILOが「同一労働同一賃金」を通じて掲げた「労働者の基本的人権」を私たちはどうやって守るのか。
 非正規のみならず正社員も含めて貧困大国化する今の日本で、着々と労働特区やTPPを進める安倍首相に今改めてこの問いを投げかけたい。

□堤未果「同一労働同一賃金で日本の労働環境は「地盤沈下」していく ~ジャーナリストの目 第252回~」(「週刊現代」2016年3月19日号)
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 【参考】
【堤未果】再生可能エネルギーを悪用する投資家たち
【堤未果】【TPP】国家の枠組みが形骸化 ~医療への影響懸念~
【堤未果】「消費増税は福祉のため」という大ウソ ~大手マスコミの沈黙~
【堤未果】最も儲けるのは大国の産軍複合体 ~対テロ戦争の拡大~
【堤未果】【TPP】妥結で日本の農地は海外企業のものになる
【堤未果】情報漏洩・巨大利権など不安材料が多数 ~マイナンバー~
【堤未果】大衆を好戦ムードへ向かわせたマスコミの大罪
【堤未果】【ギリシャ】緊縮財政なのに軍事予算を削減できない理由
【堤未果】地方の介護現場を完全に無視 ~高齢者の「移住」提言~
【堤未果】本当に患者のためか疑問 ~国民健康保険法の改正~
【堤未果】サービス残業は絶対なくならない ~残業代ゼロ法案~
【堤未果】医師不足に拍車をかける国家戦略特区
【堤未果】「イスラム国」掃討と膨れあがる米の軍事費 ~いつか来た道~
【堤未果】格差大国アメリカの後を追う日本 ~金融緩和と年金改革~
【堤未果】米国社会の変質 ~ミズーリ州の武装警察~
【米国】国民皆保険という美名の裏で大増税開始 ~オバマケア~
【食】中国の鶏肉問題--流通のグローバル化で食の安全はますます困難に
【堤未果】「水道の民営化」が招く社会インフラ大崩壊 ~価格高騰に水質低下~
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【食】中国の鶏肉問題--流通のグローバル化で食の安全はますます困難に
【政治】国家戦略特区法の危険性
【米国】と日本における民営化の悲惨 ~株式会社化する国家~